2007年10月30日

バイキンマン支持。

昨夜、帰宅したら、アンパンマンとかカレーパンマンとかメロンパンナとか、アンパンマンの「仲間たち」が自宅の前のアスファルト道路いっぱいにチョークで描かれていた。わが家の子供らを含む、ご近所のキッズの仕業らしい。

僕は、何度かテレビを横目で見たことがあるくらいで、それほど詳しいわけではないけれども、個人的に「バイキンマン」に好感を持っている。

おおむね、「世界に何らかの変化をもたらす」ために、新しい装置を発明したり、物事の再解釈をしたりというような「創意工夫」を「始める」のはバイキンマンである。しかもそれが、何か大きな野望に基づいているよりも、しばしば「ドキンちゃん」という、ややエキセントリックな峰不二子的キャラクターの理不尽な要求をうけて実行されるところもよい。

クリエイティブなバイキンマンに比べると、我らがヒーロー・アンパンマンはウルトラ・コンサバティブな存在である。じつに何も生み出さない。アンパンマンは基本的に、バイキンマンの試みを破壊して世界の現状を維持するだけが仕事である。何の提案も変化も創造もない。おまけになんだ、あの「善人顔」は。弱るとすぐにジャムおじさんから反則的な補充を受けたりするし。ずるいぞ。もっと葛藤しろ。

2007年10月29日

ランド素ケープ

「住宅都市整理公団」別棟:白髭団地ツアー/現にいまそこにあること

ちょっと嫌な言い方をするとそういう街の風景を変えることができる「特権的」な場所にいる方々にとって風景を批判的に眺めることはこれはもう本能のようなものかもしれないけど、そうじゃないふつうの人にとっては街の風景は「現にいまそこにあるもの」であってそのオルタナティブが存在するだなんて思いもしないんじゃないかな。建築家にとって街の風景はパラレルワールドのひとつかもしれないけど、ぼくにはそうは見えない。あきらめでもなんでもなくて批判的に他の可能性を表すより、ぼくは「現にいまそこにあること」のパワーを愛でたい、と。

そしてたぶん、大山さんの様々な「工夫」は、「そこにあること」をそのまんま提示しようとしたときに纏わりついてくる「パラレルワールド」を払拭する努力なんだろうなと思う。けだし、我々は現にある光景の「先」にアナザーワールドを夢想するというトレーニングを積んでしまっていて、そういう「邪念」を忘れることのほうが難しい。極端な例は「美しい景観を創る会」が喧伝したような、「現にいまそこにあること」を相対化する教条だろう。現前の風景を相対化することが、しょせんは新しいストーリーを付加する下心をもっている限り「そっち」とおんなじだとすると、これは痛い。

ただまあ、僕にとっての救いは、実際の風景はえてして自分自身の姑息な思惑をふっとばしてしまうことである。たとえば「物体的な圧倒」はしばしば、こうした夢想される平行世界を打ち砕いて心を掴む。ダムや工場の「説得力」はそういうところにもある。そこにあるという事態を拝むより他ないという。6世紀の人たちをいきなり現世に連れてきたら、彼らはダムや工場を「祀る」だろうと思う。

「テクノスケープ」で論じられていた「異化」は、工場をきっかけにするまでもなく、日常のなかで常に起きているのではないか、ふとコンビニや電柱や自販機の並ぶ道が違って見えてくるというような、日々の「プチ異風景化」はみんな日頃から経験していることで、そのさりげない「風景化」の目線で都市を見る、というのが「新スケープ」なんじゃないか、と先日思ったのだが、大山さんは工場やダムが期せずして持ってしまっているパワー、「それ自体を見てしまうよりほかない」という接近方法で見れば普通の街の光景を作っているさまざまなモノへもパラレルワールド抜きに接することができるのだ、という「逆のアプローチ」をしているのではなかろうか。

誤解を招く言いかたであることを承知でいえば、大山さんが写し取っているのは団地やパーキングタワーやゴルフ打ちっ放しの「自然」なんじゃないか。と。

僕は、上記の文章を読んで、咄嗟に以下のフレーズを思い出した。これはすごく似ているような気がする。誰が何と言おうとだ。

いついかなるときにも、私たちは何かに触れている。これは実に驚くべきことではないだろうか。

ところで、

石川さんって詰め寄りがちだよね。石川さんは先生もやってるけど、学生さんの心中をお察しする。

愛だよ愛。いやまじで。

「祖父ダニエルの写真」

Grandpa Daniel Slides Box 2 (Set) on Flickr

こここここ、これは!

