2012年9月 8日

終わらない謝辞(β版)

何かを世に問う、というような立派な本であるわけでもなく、手に取って笑ってもらえればいいなあ、というようなささやかな本なのだが、それでも「一冊モノにする」には実に様々な人のお世話になることであり、かつそれをきっかけにこれまで自分がどれほど多くの人のお世話になり、無視できない影響を受け、支えられ生かされてきたかということを、あらためて思い起こし噛み締めずにはおれない、ということがよくわかった。私が本に記したり、各地で喋ったりしている事柄に、少しでも面白い箇所があるとすれば、それは主にこのような方々から得たものが元になっている。

本を形にするにあたっては、版元のリクシル出版の高田さん、編集の飯尾さんやメディアデザイン研究所の皆さんに、ひとかたならずお世話になった。本のあとがきなどにはよく、担当編集者のお力なくしてはこの本はなかった、というような謝辞があるが、今はその気持ちがよくわかる。私の筆が進まないせいでスケジュールが遅れまくったなかで待って下さった高田さんの寛容なるご辛抱と、何度もの議論を通して私を励まし、叱咤くださった飯尾さんの熱意がなければ、そもそもこの企画は実現していない。飯尾さんは、飯尾さんへの謝辞を本の前書きに載せるのを固辞されたので、あらためてここで感謝申し上げておきたい。ありがとうございました。

まずは毎日いつも、お互いに刺激を与え合いながら仕事をしている職場の同僚たちに。

それからかつて同期入社の仲間として知遇を得、その後もずっと素晴らしい影響を受け続けているリビングワールドの西村佳哲、そしてリビングワールドを介して知り合ったたりほさんはじめ多くの人たちに。

同じく、最初の勤め先で同期入社の一人として知り合ったスリバチ学会の皆川典久、スリバチ学会で出会った多くの筋金入りフィールドワーカーの皆さんに。

大山顕さん、そしてドボクやヤバ景の関連でいつも集う皆さんに。今回、大山さんには写真もお借りした。

ここ数年、ご一緒しているマッピングナイトでの渡邉英徳さん、地図ファンの皆さんに。

また、主にオンラインから繋がりを得た、地理学、地形学、考古学からGISやデジタル地図まで、いわゆる「ジオクラスタ」の皆さん。

Kashmir3Dという、どう賞賛しても足りないようなツールを開発、無償で提供し続けて下さっている杉本智彦さんに。Kashmir3DがなければいまこうしてGPSなんかで遊んでいる私はいない。

かつて「ランドスケープ批評宣言」をともに作ったメンバー。ほぼ同世代のランドスケープの実務者や研究者のグループで集まっては議論した数年間はいまだに自分の思考の基礎になっている。また、そのグループが集まるきっかけになった学生ワークショップを組織した霜田亮祐さんと仲間たち。

そして、その「ランドスケープ批評宣言」が世に出るきっかけを作って下さった五十嵐太郎さん。五十嵐さんにはその後、六本木ヒルズの都市展への参加に誘って頂き、そこで南泰裕さんや東京ピクニッククラブの太田さん伊藤さん、「グラウンディング」でご一緒することになった田中浩也さん、福島の佐藤師匠などと知り合う機会を頂いた。佐藤さんの「建築あそび」で八重樫さん松川さん藤村さんらともお会いしたし、五十嵐さんにはその後建築雑誌の編集委員への参加も声をかけて頂いて、勉強になった。優秀な建築のプロに囲まれることはそれ自体いつも新鮮なフィールドワークである。

いままで、文章を書いたり発表したりする機会を与えて下さった出版社や編集者の皆さんに。

地図メカ元永二朗さんはじめ、「地図ナイト」の同志、「グラウンディング」の同志たちに。地図ナイトの衝撃はいまだに自分の「動機」のひとつになっている。

関東学院大学の建築学科、中津秀之さんをはじめ先生方に。非常勤で担当した「デザインスタジオ2」でご一緒した田島さん、田中さんらとともに、履修してくれた学生の皆さんからも大いに刺激を受けた。自分の街歩きの方法論のほとんどはデザスタ2に発している。中津さんにお誘い頂いて参加した「東京キャナル」も、今にして思えば視野を広げるきっかけだった。

