2012年9月 8日

終わらない謝辞(β版)

何かを世に問う、というような立派な本であるわけでもなく、手に取って笑ってもらえればいいなあ、というようなささやかな本なのだが、それでも「一冊モノにする」には実に様々な人のお世話になることであり、かつそれをきっかけにこれまで自分がどれほど多くの人のお世話になり、無視できない影響を受け、支えられ生かされてきたかということを、あらためて思い起こし噛み締めずにはおれない、ということがよくわかった。私が本に記したり、各地で喋ったりしている事柄に、少しでも面白い箇所があるとすれば、それは主にこのような方々から得たものが元になっている。

本を形にするにあたっては、版元のリクシル出版の高田さん、編集の飯尾さんやメディアデザイン研究所の皆さんに、ひとかたならずお世話になった。本のあとがきなどにはよく、担当編集者のお力なくしてはこの本はなかった、というような謝辞があるが、今はその気持ちがよくわかる。私の筆が進まないせいでスケジュールが遅れまくったなかで待って下さった高田さんの寛容なるご辛抱と、何度もの議論を通して私を励まし、叱咤くださった飯尾さんの熱意がなければ、そもそもこの企画は実現していない。飯尾さんは、飯尾さんへの謝辞を本の前書きに載せるのを固辞されたので、あらためてここで感謝申し上げておきたい。ありがとうございました。

まずは毎日いつも、お互いに刺激を与え合いながら仕事をしている職場の同僚たちに。

それからかつて同期入社の仲間として知遇を得、その後もずっと素晴らしい影響を受け続けているリビングワールドの西村佳哲、そしてリビングワールドを介して知り合ったたりほさんはじめ多くの人たちに。

同じく、最初の勤め先で同期入社の一人として知り合ったスリバチ学会の皆川典久、スリバチ学会で出会った多くの筋金入りフィールドワーカーの皆さんに。

大山顕さん、そしてドボクやヤバ景の関連でいつも集う皆さんに。今回、大山さんには写真もお借りした。

ここ数年、ご一緒しているマッピングナイトでの渡邉英徳さん、地図ファンの皆さんに。

また、主にオンラインから繋がりを得た、地理学、地形学、考古学からGISやデジタル地図まで、いわゆる「ジオクラスタ」の皆さん。

Kashmir3Dという、どう賞賛しても足りないようなツールを開発、無償で提供し続けて下さっている杉本智彦さんに。Kashmir3DがなければいまこうしてGPSなんかで遊んでいる私はいない。

かつて「ランドスケープ批評宣言」をともに作ったメンバー。ほぼ同世代のランドスケープの実務者や研究者のグループで集まっては議論した数年間はいまだに自分の思考の基礎になっている。また、そのグループが集まるきっかけになった学生ワークショップを組織した霜田亮祐さんと仲間たち。

そして、その「ランドスケープ批評宣言」が世に出るきっかけを作って下さった五十嵐太郎さん。五十嵐さんにはその後、六本木ヒルズの都市展への参加に誘って頂き、そこで南泰裕さんや東京ピクニッククラブの太田さん伊藤さん、「グラウンディング」でご一緒することになった田中浩也さん、福島の佐藤師匠などと知り合う機会を頂いた。佐藤さんの「建築あそび」で八重樫さん松川さん藤村さんらともお会いしたし、五十嵐さんにはその後建築雑誌の編集委員への参加も声をかけて頂いて、勉強になった。優秀な建築のプロに囲まれることはそれ自体いつも新鮮なフィールドワークである。

いままで、文章を書いたり発表したりする機会を与えて下さった出版社や編集者の皆さんに。

地図メカ元永二朗さんはじめ、「地図ナイト」の同志、「グラウンディング」の同志たちに。地図ナイトの衝撃はいまだに自分の「動機」のひとつになっている。

関東学院大学の建築学科、中津秀之さんをはじめ先生方に。非常勤で担当した「デザインスタジオ2」でご一緒した田島さん、田中さんらとともに、履修してくれた学生の皆さんからも大いに刺激を受けた。自分の街歩きの方法論のほとんどはデザスタ2に発している。中津さんにお誘い頂いて参加した「東京キャナル」も、今にして思えば視野を広げるきっかけだった。