すげー!正面からも撮影しても欲しかった。。。
いや、そうじゃなくて、当時の人々がどういう目でこの建物を眺めていたのかが知りたい。

via:aki's STOCKTAKING: 八王子駅 /1953年

ハロウィン@深大寺元町2007

今年もまた、構想を練る間もなく気がつけば10月も終わりであって、カボチャに火を入れねばならない日になったのだった。

↓長男のリクエストによる、「ガイコツ柄」

↓表札。

↓妹が送ってくれた自家栽培のカボチャが、モーリス・センダックの絵本の怪獣を思わせる形をしていたので。

↓近所の「お姉ちゃん」とともに。

ふー。
なんとか間に合いました、HAMACHI先生@この時期はハロウィンのポータル・ブログとでもいうべき:まわりぶろぐ

団地、観覧車、ランタン。

東風秋雨冷たき土曜日。

大山総裁のガイドで墨田区の白髭団地を見学するという、稀有なプレミア企画を実行。

またもう、台風なのに日取りを変えないところが、常にスケジュールが逼迫しているサラリーマン・フィールドワーカー(僕)の始末におえない、呆れた点である。大山さんはじめ、全身濡れネズミになりつつも参加してくださった、中央アーキ上領さんと彼女さん、ぽむ企画桂さん、フリックスタジオ小園さん、住み団小林さん、ありがとうございました/お疲れ様でした。歯軋りみたいな不参加メール送ってきた坂下さん元永さん、また行きましょう。

内容は、これから書く締め切り超直前の原稿のネタにするつもりでもあり、大山さんの後日の別記事のネタにもなる予定だそうなので、詳しくはその折に(ぽむ日記にもレポートが一旦上がったようだが、間違って消されたらしい。残念)譲るが、ともかく「のけぞるような衝撃体験」であったことだけは記しておきたい。尋常じゃないものを目撃した。白髭団地。

ああした、「インフラ性が卓越する建築物」が屹立しているという、「確固とした理由のある現役の構造物が理不尽な景観をなしている」という事態が都市のなかにある、というのは、なんか、励みになった。妙な言い方だが、わかる人にはわかってもらえるであろう。この「励み」。

上記の原稿的には、昨今の「工場萌え」から「新スケープ」、「団地」それぞれの輪郭を少し掴んだような気がして、それが大きな収穫であった。


台風一過、これ以上ないくらい素晴らしい秋晴れの日曜日。

僕のファミリーの「本家」が同族経営する会社の株主総会の、総会後の懇親会にだけ参加するため、親子4人で横浜へ。1年に1度、この機会にだけ会う本家周辺の親戚とホテルの昼食をともにする。ホテルの窓のすぐ外に巨大観覧車があって、その眺めに子供らがエキサイトした。その興奮を満たすべく、会のお開き後、僕の両親とともにそのミニ遊園地へ移動。僕以外の全員が観覧車に乗った。高所恐怖症の僕だけ遠慮して地上に残り、橋の上から観覧車に手を振った。だって怖いんだもん。大観覧車。

電池が切れ、無駄に重い荷物と化したコドモらを抱いて帰宅して、日没と競争しながらなんとかカボチャを彫った。やれやれ。

2007年10月28日

「喚起される一般論」で相対化してはいけない。

西東京いこいの森公園 - 徒然まちづくりコラム - 楽天ブログ(Blog)

「完璧な設計なんてありえない」なんて、そんなのあたりまえのことだろう。公園の設計をちゃんとやれば、「子供の声を騒音だと感じる社会」の問題が解決する、なんて誰も言っていない。

お互いがお互いの立場にいま一度思いを致し、自分の胸に手を当てて、今からでも遅くはない。何が出来るのかを考え行動することこそが求められている

これを「正論」って呼ぶんじゃないのか?僕はこういう論調をこそ警戒しちゃうな。こと今回の公園に関しては、供給側と利用者とは非対称である。利用者が、「発注者」はともかく、「設計受注者」の立場や思惑を理解したり思いを致す理由や必要は何だ?子供を遊ばせに来た母親とか、基準超える「騒音」に悩む以前から住んでいた住民とかが、「受注したコンサルさんも、委託料のダンピングして入札して、おまけに審議会やら住民ワークショップにいろいろ言われたんじゃあ、施設の切り貼りみたいな配置計画に、そりゃなっちゃうわよね」とでも「理解」するのか?

今回の件に関しては、話を一般化してしまうことのほうが、「今回の」計画・設計の問題を相対化してしまうという危惧を感じる。どう見てもあれは、それこそ「今からでも」ハードウェア的に改善可能である(「完璧」じゃないにせよ)。地域社会の問題を考えるのはそのあとだ。

2007年10月26日

Dear Mr. Architect

404 Blog Not Found:惰訳 - 建築士がプログラマーのごとく働かねばならぬとしたら

・・・どこがジョークなのかぜんぜんわからん。普通じゃん。
「建築士」じゃなくて「建築家」にしたら少しはニュアンスが違うかもしれないな。

いや、それでも普通だな。

つまり、プログラマーは「こんな理不尽な要求下で仕事をしてるのは俺たちくらいなもんだ」って思ってる、ってことかな。

追記:
いけねえ、クイックポストから書いたらうっかりトラックバック送ってしまった。。。そんなつもりはなかったのだが。

2007年10月24日

メタ記事



2007年10月23日

管泊

dasparkhotel | Andi Strauss� place

そうか、わが家の裏の空き地に足りないのは土管だ。

「里山萌え」はあるか(という話ではない)

「ぽむ日記」にデビュー。
ぽむ日記 2007年 10月
今後、僕のことは「けんちく系芸人」と呼ぶように。

先週、火曜日。

「『新スケープ』の著者を囲んであーだこーだと話を聞いてみる夕食会」を行うべく、思い当たる人々に声をかけて、夜、赤坂の中華料理店に集まって頂いた。中央アーキのみなさん3人と藤村龍至さん、ぽむ企画桂さん、大山総裁、住み団小林さん、千葉大の八馬先生、地図メカ元永さん、タケダ@調布市民、フリックスタジオの小園さん(最近、いろんなところでフリックスタジオのエディターにお会いするが、そのたびに違う人なのだ。奥が深い)、僕の勤め先の若手スタッフ、エンジェル・ササキ。うむ。ちょっと嬉しがって集めすぎたかもしれん。

