2007年2月27日

地下鉄で使える(かもしれない)GPS

ポータブル・カンタンナビ “nav-u”(ナブ・ユー)発売

おお。
nüviのいわば日本版。
頑張れSONY。

通常のGPS測位に加え、車両の上下方向の変化を検出する気圧センサーと進行 方向の加速度を検出する加速度センサーを組み合わせて自車位置を演算し地図上に表示します。トンネルや地下道、ビルの谷間などGPS受信が安定しない場所でも、「POSITION plus(ポジション プラス)」が自車位置を補正してナビゲーションを行うので、複雑なカーコンピューター等へ の配線が必要ありません。

「ピタッと吸盤」で、ダッシュボードに簡単取り付け ポータブル・カンタンナビ “nav-u”(ナブ・ユー)発売 〜新開発の測位システム搭載により、高性能なナビゲーションを実現〜より引用】


おー。これのハンディ版が欲しいな。

気圧センサーとかのキャリブレーションはどうするんだろう。GPSと組み合わせて自動補正するのかな。
持って歩けばGEOWalkerごっこができるかも。

春。

煙文字。

トラバ

トラヴァース
南 泰裕
430607255X
鹿島出版会、2006

近年の南さんの、建築文化や10+1に寄稿した論考をまとめ読みでお得。と思って購入。
帰路、通勤電車のなかで何気なく広げて読み始めた。

・・・本を取り落とすかと思った。あーびっくりした。

冒頭、えー、いや、何を書いてもネタバレになるので、何も書けん。
ともかくも、驚愕体験の楽しみを味わうために、何の予備知識もなく本の最初から読み始めてみることをお勧めする。

冒頭もさることながら、近年の南さんの、建築文化や10+1に寄稿した論考をまとめ読みでお得。僕は「都市居住の今日的群像」や「遠い都市、近い眺め」とかが好きだ(初出が専門誌でなく、比較的平易に書かれているから)。

南さんの文章をして、都市から「仲間はずれにされているような」と評したのは佐藤師匠だったかな?なんかこう、外国の街でも見るみたいに、ここはどこだ、しかも俺は誰なんだ、という感じの、独特の寡黙な孤独感は、たとえば太田浩史さんが東京を語るときの、「俺の街に何をする!」という地元当事者感覚と対照的。

「トラヴァース」というと、僕が咄嗟に思い浮かべるのは登山用語である。斜面を水平移動することをいう。「トラバる」とも言った。でもいま「トラバる」って言うと、「トラックバックする」に聞こえるな。

南さんの本といえば、南さんが以前に書かれた「住居はいかに可能か」は、千葉大のキノシタ先生が「石川さんお勧めの、あの本、読みました!いいですね!」と、わざわざ僕の携帯に電話してきた本であった。そこまで納得して頂けるとお勧め甲斐がある。

他にもう1冊、キノシタ先生がわざわざ電話してきて「読みました!すばらしい」と感想くださった本があって、それは中谷レーニン先生著「セヴェラルネス」なのだった。

セヴェラルネス 事物連鎖と人間
中谷 礼仁
4306044602

2007年2月26日

葛飾アフロディーテ

この、川の線がビーナス像に見えてしょうがない。ここ1年ばかり。


こういうふうに。水元公園が頭部で。


これ。ちょっと姿勢が違うけどな。

ああ。でかすぎる。困った。

アナ

こここれは。

CNN.co.jp : 路上に深さ100メートルの穴、民家沈む グアテマラ - ワールド

100mって、どうしてそんなことに。

ロイターの写真が凄い。合成写真みたいだ。
Hole opens in Guatemala neighborhood, 3 missing | Science | Reuters

こちらのニュースでは、200-foot-deepと言っている。60mくらいか。すごい深さには変わりない。

2007年2月25日

調布・直売スタンド地図

土曜日、子供らにせがまれて調布市の図書館・深大寺分館へ行ったら、「ちょうふとれたて 農産物直売マップ」(調布市産業振興室、2007.1)という冊子が置いてあるのを見つけた。

持ち歩いたせいで少し汚れているが、こういうもの。

現在、調布には309戸の農家があるそうだ。この冊子には、そうした農家が出している直売スタンドの場所をけっこう詳細な地図にプロットした地図と、それぞれの農家の連絡先、主な販売品目、休業日やシーズン、さらに「朝取り新鮮野菜!」とか「有機栽培!」といったセールスポイントが記されたリストが掲載されている。

