2007年11月27日

川合健二マニュアル

か、川合健二すげえ。
取り急ぎ。
追記予定。

2007年11月25日

私の前にあるパイプとタンクと燃える火と

(あるいは、ニュー浪漫さ、千葉シティ)

「工場鑑賞モニターツアー」参加者の募集について
に参加させて頂いた。

今回、鑑賞テストツアーの団体を受け入れて下さったのは、出光興産千葉製油所と、JFEスチール東日本製鉄所。行ってみてわかったが、同じ「工場」でも、その表情というか、雰囲気がぜんぜん異なるタイプの「工場景観」なのだった。

製鉄所は、その規模といい、石炭や鉄鉱石という「地球っぽい」素材が直に目に見えることといい、重工業として年季が入っていてその様態自体が歴史を感じさせるところといい、鑑賞の対象として「観光」されてもそれほど驚かないような気がする。実際に、傍から見上げる溶鉱炉とか、熱く輝く鉄が走るホットストリップ・ミルとか、鉄鉱石をブレンドする交錯したコンベアの嵐とか、その重厚長大でゴツい、鉄分100%な光景はいかにも古典的な「工場!」というヴァイブが山盛りであった。

一方で製油所は、その規模が途方もないところや、入り組んだ配管や装置の複雑極まりなさが見るものの想像を絶しているところ、風景の金属成分が高いところなどは同様ながら、なんというか「趣き」がまったく異なる。人の気配が希薄で、パイプやタワー群はクールなシルバーで、構内の道路は軸を通したみたいに直線である。八馬先生によると製鉄所の装置群の形状を律しているのは重力で、製油所のそれは「温度」なのだそうだが、たしかに製鉄所は全体がエンジンみたいな感じがするのに対して、製油所は全体が冷蔵庫の裏とか冷却塔みたいな雰囲気がある。この違いは夜景にもあらわれていて、製鉄所はナトリウム灯のオレンジ色の光が、主に工場構内の動線に沿って光っているのに対して、製油所は立体化した装置のそこかしこにびっしりと水銀灯のような白い光が輝いている。

千葉県、それぞれの工場、アドバイザーのご両人など、今回の企画の「中の人」から興味深いお話をいろいろと伺ったし、面白いものを目撃もしたのだが、下手に喋るとご迷惑をおかけするようなので詳しくは自粛。

でも、これだけは書いてしまいたいのだが、「工場の姿を愛でにきました」という集団の扱いに困惑する広報の担当の方の様子が印象的であった。担当者はいわゆる「工場見学」への対応の姿勢で、生産施設の優れた性能や、様々な地域環境への配慮の高さを一生懸命説明して下さる。私たちは馬耳東風で配管や蒸留塔や溶鉱炉にうっとり見とれている。

房総半島はそのほとんどが丘陵地帯で、特に東京湾沿岸は丘が海に迫っていて、市街地は海岸沿いに細長く発達している。海はもともと遠浅の干潟が続いていた。「丘と干潟」が東京湾東、千葉沿岸の特徴である。

京葉工業地帯は、この干潟をガシガシ埋立てて作られている。ちょうど埋立地と丘陵地の間を縫うように国道16号線が走っている。

ただし、16号線は必ずしも「工場地帯を行く」という趣きの道路ではない。国道と工場地帯の間に分厚い緑地が設けられていて、工場の眺めがすっぱり遮蔽されているためだ。むしろ、丘の上の住宅地からのほうが工場がよく見えるだろう(という場所のガイドが「工場萌え」にも掲載されている)。

だから、国道16号線を使ってバスで移動する場合、移動中に生産施設の景観をあまり鑑賞できないので、移動時間の「間を持たせる」のが難しい。

これは、京葉が東京湾岸の工業地帯としては比較的後発で、当初から計画に公害防止が組み込まれていたためだ。緑地はいかにもそれらしい、常緑が密植された、即席イノデタブノキ群集で、ほとんど風景の隅っこに宮脇昭先生のサインが添えられて見えるんじゃないかと思うような構成である。