僕自身は非常に楽しんだ。というか、興味深かったというか、いろいろと考えさせられた。本にサインももらったし。

弁護士、じゃなくて、寺田真理子さんをして「居眠りしていてもシンポジウムのレポートを書ける」と言わしめる「ラウンドアバウト・ジャーナリスト」によるレポート:
新スケープ vs 旧スケープ (round about journal)

いやべつに煙たがってねえってばよ。

でも、説教部屋っぽい空気にしたとすると僕の落ち度である。そういうつもりはなかったのだが。こっちとしてはむしろ、都市・郊外・団地・工場系に取り囲まれて四面楚歌化し、里山に追い込まれたという感じだったんだけど。
中央アーキの皆さんが辟易していたらすまん。でもまあ、「出版する」というのはそういうことだ。読者はこっちが困惑するくらい深読みするし誤読する。それもネタだと思えばさ。
帰路、地図メカとも話していたんだけど、もう少し違うセッティングで、ゆっくり話を聞いてみたいと思った。

話が展開するうちに以下のような構図が浮かび上がってきた。

新スケープ:団地、工場、高層ビル、首都高 etc...=郊外的、テクノスケープ的
旧スケープ:合掌造り、棚田、里山 etc...=正統的、伝統的

まあね。実際に僕らが話した内容もそういうまとめを示唆する方向だったのだろう。分かりやすいし。

でも実は、ほんとうはこれこそがずっと残念に感じていることなんだよなあ。上記のような対概念化はたとえば、僕の周辺で言えば、いわば「保守的ラ系」の言説に顕著だ。論者によっては、「郊外的、テクノスケープ的」な景観を称揚する物言いが、価値観を相対化することで都市の資本の論理に加担することになる、と、その政治性を批判し警鐘を鳴らすものもある。この「構図」では、「郊外的、テクノスケープ的」は、言ってみれば新奇な趣味として「ひと括り」である。

でも、もう言うまでもないが、「工場萌え」や「恋する水門」の、対象への接近のしかたと、「新スケープ」のそれとはいささか異なっている。工場やダムや水門は物体的な延長や輪郭を持っていて、景観的強度とでも言うべき「ランドマーク性」を有している。一方で、「新スケープ」は(それは著者ら自身が説明するように、揚げ足を取られたくないという気持ちがそうさせたという一面はたとえあるにせよ)「まなざしの提示」であって、その対象の選び方もどこか消去法的で、「遠巻き(@Motoe_LAB)」である。さらに、「団地」がある。大山さんの「団地」は必ずしも絶景系テクノスケープではなく、「新スケープ的手法によるランドマークの潜在性」とでもいうような宙吊り感がある。近年、「郊外的、テクノスケープ的」を享受する視点はけっこう多様になりつつある。

一方で、「旧スケープ」のリテラシーはどうよ。なんかこう、わくわくする「再発見」が感じられないのは、冴えた人材がみんな都市に行っちゃってるからなのか、あるいは僕自身がそういう斜に構えた目で見ているからか、どうも「社会善」に寄り掛かってしまって停まってるような気がするのだが。以前、木下先生が「パストラル度」というちょっと皮肉っぽい「田園景観評価」をやっていて、あれは面白いと思ったけどな。田園風景は、いつのまにかその「付加価値」を払拭するのが非常に難しくなってしまった。

「空撮」はひとつのやりかたではあるのだった。
Designs on the Land: Exploring America from the Air
Taking Measures Across the American Landscape

藤村さんのいう「(おそらくは都市を作る側にいるという自覚をもった)批判的に乗り越える」とはまた違うだろうが、「新vs.旧」の対立の先へ進むことが、僕自身にとっても踏まないといけない手続きである。ような気がする。

「デザインされた風景」や、いわゆる「美しい景観」についてはどうだろう。という宿題もあるな。ううむ。まいったなこれは。

追記:
そういえば、この翌朝、何気なくテレビをつけたら、NHKの朝のニュースで、「工場景観が熱い」という報道をしていて、あろうことか、ちらっと「工場ナイト」の光景が映り、その後「千葉県が観光資源として港湾沿いの工場のツアーを企画している」という話になり、工場の「中の人」に対して「見どころ」を説く八馬先生が映った。・・・これは何かの啓示なのか。

2007年10月18日

「音の地図」

@nifty:デイリーポータルZ:音の地図をつくる

音の世界地図がほしい

音の臨場感はすごい。目を閉じると本当にその場所にいるような気分になる。

今回は駅周辺の狭い範囲だけだったけど、これが世界地図になったらどんなに素敵だろうと思う。サハラ砂漠でラクダがげっぷする音や、ニューヨークの交差点にひびくクラクションが聞こえたりするのだ。たまにだれかが喧嘩する声が聞こえたりして無駄にはらはらするかもしれない。

