・さあ、美しい景観のために私財を投げ出そう。
中川幹事長、景観美保護のため「私権制限」も-話題!のニュース:イザ!
自民党の中川秀直幹事長は20日、参院沖縄補選応援で訪れた沖縄県石垣市で講演し、憲法改正をめぐり、自然や景観美保護のための私権制限も検討すべきとの考えを強調した。「私有財産権よりも自然美や歴史的景観が優越する新しい価値観を打ち立てよう。観光を本当に戦略産業にするためには私的権利を制限しなければならない」と指摘した。
・・・おい。ちょっと待て。
こちらは、石川初(いしかわはじめ)のweblogです。
2007年4月23日
中川幹事長、景観美保護のため「私権制限」も-話題!のニュース:イザ!
自民党の中川秀直幹事長は20日、参院沖縄補選応援で訪れた沖縄県石垣市で講演し、憲法改正をめぐり、自然や景観美保護のための私権制限も検討すべきとの考えを強調した。「私有財産権よりも自然美や歴史的景観が優越する新しい価値観を打ち立てよう。観光を本当に戦略産業にするためには私的権利を制限しなければならない」と指摘した。
・・・おい。ちょっと待て。
2007年4月18日
水曜日。
社用で外出した帰りに、ギャラリー間で開催中のアトリエワン展に立ち寄った。
このての建築の展覧会からはしばらくの間遠ざかる、と言っていたくせに、なぜいきなりギャラ間なんぞに行ったのか、という事情については、後日述。
平日の午後で、おまけに雨も降っていたし、誰もいない展示会場でゆっくりと見られるだろうと思っていたのだが、なんと、会場は人の間をすり抜けないと移動できないくらいの盛況だった。どうやら、どこかの大学の建築のクラスか何かが、講義だか演習だかの一環としてごそっと見に来たらしい。学部2年か3年ふうのキッズと、引率らしき初老のオトナが一人二人。
みんな、がやがやと「どの家がいちばん可愛いと思う?」「うーん、どれもいいよねー」などとお喋りしてるし、女の子のヒールが床でガチガチ鳴るし、展示模型をケータイで撮るもんだから、撮影音がガシャーンとかピロリーンとかやたらと不必要にうるさいし、いや、それはまあ、ある意味で「マイクロ・パブリック・スペース」的な高揚感に満たされてはいたのだが、僕はしばらく壁際に呆然と立ちすくんだ。
しかしやがて、キッズは15分ばかりして、潮が引くみたいにいなくなり、静かになった展示会場で僕は、予想以上に楽しんでしまった。
人形劇の家とか屋台よりも(実際に使ってる場面で参加しないとつまんないような)、ずらっと並んでいた模型群が面白かった。
1/20の縮尺に揃えられた住宅の模型が1ダースばかり、会場の中央に2列に並べられている。それぞれの模型は、外側の通路に面して断面を見せていて、つまり、来場者は模型群を囲んで、しゃがみこんで「室内」を観察する。すると、覗き込んだ住宅の窓から、向かい側に置いてある家々が見える。なんだか、住み手の目線で、自宅から他のプロジェクトをご近所さんのように眺めているような気分になってくる。ヤオトン・ハウスから眺めるハウス&アトリエワン。ノラ・ハウスの縁側から眺めるマウンテン・ハウス。というような案配で。こういう住宅模型群の展示はえてして住宅展示場みたいに見えるが、こうやってお向かいの家やお隣の家をそれぞれの家から見ていると、ちょっと変わった連中が集まった住宅地のように見えてきて、「グローカル」で「デタッチド」というヒネったタイトルが腑に落ちたような気もしたり。
GALLERY・MA アトリエ・ワン展 いきいきとした空間の実践
5月12日まで。
ただし、見に行く学生はデジカメ持参しろ。
2007年4月17日
The National Rifle Association joins the entire country in expressing our deepest condolences to the families of Virginia Tech University and everyone else affected by this horrible tragedy.Our thoughts and prayers are with the families.
We will not have further comment until all the facts are known.