この時代に造成された工場緑地の例にもれず、樹林は鬱蒼としているが、よく見ると木々は細く詰まっていて、間引きをしたくなるような様子である。

現在の工場は非常に厳しい排出物基準をクリアしているため、かつてのような「公害」の原因にはなっていないようである。排水は一般家庭からの生活排水のほうが汚染されているというし、大気汚染についても、たぶんこの地域で最も大きな汚染源は車が行き交う16号線である。

そう考えると、工場緑地はその役割も含めて、そろそろデザインを見直してもいいんじゃないだろうか。部分的に「鎮守の森」は残してもいいが、もっと落葉樹を混在させた疎林を設けたり、視線が抜ける空地を設けたり、ボードウォークを設けたりして、市街地とゆるく緩衝する、ピクニカビリティのある公園のような施設にするとか。などということを思った。

そうだ、廃工場の「公園化」はすでにもう事例が多くある。これからは、「現役バリバリの工場をあえて鑑賞する施設としてのランドスケープ」が冴えてるぞ。ビオトープ的発想だ。全体をぬるい自然風にするのではなく、自然回復エリアにボードウォークが接している、というような。千葉大園芸学部の都市環あたりで誰か卒論にしろ。「観光資源としての京葉工業地帯におけるランドスケープデザイン:既存工場緑地のリニューアルを事例として」。


以下メモ。

・埋立地はとても人工的に作った土地のように見えるが、「陸側」から接近すると、あくまでもとの海岸の事情が反映されている(川はそのまま運河状に伸びているし、道路は工場へのアプローチに使われる)ということがわかる。以前の水際の形状が大スケールに拡大コピーされている、という感じ。

・工場の装置群は、スケールに関わらず複雑である。インダストリアル・フラクタル。運河越しの化学プラントのシルエットが、東京湾越しの都心のシルエットにそっくり似ている。

・石油プラントの、「デレ」の片鱗もない「ツン」に萌えてみて思ったが、「好ましい様子」を装うのではなく、土木はその、エンジニアリングの正直さをこそ、「市民へのアカウンタビリティ」の表現にしたほうがいいんじゃないだろうか。そのほうが長持ちするし、私たちの「趣味のよさ」をむしろ育てるように思うのだが。

・鉄道に蒸気機関車しかなかったころ、あるいはその後、電化が進み、蒸気機関車が石炭の黒煙や火の粉なんかまき散らかす旧式のシステムと見なされていたころ、「SLが走る」ことが観光的売り物になることなど誰も想像しなかったに違いない。今回、そういうつもりはなかったのに、たまたま参加したら、工場景観の魅力を発見しました、という「意識改革」がされちゃった年配の参加者が何人もおられたのは示唆的である。なにも、人が殺到するだけが「観光化」ではあるまい。ニッチなオプションとしても充分成立するだろう。がんばれ千葉県。「房総みどころマップ」とかに、マザー牧場や菜の花畑と並んで化学プラントの夜景が掲載されてたりしたら、世界的に見てもちょっとかっこいいぞ。千葉県。


ありがとうございました>関係者各位

2007年11月20日

「都市の地面掻き」

電話で、レーニン先生に「宣伝してね」と念を押されたので。

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日時:2007年12月5日18:00〜21:00、17時30分開場、18:00開演
定員:当日先着400人(受講学生200人)、入場無料
場所:早稲田大学理工学部57号館201教室(大階段教室)
主催:早稲田大学 創造理工学部 建築学科 後藤春彦研究室、中谷礼仁研究室
連絡先:03-5286-2496(中谷研究室:儀部)

現代の伊能忠敬たち。どうよ。(←何がだよ)

400人収容の後悔先に立たず、じゃなかった公開講座。うーおそろしい。
ネタはいつものやつ(間に合えば何か仕入れる可能性もあるが、まあ無理だろう)なので、「もう3回見た」というヒトもいるかもしれないが、勘弁してくれ。
なにせ、本業はサラリーマンなので、そんなにぽんぽん新作を仕組めないのだ。
20代の頃と違って、2年や3年で基本的な考えが変わるわけでもないしね。
さて、ちょっと棚卸し。在庫確認しなきゃ。