そんな地図があったら、一日中でも聞いていたいです。

↓これ見てみて>三土たつおさん

音の地球儀 - リビングワールド

2007年10月15日

「西東京いこいの森公園」に行ってきた。

以下はこれの続きである。

「公園日和」とでもいうべき、うららかな秋の土曜日の午前中、件の、西東京市いこいの森公園へ「検証」に出かけた。
僕を含めて、こうした公共の外部空間の設計に関わる仕事をしている現役5名が同行し、加えて僕は公園の典型的利用者のサンプルとして、ウチの3歳&5歳の「純粋ノイズエレメント」を連れて行った。

調査(というか見学)のポイントは、当該公園は「設計ミス」と言えるか、という点であった。もちろん、今回の件をめぐっては、「子供」とか「地域社会」とか「都市居住と住環境」とか「権利」とか「個人と公共」とか「寛容と憎悪」とか、この件が喚起するいくつもの議論がありうる。が、それらはあくまでこの件が「喚起する」ものである。今回の措置の主旨は「騒音被害を訴えた住民の住居で基準値を超える騒音が観測され、それが認められた」というものであって、音源がコドモだろうとボードだろうとウマだろうとそれはこの件に関しては関係ないし、訴えた住民が一人だろうと100人だろうと健康だろうと何だろうと関係ない(新聞が、『女性が』『女性が』って書くのもなんか気に入らない)。そのへんの話をややこしくしないために数字を明記した条例があるのである。「その条例の妥当性」についてどういう言うことは可能だが、それはレベルが異なる議論である。

そこで、僕らが関心を抱いた点は、こうした問題は、公園の設計の内容によって回避が可能であったのか、ということだったわけだ。もし、まあ多少至らなかった点はあるにせよ、それなりに考えて作ってはある、という印象を受けるような公園であれば、議論は次のレベルへステップアップできるわけである。

しかし、公園の入り口に立った我々は唖然として、文字通り言葉を失ったのだった。
んもう笑っちゃうくらいダメな設計であった。学生を連れてきて、ダメな事例としてフィールドワークしたら教育効果があるんじゃないか、という話が出たくらいであった。というか、こう言ってはなんだが、ダメな物件のほうが、一緒に見回っているときに話が弾むので盛り上がるような気がする(シモダ君は『来なけりゃよかった』と呟いていたけれども)。案内図を見ながら議論をはじめると、大々的な改善案はいくらでも湧き出るので、学生の課題としていいサブジェクトかもしれない。ほんとに。

すでにいくつか、ご一緒したメンバーから報告が掲示されているので、こちらも参照されたい。指摘事項に付け加えることはあまりない。

スケッチ・オブ・ザ・デイ 「西東京いこいの森公園」について
Aquilo - Blog:ミス以前の問題でした…。

ツクイさんが書いているような具体的な不具合や、キノシタ先生が記している計画上の不備は議論の余地のないものだったけれども、僕は何より、公園全体に満ちている「適当さ」と「外し具合」に眩暈がした。今回の騒音裁判と仮処分決定は、この公園が具体的・潜在的に抱えている計画上/運営上の問題の一部が、極端にわかりやすく不幸な形で噴出露呈したに過ぎない、とすら思える。

加えて、仕事柄、民間の物件を見慣れているためか、「公園」のデザインやディテールの「ゆるさ」や、記号の強い既製品の羅列には愕然としてしまう。いや公園クオリティなんてこんなもんですよ、とキノシタ先生やタケダ君がしきりにフォローしていたけど(ツクイさんは、そんなことはない、公園としてもダメだ、と繰り返していたけど)。

公園を一回りしてのち、近くのファミレスで昼食を摂って解散。僕は子供らのリクエストでふたたび公園に戻って、プレイロットで子供らを遊ばせた。砂場の近くのベンチでは、常連らしいお母さん達がお喋りに興じていて、話題はやはり今回の騒音問題であった。しばらくしたら、ネクタイをした、どうやら市議らしい初老の男性が回ってきて、「いま、利用者の市民の声を聞いているんですがね」と、今回の件について質問された。隣に腰掛けていたお母さんたちは、マンション住まいだと普段から気を遣うので、自宅で子供らを遊ばせられない。ここは広くていい公園なので、残念だ。その住民のかたの気持ちはわかるけど。難しいですよねーこういうのは、人によって感じ方も違うし、と、穏やかに困惑しているという感じの応答だった。うがち過ぎなのかも知れないが、僕はその市議(だと思う)の、「1年半前からの陳情に答えて植木を足したり看板を出したりいろいろ対策をとってきたんだけど」とか「他の住民や、あの病院からはなんにも出てなくて、そのお宅だけなんですよ」とか、なんか、言い分けがましく、かつその訴えた住民の特殊性を示唆するような物言いにちょっとむかついたため、「公園のほうで何とかするしかないでしょうどう考えても。防音壁が一番効果的で安いんじゃないでしょうか」と提案した。

子供たちにせよ、スケートボーダーたちにせよ、少人数で汗かいて草刈りしておられた公園ボランティアの人たちにせよ、多くの市民にとってすでにここは取り換えのきかない場所になりつつある。さっさと遮音措置が行われて、噴水やボードの利用が再開することを祈るね。