千葉大学園芸学部、木下剛さんはじめ赤坂先生や三谷先生、「緑地環境学実習」を履修した学生の皆さんに。

SFC、加藤文俊さんはじめ先生方に。加藤研の仕事にはいつも啓発されている。

早稲田大学、建築学科の中谷礼仁さん、後藤先生はじめ先生方、「設計演習A」でご一緒している福島さん、そして履修学生の皆さんに。この演習からは、もしかして学生よりも私が一番勉強させてもらっているんじゃないかと思うほど、毎回刺激を受けている。何人かの学生さんには今回、図版として作品をお借りした。掲載を快諾くださった皆さんにお礼申し上げたい。

中谷さんには、5年前の「瀝青会」のキックオフ時に声をかけて頂いてからずっとお世話になっている。日本の民家再訪から、進行中の千年村調査まで、またその途中でご一緒したいくつもの企画で、もはやそれ以前に自分がどう考えていたか思い出せないほどの影響を受けている。また、その都度、ご一緒した瀝青会の皆さん、大阪市立大のメンバー、早稲田のメンバー、千年村の早稲田班、千葉大班のメンバーにも。

母校の農大造園の先生方。ともに学んだ仲間たち。

母校の基督教独立学園の先生方。ともに修道院生活みたいな3年間を過ごした仲間たち。

私の家族、エンジニアで、いまは反原発に没頭している父、恵泉の園芸出身でいまだに植物園のガイドボランティアをしている母、北海道で酪農をしている妹一家、そしていつも私を慰め、励まし支えてくれ、ともに地上を歩いてくれている妻と子供たちに。

2011年8月23日

5mメッシュ東京スペシャル

Kashmir3D、数値地図5mメッシュ(標高)東京都区部表示用のパレットの一例です。

標高5m以下を青系のグラデーション、7mから100mまでを黄系のグラデーションで表示するように調節したもの。
日本地図センターの「東京時層地図」の地形表示用としても使われているものです。

表示結果はこんな風です。

5mtokyo.jpg

以下、区切り線より下の行をぜんぶコピーして、テキストファイルにペーストし、「.pal」の拡張子で保存(ファイル名は何でも)、kashmir/pal/ のディレクトリに保存して、Kashimir3Dを起動してください。


5mメッシュ東京スペシャル

KASHMIRPALETTE
;
; Palette color list for Kashmir.
;
Sub=5mメッシュ東京スペシャル
;
SeaArea=0,0,0
; Sea Color (R,G,B)
Level0=27,27,27 ; Color at Altitude: 0m (R,G,B)
Level10=24,31,31 ; Color at Altitude: 10m (R,G,B)
Level20=33,41,41 ; Color at Altitude: 20m (R,G,B)
Level40=84,107,107 ; Color at Altitude: 40m (R,G,B)
Level50=126,154,154 ; Color at Altitude: 50m (R,G,B)
Level70=68,60,28 ; Color at Altitude: 70m (R,G,B)
Level100=75,66,31 ; Color at Altitude: 100m (R,G,B)
Level150=98,86,40 ; Color at Altitude: 150m (R,G,B)
Level200=125,107,51 ; Color at Altitude: 200m (R,G,B)
Level300=177,152,73 ; Color at Altitude: 300m (R,G,B)
Level400=216,203,158 ; Color at Altitude: 400m (R,G,B)
Level1000=253,249,236 ; Color at Altitude: 1000m (R,G,B)

2009年10月16日

ヒグレカメラ

(あるいは、エアタグの「時間性」について)。

「セカイカメラ」のエアタグについては、つい「位置」に関心が向きがちだが、もうひとつ見逃せない属性として「時間」がある。ポストされるひとつひとつのタグには、「時間」が刻印されている。これらは、位置の情報と同じくらい「固有」な情報である。タグは、タギングの瞬間の「時刻」を切り取って固定する。ポストすることは、その時刻を位置にマップすることである。つまり、「エアタギング」というのは、「固有の時間を固有の位置に結びつける」という行為なのである。

