2007年9月28日

How To Get Kids To Behave Well

・・・じつは、じつに間抜けな事情で出張が急遽延期になり、今週は国内にいたのだったのだが。

お手伝いしている、建築学科の「デザインスタジオ2」が始まった。今年は、オリエンテーションのあと、初日から「即日課題」を出す、という、慣らし運転なしでいきなりレッドゾーン、みたいなスタートなのだった。

課題:キャンパス内で「私の場所」を見出し、それを何らかの視覚表現で記述して説明せよ。製作時間は収集も含めて40分。媒体はA4サイズの紙。

なかなか期待させるというか、これから半年の変化を見届けたいと思わしめるものを出した学生もいたし、襟首掴んで演習室から引きずり出し、水入りバケツ両手に持たせて廊下に立たせたい学生もいたのだったが、提出物をテーブルに並べて一覧してみると、その「記述」の方法に「鳥/虫問題」がきっちり現れているのが興味深かった。キャンパスの特定の場所を描いた絵が多かったのだが、絵の中に自分を描き入れている場合(鳥)と、自分がそこに身をおいた構図からその光景を描いている場合(虫)のふたつに分かれていた。

地理認知心理的には、等身大の視点のほうが高度な操作である。3〜4歳児の「運動会の思い出」は、きわめて多くの場合、トラックの絵を平面図的に描いたものになる。でも、オトナになってスレてくると、自分の空間的実感とデカルト座標的「地図」との乖離を意識してしまうので、鳥目で描くほうが困難をおぼえるようにもなる。まあこれはでも、「フィールドワーク」には最後まで付きまとう問題でもあるし、そこが面白いというか、こういう実習の醍醐味でもあるわけなので、楽しく悩むように。>履修者諸君。

終了後、「空間」と「場所」って何が違うんですかという根源的な質問をしてきた学生に、いやそれはさー、と答えようとして(というか、どうもっともらしく誤魔化して煙に巻いて逃げるか思案して)いるうちに、他の先生方はみんなさっさと帰ってしまった。

そもそも、僕自身が誰かに何かを教えるほどのリソースを有していないため、こういうときは乏しい前頭葉を総動員せねばならず、じつに消耗する。でも、自分の大学時代を振り返るに、設計演習なんかのときに先生が何気なくかけてくれた言葉とか、講義で教授がふとつぶやいたひとこと、なんていうのを、後々までよく覚えていて、それがけっこう今でも何かの指針になっていたりすることがあり、そんなことを考えてしまうと、迂闊なことはできないというか、手が抜けないというか。演習が始まると、毎週、平日業務と同じくらい、準備をしたり勉強したりしてしまうのだ。

ね?こっちだってそれなりにガッツを動員して、真面目にやってるんだぜ。だからさ、
・遅刻したら、せめて少しくらい恐縮しておずおず入ってこい。
・ノートとれ。いや、配ったプリントの余白じゃなくて、筆記具とノートくらい持ってくるだろう普通。
・発表のときはこっち向いてちゃんと喋れ。
・てめー帽子脱げ帽子!(怒)。

2007年9月25日

クズどもへの接しかた

先々週。木曜日。
あるフリーペーパーの企画にて、フリックスタジオの高木さんが職場へ来られ、打ち合わせた。かつて「お蔵入り」にした、ばかなアイデアをいくつも披露しているうちに、久しぶりに地表系熱が出てきて、うーむ、そろそろまたどっかのDegree Confluenceへ行くとか、しないといけないような気分になった。

先週の連休明けの火曜日。
テレデザインに集合して、本年度の「デザインスタジオ2」の打ち合わせ。

木曜日。
田中さん、久原さんらが、tEnt(tEnt - new creation for calculation & motion -)として、展示会に出展するプロジェクトについて、相談に来られた(僕は別に何をしたわけではなく、デモを拝見して、好きなことを無駄に喋っただけ)。

金曜日。
事実上、世界(の少なくともある重要な側面)を牽引するギーク集団の一人は「情報が重層するプラットフォーム」だと言い、私たちグラウンディストは「世界への接近のツール」だと言う、地図全開の場に居合わせた。なんという思わせぶりな文でしょう。来月早々にあらためて掲示する予定。45億年で、まだベータ版?