追記。

子供の声「騒音」の時代、自治体への苦情増加 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

「部活の練習がうるさい」「児童館で遊ぶ声が騒がしい」——。学校や公園などで、子供の声を巡って、周辺住民との摩擦が生じるケースが増えている。

 最近では、東京都西東京市にある公園の噴水で遊ぶ子供の声を東京地裁八王子支部が騒音と認定し、市が噴水を止める事態に発展した。

 読売新聞が全国の県庁所在地、政令市、東京23区の計73自治体を対象に調査を行ったところ、各地の自治体が、子供の声や部活動で生じる様々な音に対する苦情の対応に追われている実態が浮かび上がった。

話を一般化するんじゃねーよ。まったく。

2007年10月11日

地図熱

Google Japan Blog: デベロッパー交流会(第2回) ─ Vol.3

Google Japan Blog: デベロッパー交流会(第2回) ─ Vol.4

以上で今回の掲載はおわり。

楽しい「交流会」でありました。上記blogではあっさりまとめられているが、中華料理店での懇親会は実に盛り上がった。地図熱に火がついた。ああどうしよう。

さしあたってこれ→創造工学研修、2007.10.11 (Motoe Lab, TU)履修したい。

追記:
あとこれだ。
設計演習A 第一期 - 早稲田大学 中谷研究室/授業ブログ
ああ履修したい。

Your place, My place

先週のことだったが。せっかくなので忘れないうちに。

・デザインスタジオ2、第2回。

先週作成したそれぞれの「キャンパスのわたしの場所」の提出物がシャッフルされて配られる。履修者は、自分ではない、「他の誰か」が、わたしの場所だと主張する「場所」を手にすることになる。

課題:他の人の「わたしの場所」を読み込み、現地を検分して、そこに何らかの空間的操作を加えることによってあらためてそこを「わたしの場所」に編集し直し、紙に表現して説明せよ。作業時間1時間。

不良講師先生が、「お気に入りの場所と『わたしの場所』は違う」という「なぞかけ」をし、これが学生たちをしてなかなか興味深い混乱をせしめた。

あと、「編集」という言葉がいささか高度に過ぎた(言葉そのものが難しいというよりも、こういう意味で用いる表現としてちょっと気取りすぎだった)。

それにしても、先週から脱落者がほとんどいなかったのが驚きだった。次回は学外へフィールドワーク。この人数で街歩きしたりするのか。ちょっとすごいぞ。。。

2007年10月10日

顧客としてのペアレンツ

ここギコ!: 今の親は先生に多くを求めすぎだし、子供を無菌状態に置こうとしすぎ

どこかの教育施設に子供を託している若い親(たとえば僕)には、心当たりがあるエピソードだ。

もっとも、わが家の子供らが通っているのは保育園で、保育園と幼稚園はずいぶんと様子が違う。保育園は、親はだいたい共働き(か、あるいは片親家庭など、そういう事情がある場合)だし、なんとなく、本来はもっと子育てに自分の時間と労力を費やすべきところを、公共のシステムに肩代わりしてもらっているというような、軽い後ろめたさというか共犯感覚が共有されている(あくまで僕が勝手に感じている空気である)。一部の、この子で5人目、とかいうベテランの強者母親を除けば、低年齢児の親はみんな新米で、保育士に対してもけっこう謙虚である。保育園では、先生のおっしゃることを聞きなさい的な古き力関係が少し残っているような気がする。

が、それでもなお、僕自身が年少の頃にはあまり考えられなかったような、子供の顔が写っている写真が第三者の手元に渡るのは耐えられないという「要望」のために遠足や運動会の集合写真の配布が中止されるというような事態に出くわして面食らうことがある。

なんかこう、親が、施設に対して「カスタマーの立場」から(正当な)サービスを要求する、というような態度しばしば取る。僕自身、時おり、思わずそういう思考をしていて驚くことがある。気がついたら、僕らはいつの間にか、あらゆる対人関係を「取引」だと見なす習慣を帯びてしまったのだ。

こういうのは子供に簡単に伝染するんだよなあ。
「立派だが誰も表立って評価してくれないことを黙々とやる」姿を見せないとダメだろうなあ。
ろくでもない、誰も褒めてくれないことにただ夢中になる姿なら得意なんだが。

2007年10月 9日

せーの、ドゥードゥル。

Google Japan Blog: デベロッパー交流会(第2回) ─ Vol.2

・そーか、小山さんは関西(というか少なくとも西日本)出身。あれは「ツッコむ」ところだったんだ。。。

・ビデオ見てもらえばわかるように、僕はカメラの存在を途中から完全に忘れている。

・見直してみて、あらためて思ったが、Googleマップの「世界フラット感」は、いうなれば「デジタル地図の近代化」だったのだ。

そもそも、単一で共通のルールが世界を覆い得るという、地図は西洋近代の世界観の産物である(地図の想像力 (講談社選書メチエ))。つまり、現在のフォーマットとしての「地図」はもともと、デジタル素材化しやすい情報のあり方だったのだ。

ところが、プロアトラスでもゼンリンマップでも、当初は日本の一部しか詳細に表示できなかったし、大縮尺でも日本しか表示できなかった。これは単に、データが日本列島しか入っていなかったからなのだが、同じ縮尺で海外を表示しようとしたとたんに解像度ががくっと落ちて大縮尺に飛んだり、日本列島の外が延々水色だったりして、なんか、紙の地図よりもずっと、「世界の果ては水が音を立てて落ちている滝」な感じがした。