2007年11月16日

The Year Of The Alt-scape

「工場萌え」が今年の流行語大賞の候補に選ばれている。
新語・流行語大賞

これ、Yahoo!辞書の「新語」にも登録されているのだ。
Yahoo!辞書 - 工場萌え

一方、我らが「悪い景観」は去年の「ブログ検索キーワード」で年間19位であった。
2006年のブログ検索キーワード1位は「W-ZERO3」--TRJ調べ:ニュース - CNET Japan

「工場萌え」の勝ちだろうな。

いやべつにどちらも「勝負」しているわけではないが、「悪い景観」は悪い冗談として忘れられ、2007年はテクノスケープ、インダストリアルスケープがブレイクしてポピュラーになった年として記憶/記録されるであろう。断言。

まてよ、「三丁目の夕日」があったな。強敵だぞこっちは。

南緯6度、東経106度。および北緯35度、東経139度。

日曜日、朝からインドネシアのジャカルタへ出張。機上で書き物をするつもりが、高度10000mで頭痛に襲われ、タイレノル2錠飲んだらノックアウトされて爆睡。

  • ジャカルタは赤道の少し南にあるため、GPSが見たこともない数字を示す。ジャカルタへ行くたびに、これがまず新鮮。
  • 道端に、雑草みたいにアロカシアやカラジウムが生えている。そのへんに柿の木みたいにバナナやマンゴーやジャックフルーツが植えてあって実が生っている。
  • 1日目は施工の検査と会議。2日目に樹木の材料検査に出かける。
  • 通常、ジャカルタの造園では、工事の際に施す植栽はほとんど「苗」である。特に高木は、ポットで持ってきた「棒」みたいな苗木を植える。ひとつには、熱帯気候なので植物の生長が早く、あっという間に大きくなってしまうからであり、もうひとつには、地元の造園屋に、大面積の農場に何年もかけて大きな樹木を育てておくなどという規模も余裕もないからだ。
  • でもこっちは、「高さ8mで葉張り4m以上」というような要求をする。地元造園業者は必死でジャカルタ中を探して、こちらの要求に合った大きさに育っている樹木を見つけてきて、その土地のオーナーに交渉して樹木を買う。だから、場所はバラバラだ。郊外の農地の隅とか、川のそばとか、道端とか、場合によっては個人の家の庭だったりする。材料検査はもう、1本1本見るために、あっちこっちへ移動して、たいへんなことになる。
  • 行って見ると、すでに移植のための養生を始めていた樹木の何本かは倒れている。根元を見ると、いきなり高木の周りを掘って根鉢を作って、ただ埋め戻している。そりゃ倒れるよ。「高木を移植する」というノウハウ自体が無いのだ。熱帯だし今は雨期だから、発根は順調みたいだが。
  • スコップを借りて、ちょっとやって見せながら、「根回し」のコンセプトを説明する。みんなやってきて取り囲む。造園屋の社長はノートをとっている。
  • 青年海外協力隊か?俺は。

    木曜日。朝7時過ぎに成田へ着き、都心の職場に立ち寄って荷物を置いて、そのまんま急いで大学へ。
    デザインスタジオ2の、街フィールドワーク第1課題の最終発表会。

  • 出来は予想以上。とだけは言っておきたい。まずは。
  • むろん、説明させるといきなり油断や隙や破綻や馬脚がパンドラ箱のナカミのごとく噴出するのはまあ、いつものことなんだけど。
  • どのチームも、プレゼンテーションがとてもキレイなのだが、なんというか、数年前のクラスのプレゼンで見たような、のたうち回って悩んだ辛さがあまり感じられない。いや、悩んでいるんだろうし、議論も重ねているんだろう。対象地もよく歩き回っている。でもこの、プレゼン全体の、やけに「良い子」な感じは何だろう。毎年そういう傾向が強まっているように感じるのだが。
  • 製作過程の変化、というのがあるかもしれない。パソコンや大型プリンターが気軽に使えるようになって、最近のこうした発表はほとんどデジタル出力である。Photoshopとillustratorが、逡巡や苦悩をそぎ落としてしまうのかもしれない。そうだとすると惜しい。デジタル作業が取りこぼしてしまう部分に、妙なリアリティの迫力があったりするのだが。このへんは難しいところだ。
  • あるいは、ほんとにみんな良い子なんだったりして。というか、そういう傾向を実感するという声も聞く。先日、塚本由晴さんにお会いする機会があったのだが、彼は、最近の学生は素直なので、最初から妙にヒネッたことをせず、ちゃんとオーセンティックなことを教えるように心がけているそうだ(塚本さんのいうオーセンティックがどんなオーセンティシティなのかにも興味はあるが)。
  • 中津・不良講師先生に命じられ、講評会後に持ちネタでスライドショーをした。
  • 学部4年の学生たちが何人か見に来てくれていた。僕がデザスタのお手伝いを始めた最初の履修者。神楽坂歩き回ったのなんか、ついこの間のような気がするけどなあ。いつのまにか、彼らは卒業設計に勤しんでいる。。。いかん、こういう感傷に浸るのはオヤジだぞ。いや、そもそも僕はオヤジだったんだった。忘れてたんだ。