週末。
連休が続いたために平日が圧縮され、溢れちゃった平日用業務を持ち帰る羽目になった。それほどせっぱ詰まった作業でもなかったので、週末大工はお休みにすることにし、持ち帰ったパソコンを広げてゆっくり仕事。していたのだが、この秋の風と日差しに我慢できなくなって、つい外へ出て、自宅外部の生態的撹乱を開始。

わが家の敷地は、ちょっとした空き地を挟んで、公園と接している。境界沿いに、クヌギ/コナラ系の、いかにも「雑木」という感じの木立がある。そのまま崖線へつながってゆく、良い感じの雑木林なのだが、公園の外周フェンスを手がかりに蔓植物が繁茂して、マント群落が形成されつつある。それはそれで「自然」であるし、地面にヒメムカシヨモギらの帰化植物たちがはびこっているのも「現代の里山」だし「都市の植生」ではある。と、引っ越してからしばらく、様子を眺めて考えていたのだが、やはり、思いきり人為的に介入して、見た目優先の都合の良い植生へ改造することに決めた。名付けて、「都市の『自然』は、牧歌的でノスタルジックな里山風景を良きものとして称揚する旧弊な『自然観』では発見できない、ただしNot In My Backyard」作戦。略称「深大寺NIMBY」。

方針:
・クズやヤブカラシは、場合によっては化学薬品を使ってでも根絶やしにする。鬱陶しいので。
・実生しているケヤキやコナラの苗は残し、アズマネザサなどの「薮」は刈り払って、わが家の視界から後退させる。
・いかにも帰化植物という様子の雑草(ヒメムカシヨモギ、アレチノギクなど)は除去。でもルドベキアの群落を作ったりする。
・ハナニラ、スイセンなどの球根を植える。クズ除去後、フェンスにはツルアジサイを絡ませてもよい。
・ススキ、チガヤなどの宿根草を導入。その手前には、トールフェスクなど、常緑の芝生の種を蒔く。
・雑木に混ぜて、モミジやサクラなどの幼苗を植えておいてもいいな。

うむ。抑制の効いた、いい「自然」になりそうだ。

編集部から10+1が届いた。忽那さんへのインタビューをネタにもらったため、1冊贈呈してほしい旨メールしたら、編集部からの返信に、次の締め切りのスケジュールがさりげなく書かれていて、これからしばらくこんなふうに、締め切りストレスにずっと晒された生活を送るのであろうか、と、今更のように愕然とした。。。

上記と関連した懸案事項がいくつか存在するのだが、今週は明日からジャカルタへ出張せねばならぬ。せらまっ・てぃんがーる。

追記:

懸案事項とは、
1.シンスケ(またはオルスケ)関連も巻き込んだ「圏外風景(旧・悪い景観)」の集いを、できれば次回の連載のネタとしても。
2.世界を牽引するギーク集団の一部をしても膝を乗り出さしめた「地図ナイト2」
3.東風山内さんとの間で持ち上がった「ランスケマップ」
などである。

いやむろん、瀝青会はお手伝いを続けます。>早稲田レーニンゼミ方面。

2007年9月13日

Go on Asphalt

以下、イベントのお知らせです。

歴史工学家・中谷礼仁氏、ランドスケープデザイン・石川初氏、建築史・清水重敦氏、同・御船達雄氏、写真家・大高隆氏を中心に、各分野の研究者が集まった「瀝青会」は、1年前より今和次郎『日本の民家』の調査地再訪を目的として活動を続けています。 これまでの研究成果と調査経緯は『10+1』No.43─48(連載中)「『日本の民家』再訪」、10+1 web site「BLOG・再訪『日本の民家』」http://tenplusone.inax.co.jp/project/kon/でお読みいただけます。

