2008年5月20日

水門のエコロジー

佐藤さんがマイマップを公開されている。
Das Otterhaus:東京水門map(beta)
Das Otterhaus:埼玉水門map(beta)
これは面白い。水門のように「夥しくある」施設は、分布図にし甲斐がある。

「マイマップ」でプロットされているポイントのデータは、Google mapの画面の右上のほうにある、「Google Earthで表示」というメニューで、KMLファイルとして書き出すことができる。そのまんまGoogle Earthで表示しても興味深いが、

このKMLファイルを、
GPS Visualizer: Convert GPS files to plain text or GPX
でGPXに変換すると、Kashmir3Dで表示することが可能になる。
ただ、このオンライン変換ツールだと、それぞれのポイントの名称がすべて文字化けしてしまうのが惜しいのだが。

50mメッシュ標高データ+東京埼玉水門。

同じく50mメッシュ。首都圏周辺の拡大。

河川の地形に沿って線状に分布しているのは施設の機能上当然だが、特に周囲よりもぐっと低い「低地」を包囲するような並び方をしていることがわかる。

5mメッシュ標高データ。

河川の合流点や分岐点に集中していることが見て取れる。道路における信号機の分布みたいである。
そういえば、その機能というか「対象の制御のしかた」において、信号機と水門は似ている。

同じく5mメッシュ、都心の低地部分。

水門は「開閉を可能にした堤防の一部」であって、つまり、この地図上の赤い水門点を繋いだラインは、「水流の行き来ができない線」が建設されてあるわけだ。
多摩川の河口あたりから隅田川にかけての水門の分布が、近代の埋め立て以前の海岸線だったラインをキレイにトレースしているのが印象的である。

2008年3月25日

インダストリアル千葉

22日(土)。
千葉県からの委託による「大学と連携した魅力ある観光地づくり推進事業」のひとつで、京葉臨海コンビナートの工場景観の観光資源としての可能性を探るプロジェクト、「テクノ・ツーリズム・プロジェクト」の報告会/シンポジウムに、ゲストコメンテーターとして呼んで頂いて出席。呼んで下さったのは八馬先生で、もうひとり呼ばれたコメンテーターは大山さんであった。

うららかに晴れた土曜日。僕は千葉への時間距離を見くびって、予定よりも25分も遅く着いてしまった(シンポジウムには遅刻しなかったが、事前打ち合わせをしくじった)。千葉大の最寄り、西千葉駅までは、新宿から総武線で1時間と少しかかる。これは遠い。新宿から中央線で同じ時間、西へ向かえば青梅に着いちゃう。品川から京急で行けば横須賀中央だ。いや、頭では地図的には理解しているつもりだったんだけど、千葉県のなかの地理に疎いものだから、「江戸川越えたら千葉じゃんか」と、千葉「県」の大きさをついナメてしまうのだ。市川からさらに30分以上も奥へ行かないと千葉シティにたどり着けないなんて思わないものだから。

シンポジウム自体は、予想を遥かに上回って非常に楽しいものだった。半年間、参加した学生は中国からの留学生も含めて16人。京葉の現役の工業景観が観光の対象となりうるか、という調査、分析と、観光プログラムや観光地づくりの提案まで含めたプレゼンテーションのあと、小1時間のディスカッション。さすがに、リサーチも提案も駆け足というか、底の浅さは否めないものではあったものの、参加メンバーの熱意と、何よりも「工場景観に惚れちゃった」雰囲気の横溢に心打たれた。単位に関係ないワーキングだったにも関わらず、半年でこんな報告をまとめたガッツは素晴らしい。ラ系の学生に声をかけて、聴衆として参加させればよかった。失敗した。スコキノシタ先生も呼べばよかった。参加学生の何人かは、このまんまそれぞれの担当項目を卒論にしたり修論にしたりする(した)そうだが、この委託プロジェクトで終わらせずに、ぜひ、何かの形で継続してほしい。「テクノツーリズムの研究なら京葉臨海コンビナートのある千葉の千葉大」なんてのはかっこいいぞ。