これは何だか面白い。
というか、地元の市内で、何かが分布している様子を網羅した地図が手元にある場合、それは出かけていって全部見て回らないといけない。

地図は、市域を9つに分けていて、それぞれのページに場所が記載されている。まずは、自宅に近い「エリア4」と「エリア3」の13箇所を回ることにした。

自宅に最も近いスタンド。これはこのマップには載っていない。季節柄、販売品がなくてちょっと寂しい。

掲載スタンドで自宅に最も近いもの。いかにも深大寺北町らしい風景。

武蔵境通り沿いにあるスタンド。というか立派な売店。

観音開きのドアつきスタンド。農園のロゴつき。

見ると、監視カメラが。無銭持ち逃げへの警戒と警告なのだろう。ダミーかもしれないが。この、「野菜の無人売店」という牧歌的な施設と、「監視カメラ」の殺伐感のギャップが何ともいえない。

棚にはなぜか、聖母マリアの像。いかなるコンセプトなのか。田園/監視/慈悲。

建物にくっついたスタンド。これも「無掲載物件」。以前、このスタンドには「盗んだものを食卓に乗せるのですか!!」という張り紙があった。

このスタンドは、地図とは違う場所にあった。見ると、キャスターがついて、ワゴン状態になっている。もしかすると、移動無人野菜販売スタンドなのかもしれない。

これは神代植物公園の正門近くにあるスタンドで、切り花やサボテンを売っている。

ブドウ狩りのできるブドウ園。消防大学通り沿い。

深大寺東町。

門壁と一体になったスタンド。

これは、門から少し入ったところに設置されている。

深大寺南町の、中央高速沿い。ここは有人の売店で、ほとんど八百屋さんのような店構え。

佐須町の、晃華学園の傍。

佐須町四丁目。佐須街道沿い。

生け垣と一体にデザインされている。スタンドの屋根の素材が波板なのがちょっと惜しいが、これはキレイだ。

背景の屋敷林を含む全景。「調布農産物直売スタンド景観賞」を差し上げたい。

景観賞物件に敬意を表して、調査員1号がキャベツを購入。

本日のログ。

佐須街道沿いには、他に2つ、スタンドがあった。
みんな、正しくお金を払って、農家の直売モチベーションを高めましょうね>調布市民。
次回は、地元では有名な、調布ヶ丘の関森ファームを含むエリア5,6あたりを攻める予定。
それと、調布市生活文化部産業振興室は、グーグルマップにプロットしたものを市のウェブサイトに公開することを検討するように。

2007年2月23日

春のスリバチ学会フィールドワークのご案内

東京スリバチ学会より、フィールドワークのお知らせです。
今回は石川も参加するべく調整中です。
しかし、GPS衛星電波が入りにくそうな地区だなあ。

以下、転載です。

春のスリバチ学会フィールドワークのご案内

日時:3/17(土)
集合:10:30に青山一丁目交差点のホンダビル前集合
(地下鉄青山一丁目駅下車すぐです)
今回は再開発で姿を変貌させたスリバチや消失寸前のスリバチ、
都心に残る貴重な下町系スリバチを巡ります。
主なコース予定は、
青山一丁目団地→稲荷坂下スリバチ→薬研坂スリバチ、
13:00ごろ赤坂スリバチ界隈でランチ
旧檜町公園のスリバチ→六本木3丁目スリバチ
で、16:30ごろ六本木ヒルズの埋没スリバチで解散予定。

雨天決行、途中抜け、途中参加OKです。

今後のフィールドワークの予定は、
4/21(土) 等々力-田園調布の多摩川崖線のスリバチ
5/26(土) 大塚-茗荷谷の公園系+下町系スリバチ
6/23(土) 東十条-赤羽のスリバチ
です。

東京スリバチ学会
会長  皆川典久


この地区は、会長・皆川が「スリバチ」を発見し、フィールドワークを始めるきっかけとなった、いわば「東京スリバチ学会発祥の地」でもあります。ことに、泉ガーデンや六本木ヒルズなど、スリバチ地形を「飲み込んだ」再開発物件が、それぞれどのように原地形を扱っているか、というのはちょっとした見物です。

稲荷下や薬研坂でスリバチ感覚を磨いたあと、六本木ヒルズの広場と階段の錯綜する外部空間に「スリバチの面影」を見ることができたら、あなたも一流のスリバチスト。

アスファルトの下に横たわる淀橋台の、下末吉面のロームの気配を感じに、春のゲンちゃん(ゲニウスくん)との邂逅に、お誘い合わせの上お出かけください。

なお、集合場所であるホンダビルは、ビル周囲の緑地が宮脇理論によって作られています。都心のオフィスビルの周りを埋める、「刈り込んだ潜在自然植生」という、独特の迫力のあるラジカルな自家撞着緑地を観察できます。

*明治神宮の森は生態的に孤立しており、森林の自然更新に将来はないと予想したり、都心の風景に「脈絡」を持たせるには「崖線」のネットワークの再生が有効であると主張するラ系の学生諸君には特にお勧めです。ていうか来い。

