2007年4月 9日

濃霧、復活祭、、旧タウン、そのほか

中国から帰国する土曜日。

今回は北京でプレゼンテーションをしたのちに、遼寧省の瀋陽へ移動して会議と現地調査をした。
土曜の朝、8時半発の中国南方航空・東京行き直行便に乗るべくホテルを出たところ、黄砂の関係か、瀋陽市はものすごい濃霧に包まれていた。ホテルには、クライアントの会社が手配してくれたドライバーが車を寄せて待っていてくれた。道路に出ると、前の車の輪郭がぼんやりとしか見えない。道路の車線ペイントが辛うじて判別できるほどの視認距離。街を行く車はみんな、左右のウィンカーを両方点滅させながら走っていた。こういうのに慣れているのかもしれない。とはいえ、空港までの40分あまり、急に視界に出現するダンプやトレーラーをかわしつつ、平気で80kmくらい出してミルクみたいな空気の中を疾走するタクシーの後部座席で僕は、ほとんど生きた心地がしなかった。そんなに急いでくれたにも関わらず、飛行機は「天候不良」で2時間近く遅れた。

日曜日。

イースター(復活祭)であって、家族で教会へ、イースター礼拝に出席。子供らは色つき茹でタマゴをもらって大喜びし、手に持ったままうろちょろ遊び回り、やがて危惧どおり転んでタマゴの殻を割ってしまって大泣きした。だからお父さんが持っててあげるって言っただろう。どうしてそういう、ありそうな展開をきっちり律義にトレースするんだキッズ。

昼過ぎ、小田急線唐木田駅へ、多摩旧タウン(多摩ニュータウンの比較的古い街区を指す、木下先生の造語)のエッジを目撃に出かけた。

予想以上に見ごたえのある、ネタ満載のフィールドワークであった。
以前、車で通ったことがあり、ある程度は知っていたのだが、実際に歩き回ってみると、多摩ニュータウンとその尾根一つ向こうにある「ニュータウン以前」の風景の断絶ぶりはものすごい。ニュータウン内部も、決して一筋縄ではいかない多様性と単調さと、濃密さと荒涼さがあるのだった。いやじつに、昨今思いつくようなさまざまな議題がまとめてぜんぶ提示されているような地区でした。また誘います>各方面。

飛び入り参加してくださったzaikabou氏による速報レポートはこちら。
日毎に敵と懶惰に戦う - 理想の街へ

今回、僕はウチのプチ調査員を同行しなかったのだが(妻と子供らは教会のイースター祝会に出ていた)、そのかわりにというべきか、この日、6歳の誕生日を迎えた木下先生のご子息が参加された。約束のおもちゃ屋さんへ連れていってもらうつもりでお父さんに連れて来られた木下ジュニアを、「次の角を曲がったらトイザらスがあるぞ」とだまくらかし続けて4時間、9km近く。よく歩いてくれた。えらかったぞ木下ジュニア。あれだけ引っ張ったんだから、その後の「お目当てのおもちゃ」の喜びはひとしおだっただろう。

帰路、書店に立ち寄って、やっぱり我慢できずに「工場萌え」を購入。
いくつか、腑に落ちたところと、あたらしく思いついたこと、あらためて考え直したことなど。いや、もうすこし考えさせてくれ。

月曜日。

夕方、東大の千葉学氏の研究室に在籍するドイツからの留学生さんが事務所に来られ、研究中の「日本のランドスケープアーキテクトのデザインの方法に関するインタビュー」というのを受けた。2時間、建築家と協同作業の際の立ち位置とか、ある敷地に対するアプローチのしかたとか、『デザインされた空間のクオリティとは何だと思いますか』とか、そういう、日本語でもそんな、普段から声に出して説明しないようなサブジェクトを、雑談を交えて、びっちり英語で。脳が沸騰して倒れるかと思った。

デスクによろめき戻って、わずかに残った燃料を指先に注入して、書きかけの(締め切りが本日の)短文の原稿をなんとか書き上げてメールで入稿。ふー。

机のうえに、郵便物の封筒が。藤村龍至さんが、南青山のプリズミック・ギャラリーで開催中の展示会にあわせて発行された「ROUND ABOUT JOURNAL」を送って下さったのだ。普段、建築の「熱い先のほう」に触れる機会が少ない僕としては、この手の展示会にはなるべく行ったほうがよいとは思いつつ、自宅建設プロジェクトでの「挫折」以降、そういうの(建築家の展示会)を見ると心の傷が痛むために、藤村展も含めて、あえて避けていたのだった。が、せっかく送っていただいたので、帰りの電車で読むことにする。うーむ、字が小さくてみっちりだ。100円ショップで買ってみた老眼鏡を持って帰ろう。けっこうよく見えるんだこれが。意外と。

追記:

そうだ、多摩旧歩きのあと、選挙へも行ったんだった。終了間際だったため、帰宅してすぐテレビで開票速報が始まった。ほどなくして、僕の投じた票が「焼け石に水」であったことを知った。ちぇ。

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コメント

おひさしぶりー。
ブログで毎度忙しそうに走りまわっているのを読んでいますが、よくまあ更新までできますねえ。ひたすら感心。時間の使い方がウマイのかな。え、わたし?ただいまイースター休暇中でバンコクにいるので近々更新予定。

実は「100円ショップで買った老眼鏡」のところで、いや石川さんもとうとう立派なオトナに。。。と涙がじくじく。

おひさしぶりです姉御。お元気そうでなによりです。制服のお嬢さんたちはいかがですか。こちらはかくのごとく、脳が幼稚なまま、身体だけ年齢を重ねてます。

こんばんは。選挙おつかれさまでした(!)
ところで、多摩ニュータウンはいつか絶対行ってみたいと思っていた場所なのですが、この記事を読んでますます行ってみたくなりました。多摩ニュータウンのキモはこの辺です、というのがあったらぜひおしえていただきたいです。唐木田から小山田のほうに南下すると、「断絶」であるような面白い風景が見えるのでしょうか(と、地図をみながら思いました。)

「断絶を見る」のはけっこう高度な観察ですが、スリバチ散歩体験者ならじゅうぶんに味わえるかもしれません。あとでコース(ログ)をアップします。

「入門編」としては、まずは多摩センターの「パルテノン多摩」にある歴史博物館でしょう。多摩ニュータウンの概要や歴史をざっと学べるし、地図や写真集といった資料を入手できます。

機動力がある場合(たとえば車やバイクで移動できる場合)は、JR横浜線橋本駅あたりから東へと多摩ニュー「縦断」をすると、「集合住宅の歴史の年輪」を観察できます。

そこまでしなくても、ひととおり開発史をつかんでから歩きに出ることを薦めます。そうすれば、観察している地区の「位置づけ」がなんとなくわかるので。

僕は、落合や鶴牧の、建築や都市計画や造園が「都市住宅」に燃えていたころのタウンハウスと公園が好きですが、南大沢あたりのバブル時代の「テーマパーク住宅地」、松が谷とか永山に残る初期の「団地」、稲城あたりに屹立する高層住宅と地形を生かした広大なオープンスペース、と、どこもそれぞれの地区にその時代の「トレンド」が見えて興味深いのです。

お忙しいところていねいにありがとうございました。
地区ごとにそれぞれの開発トレンドが見えるんですか。それはそれは…深入りすると開発の霊(?)にとり憑かれそうですが、まずはさらっと開発史をフォローして、出かけてみたいと思います。

石川さんに送るあたり、藤村氏政治家っぷりを発揮してますねぇ。

卵を割って泣いたキッズ。どうして~の下り、石川さんの口調を思い出してうけました。

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