ようするに、これって「場所に時刻スタンプを押してゆくみたいなものだ」ということだ。

と、そのように考えてみると、ひと目で時間の推移が写真の様子に表れるような、たとえば刻々と色が変わる日暮れ時の空などを、移動しながら撮影してポストして、あとでそれを眺めると、「時間の流れが空間の奥行きになって見える」みたいな風景が見えるんじゃないか、と思ったわけだ。

そこで実験。

職場の前、向こうにミッドタウンを望む街路。
IMG_0767

日没時を狙って、空の色が濃くなってゆくのを見ながら、10mずつくらい前進しては空を入れた写真を撮って、ポストしてゆく。

ある程度時間間隔をあけないと空の色が変わらないため、仕事をしながら10分おきに事務所の外へ走り出たり戻ったり、不審な動きを繰り返してしまった。

日没後。
IMG_0768

また、エアタグの表示フィルタを「自分のタグ」だけにし、西方向をセカイカメラで見る。
IMG_0770

おお。これはきれいだ。これは面白い。
遠い写真ほど、夕焼けが濃く、空が暗くなっている。キャプチャーで再現しきれないのが惜しい。
IMG_0771

「さっきの夕焼け」と「いまの夜空」を重ねてみる。
IMG_0774

面白いのは、ポストした写真群を辿りながら西へ歩いてゆくにつれて、画面に流れてくる空の写真の時間が「進む」ことだ。
歩くことで時間が早回しに進む。
遠くほど、あとの時間。
この、「移動」と「時間」が結びついた、不思議な感じ。
IMG_0777

IMG_0776

多摩川の土手とか、そういう大きなスケールで開けた場所などで、」もっとずらっと並べてやると、さらに効果が現れるかもしれない。
IMG_0778

ちょっと眩暈がするような実験であった。

最近、同じような機能をもった「Layer」というアプリがリリースされたことで、セカイカメラの特性が逆に浮き上がったように思う。デジタル地図を実空間の映像に効率よく重ねることを主眼にしたらしい「Layer」(地面にグリッドが描かれているのは象徴的だ)と比べると、セカイカメラには「普段眺めている世界の見方を少し奇妙に引っ張って広げる」というような不思議さがある。僕は、たとえばGoogleマップよりもGoogleEarthのほうに感じるような、その「不思議さ」にこそ惹かれるし、ツールとしての可能性を勝手に感じちゃうのである。頑張れセカイカメラ。

2009年10月14日

虫の目(ミミズ編)

セカイカメラが何なのかを知らない方には恐縮だが、以下はほとんど、iPhoneと、最近話題の「セカイカメラ」というアプリの(潜在的)ユーザー向けの記事なのです。

  • セカイカメラはどうやら、標高には厳密ではないようだ(まあそれはそうだろう)。

  • 一方で、普通のGPS受信機とは違って、地下でも(携帯の電波圏内でありさえすれば)それなりに位置を同定するようだ。

  • ということは、地下街のある地上で路上風景の写真を撮って、それを地下で表示するという、「電子潜望鏡」みたいなことができないだろうか。

    ということを思いついたわけだ。

    実験。東京駅から皇居へ向かう「行幸通り」地上部。
    ここは、丸の内口から日比谷通りまで、新しいピカピカの地下道が通っていて、そのCGのような地下風景と、地上で見える皇居やお堀端の風景とのギャップが激しく印象的な場所である。
    IMG_0743
    まず、地上を、東京駅側から歩いて、10歩おきくらいに写真を撮り、その場に投稿。
    風景写真を「撒いてゆく」ような感じ。
    撮影/ポストしながら日比谷通りまで歩き、いったんそこで引き返して、地下へ下りる。


    地下。この、ニセモノめいた艶やかな光景。
    IMG_0744

    セカイカメラを起動。
    IMG_0745

    丸の内はけっこうエアタグが混雑しているので、表示フィルタを「自分のタグだけ見る」ようにセットする。
    IMG_0746

    おおお。潜望鏡浮上! 位置表示の誤差があるが(厳密には一列に並ぶはず)、それなりに奥行きのある写真群になった。
    IMG_0747

    画面のキャプチャーだと、エア写真の浮遊する様子を伝えるのが難しいが、画像はどちらも実際の風景を捉えているのに、この何ともいえない非現実感というか。背景の地下道のCG風のせいもあるかもしれない。
    IMG_0751