・その場でも言ったが、リサーチで「京葉コンビナート独自の特徴」のような分析が浅かったのが残念であった。これの冴えが、そのあとの「提案」の冴えを左右する。提案対象の性格上、何かをリセットして建設しなおすのではなく、「すでにあるものを新しいやり方で使い倒す」提案が望ましく、そのためには既存の土地のキャラや要素の発掘・発見(読み替えもふくめて)が重要だ。

・大山さんも何度か述べていたけれども、ある対象物の「観光」をいきなりビジネスに乗せるのはなかなか困難だろう。この土地の地域性を再発見することで、時間をかけて、住民のいわば「千葉愛」に寄与する、というくらいの長大で緩い目的でもいいんじゃないだろうか。

公開シンポジウムであったため、スポンサーの千葉県観光課の方や、指導教官の先生方のほか、学生や一般市民が詰めかけていて、会場は満席状態だった。が、「一般市民」には、工場萌え男、恋する水門家、住み団長、壁クイーンをはじめ、スリバチ散歩の常連たちまで、ドエン系がごっそり集合していた。こんな、「工場観賞」にうるさい聴衆を前に、よく発表したな。千葉大キッズ。よくやった。

2008年3月11日

無理が通ってドボク出っ張る

現在発売中の「AXIS」の特集が「土木の真髄」。
「篠原先生と内藤先生の巻頭対談」みたいな、いかにもありそうな「土木デザインの現在」になっていないのがよい。
とはいえ、どうしてこの文脈で熊本アートポリスが引き合いに出されて伊東豊雄氏がインタビューを受けているのかわからん。AXISのノリなのか。ちょっと何というか、惜しい感じもしてしまう特集なのだった。

でも、御代田さんの登場は嬉しい。御代田さんは、土木は好むと好まざるとに関わらず都市の風景に大きく関与してしまうものであり、でもその「評価」は時代につれて変化する相対的なものだったりし、しかしだからこそ、本当は土木構造物のデザインには時代を超える「思想」が必要なのだ、という。

「トーキョー・ドボク・ソサイエティ」(←誰なんだ)は、私たちは実は土木にびっしり囲まれて生きているが、それが当然であるために土木を意識して眺めることをしていない、私たちの都市生活を可能にしているこの基盤技術をもっと「意識化」しよう、という。

「土木は実は身近にあって、しかもその気で見ると面白い」という趣旨には全面的に賛同。
ただ、「土木の存在論」的には、話が逆なんじゃないか、という気はする。土木が先にあったわけではなく、都市的な事態を支えるために「土木」ができちゃったのである。

「土木が都市生活を支えている」というのは「結果の風景」である。むろん、一旦強固なシステムが立ち上がってしまったために、その後はそれを前提として物事が発達するという「相互関係」もある。たとえば、「車輌・道路系」が強固なために、その規格と構造に沿って新しい車輌や交通計画が進んでいく、というように。でも、高速道路網が用意された地域に東京が発達したわけではないし、堤防と水門があらかじめ建設されたところに河川水が流れたわけではない。土木の本質は「問題解決のエンジニアリング」である。そして、その「エンジニアード物体」がしばしば超寿命時間スケールに結像するのは、多くの場合、問題が集積したところに「一気にまとめて」解決が試みられるからである。そうしたエンジニアリングを私たちは「土木」と呼ぶ、というわけなのだ。

と、こんなことをことさらに考えるのは、先日の水門ツアーで佐藤さんに頂いた「水門ツアーガイドブック」(参加者プレミア、非売品)が手元にあるからである。間近に目撃した、働く水門群の説得力というか存在感は、「要請に対する技術の素直さ」ではとても説明しきれない、「無理やりねじ伏せた」暴力の匂いを強烈に発してもいた。ドボク的センス(エンジニアリングのセンスというよりも、ドボクに深くエンタテインされる感性というか)は、それが可能にしている都市のありようを遡及的に解読するだけではなくて、それが巨大化・強固化することで無理やり辻褄を合わせた「非本来的架橋」とでもいうべき断絶の跳躍に眩暈を覚えることでもあるのではあるまいかと。