紙の地図は、その端っこが無造作に「物体的に」切れているから、逆に、実はこの先には地図がカバーしていない領域がある、という想像を許す。思うに、デジタル化された地図は、その、媒体としての紙の物体的制約を越えた、という目で眺めてしまうので、掲載されている情報の地理的な限界が余計に目立ってしまって、むしろ紙の地図以上に「ローカル」な感じがした、のかもしれない。

Googleマップの、各地の詳細情報は追々入れるとして、まずは世界をカバーする基盤だけ、ばーっとこんな感じで、という出現のしかたは、いちおう概念としては了解していた「神の目線」を、感覚的に「味わう」インターフェースだったのだ。スクロールしていくと、ぐるっと回って戻ってくるところとかさ。

ここはカンザスじゃないみたいよ。トト。

職場の同僚がアップルストアでiPod touchを触ってきて、ほとんど目を潤ませてその「未体験ゾーン体験」について語っていた。

先日、Google地図集会で安藤さんにiPhoneのGoogleマップを触らせてもらったので、その「感じ」はわかる。あれはたしかに、ちょっと「たいへんなものを手にした」という感慨を抱かしむる装置である。欲しい。欲しいがしかし、あの値段と相まって、わが家の家電優先順位的には、家族会議に議題として提出するのさえためらわれるほどの低さなのだ。

思い返すにしかし、僕がいままで経験した「目からウロコ」のうち、最も衝撃的で、俺は今、これまでとは異なる世界の入り口を眺めているのだ、という、一番強烈な「夏への扉」は、15年近く昔、インターネット・ゲイトウェイ経由で、ニフティサーブに接続したイマイから、僕のCompuserveのアカウントに、ローマ字のメールが届いた瞬間であった。

いやあ、いま思い出しても鳥肌が立つくらいの感動だったんだよなあ。
eTrexの電源を入れて、初めてナブスターを捕捉して「地球上の現在位置」が表示されたときも身震いしたが、それを上回る感動だったな。アメリカで受信した日本からのメール。ああいう「夜明け」な経験を、これからもすることがあるだろうか。

■注
・ニフティサーブ:Niftyの前身であるパソコン通信。
・Compuserve:ニフティサーブの見本になったと思われるパソコン通信。
・パソコン通信:パソコン通信 - Wikipedia

どっどど。

ああもう、1年中こんな気候であったら僕はもっとずっと穏やかで思慮深く、世界のあらゆる人々への配慮と愛情に満ちあふれた人間になれるだろうと本気で夢想したミッド・フォール(中秋)の3連休であった。僕の中には様々な民族の血がモザイク状に混在しているはずだが、おそらくその中でもアムール河流域とかの東北アジア系狩猟採集族の集団で鍛えられた遺伝資質の体内勢力が強いと思われる。なぜなら、

・熱帯アジアリゾートや、ヤシの木にサンゴ礁の孤島系リゾートのポスターを見ても何の感慨もわかないが、雪原にイヌゾリが走る映像には鳥肌が立つ
・風が肌寒くなってくると、ほとんど郷愁のごとき心のざわめきを覚える
・暑い季節の冷房よりも寒い季節の暖房、特に燃焼系の暖房を愛する
・上記と関連するが、暑い季節のフローズンな飲み物よりも、ゲレンデで飲むコーヒーを愛する
・自動販売機の缶のコーンスープも好き
・「銀河鉄道の夜」よりも「風の又三郎」のほうが好き
・クヌギ/コナラが結実してパラパラ落ちてくると拾い集めたくなる
・動物園でアザラシを見かけると飛び出して猟銃で仕留めてナイフで解体したくなる(←これはうそだけど)

からである。

そういうわけなので、片づけるべき屋内のもろもろを後回しにし、土日はほとんど庭にいた。

月曜日(祝日)。
滑り込みで、リビングワールドの展示会へ。
kurkku展・お店の中の【世界】 - リビングワールド

子供らは、「音の地球儀」に興奮して、30分くらい離れなかった。
kurkku | from staff

(ちなみに、上記の掲載に際しては、お店のスタッフには「写真を撮ってもいいでしょうか」「お店のブログに掲載してもいいでしょうか」と、ちゃんと事前に丁寧に訊ねられた)

kurkkuというショップも、そのエコロジズム主張と、欲望喚起デザインの洗練とが絶妙に組み合わさった、よいお店であった。僕らはあっさり捉えられ、折り畳めるお箸を数膳、および「A DAY」のCDを購入して帰った。
一日/A DAY(生命のリズム) - リビングワールド

太田さんにご案内頂いた東京駅の都市の展示会にも行く予定で居たのだが、雨が降ってきて、おまけに子供らのバッテリーが切れたため、断念して帰宅。
cSUR Exhibition - 東京大学cSUR展 | Home

ま、こちらは職場も近いので、また行こう。

追記。

tEntとリビングワールドの「共通点と違い」が非常に興味深い。それぞれをメタに鑑賞するために、もう一方を補助線として参照するのはとても有効である。両方知っていてよかったと思う。
tEnt website