千葉大学園芸学部、木下剛さんはじめ赤坂先生や三谷先生、「緑地環境学実習」を履修した学生の皆さんに。

SFC、加藤文俊さんはじめ先生方に。加藤研の仕事にはいつも啓発されている。

早稲田大学、建築学科の中谷礼仁さん、後藤先生はじめ先生方、「設計演習A」でご一緒している福島さん、そして履修学生の皆さんに。この演習からは、もしかして学生よりも私が一番勉強させてもらっているんじゃないかと思うほど、毎回刺激を受けている。何人かの学生さんには今回、図版として作品をお借りした。掲載を快諾くださった皆さんにお礼申し上げたい。

中谷さんには、5年前の「瀝青会」のキックオフ時に声をかけて頂いてからずっとお世話になっている。日本の民家再訪から、進行中の千年村調査まで、またその途中でご一緒したいくつもの企画で、もはやそれ以前に自分がどう考えていたか思い出せないほどの影響を受けている。また、その都度、ご一緒した瀝青会の皆さん、大阪市立大のメンバー、早稲田のメンバー、千年村の早稲田班、千葉大班のメンバーにも。

母校の農大造園の先生方。ともに学んだ仲間たち。

母校の基督教独立学園の先生方。ともに修道院生活みたいな3年間を過ごした仲間たち。

私の家族、エンジニアで、いまは反原発に没頭している父、恵泉の園芸出身でいまだに植物園のガイドボランティアをしている母、北海道で酪農をしている妹一家、そしていつも私を慰め、励まし支えてくれ、ともに地上を歩いてくれている妻と子供たちに。

2009年5月12日

結婚のプロトコル

週末、友人の結婚式/披露宴にお招きいただいて出席。よい結婚式であった。おめでとうございます。

いかにも月並みな感慨だが、娘を持って以来、キリスト教式の結婚式の、あの、父親が花嫁を連れてきて花婿に引き渡すあれ、あれがやばい。

新郎の属性からして、世界のギークが集合するデジタル先端技術系カンファレンスの打ち上げパーティのごとき様相なんじゃないかと、それなりの覚悟をしていったのだが、式場は五十嵐太郎隊長がフィールドワークしそうな徹底的な「結婚式教会」であったし、式も披露宴もとても真っ当で、むしろそうした「いわゆる結婚式・披露宴」への出席経験の浅い地図メカが、いちいち物珍しそうに式次第に感心している様子が面白かったりした。

チャペル内部はゴシック風の、カトリック教会を模したもので、しかし司式は「牧師(日本語が非常に上手な、白人の牧師先生だったが)」が行う。牧師先生は「ひとりバイリンガル」で、フレーズごとに日本語と英語で話される。中西さんによるとこれはおそらく、あまりに日本語がペラペラなので、そのままでは「外国人牧師のありがたみが薄れてしまう」から。

チャペルを飾る大きなステンドグラスの下端部に、「DONATED BY JOSEPH HARTZ AND FAMILY」という文字が入っていて、こりゃあきっと、これを作るときに取材したオリジナルの教会のステンドグラスにあれが入っていたのを、そのまま入れちゃったんだろうな、律儀なコピーだぜ、と思っていたのだが、あとでウェブサイトを見たら、英国のどこかの教会堂のものをそのまま移設したものであった。

キリスト教式だから、牧師が神様の名において、二人の結婚を「宣言」し、会衆に紹介する、という形式である。本来、キリスト教会は地縁コミュニティの象徴である。日本のキリスト教式結婚式がモデルにしているアメリカの教会は特にそうだ。教会での結婚は「神に誓う」という側面もさることながら、地縁共同体の構成員に「これから仲間になる若い二人をよろしく」と仁義を切る、挨拶の場でもある。だから、アメリカの教会では、会衆に向かって牧師が「この結婚に異議のある人はいますか」と尋ねる手続きがある。日本の結婚式教会での式では、この部分が省かれている。

まあ、新郎新婦が式に呼びたい知り合い=お世話になっていると感じている友人知人たちがかつての地縁共同体に代わるものであるわけで、そうであるなら、地域の文脈というか、その土地の場所性から思い切り切り離された「フィクション教会」を会場とするのは正しいプロトコルなのである。

施設のデザインや素材、ディテールは、もうネタ満載というか、細部にいたるまで僕はかなり楽しく拝見した。そして、フィクションの景、ということに関連して、LD誌の「テーマパーク特集」について、後ほどに。