ちょっとメモ

火曜日。
関東学院の自称不良講師・ナカツ先生が職場にふらりと立ち寄られ、いくつかの企画ブツの話と、次年度の演習の話を少し。

僕が手伝っている建築学科の演習は、ナカツさんご自身がそうおっしゃっているごとく、ちょっと試行錯誤中である。目論みとしては、いわば「基礎体力を養う」というようなものなのだが、そうであればそれ自体はすぐに「成果」として出てくるものではなく、演習が終わった時点で「評価」するのは難しい。とはいえ、こっちだって、学生に何かがちゃんと伝わって、彼らが変化するのを目撃する、という手応えがないと、モチベーションが低下する。いや、違うな。自分のモチベーションのために演習のプログラムをどうこうしよう、というわけじゃなくて、ううむ、なんというべきか。もう少し考えよう。

水曜日。
以前、講義させてもらった大学の先生から、ふたたび講義の依頼を頂き、「声をかけてもらえるうちが花ポリシー」に基づいて、速攻で承諾の返信。

こういう、「特別講義」のような授業は、講演者が自分の仕事や思想をざっと概観できるような「拡大ポートフォリオ」になることが多いので、(僕の演目はともかく)なかなかお得である。僕が学生だったらぜったいそういう講座を履修しまくる(それと、建築あそびに通う)。

先述の関東学院の演習でも、ゲストクリティークに来てもらう方に「特別講義」をお願いしていて、これまで、南泰裕さん吉村靖孝さん山代悟さんのプレゼンテーションを拝見した。どれもこれもネタ満載であった。

そうだ、ゲスト講師を誰にお願いするか、という楽しみもあるんだった。それも含めてまたちょっと考えよう。考えます。

2007年2月21日

Riverside Bluehouse

ああ。なんという迂闊な。
今朝、駅の売店で何の気なしに今週号のAERAを買うまで、「0円ハウス」の坂口恭平氏のことを知らなかった。いや、もしかするとどこかで見聞きしていたのかもしれないが、まったくノーマークだった。なぜかというと、端的に、僕の耳はロバの耳で、目はウロコが詰まった節穴だからだ。

■坂口恭平「0円生活の方法 ---大切なことが全部学べる隅田川の青い家暮らし---」(AERA 2007.2.26号)

記事は、路上生活者の家に興味を持って観察をはじめ、2004年に写真集「0円ハウス」を出した坂口さんによる、隅田川護岸のブルーシートの家に住む「鈴木さん」に取材したレポート。

文章がちょっとたどたどしいというか、メール調というか、いかにも若い人がブログに書いたみたいな調子だが、まあそれはそれで一種の臨場感がある。ホームレスのルポ、というと、わりとシリアスな、しばしば暗めの社会学的なアプローチが多いけれども、この記事は、ひとつには建築学科出身の坂口さんの、まず「住居」に注目するというアプローチのために、そして調査対象の「鈴木さん」の「明るい路上生活」のゆえもあって、ポジティブでユーモラスな「報告」になっている。

今和次郎が、じゃなかった坂口さんが指摘するように、「隅田川の青い家」のありようは、現在の住宅が実は巨大なインフラの「端末」になってしまっていることをあらためて考えさせるし、鈴木さんの生活は、この都市がある程度の数の「寄生者」くらい軽く養えるほどの余剰物を流している、ということを気付かせる。

「青い家」はGSからもらってくる廃バッテリーで照明用の電力を得ていて、これは象徴的である。乾電池式の装置はコンセントが要らない。コンセントが不要だから引き込み線も不要で、電柱も不要。装置の稼働のレンジを電池の寿命スケールに留める覚悟さえあれば。震災に見舞われた際に、プロパンガスが威力を発揮したのと同じ事情である。

もちろん、「青い家」とて、都市インフラをぜんぜん前提にしていないわけではない。飲料水は公園の水栓から得ているし、燃料や食料は集めた空き缶を業者に売って得たお金で買ってくる。何より、家の物理的「基礎」は「護岸」なのだ。通常の住宅との違いは、寄生の「サイズ」の相対的な差である。多くの住宅が本気で鈴木さんの「家」を見習って、エネルギー消費を極小に押さえた様式になってしまったら、都市の「余剰物」は激減して、皮肉にも「隅田川の青い家」は成立しなくなってしまう。

以前、南泰裕さんらのホームレスの調査を拝見したとき、路上生活者というのは現代の狩猟採集民族なんだなあ、と思ったことがある。狩猟採集生活は、本来の意味できわめてエコロジカルな生存様式であって、生活圏の土地そのものが生産する資源に強く依存するために、生活者を支える絶対的な「地理的規模」が必要になる。つまり、ある特定の地域が「養う」ことができる狩猟採集生活者の「数」には限界がある。「隅田川の青い家」の場合は、鈴木さんが押さえているテリトリーでは、他の同業者が「共存」することはできない。(何らかの「農耕モード」に移行すれば話は別である)。

