2007年11月25日

私の前にあるパイプとタンクと燃える火と

(あるいは、ニュー浪漫さ、千葉シティ)

「工場鑑賞モニターツアー」参加者の募集について
に参加させて頂いた。

今回、鑑賞テストツアーの団体を受け入れて下さったのは、出光興産千葉製油所と、JFEスチール東日本製鉄所。行ってみてわかったが、同じ「工場」でも、その表情というか、雰囲気がぜんぜん異なるタイプの「工場景観」なのだった。

製鉄所は、その規模といい、石炭や鉄鉱石という「地球っぽい」素材が直に目に見えることといい、重工業として年季が入っていてその様態自体が歴史を感じさせるところといい、鑑賞の対象として「観光」されてもそれほど驚かないような気がする。実際に、傍から見上げる溶鉱炉とか、熱く輝く鉄が走るホットストリップ・ミルとか、鉄鉱石をブレンドする交錯したコンベアの嵐とか、その重厚長大でゴツい、鉄分100%な光景はいかにも古典的な「工場!」というヴァイブが山盛りであった。

一方で製油所は、その規模が途方もないところや、入り組んだ配管や装置の複雑極まりなさが見るものの想像を絶しているところ、風景の金属成分が高いところなどは同様ながら、なんというか「趣き」がまったく異なる。人の気配が希薄で、パイプやタワー群はクールなシルバーで、構内の道路は軸を通したみたいに直線である。八馬先生によると製鉄所の装置群の形状を律しているのは重力で、製油所のそれは「温度」なのだそうだが、たしかに製鉄所は全体がエンジンみたいな感じがするのに対して、製油所は全体が冷蔵庫の裏とか冷却塔みたいな雰囲気がある。この違いは夜景にもあらわれていて、製鉄所はナトリウム灯のオレンジ色の光が、主に工場構内の動線に沿って光っているのに対して、製油所は立体化した装置のそこかしこにびっしりと水銀灯のような白い光が輝いている。

千葉県、それぞれの工場、アドバイザーのご両人など、今回の企画の「中の人」から興味深いお話をいろいろと伺ったし、面白いものを目撃もしたのだが、下手に喋るとご迷惑をおかけするようなので詳しくは自粛。

でも、これだけは書いてしまいたいのだが、「工場の姿を愛でにきました」という集団の扱いに困惑する広報の担当の方の様子が印象的であった。担当者はいわゆる「工場見学」への対応の姿勢で、生産施設の優れた性能や、様々な地域環境への配慮の高さを一生懸命説明して下さる。私たちは馬耳東風で配管や蒸留塔や溶鉱炉にうっとり見とれている。

房総半島はそのほとんどが丘陵地帯で、特に東京湾沿岸は丘が海に迫っていて、市街地は海岸沿いに細長く発達している。海はもともと遠浅の干潟が続いていた。「丘と干潟」が東京湾東、千葉沿岸の特徴である。

京葉工業地帯は、この干潟をガシガシ埋立てて作られている。ちょうど埋立地と丘陵地の間を縫うように国道16号線が走っている。

ただし、16号線は必ずしも「工場地帯を行く」という趣きの道路ではない。国道と工場地帯の間に分厚い緑地が設けられていて、工場の眺めがすっぱり遮蔽されているためだ。むしろ、丘の上の住宅地からのほうが工場がよく見えるだろう(という場所のガイドが「工場萌え」にも掲載されている)。

だから、国道16号線を使ってバスで移動する場合、移動中に生産施設の景観をあまり鑑賞できないので、移動時間の「間を持たせる」のが難しい。

これは、京葉が東京湾岸の工業地帯としては比較的後発で、当初から計画に公害防止が組み込まれていたためだ。緑地はいかにもそれらしい、常緑が密植された、即席イノデタブノキ群集で、ほとんど風景の隅っこに宮脇昭先生のサインが添えられて見えるんじゃないかと思うような構成である。

この時代に造成された工場緑地の例にもれず、樹林は鬱蒼としているが、よく見ると木々は細く詰まっていて、間引きをしたくなるような様子である。

現在の工場は非常に厳しい排出物基準をクリアしているため、かつてのような「公害」の原因にはなっていないようである。排水は一般家庭からの生活排水のほうが汚染されているというし、大気汚染についても、たぶんこの地域で最も大きな汚染源は車が行き交う16号線である。

そう考えると、工場緑地はその役割も含めて、そろそろデザインを見直してもいいんじゃないだろうか。部分的に「鎮守の森」は残してもいいが、もっと落葉樹を混在させた疎林を設けたり、視線が抜ける空地を設けたり、ボードウォークを設けたりして、市街地とゆるく緩衝する、ピクニカビリティのある公園のような施設にするとか。などということを思った。

そうだ、廃工場の「公園化」はすでにもう事例が多くある。これからは、「現役バリバリの工場をあえて鑑賞する施設としてのランドスケープ」が冴えてるぞ。ビオトープ的発想だ。全体をぬるい自然風にするのではなく、自然回復エリアにボードウォークが接している、というような。千葉大園芸学部の都市環あたりで誰か卒論にしろ。「観光資源としての京葉工業地帯におけるランドスケープデザイン:既存工場緑地のリニューアルを事例として」。


以下メモ。

・埋立地はとても人工的に作った土地のように見えるが、「陸側」から接近すると、あくまでもとの海岸の事情が反映されている(川はそのまま運河状に伸びているし、道路は工場へのアプローチに使われる)ということがわかる。以前の水際の形状が大スケールに拡大コピーされている、という感じ。