2009年2月 4日

批判的牧歌主義

ここ数週間、ついにお隣のお庭のデッキの増築改修をお手伝いしている(自宅のDIYのやることがなくなったわけではないのだが)。一緒にホームセンターへ行ったり、工具のアドバイスをしたりして、これが、なんだか非常に楽しい。もうご近所中の庭のデッキだの物干し場の屋根だの物置だのを作って回りたい。東急ハンズの電動工具売り場あたりにいる、ベテラン然としたエプロン姿のオヤジさんになったような気持ち。売ってないのかなあのハンズのエプロン。ところであの、工務店OBみたいなごま塩頭のDIYアドバイザーたちはどういう人たちで、どこから来るのだろう。

そういうわけで、最近は、一仕事終えてお隣のご主人や奥様らと雑木林の木陰で一休みしてお茶飲んだりするのが「いつもの週末」になりつつある。

ところでここ数週間、関わっている計画の対象地に足を運んでは、対象地をユニークにしている環境要素を抜き出して記述するというような作業に従事しているのだが、それにしてもなぜ建築や土木や都市計画や、つまりいわゆる造園プロパーでない専門家ほど植物が象徴する自然のシステムというか、植物群によって形成される環境や景観に関してかくも楽観的で牧歌的でロマンチックなイメージを抱きがちなのだろう。緑とか森とかいう語でひとくくりにするには、植物が顕在する環境はあまりに多様で、しかも具体的なのにだ。

とまあかくのごとく、僕にとって週末の「雑木林浴」は決して仕事の疲れを癒すとかネジを巻き戻すとかそういうソトコト的レクリエーションではなくて、「緑のセンスを磨いて鋭利にしておくトレーニング」なのである。近年、敵はしばしば緑色をしているのだ。

上記と直接は関係ないが(気分的にはかなり重なってはいるのだが)、さきごろ、件の藤村さんのビルディングKを見学した。いや、建築的に様々な指摘があるだろうことは容易に想像できるが、僕はビルディングK支持。あとは個人的に、批判的工学主義をサポートする批判的造園主義のプロが近くにいるといいなと思った。サカシタさんよろしく。

以上取り急ぎメモ。

2009年1月27日

デッ記/バックヤード

久しぶりに爽やけき好天の週末。

思い立って、ポーチスイングを製作。
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材が2x4なので、なんかこう全体がごついというか、野暮ったくなってしまうのが、最寄のホームセンターでなるべく安い材料を仕入れて作る素人の週末大工の限界だ。
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参考にした事例:住宅のポーチに吊った、ブランコ状のベンチ。アメリカの東南部によくありそうな(勝手な)イメージ。サウスカロライナとか。このへんで「porch swing」と検索するとぞろぞろ出てくる。

2008年12月 9日

エコロジカル・エコノミカル。

先日、現場での打ち合わせに向かう途上、久しぶりにマクドナルドに立ち寄った。まだ朝の時間帯だったので、メニューは「朝食メニュー」であって、僕は対応した店員に、ソーセージマフィンのセットをホットコーヒーでくれ、持って行く、と告げた。先に金を払い、お待たせしました、と品物がカウンターに置かれた。コーヒーとマフィン&ポテトの紙袋が二つ。紙袋はいかにも思わせぶりな無漂白の茶色いクラフト紙。一瞬の無言の間。えーと、片手で持てるように一つの袋にしてくれませんかと僕は言った。するとその若い女子店員は、「あのー、大量オーダー用の大きな袋しかないんですね」といいながら、カウンターに貼ってあった「簡易包装はじめました」というステッカーを指差した。僕はやや切れ気味に「じゃその、『大量オーダー用の袋』をくれる?」と言い、女の子は困惑顔で大きなレジ袋を取り出し、カウンターの上に置き、そのまんまそれ以上何もしようとしないので、僕が自分で詰め込んだ。「接客」してるつもりなのか?こっちがすでにでかい手提げカバンと書類の入った紙袋を持ってるのが見えねえのかよ。持てねえよ馬鹿。だいたい「大量オーダー」かどうかはそっちが勝手に設定した基準だろうがよ。店の都合で決めてる「オーダーの多い少ない」なんか、客に押し付けるんじゃねーよ。コーヒーとマフィンを別な紙袋に入れざるを得ないのはパッケージのデザインが悪いからだよ。「セット」で売ってるんだろうがよ。付け焼刃も甚だしいよ。看板掲げてエコするんなら手間かけて工夫しろよ。「環境負荷の削減」と「製造コスト低減」をまぜこぜにして騙すんじゃねーよ。本気でそういう気概があるんならコストかけろエコロジーのために。客に負担を強いるんじゃねえ。「簡易包装に協力頂いたお客様は100円引き」とかにしてみろ。痛み分けするんなら協力してやるよ。これまで誰一人、お前らに「石油精製品のプラスチック使った環境負荷の高い、でも便利で安いレジ袋にして」なんて頼んじゃあいねえんだよ一度も。お前らが勝手に客取りのためにレジ袋を使ってたんじゃねーかよ。こっちがびっくりするくらい、レジ袋やストローや紙ナプキンをふんだんにたっぷり、勝手に「サービス」してたくせに、単にそれをやめただけでその「いいこと」をしてるみたいな偉そうな物言いはなんだ。恥ずかしいと思わないのか。そもそもあらゆる食産業のなかで一番似合わねえくせにエコぶりっ子とかスローフードとか片腹痛えんだよ。と僕は無駄に詳しくしつこく毒づいた。心の中で。