これは、実はけっこう苛烈な競走である。記事を読む限り、鈴木さんは非常に勤勉な方のようで、それが「明るい生活」を支えているのだろうが、たとえばもっとお歳を召して自転車に乗れなくなったら、あるいは病気か何かに倒れたりしたら、鈴木さんの「資源圏」は別な青い家が乗っ取るのだろう。

むろん、鈴木さんがもっと若い人材を家族に迎え入れて、狩猟採集をリタイアしてもその若手の働きで食えるようになる、ということは可能である。そうなると「青い家」は部族的な社会性を帯びるな。そういう「集団」はいないのだろうか。隅田川護岸。いや、そもそも「ほっといてくれよな」という、群れを作りにくい性格の人がそういう生活に入る傾向があるのかもしれないけど。

0円ハウス −Kyohei Sakaguchi−

坂口さんのサイトにあった、都市の庭の観察記:
4次元ガーデン −Kyohei Sakaguchi−

いいところを見てるなあ。

4次元ガーデン05 へちまと鳥専用アパート

そうこれ。僕も以前、この同じ「庭」に注目したぜ。→環境共生型住宅群

2007年2月20日

新築の記・補遺

書き散らかしてアップロードして読み返してみたらあまりに乱暴でブルーな文章なので、いささか追記。

・これはこれで、それなりに楽しんではいる。

・「できなかったこと」を考えるのは残念で悲しいが、でも相変わらず将来、ふたたび自宅を建設する際には建築家に依頼するつもりでもあるし。

・売り主の建設会社の売り建て物件設計担当の若い女性、Sさんは、じつにクールなプロフェッショナルであった。Sさんの職業的割り切りのお陰で、むしろ我々も気持ちよいくらい開き直って「建築条件付き」に対峙できたことを記しておきたい。

・OM氏にはお世話になった。深夜まで付き合ってもらって事務所でプランを挟んであーだこーだ、けっこう根源的なことまで議論できたのも楽しかったが、何よりもOM氏とSさんとの掛け合いが最高だった。
OM氏「こういうのは天地引き戸だと空間が繋がるんだけどなー。天地にできないの?」
Sさん「それは、ご希望であれば。」(←つまり、オプション対応で金額が加算される、という意味)
僕「・・・いらないです」

・今回の売り主の建設会社には「注文建築部」というセクション(というか、子会社の設計事務所)がある。つまり、規格標準品は設計部、自由設計は注文部、という分類が厳然としてあり、標準外のことをやりたいお客はあちらへどうぞ、というシステムである。標準設計の場合、打ち合わせ回数まで決まっていて、わずか3回しかない。中村謙太郎さんが紹介して下さったみたいなラジカルな「切り込み」は不可能であった。

・でも、壁の量や建具の数や外構の要素がかなり「標準以下」になったので、いくつかの「標準外」のドアなんかには「追加料金」がかからなかった。

・地盤調査の結果の資料を受領した。んもう、「東京の自然史」の挿し絵みたいな典型的な「武蔵野ローム!」という感じの地層であった。台地の下、ちょうど野川が流れる地盤との標高差ぶんくらいの地下に、「硬い」層がある。これが深大寺の「丘の支持地盤」なのだ。掘削が礫層に達した瞬間に硬度計の針が跳ね上がるところを見たかった。。。地層萌え。

中国の赤い壁


営林局が採石場の跡地をペンキで「緑化」した雲南省の事例に関して、

ところで、「色彩の」センスの問題に落とし込んでいいんですか>「緑化」の図

というあさみ編集長のご指摘を受け、彩度と明度を落とした渋い緑色にしてみた。

なるほど。これなら、まだ「景観」に溶け込んでいる。

いっそ、赤くしたらどうだろう。中国っぽく。

スローガンを入れてみた。

おお。こうすればそれなりに「意図」が感じられる建設行為に見えるぞ。

イタリア文化会館もいかがでしょう。いっそのこと。

追記:あさみ新聞: 景観配慮型の基地局も参照のこと。

2007年2月19日

立面問題、平面問題、断面問題

そこで、その標準プランを件のOM氏の事務所に持ち込んで、見てみてくださいとお願いしたわけだった。

ら、OM氏がちょいとトレペ乗せて描いてくれた「たとえば」プランが、目からウロコ、というほどではないにせよ、「それなりに何とかすれば、それはそれで気に入った建物になるんじゃないか」という期待と希望を持つに充分な改良案であったのだ。建築ってすごい。ちょっと気を取り直した。限られた時間のなかでだが、すこし内容をいじってみようと。
以下のようなルールで。