調査の旅は現在も続いていますが、再訪予定地のおよそ1/2を巡ったいま、ゲストを招いてのトーク+写真家・大高隆氏による写真(未発表含む)公開イヴェントを行ないます。

ご興味のある皆さまは、下記要領にてお申し込みのうえ是非お越しください。



■テーマ:今和次郎『日本の民家』再訪/民俗誌と写真
■開催日:2007年9月18日(火)19:00〜(21:00予定)
■場 所:東京・京橋INAX:GINZA 7階クリエイティブスペース(地図をご参照ください)
※ 近くに駐車場がございませんので、公共機関をご利用ください。
■出演者[敬称略]:
 - 田中純(表象文化論、東京大学准教授、『都市の詩学』近刊)
 - 菊地暁(民俗学、京都大学准教授、主著『柳田国男と民俗学の近代 >
 - 中谷礼仁(歴史工学家、瀝青会メンバー、早稲田大学准教授)
 - 大高隆(写真家、瀝青会メンバー)

■お申し込み方法
お名前、ご所属、ご連絡先をお書き添えのうえ、「info@tenplusone.inax.co.jp」までメールにてお申し込みください。



プログラム(予定)

□1部
基調講演:中谷礼仁「瀝青会の射程、日本の民家、日本人の住まい」
特別講演:田中純「写真という方法、宮本常一」
特別講演:菊地暁「民俗写真の系譜学、写真を読む力」
□2部
中谷×田中×菊地×大高:ディスカッション+写真公開「写真、民俗学、フィールド・ワーク」

[これまでに再訪した調査地]
神奈川県旧内郷村/埼玉県旧大間木村/東京都・甲州街道/徳島県旧日和佐町/徳島県石井町/徳島県旧三縄村/徳島県旧西祖谷山村/愛媛県松山市/高知県南国市/高知県上川口/奈良県生駒山/和歌山県紀ノ川/東京都伊豆大島など



じつに残念なことに、僕は先約があって行けません。
誰かぜひ行ってくれ。レポート求む。

2007年9月12日

(無題)

もしかして、「樅の木は残った」の原田甲斐だったんじゃないだろうな。総理。

大島行きのスローフライト

先週末から今週にかけて、伊豆大島へ旅行。

本来、この企画は「今和次郎『日本の民家』再訪プロジェクト」の一環として進行中の、伊豆大島への調査旅行をお手伝いするついでに、長男の誕生日イベント家族旅行、という趣旨だったのだが、結局、時間配分的に逆になり、家族旅行のついでに調査にちょこっと合流して一瞬だけ手伝ってすぐ離脱、という体たらくだった。

大島へは空路で行くことにし、調布飛行場から双発のプロペラ機で飛んだ。
曲がりなりにも「離島」へ行くわけで、出発前夜に荷造りをしながら思わずパスポートを探しちゃう(←バカ)ほど軽く緊張していたのだが、朝、家族4人で自転車で出発して10分、ターミナル前に駐輪してチェックインし、飛行機は9人乗りのアイランダーで、機内は旅客機というよりもほとんどワゴンタクシーのごときであって、手を伸ばせば操縦席に届くようなシートに長女をひざに乗せて座り、30分そこそこで大島に着いてしまって、なんとも距離感を裏切られる新鮮な体験であった。調布-北京便というのを飛ばしてくれるとたいへん有難いのだが。

アイランダーがまた、時速100kmちょっとで浮き上がっちゃうし、調布の市街地の上空は高度200mくらいで通過してゆくし、安定飛行に入ってからも時速200kmそこそこで、なんかこういかにも「飛んでる!」という実感に満ちた飛行だった。なぜこんなに数字を把握しているかは聞かないでくれ。窓から見下ろす風景は、見慣れたグーグルアースそのままだった(星空がプラネタリウムに見える的倒錯)。長男はかつてないほど大興奮し、飛行中ずっと、窓から何が見えるかを大声でレポートし続けた。同乗されていた出張ビジネスマン風のお二人、ご迷惑をおかけしました。