と、そう考えると、宮本佳明さんのいう、技術的な解像度が上がれば、もっと繊細な問題解決の設えが可能になって、新しい土木になりうるかもしれない、という話は興味深い。遍在するプチ・ドボクの風景。いや、そうした「ブリコラ場当たりエンジニアリング」はじつはそれこそいっぱいあって、僕らがそれをドボクに分類していないだけかもしれないけどな。

追記:

Tokyo Doboku Society

「土木の意識化」をテーマに活動する組織。日々の暮らしを支えている「土木」を意識することで、暮らす街、暮らす環境がより良いものへと変化することを広く伝えるため、ジャンルや媒体を越えたアプローチを行なう。

profile | 東京土木

なんだ、御代田さんご本人であった。

 土木発・ドボク再発見 - Future Description ‐何かからはみ出した、もうひとつの風景 経由にて。

2008年3月10日

ドボク追記メモ

・AXISの今号の土木特集について。

四国、ウェディング、スロープ

2月26日、四国報告会。
先日の四国視察出張旅行の報告会。それぞれの個性がよく現れた、興味深い出張報告会であった。僕のレポートも、幸いにも楽しんで頂いたようで一安心。


3月1日(土曜日)、勤め先の会社の部下の結婚式。
都内の、目黒川の谷を見下ろす古い屋敷を改装したレセプション施設での、絵に描いたような麗しい結婚式だった。こう言ってはなんだが、結婚式は茶番である。けれども、お互いに茶番だとわかっていることも儀礼の儀礼たるゆえんではある。めでたい。

式は、新郎新婦が会衆に向かって「誓いの言葉」を読む、という、いわゆる「人前結婚式」だった。「人前結婚」というのは、宗教や宗派や、それに伴う形式などにとらわれない、というふれこみで普及したものだろうが、あらためて「宗教的意味」を取り去った結婚式に参加すると、「式次第」のそれぞれの行為が浮き立って見えて、どのような形式や行為が「結婚式」を成り立たせる「合意されたイメージ」として採用されているのか、という点が非常に興味深かった。

会衆が整然と座り、中央に「バージンロード」が確保され、新郎が待つ前面へと、新婦の父親が娘を連れてくる。父が娘を花婿に引き渡す。このへんは人類学的にコンサバティブである。その後、前面での指輪の交換や文書への署名、宣誓などが、「司会者」のガイドで進む。このフェーズが人前式の形式的弱点だと思った。式の形式がまるっきりキリスト教(特にアメリカのプロテスタント)と同じに設えてあるために、そこから「牧師を抜いただけ」なのが目立つ。若夫婦を会衆に紹介する代理人が不在である、ということにこっちが気づいてしまうのだ。そこで、司会者が「式場の側」というよくわからない立場から、なんとなく腰低く言い分けがましく、新郎新婦にキスを促したり、会衆に拍手を要求したりすることになる。まあ、司会者の役目として「祝い事を滞りなく進行させることを請け負った」と見れば不自然ではない。でもこれもあくまで、司会者が式場付のプロだった場合の話だ。これが、雇われ友人だったりすると、「新郎新婦を会衆に紹介して認めてもらう」という作業の責任を負える人がいなくなる。

もともと、会堂に集合した会衆へのお披露目と挨拶を兼ねているキリスト教会の結婚式は、半分「人前式」みたいなところがある。地縁コミュニティと教会が関係ない日本において、牧師を権威づける「神」に代わる、若い二人を紹介する「権威」は、特に人前式の場合、どのようにありうるか。「俺の顔に免じてここはひとつ、この未熟な二人をよろしく」と、媒酌人が仲立ちするという可能性はあるが、ちょっと負担が大きすぎるかもしれない。司会者と牧師の中間くらいの、人前式用の「汎宗教的司祭」が必要かもしれない。

お色直しのための二人の中座と再登場は、日本の伝統的な結婚式の名残りらしいが、これはバージニティの喪失のサインじゃなかろうか。

「ケーキ入刀」はアメリカでもやるが、これはなんだろう。

「花束贈呈」はたぶん日本だけだが、この、最後にいきなり脈絡なく登場する「家族内のプライベートな場面」はなんだろう。とか思いつつ、不覚にも僕はここで涙ぐんだ。ううむ。人の親になるとこういうのを冷静に見れん。ということがわかった。


