2007年8月27日

シンスケ。

新スケープ—都市の異風景
中央アーキ、誠文堂新光社、2007.8
4416807015

これはやられた。
いろいろと考えていた矢先に。
しかもなんというか、飄々と冴えたやりかたで。

微妙に納得できないところもあるにはあり、後ほどもう少し詳しく書いておきたいが、とりあえず推す。

・「速度」は冴えてる。
・「自然と人工に差はない」に留保。
高架の高速道路をして「自然」としか呼びようがない、という心情には共感する一方で、それはそれこそ「速度」、というか規模の問題なんじゃないか、とも思う。僕が地面に立って眺める高速道路はたしかに巨大で、その「成り立ち」は手の届く範囲の理解を絶していて、ほとんど「背景の山々(自然)」に重なっている。しかしたとえば高速道路自体を計画しているとき(計画したことはないが)、その目線から見る「背景の山々」と高速道路はぜんぜん違う。どこから「先」を、「自然」とひと括りにしてしまえるかは、視点の「支点」をどこに置くかによって異なる。もちろん、これが風景論のキモでもあって、その部分が、風景を語っている「私」の「個人的な」立ち位置の表明でもある。だから、それは私が見て感じたことなのだ、と言い募ることはできる。でも、風景の本質は個人的な事態である、と強調してしまうと身もふたもない。「風景」を(読ませるほど面白く)語るとき、そのへんの、身と蓋の加減というか、個人的な告白と一般的な議論とのさじ加減が難しいが、それはもう、語り手の「芸」の範疇だ。

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コメント

貴重な御意見ありがとうございます。
そして、ご購入頂きありがとうございました。
中央アーキ 坂下と申します。

どのような感想でもありがたく、また御意見お待ちしております。

ありがとうございました。

一度お会いしてお話を伺いたいです近々。まじめに。

じっくり読みました。
僕は紙面構成が「写真頼み」なことに、なにやら個人的に危機を感じてしまいます。ただ表層だけ見ているわけではない、というのはテキストから伝わっては来るのですが、その「裏」の部分の記述手法をみんなで攻めていきたいですねぇ。

田中浩也様。
じっくりお読み頂きありがとうございます。
裏とかないんです。すいません。。。。
風景論を語れる程、賢くもないので、
もっとユルイ本を作ろうと思ってつくったんです。
ビジュアル本です。

まあ、そう言わないで。
あれはちゃんと「風景論」になっていると思うな。俺は。

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