    写真のひとつを通過するところ。
    IMG_0752

    ひとつを捕まえて表示。ほぼ同じ位置の地上が見えている(ただし、現在ではなく、先ほど自分が撮った、少し過去の風景)
    IMG_0750

    揺れてる。
    IMG_0753

    予想していたよりも面白い眺めであった。もっと写真を撮りまくっても効果があるかもしれないが、やりすぎると「タグ汚染」になるかもしれない。

    アンドロイドケータイだと、ストリートビューで「現在位置表示」ができるらしいから、もっと連続的な潜望鏡風景を見れるのかもしれない。銀座線で青山通りの地下を走りながら地上のストリートビューをシンクロさせて見る、なんて面白そうだと思うのだが、圏外になっちゃうからだめか。

  • 2009年9月17日

    建築系ラジオ『東京を擦る(こする)』補完ページ

    これは、建築系ラジオ r4 現代建築を語る・聞く・読む|全体討議 東京論──新しい地形としての東京4を聴取されて、これ音声だけじゃわけわかんない、と思われた方(ほとんどそうでしょうが)のためのサポート記事です。

    上記の公開収録で石川が上映したプレゼンテーションの抜粋と、関連サイト/ページへのリンクがあります。画像が多いため、読み込みに時間がかかるかも知れませんが、ご容赦下さい。

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    2009年5月12日

    関東学生ランドスケープデザイン作品展・2008

    関東学生ランドスケープデザイン作品展2008の運営委員会から、まとめ冊子を送って頂いた。

    これは首都圏のラ系学科の大学生らが主催して行っている作品展で、今年で4回目である。僕は今回、会期中に行ったワークショップのお手伝いをした。

    誰に命じられたわけでもないのに、学生たちで自主的に継続しているところが素晴らしい。今年は、講評会に栗生明さんや佐々木葉二さんなど、これまでと違って「外部」の先生を招いていて、この心意気は買う。その「効果」がちゃんと出たというべきか、講評会の記録を読むと、たぶんこれまでの作品展で一番、厳しいことを言われている。議事録でこうなんだから、当日、実際はもっとずっと辛辣なクリティークを受けただろう。

    先生方の指摘に共通してるのは、「提案が中途半端だ」ということである。リサーチが具体的な場所の提案に結びついていない。というか、そのジャンプがなく、提案の「具体」がないまま、なんとなくプレゼンが終わってしまう(どこかで聞いた話である)。

    キッズの作品展として、もっと歯ごたえのある、のけぞるようなプレゼンテーションを持って来い、という叱咤激励ならば、それは僕も同意する。僕も立場が違えば、あるいは講評会とかに居合わせれば、似たようなことを発言したかもしれない。

    掲載されている「作品」群を眺めて感じるのは、ひとつには、その抽象度の高い安易なもっともらしさである。

    地形や植生や土地利用など、国土の基盤デジタルデータが容易に入手できるようになり、パソコンの画像処理能力が向上したために、地域解析の真似事をして、写真をコラージュして、それ風のプレゼンテーションに仕上げるのがとても楽にできてしまう。楽にできる事自体は別にいいんだけど、というか、ここで、それってあんたがいつもやってる事でしょう、という突っ込みには返す言葉もないのだが、キッズの「練習」として問題なのは、なんか、それだけで何か意味のあるものを作ったような気がしてしまうことである。

    もうひとつは、提案の「動機」が希薄というか、つまり何がやりたくてわざわざ「提案」しているのか不明なことだ。

    通りいっぺんの「良いこと」を、既存の都市空間に挿入することが、ラ系的「善」の実現であるというような、「木植えて解決!」みたいなやりかたを、都市や地域レベルのスケールでやっている、という感じのパネルが多いように見える。近年の土木や建築にしばしば見られるような、「エコロジズムとエコノミカルとエコロジーの混乱」に対して、ラ系キッズこそ敏感にそれらを峻別して欲しいと思うし、自分がどうしても見たい「場所像」の構築のためのバックアップ理論としてそれらを使いまわすくらいのクールさがあってほしい。講師の先生方の歯がゆさが伝わってくる。