・工場の装置群は、スケールに関わらず複雑である。インダストリアル・フラクタル。運河越しの化学プラントのシルエットが、東京湾越しの都心のシルエットにそっくり似ている。

・石油プラントの、「デレ」の片鱗もない「ツン」に萌えてみて思ったが、「好ましい様子」を装うのではなく、土木はその、エンジニアリングの正直さをこそ、「市民へのアカウンタビリティ」の表現にしたほうがいいんじゃないだろうか。そのほうが長持ちするし、私たちの「趣味のよさ」をむしろ育てるように思うのだが。

・鉄道に蒸気機関車しかなかったころ、あるいはその後、電化が進み、蒸気機関車が石炭の黒煙や火の粉なんかまき散らかす旧式のシステムと見なされていたころ、「SLが走る」ことが観光的売り物になることなど誰も想像しなかったに違いない。今回、そういうつもりはなかったのに、たまたま参加したら、工場景観の魅力を発見しました、という「意識改革」がされちゃった年配の参加者が何人もおられたのは示唆的である。なにも、人が殺到するだけが「観光化」ではあるまい。ニッチなオプションとしても充分成立するだろう。がんばれ千葉県。「房総みどころマップ」とかに、マザー牧場や菜の花畑と並んで化学プラントの夜景が掲載されてたりしたら、世界的に見てもちょっとかっこいいぞ。千葉県。


ありがとうございました>関係者各位

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コメント

うー、これは興味深い。。。工場萌えます。
でも、やっぱり場内撮影禁止なんですね〜。残念。
マザー牧場より、よっぽど行ってみたいけどな。。。
Wギブスンは、新作Pattern Recognitionが意外に面白かったです。

おお、親分が工場萌えだとは想像の埒外でした。工場と山野草は趣味的に両立しうるということだな。つまり。
場内は携帯電話も持ち込み禁止でしたが、なぜかGPSログだけは取りましたよ。

京葉工業地帯じゃないですが、街中の工業団地を地域にいかに開くか、というテーマでプロジェクト実習に取り組んでいる院生がひとりいます。湾岸の工業地帯に比べるとテクノスケープ的な魅力が劣るので、そのへんをまずはどう「まなざす」かが悩みどころです。また、工業景観を第三者が愛でることの工場側にとっての意味やメリットをうまく構築できるかがやはりキーで、その点は、湾岸の工業地帯も街中の工業団地も同じ問題系を共有していると思います。できたのは工業団地のほうが古いのに、現在は市街地に取り囲まれてしまった工場たちの居心地の悪さを解消してあげることがさしあたっての課題だと考えています。生産ラインを観光資源として見せるというのは、最近ではバンダイのガンダム工場がガンプラおたく達に人気を博しているようですね。では、ランドスケープとしてどのような提案が可能か。たしかに工場緑地は昨今の工場立地法の緩和でホットな対象だと思います。公害対策は緑に頼らずとも技術的、装置的にクリア可能になってきているので、存在意義を喪失しつつある「鎮守の森」が空間として存続するためには、その再生、意味の読み替えが不可避ですね。

以前「ノスタルジー」の記事にトラックバックいたしましたtakaneです。興味深く拝見いたしました。
>エンジニアリングの正直さをこそ、「市民へのアカウンタビリティ」の表現にしたほうがいいんじゃないだろうか。
「悪い景観100選」に選ばれた、夏季制限水位時によって露出する岩肌の風景というのがありますが、今年の夏にダムめぐりしてた時にふとそんなようなことを思いました。
水位が下がって岩肌が露出したダム湖も見方を変えればここを一夜にしていっぱいにするような洪水が押し寄せてくるわけで、これってある意味、ものすごくダイナミックな光景であり、ダム本来の働きをアピールするうえで絶好の素材なんじゃないかと。
まあ、ダイナミック云々はマニアだからという気はしなくもないですが、ダムの場合、ダムやゲートの大きさとかそういういろんなものが河川の治水計画を可視化したものと言えるわけで、なんかそういうものを素直にアピールする方法はないのかなーとか、ぼんやり思ってます。

ラ系的には、工場緑地がそろそろ読み替え・修復の時期を迎えている、というところから入ってもいいですね。戦略的に。「ランドスケープとしてどのような提案が可能か」という意味では、現役の、稼働している産業風景を観賞する契機を考える、というのは面白いんじゃないかと思います。工業だけじゃなく、農林水産業とか、オフィスビルや住宅地、なんてのを「風景化」する試みというのもありうるな。

>これってある意味、ものすごくダイナミックな光景であり、ダム本来の働きをアピールするうえで絶好の素材なんじゃないかと。

いやまったくそうだと思います。それって要するにダムの「自然」なのであって、その風景は美しく感じうる。ダムが「ダムやってること」自体の面白さというか迫力というか。

まあダムの場合、景観フレンドリーな演出や修景をしても、ダム自体の形態が損なわれないくらいに物理的規模と強さがあるので、その点は心配は少ないという気もしますけれども。

朝日新聞千葉版に当日の様子の報告記事がでてましたよ。
かなり大きな記事でした。見学中の写真も掲載されてましたが、
石川さんはどこか陰に隠れていらっしゃったのか見あたりませんでした(笑)

メディアから逃げ隠れていましたとも。でもワールドビジネスサテライトのインタビューには答えました(笑)。

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