大島空港はさすがにANAのカウンターがあったりして、調布飛行場のバスの待合室みたいなターミナルに比べると少しは「空港」の体裁をしていたが、車寄せにはタクシーなんか1台も停まっていなくて、僕らが予約したレンタカーがぽつんと待っていた。傍に佇んでいたレンタカー屋のスタッフがその場で手続きをしてくれていわく「返却は、キーをつけたまんまそこの駐車場に停めておいてもらえればいいですから」。

そういうわけで我々は、記載情報が少なすぎて現在地を確認するくらいしか役に立たないカーナビのついたヴィッツを駆って、リス園で小動物に囲まれ、外輪山からカルデラを見、「地層断面前」というデイリーポータルZのネタみたいな名前のバス停で記念撮影し、黒い砂の浜辺で夕日を眺め、動物園でロバに餌をやり、火山岩の砂漠を歩き、ツバキ城の写真を撮影し、町営牧場でソフトクリームを食べ、都立で町営で一泊2000円の宿泊施設に2泊した。島に限らず田舎ではしばしばそうなのだが、「車輌による移動」のためのインフラの建設が徹底しているため、その意味できわめてバリアフリーになっていて、幼児を伴った観光旅行が実に楽だった。

野生のヤブツバキが密生する風景はやはり、ちょっとした見ものである。漁村のすぐ背後からいきなり斜面を覆って這い登ってゆく、絵に描いたみたいな照葉樹林の濃さ。そのわりには森林限界が低くて、三原山へ上る道路を走ると急に高木がすっぱり消えて、たかだか700mの山なのに、富士山の8合目みたいな様子になる。島嶼の植生だ。ハワイのビッグアイランドがこんな感じだったな。

まあしかし、オフシーズンの大島はじつに静かであった。ガイドブックに載っていた「みどころ」スポットですら、僕ら以外の観光客をほとんど見かけなかった。僕が身をおいた最も人口密度が高かった空間は、民家再訪プロジェクトのメンバーが民宿の離れに集合して行われていた、調査作戦会議の席だった。なんか、全体的に「売りが地味」というか、欲望喚起熱意が希薄な、ゆるい観光地だった。気候も温暖で湿潤だし、「スロー系」にはうってつけだと思われる。いやむろん、統計を見るに、実際に激減する観光客や島の人口そのものは、洒落にならない深刻さであるようであって、つまり伊達や酔狂で「スロー」なわけではないようだ。ツバキ開花の季節は混雑するというから、その時期に来れば印象は違うのかもしれないが。

今回のような立場で眺めると、コンビニやファストフード店をまったく見かけない街並みもむしろ気持ちいいし、空港へのアプローチ道路に植えられたワシントンヤシなんか、やめておけばいいのに、なんて思ってしまうが、仮に、「島の活性化」などというミッションの仕事を手伝ったりしたら、正直に言って困惑するだろうなあ、と思う。中身を知るほどに発言に窮するようになっちゃうんだよな。減風景問題は。

2007年9月 7日

台風・iPod・建築史

  • 台風。
    突風で民家の瓦が飛んでアパートのガラス窓を突き破ったりした事故があったのは、わが家からそう遠くない場所ではあった。
    わが家では、軒先に置いてあった自転車が倒れるなどの被害があった。朝、家の周りには隣接する雑木林からの落ち葉や小枝が降り積もっていた。

  • iPodタッチ。
    惜しい!というか、これでGoogleマップとGPSを実装してたらちょっと危ない(熟考する前にオーダーしてしまう危険)ところだった。以前、iPhoneの写真ページを繰っている1歳の子供のムービーが話題になったとき、あれって結局、紙の本のインターフェースがいかに優れているか、という映像なんじゃないか、と元永さんに言ったところ、地図メカのたまわく、いやあれは、実際に触ってみたところ、紙の本が長い時間をかけて実現しようとしたインターフェースの物体的制約を電気的に乗り越えちゃったような感触なのだ、と。iPhoneが日本国内で使えるようになるまで、もう携帯の機種変更はしないという地図メカの断言を聞くと、いやがうえにも期待してしまうのだ。あとは、テキスト入力の能力がどのくらいかだ。