1.セット売りの「ベーシックプラン」が示す最低限の価格を変えない。これを選んだ理由が「安価なこと」なのだから、信条としても、実利的な意味としても、可能な限り安く押さえることがこのプロジェクトのミッションである。

2.意匠を排除する。依頼しかけたアトリエを始め、真摯に住宅を設計している建築家諸姉諸兄へのリスペクトとしても、ともかくいろんな意味で「デザインされたもの」にしたくない。新規造成ミニ開発住宅地のなかで、ストイックにプレーンな建物にするのは、それはそれでメタ意匠じゃないかという議論もありうるが、そこは勘弁してもらう(←誰にだ)ということで。

上記、結果から言うと、1については、「オプション・メニュー」絶無、というわけにはいかなかったものの、見込んでいた諸経費から出た、想定外の減額項目とほぼ相殺する値段には収まった。

2については、これは思ったよりもずっと困難だった。

ひとつは、インターフェースというか、「表層」の問題である。

「標準」仕様にもメニューがあって、外壁の仕上げやサッシの色から屋内の壁天井のクロスまで、デフォルトの「標準仕様」の範囲でもいくつかの種類を選べるようになっている。用意されているのはいかにも一般的で、おそらく、間違いのない素材で、かつ多く流通しているのだろう素材やパーツである。この「いかにも一般的」というところが、実にくせ者なのだ。「いかにも一般的」な素材やパーツは実はどれもこれも、すでに強い「意匠性」が貼り付いている。こう言ってはなんだが、100円ショップで売っている食器や文房具がすべからく「柄もの」や「キャラもの」だったりするのに似ている。サイディングはどれもこれも石やレンガを「模した」模様だし、ユニットバスには大理石模様の「化粧パネル」がついている。ほとんどあらゆる「カラー」は、「白」という選択肢がなくて「アイボリー」である。大量生産型の製品に、わざわざ特定の表情を付してあるのは、いったいなぜなんだ。そういうのが「受ける」デザインなのか?

そこで、あえてそうした表情を消そうとするほうがエネルギーを使う、という逆転が起きてしまう。下手をすると逆に値段が上がったりする。「いっそ、いかにもそのへんに沢山ありそうな色と柄で埋めたほうが、意匠を排除したことになるんじゃないだろうか」という悪魔のささやきをなんとか払拭し、可能な限りの範囲で、彩度が低く、明度が高い選択をしてみたが、それぞれ微妙に色合いが異なるため、合わせてみると、それはそれで何とも言えない、無印良品やユニクロが持っているような、ある種の「微熱的意匠性」を醸し出してしまう。

建具がまた、難儀なのだった。ドアや靴入れや手すりやら、そういう内装建具は、フローリングの色を決めると同時にすべてその色で統一されたセットになる、というルールになっている。モノは大手建材メーカーの製品である。色合いはまた、標準色のなかから選ぶことができるんだけど、今回つくづく思ったが、この「フローリング」というパーツ自体がすでに、どうしようもなくある種の意匠性(というか、抜き難い雰囲気)をまとっているのだ。どの色を選んでも、マンションのモデルルームじみた光景になる。「缶コーヒー」じゃないけど、「フローリング」はすでに、「板張りの床」ともビニールシートとかとも異なる、独自の範疇をなしている。

こうした、いわば「立面的問題」よりも深刻に、あらためて考えさせられたのが「平面的問題」であった。

「参考プラン(事実上のデフォルトプラン)」には、「LD」「BR」というふうに、それぞれの部屋に「名前」がついている。まあそれは普通、そういうものだ。チラシ広告で見かけるマンションや建て売りのプランはすべてそうであって、普段はそれ自体をあまり問題視したりしない。でもこれが「わが事」になって、あらためて切実にその標準プランを眺めるに、ふつふつと疑問が湧いてくるわけである。いったいいつ、誰が決めたんだこういうの。

いったん、そこに疑問を抱き始めるともうアウトである。僕らは夫婦とも仕事の専門が造園系なので、つい庭を考えの中心に据えるという「奇癖」がある。庭のこの部分をこういう風にしたい、そのとき、そこに接する屋内はこんな風であってほしい、というような。そのように夢想した「屋内」のその場所は、「リビング」とか「ダイニング」とかいう「部屋の名前」が示す範疇と、なんともズレている。

僕らがそういうふうに眠る必要があるから「BR」という「仕切られた一角」を設けざるを得ないのか、それともなんとなく「BR」があるからそこにベッドを置いて寝るという行為を知らず強いられているのか。その標準プランは、僕らが住宅産業的に共有された常識的行為で日常を送ると仮定するならば、とてもよく配置された、それなりに手慣れた感じさえ受ける「間取り」なのだったが、そもそもそれを「合理的」で「快適」だと思う、そのゲームから降りてしまうと、その平面図それ自体がなんだか奇妙なものに見えてくる。