  • スポンジ:境界を曖昧にする要素。
    要素の宝探しと類型化に留まらず、それが働き掛けることで周囲がどのような性格を帯びているかという観察にまで踏み込めると面白い。
  • 都市の平坦な床:地形と街の論理との拮抗と調停。
    ガレージはいわば、住宅と庭の確保の副産物的に造られた平面である。1次平面と2次平面、というような「層」があると言えるのかもしれない。敷地の平面の「規模」は、街の地形が顕現する「解像度」になっている。
  • 森のシークエンス:市街地のシーナリーに林地の豊饒さを発見する。
    たぶん、空間スケールが異なる。林地の比喩を市街地に当てはめるのは同一スケールでは無理で、それは移動速度とか要素の物体的な大きさとか、あるいは林地の要素の「複雑さ」に依っている。
  • エントランス:共有される公私領域の境界。
    「性能」だけではなく、「象徴」としてはどうだろう。入り口らしいとか、入り口を感じさせるとかいうのも「エントランス」のキャラの重要な側面だ。
  • 行き止まり:途切れる道路が見せる街の断面。
    たぶん、道路が「道路でないもの」に変わる瞬間が「見もの」なんじゃないか。そこから翻って、「では道路とは何か」という問いが上がってくると面白いんだけど。
  • 隙間の様態:
    使われているかいないか、なんていうのはたまたま現在の「様子」である。その隙間が「隙間」に見えるのはなぜか。つまり、その隙間が「隙間性」を自覚しているか、というところが面白いんじゃないだろうか。
  • 不安と安心のスポット:昼夜で反転する好嫌。
    時間があれば、その「反転の瞬間」を目撃すると面白い。反転したと感じる、その補助線がどこにあるか。その補助線はずらしたりできるのか。
  • アンチルール:「はみ出しモノ」を輪郭づける「見えないルール」の存在。
    これもスケールによって反転したり消失したりする。
  • 「参道」のシーン:そこを通過することが、他では味わえないような独特の体験記憶を残す場所がいくつかある。その経験を記述しつつ、それを成立させている状況を考察する。
    そのなかで自分がどう振る舞っているか、というのもキーなんじゃないか。どこを見たか。歩くスピードとか。地面の肌理とか。

    来週は最終課題へ向けた都心のフィールドワーク。残念ながら僕は行けない。しっかりやれよ。キッズ。

  • 2007年11月10日

    只今原稿から逃避中。

    先週の土曜日のことだったが、誕生日であった。くしくも、僕の誕生日ということはつまり、大山総裁の誕生日でもあり、あさみ編集長の誕生日でもあったのだった。おめでとうございました。>千葉・神戸方面。

    誕生日に、知人(もと僕の社内チームのスタッフ)の結婚披露宴に呼ばれ、スピーチを要請され、そんな晴れがましくも堅苦しい席で「もと上司」なんていう社会的にオトナな立場でお祝いを述べるなんていう局面に怖気立ち、花嫁にお願いして、「新婦のもと勤め先の様子や、関わったプロジェクトをPowerPointで上映しながら紹介する」という「プレゼン」をさせてもらうことにした。ビジュアルがあれば大勢の前でもなんとか喋ることができるので。いやあ、大汗をかいた。ほんと。しかし僕の「スピーチ」は差し置いても、なんというか、出席者をして幸せな気持ちにさせるような、いい披露宴であった。
    そうだ、本来、結婚「式」は、本人たちのためのものではなかったのだった。