あとでウェブサイトを見たら、

手さげ袋が必要な場合は、従業員にお申し付けください。

via: This is ECO STYLE。 簡易包装、はじめます。 | 企業情報 | McDonald's Japan

なんだ、紙の手提げがあるし、言えば出すんじゃんか。ちゃんとバイトを教育しろ浜田山店。

2008年10月29日

Inside, Outside, Between

ランドスケープデザイン誌の最新号で、先日、日本ランドスケープフォーラムの企画にて、鹿島の山田さん、平賀さんと、大山総裁がパネルを勤められたシンポジウムが、なんと神代植物公園で開催されていたことを知る。なんだよ、誰も何も教えてくれないから完全にノーマークだったじゃんか。神代植物公園なんて、僕の自宅の「隣」だぞ。一言知らせてよ。

それにしてもしかし、先日の「建築夜学校」といい、土木のLAUDサロンといい、大山さんを一種のトリックスターとして招聘して議論を活性化するという手法が、建設産業界の意匠系分野で流行ってるみたいである。たしかに、「中の人」ではないけれども完全な「素人」でもないという大山さんの「エッジ」な立ち位置は絶妙である。大山さんも自覚的にそのへんを挑発してくれるので、企画者にとっては得がたい存在である。もっとも、大山さんに撹乱してもらったあとは、それをその後の内部の議論を鍛える契機に消化しないと、そのうちに、「年頭対談・この分野の将来の展望」みたいな企画記事で、外部の識者ばっかり呼んで対談させて、「中の人」が不在になってしまう「日経コンストラクション」みたいなことになっちゃいそうだ。

エッジといえば、先日、建築系の定期会合に出席したのだが、メンバーのほとんどを占める「前線の当事者」よりも、建築メディアで長く仕事をされていたような、別な意味で「エッジ」にいる人のほうが、ステレオタイプないわゆる「建築」の定義や「建築家」像を強固に主張するのが印象的だった。考えてみたら、ラ系でも、自分で設計事務所を主宰したり、学校で教えていたりする、実質的にその分野をドライブしている層よりも、専門の勉強をはじめたばかりの学生や、前線からリタイアしたOBの皆さんのほうが、「分野のプリンシプル」にうるさい傾向がある。熱狂的なファンがスタジアムのプレイヤーにものを投げつけるみたいなもので、そういう乖離はどの分野にもあるんだろう。もしかすると、ステレオタイプな建築・建築家のイメージというのはエッジな連中、批評家や卒業生やワナビーたちが、その願望を投影して作った虚像なんじゃないか、などと思ったり。

でも、中の人がみんなエッジな風貌であーだこーだ言いはじめたらそれはそれで嫌味な、生産性の低い専門分野になりそうで、そういう意味では、日経コンストラクション的な慎みはむしろ、健全なのかもしれないけどな。