もっとも、そういう「ルール」に不必要に批判的なまなざしを向けつつ、平面図とにらめっこをするのは、自分たちの日常の生活行為を見直して読み替えるというような、頭の体操にはなるのだった。
見直せば見直すほど、壁や建具が減ってゆく。そうなると、平面をより簡素にするのが面白くなってくる。ひとつには、僕自身が素人木工が好きで土曜大工を厭わないため、不確定だったり変化が見込まれるものについては「あとで自分で作るから、本体工事としては要らない」と簡単に決めちゃう、ということがあるのだが。

ただし、用意された「遊びしろ」はやはり限られている。お風呂も台所も玄関もトイレも窓も収納も、そうした「ブロック」として設定されている。それらを再解釈したりする余地はあんまりなくて、その「組み合わせ」をいろいろにやってみるだけである。

それから、構造や設備にかかわる「断面的問題」がある。

トータルに考えられている住宅プロジェクトの場合は、意匠と構造と機能は分かちがたく結びついていて、そう切り分けることがそもそも難しいが、今回のような住宅の場合は、前述のごとく、平面的機能が「名前のついたカタマリ」として部品化されているし、立面的意匠は基本的に「色と柄」のことである。そこで、ここでは「構造」はそれらをひとつの「大きなカタマリ」にするためのエンジニアリングのことであって、僕らがあまりどうのこうの言う余地はあまりない。「結果」のメニューを選択するだけである。

キックオフからわずか1ヶ月と少し。まだ遂行すべき諸手続きは山のようにあるんだけど、住宅の建設に必要な「打ち合わせ」が終わってしまうと、なんだか気が抜けてしまった。

これから、建物は驚くべき短期間で竣工してしまう。

ああ。フィード購読しまくってる、若手建築家のブログ群なんか、もう見たくない。

ま、僕の性格からして、いったん目の前に出来てしまえば、今度はそれに愛情と情熱を注ぐだろうとは思われる。
庭がカタチをあらわすのは1年後とかかもしれないが、その折にはバーベキューでも催すので、声をかけた際にはぜひ、お立ちよりください>各位。

フリープランの「フリー」

今回、建築家によるプロジェクトを断念して僕らが選んだのは、土地を造成して販売する会社がセットで建ててくれる、「ご一緒にポテトはいかがですか」という感じの住宅である。
この「バリューセット」の利点は、なにしろ全体の費用が激減し、住宅の値段がそれ以外の方法では実現しないくらい廉価になる、という、その点に尽きる。土地の値段も下がるし、土地と住宅と、別個に支払うはずだった様々な経費が軽減される。ローンの支払いと現在の賃貸住宅の家賃と二重払いする期間もほぼ発生しない。地盤調査も確認申請もその他もろもろの諸手続も「込み」になる。これは、経済的にも心理的にもかなりの負担軽減である。

一方で、この選択によって決定的に失うものがある。

僕らは、自分たちがいま、どういう場所にどう住んでいるか、これからどうしたいと考えているか、という最低限のプログラムと、僕らなりに把握した、地域の環境を含む敷地の状況とを建築家に預けて、あとはどんなアイデアが出てくるか、それをこそ、楽しみにしようと思っていた。

よく書店の住宅関係のコーナーで見かける「こんなに安価に、夢の自宅を新築した」系の「施主本」には、建築家に任せておかないで、ほんとうに自分が欲しいもの、やりたいことを明確にして、積極的に関与せよ、というような主張がしばしば書かれている。もちろん、施主が設計に関わる度合いというのは様々にありうるし、それについてとやかく言うつもりは毛頭ないんだけど。でも、別に特に持ち上げて言うわけじゃないが、やはり、建築家は僕らの知らないことを知っているし、僕らに見えないものが見えているし、僕らに届かない「飛躍」をする。少なくとも僕の見知る範囲で建築家を自称する人たちはほぼ例外なくそういう資質を持っている。僕らが建築家に期待したのは、その「解釈」と「飛躍」の物体化を目撃し体験したいということだった。僕らの場合、必要なのは「住宅建築のリテラシー」ではなく「自分たちが依頼してみたい建築家を見出すリテラシー」なのだった。というか、新居プロジェクトの「建物の部分」についての期待はほとんどこの一点でしかなかったため、これを断念した段階で、自宅の「建築物」に対する、その側面での情熱はほぼ完全に消滅してしまった。

ただまあ、そうは言っても小さい買い物ではないし、これからけっこうな期間住むわけではある。
今回の物件は、厳密には「建て売り」ではなく、「条件付きフリープラン」という、いわゆる「売り建て」である。当初、「参考プラン」という平面図が販売パンフレットに描かれていて、それが建物の値段の「基準」になる。
仲介している不動産会社のエージェントに電話。いったい「フリープラン」というのは、どこまで「フリー」なのか。