そういえば、上記のお店で安藤さんとばったり。

2007年10月 5日

ぐぐってきた。

Google Japan Blog: デベロッパー交流会(第2回) ─ Vol.1

国内の第一線で活躍されているウェブアプリケーション開発者をお招きし、Googleエンジニアと直接意見交換をしていただくデベロッパー交流会の第2回目を開催しました。今回のテーマは「Google マップ とGoogle Maps API 」です。

言うまでもなく、僕はウェブアプリケーション開発者でもなければ、どういう意味でも「第一線」で活躍する誰かでもない、にも関わらずなぜこんな会議に顔を出しているかというと、「地図だから」という理由で安藤さんに呼んでいただいたためだ。

なので、これからさらに掲載されるトークセッションのレポートやビデオを見ていただければ、話題がちょっとでも技術的なことに及ぶたびに(というか、それが本題なんだけど本来。)石のように沈黙する石川の様子がよく観察できるでありましょう。

Googleのオフィスというと、そのへんにソファーがあったり、壁や床が託児所みたいにカラフルだったり、みんなカジュアルな様子をしていて誰が偉い人で誰がメールボーイかわからない、というようなイメージがあるが、あれは本当である。

・Googleのオフィスの壁には、タモリ倶楽部撮影の様子を写した写真が掲げてあった。

・イヌはいなかった。

・わざわざこのために日本へ出張して来られたGoogleマップAPIのエンジニア氏、ジェームズ・マクギルさんは、なんかもう、「素人が思い浮かべる、Googleで働くギークのイメージ」をそのまま具現化したみたいな人物で、思わず好感を抱いた。

・同時通訳が入ったが、じつに素晴らしい通訳だった。「通訳がすばらしい!」って言ったら、いきなり安藤さんや古旗さんが、江戸情緒の話だとか明治維新の話だとか、関係ない、訳しにくそうな話をわざと始めた。

・ディスカッションは楽しかったが、話題は飛びまくった。石原さんに心労を強いたと思われる。

・Google Maplet(日本語版だとMy Map)はいいぞ。

・Googleマップに付け加わって欲しいのは「時間」だ、という要望に、グーグラーらがポジティブに反応してくれたのがよかった。期待大。

・地図ナイトという、それぞれが自分のお気に入りの地図を持ち寄って、それについて語るっていうコアな集まりがありまして、というツカミに、出席者の小山さんも古旗さんも、日米グーグラーも膝を乗り出した。行けるぞ地図ナイト2。

・小山さんに教わったが、こういうイベントが開催されていて、しかもあろうことか、同じ日なのだった。エンジニア交流勉強会「gungi」 - イベント案内 | 2007-09-21 (金): 第5回エンジニア交流勉強会「gungi」開催のお知らせ「同期現象」なのかこれは。

・会議が終わって、近くのレストランで懇親会があった。食事を終えて別れ際、ジェームズ・マクギルさんをして、「GPS買うよ」と言わしめた。布教成功。しかも、Googleマップ作ってる人にだぜ。グローバル・ポジショニング・システム・エバンジェリストと呼んでくれ。略称GPSE(ジプシー)。

寝耳に噴水

公園の噴水遊びを騒音認定、「基準超す」と使用停止に(読売新聞) - Yahoo!ニュース

 東京都西東京市緑町の「西東京いこいの森公園」の噴水で遊ぶ子供の声がうるさいとして、近くに住む女性が騒音差し止めの仮処分を申し立て、東京地裁八王子支部が噴水を使用してはならないとする決定を出していたことがわかった。
 決定は1日に出され、同市は翌2日から噴水を止めている。
 同公園は、旧東大原子核研究所の跡地を利用して、市が2005年4月に開設した。敷地面積は4万4000平方メートルで、噴水は、遊具などが置かれた広場の中にある。複数の噴水口から水が断続的に噴き出す仕組みで、水の間を縫って遊べるようになっている。
 決定書などによると、噴水と女性の家とは数十メートル離れている。都環境確保条例の騒音規制では、この地域の午前8時〜午後7時の基準値を静かな事務所内に相当する50デシベルと定めているが、市が観測したところ、噴水で遊ぶ子供の声は女性の自宅付近で60デシベルと、基準値を超えたという。

公園の空撮はこんな具合である。


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噴水と流れが、よりにもよって、公園に隣接する一戸建て住宅地に最も寄ったところに設置されている。

これは、住民に同情するね。僕は。

この公園は、西東京市の合併記念公園として整備されたものだ。設計コンペが公募されたため、憶えていた(僕は応募しなかったが、同僚が応募していた)。

一方で、周囲の住宅地は古い。30年前の空撮写真にはもう住宅地が写っている。公園の敷地が東大の研究施設だった30年間、ものすごく静かな環境だっただろう。

公園建設の際に市がどのくらいの内容を近隣住民に説明していたか知らないし、住民が裁判所に仮処分を申し立てるまでにどのくらい、市の公園課あたりに苦情や相談を持ち込んだのかもわからないし、市がそれまで、どういう対応を取ったのかもわからないので、その点については何とも言えない。

でも、噴水や流れで大騒ぎして遊ぶくらいの年齢の子供らを統率制御するのは不可能だ(まさか、中高生が遊んでるわけじゃあるまい)し、公園の噴水はそのように遊ばれることを望んで設置されるものだ。

どうして、もっと南側の端っこに置かなかったんだろう?土地の勾配の関係とか、給排水設備の配置の事情だろうか。あるいは単に、設計者と発注者の考えが足りなかっただけだろうか?なんとなくそんな気がするが。