Andrew Arulanandam
Director of Public Affairs
National Rifle Association
2007年4月16日
次回のフィールドワークは今週土曜日です。
以下、「東京のスリバチ地形を世界遺産に登録する」を目標に活動する、会長からのメールです。
みなさま
下記のとおり、スリバチ学会の春のフィールドワークを開催いたします。
お誘い合わせの上、奮ってご参加下さい。日時:4/21(土)
集合:10:30に東急大井町線、等々力駅改札出たところ(改札は1ヶ所)等々力渓谷公園を南下、野毛の団地や大塚古墳を経由して多摩川崖線に分布する、スリバチと神社を交互に横断、
13:00ごろ九品仏あたりでランチ、宝来スリバチ公園を経由して、田園調布へ
16:00ごろ田園調布駅にて解散予定。スリバチ原形と高級住宅地を巡る、春のハイキングコースです。
いつものように、雨天決行、途中抜け、途中参加OKです。ちなみに春のフィールドワークの予定は、
5/26(土) 大塚-茗荷谷の公園系+下町系スリバチ
6/23(土) 東十条-赤羽のスリバチ
です。東京スリバチ学会
会長 皆川典久
ちなみに、今回は、画期的にも、会長がフィールドワーク日限定のケータイを持ち歩きます。
飛び入りや途中参加の方は、hajimebs@gmail.comにメールしていただければ、番号を返信します。
以下は副会長(石川)からの、『鳥の目』情報です。
スリバチ学会が観察する「スリバチ」のほとんどは、武蔵野台地と低地の境目にあるわけですが、今回の「境目」は武蔵野台地の南端、「国分寺崖線」という、いわば最もメジャーな崖線です。
今回のフィールド、等々力ー田園調布間の崖線も、斜面緑地と住宅街の緑がよく残存する、国分寺崖線らしい様子です。

標高差を表示すると、田園調布付近の高台ぶりが目立っています。台地の南東から、田園調布の高台を呑川の谷が回り込んでいて、等々力ー田園調布間が意外に細い半島状の尾根になっていることがわかります。

同じ縮尺で、スリバチ付近の標高を細かく表示してみると、崖線に沿って大小さまざまなスリバチ(小さな谷)が並ぶ一方で、崖線自体が凹型に、大きなスリバチ状地形をなしていることがわかります。親子スリバチ。
多摩川対岸の窪みも気になります。なんか、多摩川を挟んで半径1.5kmの大スリバチがあるみたいに見える。

道路パターンを見ると、崖線の「下」の地区の整然としたグリッドが台地の道路とコントラストを見せています。田園調布駅周辺の、放射状に計画された宅地割りの道路が印象的。
川の近くにある弓なりにカーブした道路がやけに思わせぶりな環境ノイズで、目に付きます。

調べるに、「八町土手」という堤防の跡地のようです。1947年の空撮写真には残っていました。

高低差はあるけど、散歩環境的には高質に牧歌的な予感がします。
お誘い合わせのうえ、ぜひおいでください>各方面。
http://www.always3.jp/
おお。こ、これは強烈だ。
夕陽に映える、「首都高なし日本橋」。
いままで僕が目にした中で、ある意味では最も「説得力」のある、日本橋の景観シミュレーション画像だぞ。
都市風景論的には、かなり効果の高い視覚装置だと言えるんじゃないでしょうか五十嵐隊長。
まさに、囲い込み型ノスタルジー攻撃。なにせ、コピーが「日本の空は広かった」だ。べつに今だって広い空くらいどこにでもあるぞ。空が狭くなったのは、好きこのんで高層ビルや高架道路の陰を歩くからだろうがよ。
2007年4月13日
樹木の材料検査に訪れた土浦近郊の農地にて。
検査したシダレザクラが植えられていた畑の隣にあったナシの農地に、
空港で見かけるみたいな、不思議な車輌を発見。

なんと、上部をカットした軽トラック。
どうやら、梨畑のワイヤーと枝の下を動き回れるように改造しちゃったもののようだ。
行為の大胆さと、細工の無造作さがすばらしい。ワイパーが片方だけ残ってる。

コンバーチブルでなくて、「コンバーテッド」。
動いているところを見たい。