    でもしかし、一方で、そういうのに辟易してしまった現代の若い連中の気分にも共感してしまうのだ。

    講評のテキストにあった、大量消費主義の論理で「風景なるもの」が粗製乱造されている、という言い方はわからなくはない(まあこれも議論の余地がある言い方ではあるが)が、そこに含まれている、「真に優れたデザイナーの関与が不在だからだ」という危機感(たぶん)に、素直に添うことはできない。だって、「消費主義的風景」を「デザイン」してるのも「デザイナー」だぜ。真に優れた連中と、劣悪なデザイナーたちを分ける線なんか引けないだろう。無関係だとは言わせない。

    宮城さんの、ランドスケープは「非・建設的な方法で作られる」という試論からもう10年だが、まだしかし、私たちは「建設する」以外の冴えた方法を見出していないんじゃないだろうか。というか、学生展に横溢している「決め打ちへのためらい」というか、この逡巡は、「非・建設フェーズ」への過渡期の序章としての混沌なのかもしれないぞ。って、あまりに良く言いすぎだとナカツ先生あたりに突っ込まれそうだが、学生メンバーと一緒にやったGPSワークショップがあまりに楽しかったので、LDSE2008については僕は心情的にかなり学生サイドに立っているのである。お疲れ様でした。よくやった。

    あと、次からは、イベントのタイトルから「関東」を取ったらどうだろういっそ?「関東」なんていう手がかりを出すから、京阪神近畿からの先生とかに関西と比べてどうの、というような面倒なことを言われてしまうんじゃないだろうか。いいけど。

    それとあと、それこそ京阪神で活躍している若手ラも、いわゆる「デザイン」とはいささか異なる、それこそ「非・建設」的な方法を模索しているようにも見えるぜ?いーけど。

    2009年4月 8日

    ドボサミ本のおすすめ

    再来週のイベントに向けて、ここ数日、出版局から送っていただいたドボサミ本を持ち歩いているのだが、あらためて読むに、つくづく、これはいい企画だったしいい本に仕上がったと思う。先鋭的な写真集に特化しちゃったわけでもなく、批評テキストで埋めちゃったわけでもない、議論の余地を差し出しまくっているユルい編集が、ネタ満載。装丁がまたかっこいい。


    ドボク・サミット

    騙されたと思って、じゃなくて確信を持ってぜひ、お手元にひとつ>各方面。

    以下のような人には、特にお勧めです。

    ・土木学会の景観分科会
    ・「建築雑誌」の新景観特集に注目してくださった会員
    ・造園学会員
    ・生活学会員
    ・新スケープ周辺、および批判的工学主義者
    ・関東学院建築・デザスタ2履修者
    ・美しい景観を守る会員
    ・その弟子筋の先生方
    ・いわゆるテクノスケープ系愛好家
    ・鉄分の高い人
    ・テトぐるみ購入者、およびテトぐるみの販売紹介記事をブックマークした人
    ・電柱とアスファルトと街灯と自販機の明かりの何気ない日常風景がふと鮮烈に生き生きと見えたり、写真に撮りたくなったりすることがある人

    2009年1月27日

    東京ってどこのこと?

    どこまで東京?

    これは面白い。「地図ナイト」向きのコンテンツだ。

    あらためて考えてみると、僕は自分の住む調布市を必ずしも「東京」だとは見なしていないようだ。というか、「三鷹」とか「調布」とか「深大寺」などというような生々しい地名は、僕にとってはそれぞれの個々の印象があまりに鮮明で、「東京」という抽象的な地名とは相容れないような感じがする。もっとも、「東京」を、都市の代名詞のような「抽象的な地名」だと感じる、そういう感受性は僕自身が東京出身ではないことに由来するのかもしれない。あるいはまた、育ちや出身地の違いだけではなく、東京に関する発言を「どこでしているか」ということも「東京のイメージ境界線」の描画には関わっているだろうと思う。僕は京都府宇治市の出身だが、地元では誰も「宇治」を「京都」とは言わないが、東京にいる現在、自分の出身を「京都です」と述べることには何の抵抗も疚しさも違和感もない。