先方:「えーそれは、法令の範囲であれば」
僕:「法令ってのは、建築基準法?」
先方:「えー、そうですね」
僕:「ということはつまり、建築基準法にのっとっていて、当初の構造にのっとっていて、標準の仕様を使っていれば、基本的にどういう間取りでも平面でも可能だ、とそういうこと?」
先方:「えー、基本的にはそういうことですね」

言ったな。エージェント。それがどれほど選択肢を広げるか、おまえには想像がつくまい。(←これは、実際は結局、きわめて限定された選択肢しかありえないことを、すぐ後に思い知る羽目になった)

設計期間実質1ヶ月の平面的変遷。

建築家に依頼していたら、それこそ「新築の記」というタイトルのblogを別に立てて日記するくらいのことはしただろうと思うが、今回は今回のようなことになったので、住居の内容を決めるプロセスの記録はこの記事ひとつで済んでしまうのだった。

以下、きわめて短かった、いわば「設計期間」に描いたものの一部。

広告に掲載されている、いわゆる「標準参考プラン」。「参考」とはいえ、これで価格設定がなされているため、建坪や建具の数などを変更しようとする場合、これが基準になる。売り主の建設会社の設計士が描いている。


配置図に置いてみたところ。敷地は開発道路の正面にあり、西側に12m接道している。東南方向は公園。


12月26日。上の絵を事務所へ持ち込んで、OM氏にスケッチしてもらった「改良案」。廊下が「通って」、吹き抜けができている。その場で、OM氏にコンサル料を払ってアドバイザーとなってもらうことにした。


OMスケッチを描き直してみたもの。なんか、いきなり「平面図」が生き生きと見え、翻って「標準」のプランがいかに普通に見えるか(じゃあ「フツウ」ってなんだ、と問い始めるとそれはそれでややこしい議論になりそうだが)ということを実感した。


1月3日。立面を描いてみたもの(庭のほうに関心が向いている)。ご覧のとおり、真正面に電柱がある。


面積的検討のすえ、吹き抜けを潰して妻の仕事部屋を設置。前面に露出した南庭の扱いを考えている図。


庭を考えている図。やはり駐車スペースとの取り合い、というか、車をどう扱うかが難しい。


1月6日。この建物形状での、庭の決定案。


同じ面積・容積で、敷地形状に素直な細い建物はないかと思い始めている図。


1月6日。OM氏に自宅へ御足労頂いてアドバイスを受ける。というか、アドバイスを越えて、手を動かしてもらってしまった。ちょっと閃きのある平面が出現。東に1間以上の庭が「通し」で確保できる、「B案」の登場。


B案の庭の取り方を検討する図。(これによって、屋内側のレイアウトが変るので)


A案、B案の「1階の床(屋内と庭の舗装部分)を比べている図。


屋内と庭の関係がうまく収まらない。の図。履き出し窓の「数」が決まっているので。


とりあえず打ち合わせ用に描き直したもの。


打ち合わせ用に描いたA案。


打ち合わせ用に描いたB案の改良案。台所が西側へ移動し、リビング的スペース(壁がないので何と呼べばいいのかわからん)と庭との関係が改善。これ以降、B案が主案として進む。


庭のレイアウトと、屋内の水周りその他との関係を考える図。


庭のレイアウトと周辺の関係を考える図。バックヤードの配置、「菜園」、日照による植物の配置など。


1月7日から19日にかけて発生した「雁行案」。機能的にはうまく行きかけた案だったが、斜線その他の理由で没。この頃は公私共に泣きたいほど忙しく、これらは主に通勤時の満員電車内で検討された。

それにしても、ユーザー的に「必要だと思われる要素」を貼り付けてゆくと、平面図が急速に凡庸になってゆく。素人間取りゆえ、そこが如何ともしがたい。


打ち合わせ直前までしつこく考える。駐車スペースのサイズ。


1月20日、建設会社との打ち合わせ。


現在の住居の現況。荷物の量の把握のため実測。「日本の民家」の調査図みたいだが、いやたしかに「民家」ではあるのだが。


庭の取り方のバリエーションで、建物を動かして見ている図。家を「斜め」にすると、庭と方位やバックヤードの配置などが面白くうまくいくのだが、駐車できない。(けっこう本気だったんだけど)