2008年10月20日

記録すべき秋の週末の記。

土曜日。

出張カボチャ彫刻ワークショップはつつがなく終了。いや、じつは当日、事前に会場入りするべく余裕を持って出かけたのに、京王線が人身事故で全面的に止まっていて、急遽バスに乗り換えて中央線にバイパスして、予定時間に大幅に遅れる羽目になった。会場は大入りで、子供たちやお母さんたちも参加してくれて、ランタン作りは楽しく遂行。しかし、大学の演習よりも緊張した。

なんと、「ハロウィン・ジャパン・インフォ」の主催者、HAMACHI!先生がわざわざお見え下さった。初めてお会いする場がオレンジ色だという、感激のカボチャウィークエンドであった。

まわりぶろぐ: 石川初さんのパンプキンカービングワークショップ@区民ひろば南大塚

カボチャの穴に入りたくなるごとき過分なご紹介ありがとうございます。今度また、ゆっくりお会いしたいです。Happy Halloween!!


日曜日。

昼間、子供らをつれて「調布飛行場祭り」へ。

屋台テントの並ぶ「祭り」の高揚感に加えて、ヘリコプターや消防車が並び、滑走路では小型機が空母の演習みたいに発着するという、5歳の男の子の魂を直球でワシヅカミする演出に長男はノックアウトされた。インフラの力というか、あの、空港のむき出しのドボク系のリアリティに心を奪われる様子はまさに「工場萌え」であった(でも、先日行ったディズニーランドでのはしゃぎぶりも似たような様子だったので、必ずしもドボクエンタテインメント的な見込みがあるというわけではなさそうだ)。

夕方、ドボク系濃度100%の濃い集まりへ。

会場では相変わらずディープで興味深い話題が飛び交った。さしあたって、たとえば「写真からはみ出すリアリティが、ともするとより深刻な既成の物語であるという陥穽」とか「今日のリサーチエンタテインメントの形式はフロッドゲイツが作った」、「Jマートの2階の半分を占めている『カントリー調』は、あれは何なのか」、「ハロウィンと浮かれ電飾の意外な関係」、「公共施設や生産施設の独特の色調は、かつての建築計画学のような『牽引する理論』があったんじゃないか説・証拠文献20円」、および「占いと料理と子育てとダイエットには手を付けたくない編集者の矜持」などであった。

上記といささか関連して、久しぶりに腕まくりをして、苦労して書き上げた、会心のブレークスルーだったと思われた原稿のゲラが戻ってきて、あらためて読み返してみたら、もうなんというか、涙が出るほど舌足らずで稚拙なテキストであったことが判明してがっくりし、でもこれが現実なので、自分の力量と正直に向き合いつつ校正することにする。涙。

2008年2月29日

さようなら北口交番

解体中。

解体中の断面がちょっと普通じゃないのが面白い。

僕は特にこの建築家のファンというわけではないのだが、通勤時、毎日のように眺めながら、あの、既存の駅舎の仮設っぽさと妙に溶け合っているような、肩の力の抜けたチャチな感じが、なのに一方でこう何となく形と仕上げのバランスのヘンな様子が、けっこう好きであった。

しかしそれにしてもつくづく、(ある種の)建築って短命だと思う。自分の思いを託す暇がないじゃないか。

  • 妹島氏による『私の建築手法「自作について」』
  • 調布駅 - 京王線(調布駅付近)連続立体交差事業について
  • 向山建築設計事務所 「調布駅北口交番」

  • 2008年2月12日

    The Pilgrim's Progress to The Great Fault

    週末。3日かけて、中央構造線に沿って四国を徳島空港から佐田岬半島の先端までレンタカーでドライブするという、「普通はその地域をそんなふうに旅行しないだろう」というサンプルのごとき出張(勤め先の業務ではないが、いちおう勤め先の会社に許可を得た副業務の一環であるので出張と呼びうる)旅行。

    高速道路は使わずに一般道を走ったが、とてもそれぞれの地域をじっくり見たとは言いがたいペースではあった。ただ、徒歩よりも車を使うことで体験できる「スケール」というのがある。ある程度以上のの距離を移動すると、バーコードをスキャンするみたいに、土地の様子の、変化のグラデーションが垣間見える。それが遠距離ドライブの醍醐味だ。今回の走行距離約600km。帰ってから地図にGPSの軌跡をプロットしてみたら、線が地形に沿って端から端まで東西に伸びていて、まるで活断層地図みたいであった。