  • 中谷礼仁「国学・明治・建築家 近代「日本国」建築の系譜をめぐって」一季出版、1993
    話題の本。「2冊持ってるから」という福島の佐藤師匠がさっそく送ってくださった。ありがとうございました。おお。さすがにというべきか、当時の、ポストモダン思想本!というかんじの装丁で、著者や事情をぜんぜん知らなかったら、もしかしたら一瞥して通過していたかもしれん。これから読む。

  • 2007年9月 3日

    秋。鎌倉。

    お秋うございます>各方面。

  • こちら深大寺元町。永遠に続くんじゃないかと思われた猛暑がいつのまにか力を失い、いい季節になってきた。
  • しかし、いきなり涼しくなってしまい、まだ穂を出さない植えたばかりの紅ペニセタムをどうしてくれる。

  • 仕事で久しぶりに鎌倉を訪れた。
    鎌倉周辺、というか三浦半島の西側は、武蔵野台地とはあきらかに植生が違う。山に生えている木々はほとんど似たような樹種ではあるのだが、なんとなく常緑樹の「艶」が違うし、庭木が違うし、特に窓辺を飾る花や植え込みに生えている「園芸系」が、ランタナやデュランタが元気に美しく育っていたりし、北多摩から見るとほとんどサブトロピカルな光景だ。こういう差は植生図には記載されないが、等身大の「風景」には無視できない印象を残す。
    それでまた、そういうのもさることながら、鎌倉の街がやけにオシャレに変貌しているのに驚いた。街を覆っている抜き難い「経済的に余裕な空気」は相変わらずだが、それに加えてなんというか、全体的に露出オーバー気味で被写界深度が浅いような、空が白ーい感じの、洗いざらした木綿な感じの、古民家改修して古い木材に白いペンキ塗った感じの、スローライフナチュラルフードな雰囲気は、以前からこんなだったっけ。鎌倉。イヌはでかいし。

  • 2007年9月 2日

    おまえらも要望送れ!すぐにだ!

    アセテート編集者日記

    でここからが本題なのですが、editorNの実名名義の中谷礼仁『国学・明治・建築家』という本の内容をもうネットで公開してしまおうかと思っています。古本が好きな方は定価の3倍以上の値段でどうぞ買って下さい。当方が20代に書いた若気の至りに充ち満ちた本です。"Look back in anger"って感じ。
    もはや自分ではセヴェラルネス以降な感じなのですが、この本は引用の多さで今でも有用だと思います。基本文献はおさえ、明治、大正、昭和初期の『建築雑誌』はすべて読んだ上で引用を厳選していますから(4割ぐらい引用!)、簡単な孫引きには今でも使えると思うのです。
    本当はもう一回きちんと改訂して、あわよくばアセテート以外から再版したいとも思っていたのですが、もう状況が許さなさそう。そりゃ本にした方がうれしいです。「読者の経験」という傷をつけられる物質になるから( by 山本貴光)。

    5人ぐらいの方から要望がありましたら(でもこの日記がトップから消えたら要望もなくなりそうですね)、中谷ゼミナール内にて、現在の目である程度改訂したものを公開したいと思います。その時にはネットならではの独自性を持たせなければならないのかな。


    熱狂的に要望。


    しかもうちは4人家族なので、4票です(4歳と3歳が有効票なら)。

    「ネットならではの独自性」というのは、目次や注釈や引用注がリンクになっていたり、各章の最後に「関連リンク」が並んでいたり、参照・参考文献がオンライン書店の当該書籍へのリンクになっていたり、そーゆーことでしょうか?

    (むろん、論文の書き方の練習であるのだからして、君らがお手伝い申し上げるのだ>ゼミの学生さんたち)