2007年4月11日
Kashmir3Dが久しぶりにバージョンアップ(ただしバグフィックスのみ)。
それと、新しいKashmir本が発売。付録のDVDに広域の地図データと表協データが収録されていて、これを買えば手っ取り早く「使える」。これから使ってみようという人には強くお勧め。
2007年4月10日
「悪い景観を守る会・設立準備大会」というのをやりたい。
それぞれ、とっておきの、「ぐっと来る悪い景観」を持ち寄って上映し、お互いに評しあう。
あるいはそこに、いかにも「いわゆる『良い景観』とされる景観」を少し混ぜてもよい。
ダムや高層団地やコンビナートやヨセミテの岸壁や空母や中央防波堤外側埋め立て地をひとまとめに次々に映して鑑賞する「ジャンルを横断する絶景コーナー」とか、「斜め」「カーブ」「ガラス面(ヒルズタワーから自販機まで)」みたいにキーワードでくくった景観写真グループを見たりとか、そういうふうに様々な「悪い景観」「脱力する景観」「悪いけど高揚する景観」「良いはずだが痛い景観」をフラットに相対化して見てみたい。
意外な発見もありそうだし、面白いと思うんだが。
2007年4月 9日
中国から帰国する土曜日。
今回は北京でプレゼンテーションをしたのちに、遼寧省の瀋陽へ移動して会議と現地調査をした。
土曜の朝、8時半発の中国南方航空・東京行き直行便に乗るべくホテルを出たところ、黄砂の関係か、瀋陽市はものすごい濃霧に包まれていた。ホテルには、クライアントの会社が手配してくれたドライバーが車を寄せて待っていてくれた。道路に出ると、前の車の輪郭がぼんやりとしか見えない。道路の車線ペイントが辛うじて判別できるほどの視認距離。街を行く車はみんな、左右のウィンカーを両方点滅させながら走っていた。こういうのに慣れているのかもしれない。とはいえ、空港までの40分あまり、急に視界に出現するダンプやトレーラーをかわしつつ、平気で80kmくらい出してミルクみたいな空気の中を疾走するタクシーの後部座席で僕は、ほとんど生きた心地がしなかった。そんなに急いでくれたにも関わらず、飛行機は「天候不良」で2時間近く遅れた。
日曜日。
イースター(復活祭)であって、家族で教会へ、イースター礼拝に出席。子供らは色つき茹でタマゴをもらって大喜びし、手に持ったままうろちょろ遊び回り、やがて危惧どおり転んでタマゴの殻を割ってしまって大泣きした。だからお父さんが持っててあげるって言っただろう。どうしてそういう、ありそうな展開をきっちり律義にトレースするんだキッズ。
昼過ぎ、小田急線唐木田駅へ、多摩旧タウン(多摩ニュータウンの比較的古い街区を指す、木下先生の造語)のエッジを目撃に出かけた。
予想以上に見ごたえのある、ネタ満載のフィールドワークであった。
以前、車で通ったことがあり、ある程度は知っていたのだが、実際に歩き回ってみると、多摩ニュータウンとその尾根一つ向こうにある「ニュータウン以前」の風景の断絶ぶりはものすごい。ニュータウン内部も、決して一筋縄ではいかない多様性と単調さと、濃密さと荒涼さがあるのだった。いやじつに、昨今思いつくようなさまざまな議題がまとめてぜんぶ提示されているような地区でした。また誘います>各方面。
飛び入り参加してくださったzaikabou氏による速報レポートはこちら。
日毎に敵と懶惰に戦う - 理想の街へ
今回、僕はウチのプチ調査員を同行しなかったのだが(妻と子供らは教会のイースター祝会に出ていた)、そのかわりにというべきか、この日、6歳の誕生日を迎えた木下先生のご子息が参加された。約束のおもちゃ屋さんへ連れていってもらうつもりでお父さんに連れて来られた木下ジュニアを、「次の角を曲がったらトイザらスがあるぞ」とだまくらかし続けて4時間、9km近く。よく歩いてくれた。えらかったぞ木下ジュニア。あれだけ引っ張ったんだから、その後の「お目当てのおもちゃ」の喜びはひとしおだっただろう。
帰路、書店に立ち寄って、やっぱり我慢できずに「工場萌え」を購入。