3月2日(日曜日)、咄嗟にワークショップ。
来期への仕込みと、あと少し思うところもあって、「都内でいきなりフィールドワークをして、息もつかずに半日でプレゼンまで、手描きのみ」という「咄嗟にワークショップ」を誘ったところ、関東学院大・建築学科の「デザインスタジオ2」を履修した学生たち数名と、農大の造園3年(この春から4年)数名が集まってくれた。

テーマを「坂」に決め、休日の職場の会議室を占領し、まず「坂ってなに?」というディスカッションを小一時間。それから手慣しに「坂を描く」という練習を少しして、屋外へ出て1時間ほどそのへんをバラバラに歩き回り、また集合して、机上でアイデアを絵にし、ざっとレビューをしてから残り1時間でA1の紙に「成果品化」。

皆、けっこうちゃんとついてきたので驚いたのだ。これが。
まあ、農大生は今度4年だし、学院大も手を動かすにポジティブな連中が集まったから、この手応えを普通だと思ってはいけないのだが。

ともあれ、予想した以上に面白いワークショップであった。「助走」すればみんな手が動くし、それなりに描けるということもわかったし。
学院大が対象地の表層的な形態に注目して加工するアイデアが多く、農大は対象地の「環境の質」を高めて地域的貢献をしようとする(そういう意味を付加しようとする)傾向が見えて、それも興味深かった。つきあってくれたキッズ、ありがとう。

2008年3月 4日

さようなら北口交番2

いよいよ、残りの壁の最後の日になりそうな朝。

記録のため。

ロータリー越しの眺め。

近くに寄ると、遠景よりも小さく感じる、この「スケール違和感」は取り壊し中も同じだ。

こうして見るとたしかに、もったいねえなあ。
単純な形だから、このまんま引っこ抜いて公園にでも据えてプレイロットにするとか、新しい駅前広場にぽつんと残して、いっそ横倒しにして中に土を詰めて、でっかいプランターにするとかね。

日本中の「駅前」のほとんどがそうだろうが、調布駅前も僕が記憶する限りずっと「工事中」で「仮設」だった。FRPのプランターを置いてタクシープールを「成形」したりして。「完成形」はつねに、市役所のパンフレットの絵にしか存在しなかった。

そういえば思い出したのだが、この交番ほど話題にならなかったが、かつて、駅の反対側、南口には象設計集団がデザインした「くすのきサロン」という可愛いポケットパークがあった。それが撤去されたときのほうが僕にはショックだったな。

2008年2月27日

ジーキルの美しい庭

ジーキルの美しい庭—花の庭の色彩設計
ジーキルの美しい庭—花の庭の色彩設計

・・・来た。すばらしい。

ちょっと事情があって、出版とほぼ同時に版元から送って頂いた。
ついにというべきか、ようやくにしてというか、邦訳が出たのだ。

思えば、いままで邦訳が「なかった」のがすごいことだ。
10年も前から、あんなに「イングリッシュガーデン」の流行をみたのに。

取り急ぎ紹介にて。
追記予定。

2008年2月12日

The Pilgrim's Progress to The Great Fault

週末。3日かけて、中央構造線に沿って四国を徳島空港から佐田岬半島の先端までレンタカーでドライブするという、「普通はその地域をそんなふうに旅行しないだろう」というサンプルのごとき出張(勤め先の業務ではないが、いちおう勤め先の会社に許可を得た副業務の一環であるので出張と呼びうる)旅行。

高速道路は使わずに一般道を走ったが、とてもそれぞれの地域をじっくり見たとは言いがたいペースではあった。ただ、徒歩よりも車を使うことで体験できる「スケール」というのがある。ある程度以上のの距離を移動すると、バーコードをスキャンするみたいに、土地の様子の、変化のグラデーションが垣間見える。それが遠距離ドライブの醍醐味だ。今回の走行距離約600km。帰ってから地図にGPSの軌跡をプロットしてみたら、線が地形に沿って端から端まで東西に伸びていて、まるで活断層地図みたいであった。

