2007年10月28日

「喚起される一般論」で相対化してはいけない。

西東京いこいの森公園 - 徒然まちづくりコラム - 楽天ブログ(Blog)

「完璧な設計なんてありえない」なんて、そんなのあたりまえのことだろう。公園の設計をちゃんとやれば、「子供の声を騒音だと感じる社会」の問題が解決する、なんて誰も言っていない。

お互いがお互いの立場にいま一度思いを致し、自分の胸に手を当てて、今からでも遅くはない。何が出来るのかを考え行動することこそが求められている

これを「正論」って呼ぶんじゃないのか?僕はこういう論調をこそ警戒しちゃうな。こと今回の公園に関しては、供給側と利用者とは非対称である。利用者が、「発注者」はともかく、「設計受注者」の立場や思惑を理解したり思いを致す理由や必要は何だ?子供を遊ばせに来た母親とか、基準超える「騒音」に悩む以前から住んでいた住民とかが、「受注したコンサルさんも、委託料のダンピングして入札して、おまけに審議会やら住民ワークショップにいろいろ言われたんじゃあ、施設の切り貼りみたいな配置計画に、そりゃなっちゃうわよね」とでも「理解」するのか?

今回の件に関しては、話を一般化してしまうことのほうが、「今回の」計画・設計の問題を相対化してしまうという危惧を感じる。どう見てもあれは、それこそ「今からでも」ハードウェア的に改善可能である(「完璧」じゃないにせよ)。地域社会の問題を考えるのはそのあとだ。

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コメント

何か書こうかと思いましたが、石川さんにすべて書いて頂けたので、何もありません。

ただ、最近、自分の記事が多数リンクされていて、多少ビビっています(苦笑)。

2ちゃんねるにも晒されてたなあ。セットで。

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