2009年8月28日

基礎知識としての「かわ」

先日、妻が子供たちのために買ってきた絵本、「かわ」。初版は1966年、福音館の「こどものとも」シリーズのひとつとして出版された。妻が書店で見つけたのは復刻版である。ロングセラーだ。

著者は、加古里子(かこさとし)という絵本作家で、他にもいくつも有名な絵本を書いている。僕も幼いころ、「だるまちゃんとてんぐちゃん」とか「とこちゃんはどこ」とか「たいふう」とか、随分とお世話になったが、特にこの「かわ」は好きで、何度も飽かず眺めていたのを憶えている。

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か わ (こどものとも絵本)

レビューがいくつか付いているが、どれも秀逸だ。書いている人がみんな、ほんとにこの本に鮮烈な思い出があって、いまでも好きなんだろうなという感じが伝わってくる。

手元で、あらためて開いてみるに、今にしてなお、というか今だからこそ、非常に新鮮である。子供のころは気付かなかった細かい遊びや構成上の工夫なども興味深いが、何よりも、水源地の山間部から中流域の農村、下流にある都市、河口の工業地帯と、国土の様々な風景が実にフェアにフラットに描かれているのが素晴らしい。作者の世界観の表現でもあるだろうし、河川という地形的事象が軸になっているために、物事を横断的に俯瞰する(地図的に国土を眺める)ことが可能になっているということもあるだろう。あるいは1960年代の空気というか、価値感も反映されているかもしれない。林業、農業、流通、工業(臨海部の工場の『種類』がちゃんと描き分けられている)といった、「いろんな場所で営まれているいろんな産業」へのリスペクトが感じられて、ちょっと胸が熱くなる。

  

川を手がかりに、地形的に急峻な日本の国土の「圧縮された多様さ」を見せながら、この絵本が述べているのは「私たちを取り巻く物事はすべてつながっている」という単純な事実である。土木構築物の、主にその外見上の「理不尽さ」は、それが背負っている問題の大きさと、それを一気に解決しようという技術的飛躍のせいである。たとえば、ダムはあくまでもより広域的な「利水・治水」システムのなかのひとつの装置/施設としてあるわけで、その観点が欠落していたら、ダムの是非をめぐる議論はまったく不毛だ。

でも、そんな、特に難しいわけでもない「土木リテラシー」を、実に多くの人が持ち合わせていないのは驚くばかりである。私たちの通常の生活の基盤に土木構築物があることなど、想像力ですらない。ほとんど義務教育的素養じゃないか。ダム的なシステム(都市を成立させるべく、国土スケールで地形と水系を工学的に利用するというアイデア)の技術や思想に対する批判的検討ならともかく、「自分の知識や想像力が及ばないところではきっと陰謀がうごめいている」「一部の偏執狂的支持者の『ため』に巨大な構造物が正当化されている(←ほんとうにバカじゃないのかこういう夢想)」っていう、自分の知識の浅さとイメージの射程の短さを露呈するような文章を見かけるに、「素朴なドボク教育」の大切さをあらためて思い知る初秋であるぞ。

なお、加古里子の絵本デビュー作も「こどものとも」シリーズのひとつだった。これも復刻されている。

だむのおじさんたち

現場の職人さんたちにフォーカスしながら、ダム建設の過程を追った絵本。
これ、掘削工事を山のクマやリスたちが手伝っていたりして、まったく、どうかしている本である。

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コメント

「かわ」良い本ですよね。アーチダムの向きが逆みたいな事が無いですし。読み終わって表紙を本を閉じると表紙に仕込んである仕掛けに気づいてまた見直して描写の緻密さ正確さに舌を巻くという。
加古さんの絵本では、「地下鉄のできるまで」も素晴らしいです。タイトル通り地下鉄の建設方法を解説してるんですが、開削工法とシールド工法についてこれでもか!って言うくらい詳しく解説してて、東京ジオサイトプロジェクトや山手トンネルで都市トンネルについて興味を持った人は是非手に取ってほしい一冊です。

たとえば土木がほとんど国防に直結するオランダの初等教育では、どういう教え方で土木リテラシーを浸透させているのか気になってたのですが、そうか、絵本を見てみれりゃいいんだ。その発想はなかったなあ。ミッフィー(ナインチェ)の絵本なんか買い込んでる場合じゃなかった。
あ、ドボクネタのミッフィー絵本を見つけられればもっとよかったのか。

川はいいですよねえ。土手上を自転車で長い距離走ると周辺環境の移り変わりがすごくわかる。でももっといいのは、土手から降りて川原をずーっと歩くと「川原で憩う」という一点をキーにした登場人物が次々現れては消えて、ちょっとロードムービーのようなのです。多摩川を調布から二子あたりまで歩くだけで、かなりグッときます。

かきっぷりに感動した。

「はたらきもののじょせつしゃけいてぃ」もよろしく>諸兄

中国が良く使う「科学的態度」ってやつが本当に必要なんでしょうな。何故必要なのか、国家百年の計が無くては、クニがなくなるということを説明できるテクノクラートがいる政府ってうらやましい。
最近の某社を見ても「科学的リテラシー」がなくなりつつあるのがとてもよくわかるんですよ。クワバラクワバラ。

オランダが風車から埋め立て、水門まで「堤防的技術」をいわば地域のトレードマークみたいに誇っているのに、砂防やダムが忌むべき錯誤のように見なされるのは残念。やっぱ、デレーケ主人公の大河ドラマ(急流ドラマ)が作られるべきだな。

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