追記:
公園の噴水遊びを騒音認定、「基準超す」と使用停止に : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

 女性は病気療養中で、不整脈や不眠の症状があり、水遊びをする子供の声が精神的不安や苦痛をもたらすなどと主張。これに対し、市側は、子供の声は騒音とは言えず、他の住民の苦情もないとして、基準値を超えていても受忍限度を超える騒音にはあたらないと反論していた。  同支部の決定は、水遊びが出来ない構造にするなど、子供が歓声をあげることのない噴水を設置することは可能だったとして、女性宅付近での子供の声の大きさが基準値を超える状態で噴水を運転することを禁じた。女性の代理人の弁護士は「騒音問題について関心が高まっている今の時代、市はもっと注意を払ってほしい」と話している。

Yahooに配信してるニュースだとこの段落が抜けているから、ずいぶんニュアンスが違うが、なるほど、争っていたのだ。市と住民が。自治体はこうした前例に敏感だから、「水遊びが出来ない構造」の噴水なんてノウハウが一般化しちゃうんじゃないかと心配だ。

しかしそれより、配置が悪いよ配置が。この場合。

追追記:
西東京いこいの森公園 一部利用中止について(スケート広場等) 西東京市Web

 住民より騒音差止等仮処分申立がなされ、東京地裁より決定がされましたので、10月2日より「スケート広場でのスケートボードの利用」および「噴水装置の運転」を中止しますので、ご理解、ご協力をお願いいたします。
 なお、インラインスケートおよびBMXについては、従来どおりご利用になれます。

なんだ、しかもボードとセットだったんじゃんか。
「水遊びの子供たち」だけ選択的に報道するところが、なんかヤな感じだな。新聞。

追追追記:
ちなみに、ツクイさんはもっとストレートに手厳しい。

Aquilo - Blog:噴水遊びは、騒音?

まあでも、供給者を断罪するのも躊躇われる。見方を変えれば、事前に委員会を組織したり、住民とのワークショップをしたり、公園の建設前から住民グループによる愛好会的なサークルを作ったりと、配慮は頑張っていた、と言えなくもない。それこそ、騒音の苦情が持ち上がるくらいだから、利用者の非常に多い施設なのだろう。

この手の、住民からのクレームに関しては、自治体の公共施設管理関係の部署には、かなりの経験と事例とノウハウが蓄積している(だからこそ、どうしてこういう配置になっちゃったんだと思うわけだけれども)。自治体としては、こんなふうに裁判になってニュースになってしまうことをこそ、最も警戒するはずで、住民と「争う」まで行ったというのはもしかすると、子供らの遊び場を守れ的な「維持派」の声と板挟みになっていたのかもしれない。

これから、「遊んではいけません」ていう立て札つきで、水のない噴水が晒されている、という光景が出現してしまうことが寂しいな。うまく遮音する工夫ができればいいけど。

2007年10月 1日

下布田の民家

「ガーデニング筋」(雑草抜き、草刈り、宿根草の植え替え、低木の剪定などを遂行する際に使用する筋肉群)と、「土曜大工筋」とは異なるということを身をもって実感した週末であった。いててて。
今後は、一週間おきに、庭仕事と大工仕事とを交互にやるといような作業スケジュール上の工夫をしないといけない。

土曜日。
調布市の花火大会だった。僕らは妻の仕事でお付き合いのある造園屋さんが主催する「花火見バーベキュー」にお呼ばれし、家族4人で南武線の中野島まで出かけた。

その造園屋さんは、去年まではカフェを併設したガーデンショップを構え、個人住宅のお庭のデザインと施工も請けたりしていて、妻はそこの設計をいわば外注していたのだった。今年になってから、いろいろと事情があって、そのお店を閉じ、地所を半分売ってしまうことになった。そこにはマンションが建つことになった。

地所の中に、古い茅葺きの家が残っているが、これもマンション建設に伴って取り壊してしまう、という話だったため、ここ10年空き家になっていたというその家を見せていただいた。

これが、ちょっとした見モノだったのだ。なんというか、民家園にあるようなゴージャスな豪農系茅葺き家でなく、じつに普通の、「庶農家」というかんじの家。瀝青会がいうところの、本来の意味での「民家」。軒が低い。全体に小振りで、なんとなく歪んでいて、煤仕上げで黒光り。台所だけはさすがに、土間を半分つぶして床を張って作ってあり、土間の突き当たりにはアルミサッシの勝手口がはめ込まれていたが、それ以外は壁も構造体も一見して「オリジナル」な部材がそのまんま残っている。しかも、さっきまで使っていました、という感じで残っている。

横浜国大の大野先生が、学生さんを連れて調査に来られ、実測されたそうだ。

解体は10月中旬予定だそうだ。ご主人は、できれば主な材を残しておいて、マンション建設が終わって少し落ち着いたら、それを使って小さい家でも作ろうかと思う、とおっしゃっていた。民家をキレイに分解できる大工さんなんて限られているので、もし、手伝ってくれるなら大歓迎だという(バイト代は出ないけどご飯くらい出す)。

誰か。民家を分解しに行かないか?
早稲田方面の学生さんらとか六浦方面の学生さんらとか。たとえば。