    ドライブ中は、カーナビを「進行方向を上」にした市街地詳細図にし、ダッシュボードの上に北を上に固定したGPSMap60CSを広域表示にして立てた。こうすると、車窓のアイレベルの風景が重なって、レンタカーはめくるめく「鳥虫問題」のインターフェースになる。ランドサットのスケールで現在地を確認しながら疾走する吉野川沿いというのはなかなかの経験であった。今後、伊予街道を「断層路」と呼びたい。

    現在、自宅の机上には、先週まで読み漁っていた奈良・平城京関係の書籍の上に、四国・中央構造線の地形、地質の本が山積みで、しかもさっき、アマゾンに四国八十八箇所・遍路の関係の本を2冊注文したところ。ああ勉強しなければならないことが多すぎる。なのに、人生の時間は絶望的に限られている。誰か、僕の代わりに資料を読んで、冴えた要約を音声で吹き込んでくれないでしょうか。通勤時にiPodで聴くから。

    2008年1月18日

    Dear Kids @ Design Studio 2

    毎年この時期になると、僕はつくづく講師に向いていないなと思う。
    学生の反応や成果品の出来不出来に本気で一喜一憂するし、演習や講義の趣旨を忘れて自分で率先して作ってしまいたくなるし、質問されたらどうしようと思い始めると居ても立ってもいられなくなって、下手すると演習前日に徹夜で勉強しちゃうし(蓄積がないためだ。本来の意味で一夜漬け)、アドバイスも批評も言うことをころころ変えるし、最終講評では恥も外聞もなく全員を褒め倒して送り出したくなる。長期的・教育的な洞察も構想も欠落しているわりには、精神的に手抜きができずに、終わるとひとりでぐったり消耗している。心理的コミットメントの深さを抑制できないのはたぶん、精神年齢が低いからだきっと。

    僕はいつも、何事によらず、おおむね「本番」が終わってから色んなことを思いついて、ああすればよかったとかこう言えばよかったといつまでもぐだぐだと考えることが多いのだが、この時期は特にそうである。履修学生の顔を思い浮かべて、ああ、あいつにはこう言ってやればよかったなあとか、あのグループの失速を防ぐには、あのときもうちょっとだけ時間をかけて見てやればよかったんじゃないかとか、課題の設定の仕方をこうすればもっと冴えたアイデアが生まれたんじゃないかとか、そもそも僕自身の経験や知識やノウハウが不足しているんじゃないか、モノを教えるなんておこがましい(それは根源的な問題で、かつ深刻なのだが)などと、脳内は後悔と逡巡で溢れかえる。身がもたない。

    それにしてもまあ、週1回で半年なんて実に、あっという間だ。終わってみると、がっくりと力が抜けちゃうが、逆に言えば9月に始まってからこっち、演習が続いている期間はけっこうずっと緊張していたんだなあと思う。終わってしまうとほっとするが、なんだか寂しい。

    まあ、あれだ。何だかんだ言って、よく頑張ったよな。みんな。厳しいこともさんざん言ったけど、最後はちゃんと、こっちの言いたいことが通じているという手応えは充分にあったし。役に立つプラクティスだったことは請け負う。これが単なる美辞麗句じゃないことは、そのうちに(もしかすると仕事をするようになって何年もしてからとか)わかってもらえるだろう。いや、まじでだ。来年、新2年生が途方に暮れているのを見かけたときに、まずは自分自身の成長(というか変化)を実感すると思うが、そうしたらちょっと見てやってくれ。

    次はフィールドで会おう(新橋以外の場所で)。誘うぞ。

    今年は、2年前に初めて演習をお手伝いしたクラスが卒業である。いまはまさに卒業設計の追い込み、というか、最後の必死の仕上げ段階。信じられん。おまえら、講評でボコボコに言われて涙ぐんでたガキどもじゃあなかったのか。この春にはもう、「プロ」として肩を並べるわけだ。しっかりやれよ。おまえらは大丈夫だ。その大丈夫さに、神楽坂やら横浜やらを歩き回ったり、キャンパスの前の川をどう考えるか議論したりした、あの経験が寄与していると嬉しい。スタジオが終わって、翌年、3年生になったみんなの顔を見かけて、その成長ぶりに驚いて、それだけでなんかもう感無量だったのに、今度は卒業ですか。もう泣いちゃうね。俺は。