    木曜日。関東学院大のデザスタ2、中間発表会。

    不良講師先生は途中で褒めるなとおっしゃったが、いやしかし、なかなか良くやっている。袋小路気味のグループもあったし、アイデアが冴えない割にプレゼンがシャープなグループもあったし、面白い発見をしたのにプレゼンがショボいグループもあったが、総じて、こちらの予想を上回る出来栄えになりつつあった。みんなそれなりに、街を歩き回って観察することに「没入」した気配が感じられた。途中でドロップアウトも可能な選択授業なのに、人数が減らないところも頼もしい。

    少しでも「手応え」が感じられるとこっちもモチベーションが上がるので、ついいろんなことを言ってしまう。すべてのグループのクリティークが終わったら、外はとっくに暗かった。クラス終了後も、居残ったグループにフォローをしたりしているうちに、気がついたら午後8時。心身ともに消耗しきってよろめき帰宅。京急の中で居眠りし、スポンジや行き止まり道路や街のギャップの夢を見た。

    2時間かけて(遠い)、自宅へたどり着いたら、いつもそんな時間には眠っているはずの長男がなぜか起きていて、パジャマのまま2階から降りてきて出迎えてくれた。あろうことか、息子が待っていた目的もデザインレビューであった。とほほ。頭痛をおさえつつ、床に散乱した紙粘土の「作品」の解説を聞く。「これがおスシで、これはおダンゴで、これはロールパンで・・・」

    2007年11月 1日

    利己的な遺伝子としてのドングリころころ作戦

    国分寺崖線ではドングリが旬である。
    夜、帰宅のおりに崖線の雑木林を抜けるたびに、パラ、パラ、とシラカシやスダジイやクヌギの実が落ちる音がする。
    温泉「ゆかり」の手前から深大寺へ抜ける坂道なんか、街灯に光るドングリがびっしり落ちていて、うっかりすると踏みつけたドングリで自転車の前輪が滑ってハンドルを取られそうになるくらい、「ドングリ坂」なことになっている。
    つい、ふと自転車をとめて、様子の良いやつを片手で握れるくらい拾ってしまう。
    で、いくつかを子供らへの「お土産」に残し、残りをせっせと裏庭の先の空き地に蒔いている。毎晩のように。
    浅い穴を掘って拾い集めてきたドングリを埋めたりしていると、なんかリスになった気分。
    というか、勝手に公園の手前に雑木林を育成したいという欲望を抱えている僕の前にこれ見よがしにドングリを落としまくる、なんという巧妙な遺伝戦略なんだ。崖線のクヌギ-コナラ群集二次林。
    そうだ、寒くなる前にスイセンの球根を植えないとなあ。

    右巻き/左巻き

    ProcreoFlashDesign Laboratory 回る人影 -錯視-

    僕は最初、反時計回りに見えて、どこをどう見たら時計回りに見えるんだろうと思っていたら、急に時計回りに見えはじめ、その後変更が利かなくなった。

    職場の若い連中のほとんどは「反時計回り」で、ひとり「どうしても時計回りにしか見えない」という女性は左利きだった(関係があるのかどうかわからんが)。若手の一人、Oクボくんは、眺めているうちに「意識的に切り替える」ことができるようになった、と言った。それができないのが悔しいので、しばらく見つめていたら、なんか酔ってしまった。ああ気持ちが悪い。

    そういえば高校生のとき、左で2拍子の指揮、右で3拍子の指揮の形に手を振って、6拍目で合う、なんてのができる同級生の女の子がいて、それがまたできない自分が悔しくて、夜、横になってから密かに練習を重ね、数週間後に「左で3拍子、右で4拍子、12拍目で合う」という無駄に高度な技域に達したときのことを思い出した。あれも、集中してやってると気分が悪くなるたぐいの手遊びだ。おえ。

    via:ネタのタネ 【話のタネ】3秒でできる右脳派?左脳派?チェック