テンプレートとしての実世界
この問題は、3D CADでつくるBIM (Building Information Model) と、平面図や断面図の関係と通じるところがある。3D CADでは、まずBIMを電子的に構築しておけば、任意の位置で切ればたちどころに平面図でも断面図でも作ることができるのです!という。しかし、「まずBIM」というのが、思考の順序として可能なものなのか。
これは最近の鍵課題(キーイッシュー)だ。
生まれて初めて「CAD」というものをまともに触ったとき(それは、HOK社のオリジナルのHOK-Drawというやつだったのだが)、画面の向こうには無限大の「空間」が広がっていて、その中で設計が「実物大」で組み立たってゆく、というコンセプトに眩暈がし、電源を入れるたびにその「よすがのなさ」に、思わずキーボードの端っこにしがみついてしまうような不安を感じていたときのことや、しかしそれに慣れちゃったあと、MacのMiniCADを見て、なんだ、CADのくせに印刷用紙を先に決めるのかよ、と思ったときのことを思い出す。
最近、このあたりのことは、駅の階段を駆け登っているときも、2X4材をノコギリで切ってるときも、頭を離れないのだが、なんかこう、いまひとつうまく言葉にできず、いい言い当てがなくて、もどかしい。
「セヴェラルネス/先行デザイン/環境ノイズ」系の知見や、「グラウンディング」の「ゲニウス君とギブソン君の握手からダーウィン君へ」とかで、ずいぶん輪郭を得てきたよーな気はするんだけどな。


コメント
そのへんを整理して・・・授業にフィードバックしませんか?
って、どのへん・・・?
Posted by 不良講師 at 2007年8月21日 22:08
俺は・・・どちらかと言うと、それが本来なんじゃないのかと。
多分、頭の中では図面を描いているんじゃなくて、モデルを構築していると思うんだ。結果の出力として図面を描いていると・・・思うけれども、描きながら考えるというのも確かにあるが。
俺が最初にさわったCADは、Auto-CADのGX-Ⅱ。すぐⅢになって、3次元モデルが組めるようになったけど、やっぱりその時「ああ、これは、コンピュータで図面を描いているのではなくて、メモリー空間で原寸モデルを構築して、それを図面として投影するシステムなのだ!」と感じ、しびれた。(ペイント系のCADソフトに対して、いまだに「ただの製図道具じゃん」と見下してしまうのは、悪いくせになってしまった)
今更俺が言うまでもないが、やはり「考えながらモデルを組み」「モデルを組みながら考える」というのがCADの価値だと思う。
まあ、行為そのものは、それまでも頭の中で普通におこなっていることだったのだろうけれど、「脳外で」「原寸で」一般化でき、結果がすぐに図面になるということに激しく興奮したのだ。夢を録画できる機械、みたいに。
ただし「これは紙で図面を描いたことがなければ(つまり、モデルからドキュメントを濾し取るというプロセスが不可避だと言うことで)使い物にならん」とも思っていた。
そして、「監理不要の実施設計図」と言うものが描けると思っていたのもその頃。今はそんなこと、これっぽっちも思っちゃいないけどさ。
Posted by TAKE at 2007年8月22日 11:45
3Dモデルを切り出して平面図やら詳細図をつくるのではなく、空間的なインデックスとして機能させるならありだと思いますよ。GoogleMAPやEarthのように、必要な部分のデータをネットワークで読み込んでくればいいだけですから。
だから、最初に詳細なBIMをつくるのではなく、ワイヤーフレームに作成した詳細図がフィードバックされて肉付けされていくようなサムネールインデックスのような使い方になるんじゃないかと。最初から完成した図面なんて何処の世界の話?(笑)
最終的には統合された3Dモデルとなる為の属性は与えておく必要はあるんでしょうけどねぇ。
Posted by 黒庭師 at 2007年8月22日 13:07
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