    ただ、何年も前、これに似たようなことを思いついて手描きの首都圏の白地図をつくり、周囲の友人に訊き回ってずいぶんコレクションしたことがあり、東京から遠い地方の出身の若い女性は舞浜を東京にカウントするとか、多摩住民は西に甘く、千葉県民は東に甘く、年齢の高い男性ほどイメージよりも知識が先立ってしまって東京のエリアが行政区界に一致するとか、都区内出身で引越し経験のない人ほど範囲が驚くほど狭いとか、興味深い傾向も見られたのだが、面白がって職場のロッカーに「東京ってどこまでですか展」というタイトルを掲げてずらっと貼りだしておいたら、いつのまにか捨てられてしまって結構へこんだ。その後、雑誌の特集記事とか、ある美術館のオープニング展示企画とかに提案しては没になるというさらなる試練を経て、「東京ってどこまでですか」は僕の中でずっとトラウマのトラノコなのだった。

    そういうわけで、これは面白いし、こういうのを軽々とやってしまう心意気と才気には感心し羨ましくもあるが、上記のごとき屈折した経緯と記憶があるために僕はこれを冷静に見られないので、「あれ面白いですね見ましたか」とかわざわざ俺に教えたりもうしないでくれ。この件に関しては以上。

    2009年1月16日

    敵は工学・工学版

    ああ。今年度のデザインスタジオ2が終了。

    ここ数年、この時期は毎年そうなのだが、現在、精神的な抜け殻状態である。キッズ全員にハグをして、慰労して励まして送り出したかった。あいつにはああ言ってやりたかったとか、あの場面で厳しいことを言ったのは失敗だったとか、もっと引き出してやれたはずなんじゃないかとか、そういう忸怩たる思いばかり浮かんでもう、しばらく立ち直れない。未熟な講師ですまん。でも、この半年が無駄じゃなかったことだけは保証する。まだ先は長いが、あっという間でもある。健闘を祈る。そのうちまたフィールドで会おう。

    さて、最終講評会のゲストクリティークには、藤村龍至さんをお呼びした。

    これはいろんな意味で大正解だった。僕らに遠慮してか、個々のプレゼンテーションに対する講評はやや控えめだったが、総評後に上映してもらった藤村さんの近作を含むプレゼンテーションが非常に面白かった。これまで、いろんな場所で断片的に見聞きしていたことが繋がって腑に落ちた。いや、良いものを拝見した。ネタ満載。話題もスタジオの趣旨に大いにかぶっていたし、みんな良い刺激を受けたはずだ。

    ご本人によれば、彼の現在の思想というか姿勢は、「希薄な風景を自動的(としか言いようがない)に生産し続けるシステムへの抵抗」であって、つまり藤村さんはエンジニアリングに喧嘩を売っているのである。本気で。それもエンジニアリングの土俵で。でもそれは単なるアンチ工学ではなくて、なんというか、「工学の『動機』をこっちに引き戻す試み」なのである。

    その実践が、空調設備を抱え込んだ「垂直のバックヤード」をもつ建築物だったり、その『固有で濃密で複雑なカスタムビルド』を、『量産型』の速度とコストで作ることだったり、「ブログに記事を書いてネットで発表する速度」で、リアルタイムに「紙の新聞」を発行しちゃったりすることなのだった。

    「建築ではない何か」が建築の良さや正しさを支えてくれるというナイーブな夢想が建築化したみたいな、伐採しそこねたヒョロヒョロの雑木の枝をよけた小部屋が地球環境にどうのこうのとか、床に並べたプラ鉢の観葉植物の名前を平面図に書き並べた建築物が外部と内部の境界がなんだんだ、とかいうような建物が称揚されたりする昨今(考えてみれば、空調の「屋外機」という装置を作り出している「思想」は、きわめて楽観的な自然観に基づいている)、ラ系として真に注目すべきは建築の問題を建築で落とし前をつけようと頑張っている建築家のほうだぞ。