いくつか、腑に落ちたところと、あたらしく思いついたこと、あらためて考え直したことなど。いや、もうすこし考えさせてくれ。
月曜日。
夕方、東大の千葉学氏の研究室に在籍するドイツからの留学生さんが事務所に来られ、研究中の「日本のランドスケープアーキテクトのデザインの方法に関するインタビュー」というのを受けた。2時間、建築家と協同作業の際の立ち位置とか、ある敷地に対するアプローチのしかたとか、『デザインされた空間のクオリティとは何だと思いますか』とか、そういう、日本語でもそんな、普段から声に出して説明しないようなサブジェクトを、雑談を交えて、びっちり英語で。脳が沸騰して倒れるかと思った。
デスクによろめき戻って、わずかに残った燃料を指先に注入して、書きかけの(締め切りが本日の)短文の原稿をなんとか書き上げてメールで入稿。ふー。
机のうえに、郵便物の封筒が。藤村龍至さんが、南青山のプリズミック・ギャラリーで開催中の展示会にあわせて発行された「ROUND ABOUT JOURNAL」を送って下さったのだ。普段、建築の「熱い先のほう」に触れる機会が少ない僕としては、この手の展示会にはなるべく行ったほうがよいとは思いつつ、自宅建設プロジェクトでの「挫折」以降、そういうの(建築家の展示会)を見ると心の傷が痛むために、藤村展も含めて、あえて避けていたのだった。が、せっかく送っていただいたので、帰りの電車で読むことにする。うーむ、字が小さくてみっちりだ。100円ショップで買ってみた老眼鏡を持って帰ろう。けっこうよく見えるんだこれが。意外と。
追記:
そうだ、多摩旧歩きのあと、選挙へも行ったんだった。終了間際だったため、帰宅してすぐテレビで開票速報が始まった。ほどなくして、僕の投じた票が「焼け石に水」であったことを知った。ちぇ。
2007年4月 6日
「住宅都市整理公団」別棟:「屈折した片思いとしての団地愛」よりさらに屈折して
おお。総裁が自分のスタンスをこんなに語るのは珍しいというか、貴重なエントリーだぞ。
「ノスタルジー」が「閉じている」という言い方は冴えてる。
たしかに、ノスタルジーは、対象物への接し方において、特定の世代とか、特定の時代を知る人たちなどを「特権化」するように働く。特にそれが「商品化」をドライブにしているとそうである。最近、昭和30年代の事物がノスタルジーの対象としてメディアに持ち上げられることが多いのは、それによって囲い込まれる集団がマーケットとして大きいからかもしれない。「閉じる」のは「限定する」ことだけれども、限定された集団の人数がものすごく多ければ、市場としてはおいしいいわけだから。
以下追記。
僕は、「団地を愛でるメンタリティがポピュラーになると、団地が美しく装ったり、美しく立て替えられてしまったりし、それは困るんじゃないか」ということではなくて、むしろ、その過程で、特にメディアを介したりするときに付加されてしまう傾向がある「ノスタルジー」のような、安直な物語性のほうが深刻なのではないか、なぜならそれは団地的なものをいわばテーマパーク化してしまうことだからだ、と述べたつもりだったのだ。だから、大山さんも僕もほとんど同じことを書いている。
もちろん、「自覚的になる」ことがそのまま「悪い」わけではない。自覚的に素敵な風景だってある。僕の本業の仕事なんか、本来そういうものをデザインしようとするものである。「媚びる」イコール「醜悪になる」わけでは決してない。と確信していないとこんな仕事やってられん。
ただし、まさに大山さんのいう「いわゆる良い風景とされる風景」に「なろう」とするとき、施設物体はしばしば、ハズした、痛い「様相」を呈する傾向がある。それには2つのタイプがあって、ひとつは公共施設構造物の「景観配慮化」で、もうひとつは「安直なストーリーをテーマにした意匠を帯びる」ことであり、80年代以降の集合住宅がその傾向を強めたのは後者であって、そのキーが「商品化」だと思うわけだ(そして、僕もそういう「商品化された、安直なストーリーで売る『景観』(←風景ではない)の構築に加担することもしばしばである)。ここで「安直な」という言い方をするのは、商品化が要請するストーリーが「用意された」物語だからだ。