ドライブ中は、カーナビを「進行方向を上」にした市街地詳細図にし、ダッシュボードの上に北を上に固定したGPSMap60CSを広域表示にして立てた。こうすると、車窓のアイレベルの風景が重なって、レンタカーはめくるめく「鳥虫問題」のインターフェースになる。ランドサットのスケールで現在地を確認しながら疾走する吉野川沿いというのはなかなかの経験であった。今後、伊予街道を「断層路」と呼びたい。

現在、自宅の机上には、先週まで読み漁っていた奈良・平城京関係の書籍の上に、四国・中央構造線の地形、地質の本が山積みで、しかもさっき、アマゾンに四国八十八箇所・遍路の関係の本を2冊注文したところ。ああ勉強しなければならないことが多すぎる。なのに、人生の時間は絶望的に限られている。誰か、僕の代わりに資料を読んで、冴えた要約を音声で吹き込んでくれないでしょうか。通勤時にiPodで聴くから。

2008年1月29日

起伏の街、

(あるいは地形はいかに認知され受容され利用されるかということ)

こんなところに何かを書いたりしている暇がぜんぜんないが、ここ数日、駄文書きの下調べの一環で10+1の48号と49号を通勤電車の中で読み返しているのだが、48号の南さんらの「多数性としての東京」と、49号の青山霊園オリンピック施設とへのメモを書いておきたい、と、書いておきたいということだけさしあたって書いておきたい。

2008年1月18日

手を横に。アラ危ない。頭を下げれば大丈夫。

忘れないうちにメモ。

1月8日(火曜日)。
ナカツ不良講師先生に命じられて、関東学院で建築学科の1年全員を前に講義。持っていったラップトップと講義室のプロジェクターとの接続がうまく行かず、30分くらい四苦八苦してしまった。でもその間、学生たちはちゃんといい子で待っていてくれた。そのかわり、講義後に提出してもらった短文レポートに「すいません寝てました」と書いた奴がいた。。。少なくとも反省している点は許す。

1月12日(土曜日)。
上智大学で、上智の比較文化研究所主催の、「巨大都市東京を描き直す」と題したプチ国際会議に出席し、あろうことか英語でプレゼンテーション(10分間)。
・陣内先生がおられた。最初に陣内先生がスピーチをされると、それだけでその場が急に「オフィシャルな東京の研究会議」という感じがするようになる。ということがわかった。
・森川さんの秋葉原のプレゼンを初めて直接見た。すげーかった。
・これは実は、中谷レーニン先生の差し金なのであった。
・しかし、会場には田島さん太田さん佐々木葉さんもいらっしゃって、東京キャナルかと思った。

1月17日(木曜日)。
「デザスタ2」の最終講評会に、ゲストクリティークとして、ゼロスタジオの松川さんをお呼びした。講評会を始める前に、松川さんに、最近の仕事などを中心に、プレゼンテーションしてもらった。

・・・すごいものを見た。

コンピュータを介する、というと、僕なんかつい、単に物事をデジタルに置き換えるみたいなことを想像しがちなのだが、それは僕のパソコン1.0な思い込みであって、アルゴリズム的なアプローチというのは、いささか気障な言いかたをするなら、世界の複雑さや多様さを多様なままに受け取ろうとする誠実な態度なのだ、と思った。話を聞きながら、ずーっと、「豊饒なツリー」の最小ピクセルのモノの可能性を「いくつか」しかないと逆説的に論じたアレを思い浮かべていた。とても似ている。というか、きっと同じことを違う表現で述べているんだと思う。エッセンシャルに記述された、エレガントなアルゴリズムはセヴェラルネスにほかならない。

演習のありかたに対しても有用なアドバイスをもらったし、非常に楽しい、エキサイティングな講評会であった。松川さんありがとう。

追記:
松川さんのプレゼンテーションにあった、松川さん設計の美容院に関する記事。

・東北大の本江先生による見学記:
http://www.motoelab.com/blog/20051230161304.html

・佐藤師匠によるインタビュー記事:
http://www5c.biglobe.ne.jp/~fullchin/iru/sho/01/01.htm
松川さんのプレゼンを見たデザスタ2履修生は読むべし。それにしても佐藤師匠のインタビュー術は天才的だ。