    むろん、ではその意匠の復権の主張そのものを支える動機は「プロの矜持」以外には何ですか、と突っ込む余地はあるだろう。たとえばビルディングKの外観をして「隣接するダメ建築」との差が歴然としている、と享受できるのは、それなりに訓練を積んだ、「建築的リテラシー」のある人だけなんじゃないか、という気もするからだ(実際に見学しないと何とも言えないけど)。エンジニアリングを逆手に取る「逆手具合」というか、「批判的工学主義」の「批判度」こそが実はとても「作家的」だったりするのである。逆説的に。

    あと、「作家性を非作家的に実現する」手法として鍛えたメソッドが、「もっと平明でシステマチックな建築(教育)へ参加できるプログラム」たりうるというお話も興味深かった。これもいいネタだ。ちょうど別件の授業計画を考えないといけないところだったのだ。ふっふっふ。

    2008年10月10日

    街へ出よ、驚愕せよ。

    関東学院の「デザインスタジオ2」が始まった。

    久しぶりの金沢八景。遠い。

    去年や一昨年に履修した学生たちがスタジオ周辺をうろうろしてくれて、心強くも嬉しい。今年は最初に、3月にちょっと実験したワークショップのやりかたで始めさせてもらってみた。けっこう消耗したが、思わぬ冴えた発表が出てきたりもして、今年もまた、苦楽両方味わう予感がする。

    ナカツ不良講師先生によれば、教員の頭には「去年のクラスの最後のころ」の記憶しか残らないため、大学の演習ではえてして、毎年少しずつ、学生に対する要求の水準が高くなってゆく傾向があるそうだ。なるほどたしかに、僕もこの3年間の、それぞれのクラスの最後のころの、よくやったなみんな、というような思い出ばかり浮かぶ。なんか、毎年のように、おい、去年のキッズのほうが手も動いたし、発想もユニークだったんじゃね?と思ってしまうような気がするが、それは前年の最後のほうの、成長したあとのクラスのことしか覚えていないからなのだ。うん、きっとそうだ。

    そういうわけなので、まあ、演習が進むにつれて開眼して練れて研がれてゆくのだろうと信じているが、等高線と境界線と海岸線と住宅地と大学施設がめくるめく交錯する六浦の地図を前に、なんかヘンだと思う箇所なんていくつもあるだろ?と問い詰めた僕に面と向かって、何がヘンなのかわかりません、普通だと思うんですが、と、本気で白状されて途方に暮れた。

    いや、変だと思えよ。びっくりしろよ。建築学科だろうがよ。ずれたグリッドが衝突して、その接点のヘタ敷地に無理に建ってる施設の様子とか、鉄道線にブチ断たれた街区の痕跡とか、丘の上に新しく開発された集合住宅へのアプローチ道路の地形との戦いぶりとか、団地をジグザグに横断する市域境界線とか、そういうのに「ん?」と引っかかるメンタリティを持てよ。それで現地へ出かけていって2度びっくりしろよ。街の風景に驚けよ。多くの人が見過ごしたり見慣れたりしている何気ない街の様子に、引っかかったり驚いたり怪しんだりできないと始まんねえよ。たかだか20年間で育んだおまえの「あたりまえ」なんて全然だめでショボいことを思い知れよ。「デザイン」なんてそっから先だよ。

    そういう感受性がないと、街灯に照らされたジャンクションとか屹立する鉄塔とか水門とか工場とかダムを愛でることもできないし、中央分離帯でピクニックしたろーかとかいう発想もわかないし、「いついかなるときにも、私たちは何かに触れている」とか、「つまり、都市は環境ノイズである」とか、「没場所性の物質的豊かさと場所の最良の質とをつなぎあわせる地理学はあるだろうか」とか「3次自然の緊張感」とか「都市を舞台としたアニミズムをめぐる「草木虫魚の人類学」が書かれうるのではないだろうか」なんていうフレーズに戦慄できないし。。。というのはまあいいけど。もう少し後でも。