ただし、「出来合いのストーリー」がなぜだめなのか、ということは、もう少し考える必要がある。それは、現実の都市の風景へのコミットメントを阻害する、ということなんじゃないか、という気がするが。
物語性の「なさ」を愛する、と読めるような書き方は、僕の書き方が足りていなくてよくなかった。もうすこし丁寧に、「出来合いの物語性がないことで(あるいは物語性が欠落したことで、あるいは物語性を抜くことで)露わになっていて、それそのものの美しさや面白さにいわば「邪念なく」接近できる、そういう対象であるところが、団地や工場や土木構造物に共通している」と言えばいいだろうか。「風景のリアリティ」というような言い方もできるかもしれない。
ダムや工場がこうした安直な物語性から免れやすい(ので、わりと落ち着いて愛でることができる)のは、エンジニアリングの「規模」が巨大なために、意匠がついてゆけないという事情があるのではないだろうか。たとえば、ダムと同じような土木的水利技術構造物でも、もっと小規模な都市河川の「護岸」などは、「物語」を帯びようとして醜悪なことになっている事例がいくつもある。
そういう意味では、たしかに団地はダムと比べるとこの手の「物語化」に対して脆弱である。それが、団地鑑賞者がしばしば有している、ある種の「ストイックな態度」のゆえんなんじゃないか、という気もする。小林さんのガラス張りのお風呂も、大山さんの撮影の手法も、そういう安直な物語化を抜く、あるいは拒否する操作に、僕には見える。
ところで、僕自身は、じつは、ノスタルジーという心情それ自体は必ずしも悪いものではないと思う。「たちが悪い」のは、たとえばメディアが喧伝するときに「わかりやすいストーリー」として「翻訳・分類」される際に選ばれる「メニュー」のひとつとしてのノスタルジーや、「商品化」が要請する物語性としてのノスタルジーである。
都市の風景に関わる規模で、出来合いのストーリーが「物体化」しているもっとも極端な例はおそらく、マンションのモデルルームと、五十嵐太郎さんも注目していた「結婚式教会」である。もっとも、結婚式教会くらいにむき出しで物語性を帯びていると、それはそれで別な読み方や鑑賞の余地を生んだりするけどな。しかも、マンションも結婚式教会もちゃんと「売れている」。
あと、自覚的なデザインが到達できない無自覚のよさ、というのは、それが何を指しているかによってもちろん違ってくるのだが、「ある」。逆説的に聞こえるかもしれないが、それへの確信もまた、僕がこの仕事をしている理由でもあるのだ。風景は、出来合いのストーリーを飛び越えて「発見される」ものである。大山さんが「団地でなくったっていいんだ」というとき、それは、出来合いの物語なんか踏み越えて先へ行こうぜ、という誘いなのだ。
それにしても、こういうことを書くときは、多かれ少なかれ「ひとくくり」にせざるを得ないので、「いや俺は違うね」という声があがることは仕方ないというか、そういうことを覚悟し予想していないといけないのだが、それはそれで様々な視点の獲得や検証になって興味深い。
というオヤジめいた結語にしてみました。
ああ、出張中に書かないといけない原稿があったんだが。。。
まあ、団地風景論が面白かったからまあいいや。
2007年4月 4日
4月8日(日曜日)、数人で、造園学会・学術分科会のセッションの仕込みに、多摩ニュータウンの「エッジ」を観察に行きます。
多摩ニュータウンの南縁、尾根を越えたらいきなり新興住宅地が里山に劇的に変化するあたりの、粗大ごみ不法投棄荒れ狂う雑木林のあたりを、「都市の撤退の最前線をどう風景化しうるか」という課題を胸に、「街山歩き」します。
おそらく小田急唐木田駅に午後一番に集合して出発します。
興味をお持ちの方がいらっしゃったら、hajimebs@gmail.comまでメールください。
追記。
時間と場所が決定です。
日時:2007年4月8日(日) 13時
場所:小田急線唐木田駅集合
飛び入り参加可。上記のアドレスに、日曜の朝までにメールいただければ、移動連絡先をお教えします。ちなみに、歩きやすい服装がよいと思われます。
・宮城先生のプレゼンを見て考えたこと。ことに奈良のプロジェクト。
・今週号のAERAに掲載されたダム・工場・団地など巨大構造物愛の紹介記事の「切り口」への違和感。
・素直に受け入れられる「新語」と、神経に障る「新語」について。
・3歳児、4歳児がたとえば「運動会の思い出」の絵を描くとき、ほとんどの場合、中央にトラックの図が描かれた、空撮的な「鳥の目」の絵になっているということ。
では本日から今週一杯、黄砂の本場へ行ってきます。再見。
2007年4月 2日
・東京から考える—格差・郊外・ナショナリズム 東 浩紀、北田 暁大、NHK出版、2007
お二人が、東京と近郊のいくつかの地域をサンプルにしつつ、いわば郊外化する都市・東京について、その現在と今後とそれが映し出す社会の趨勢について対談。なお、僕は、北田氏の発言や「あとがき」に多く共感した。
青葉台とか池袋とか荻窪とか、それぞれの地域の「分析」には、東さんの家探しに付き合わされているみたいでいささか辟易する部分もあるが、「都市を覆ってゆく人間工学的デザイン」とか「観念的ナショナリズムから地のナショナリズムへ」とか、その「言い当てかた」が冴えてるし、都市(あるいは郊外)への、何らかの「計画的関与」を生業としている人にはとくに、使えそうなネタは満載。いくつかのキーワードは、例の「環境管理型権力」のように、現在の(多少でも公共的な正確を帯びた)デザインが直面する社会的課題への補助線として使い回せそうだ。
ことに、「善意で」都市の郊外化に荷担し加速せしめることが「業(ごう)」であるラ系は、このへんのことをマジメに俎上に乗っけておいたほうがいいと思うな。「下北沢」をデザインすることはできないのは、先日の「団地愛問題」と同様の議論である。ラ系の場合の、団地愛問題に似た構造の問題は「地域性」とか「自然」とか「風景」というタームで浮上する。
以下をまだ読んでいない場合は、セットで読むといいかも。
・自由を考える—9・11以降の現代思想 東 浩紀、大澤 真幸、NHK出版、2003
僕自身は、国道16号線的風景を称揚する物言いが嫌いで信用できないが、誇張された「地域の個性」もなんだかイヤである。
ちなみに、六本木ヒルズをして、あれは「郊外」だ、と最初に言ったのは(僕の知る限り)ぽむ桂さんだ。
ぽむ日記 2003年4月27日
・郊外の社会学—現代を生きる形 若林幹夫、ちくま新書、2007
「東京から考える」を読んだ直後にこれを書店で見つけて購入。
「東京から考える」も面白かったけど、こちらはそれ以上に、もう心に染みいる読書であった。これまでの若林氏の「郊外本」よりも、ずっと当事者的な立場で書かれている。なんか、郊外への「愛」を感じてしまった。
・・・そのような生の集合性の場所として、郊外という社会はある。そんな郊外を生きてきたひとりの社会学者をゴーストライターとする、個人的であると同時に集合的=社会的でもある”郊外の自叙伝”として、この小さな本は書かれたのである。うう。もう一回読もう。
・科学はどこまでいくのか 池田清彦、ちくま文庫、2006
文庫化されていたのを見つけて購入。あらたに加えられた「やや長いあとがき」のためだけにでも買ってよかった。
・「ランドスケープ研究 Vol.70 No.4」
造園学会誌。特集;近代ランドスケープ遺産の価値とその保全。ここに掲載の、小野良平「近代の公園の文化的価値とその保全の意義」。いやこれは、学会誌では久し振りに面白い論文であった。
土木構築物や建築物が文化的「遺産」となるとき、しばしば「公園化」して存続する。でも「公園」はすでに公園であって、つまりたとえそれが文化的遺産とされたとしても、公園が公園であるためには、現役であり続けるしかない。そして公園が現役であるためには、その時代・その地域が公園に要求する様態に応えて改変されなくてはいけない。のか?というジレンマ。