最終打ち合わせ・見積もり用に建設会社へ送付した図。ほぼ最終形。壁と建具がどんどん減ってゆく。


庭と屋外を含む「1階」のレイアウトと植栽の種類の検討。


居室から庭がどう見えるか描いてみた図。庭の木デッキに高低差をつけることで、逆に屋内とつながって見え、広い感じがするんじゃないか、というアイデア。

2007年2月15日

常緑岸壁

コピーに「裏紙」を使うというアイデアがいまだに好きになれない。

コピー用紙節約して浮かせる経費なんか、裏のミスコピー面にいちいち赤ペンで×を書いたり、書類を見間違えたり見失ったり(だって、裏返しに置いてあると、別なドキュメントに見えるのだ。というか別な書類だし)、間違った面を社外にFAXしたりする可能性に神経質になったり、という馬鹿馬鹿しいストレスのために低下する生産性の量にくらべれば、微々たるものだ。

と思うので、僕は自分の不要書類は「裏紙コピー用箱」には決して入れずに、「古紙再生ボックス」に投入するようにしているが、紙のリサイクルを行わず、パルプから紙を作るようにするとエネルギー原単位は大幅に低減する。その上で、植林活動を行えば、排出が相殺されるため、ネットでの排出量はほとんど0になるだろう、というような記事に接すると、もういっそ単にゴミ箱に捨てたくなっちゃうな。炭素収支的にバランスが取れたうえで、伐採と植林をするなら、物質の循環という意味ではそのほうが健全なような気もするし。

K池くんに教えてもらった、「緑化」の図。雲南省の営林局の仕事だそうだ。すげー。

これを思い出した。ちょっと規模が違うけど。

2007年2月13日

知人のハブとしての寺田さん

東京理科大・建築学科の伊藤研究室が、「研究室の広報誌」とでもいうようなフリーペーパー、「fab C.」の1号を送ってくださった。

ちょうどCDジャケットの大きさの、研究室の最近の活動や修論・卒論を紹介する冊子で、装丁がじつに可愛いというか、世の中、様々な研究室がそれぞれのカラーで情報発信しているが、そのほとんどはウェブサイトだったりするが、こういうふうに手に取って眺められる小印刷物というのはいいなあ。この体裁からして、次回はDVDが付録についてくるんだったりして。と言ってみる。

巻末に、ピクニックを背景にしたインタビューが掲載されていて、ゲストが寺田真理子さん。

寺田真理子さんは「全員」と知り合いである。「建築とかそのへん」のコミュニティにおいて、寺田真理子さんをぜんぜん知らない人はまずいない。だから、オープンハウスとか、出版パーティーとかで、初めて会う人を紹介されたときには、とりあえず寺田さんの話を出し、お互いがいつどこで寺田さんと知りあったか、という挿話を披露しあえば、最低15分くらいは間がもつのだ。

そういうわけで、第1号に持たせる遡及力として寺田さんはなかなか良い選択だったと思う。fab C。(←どういう結論なんだ)

若すぎて何だかわからなかったことがリアルに感じてしまうこのごろさ。

山下久美子がいろんなアーティストの歌曲をカバーしているアルバムをiTuneストアで見つけて購入し、自宅で鳴らしてしたら息子が反応し、そのうちのいくつかが息子の「最近のお気に入り」としてマークされ、今朝も登園時に親子で「SOMEDAY」を鼻歌いながら階段を登っていたところ、若い保育士さんに「ミノリくん昭和生まれ?」とからかわれた。てめー、これは昭和も平成も明治も関係なくもはや『クラシック』だ。学校出たての保育士なんて、原理的には俺の子供でもあり得る年齢で、俺の中では園児も保育士もひとまとめに「キッズ」カテゴリーに分類されているんだぞ黙ってろ。と僕は愛想照れ笑いを浮かべながら見当外れのことを毒づいた。心の中で。

書いていていま思い出したが、先日、「日本の民家」フィールドワークの端っこにお邪魔すべく、愛媛県松山市(じつに面白い街だった。松山市)に日帰りで出かけたとき、昼食に入ったうどん屋で、院生のお嬢さんたちが稲荷ずしを注文したため、思わず「ふたつで充分ですよ!」と叫んできょとんとされ、同行のカメラマンのオオタカさん(僕と同年齢)に最近の若い人には通じないよと慰められた。こういうエピソードは枚挙にいとまがない昨今、昔話を好むこと自体はどうということはないが、語りが自分の人生のピークだったころのそれに集中し始めると良くない兆候であるそうなので、子供らにむかって、一度聞いた話は「それはもう聞いたよ」って言ってねと念を押しているこのごろです。

2007年2月12日

緑のスポンジに隠された見知らぬ土地。

今年頭のムーンライティングが二つ、立て続けに終了。

ひとつは、中谷レーニン先生率いる「日本の民家再訪」プロジェクトの、僕が担当することになった回の記録と考察文。10+1の次号に掲載される予定。

当初、必要な文字数を適当に切り分けて、調査の参加者の何人かに割り振って、僕は図版を作る係とかでいいや、「担当」というのはそういうのを決めるのが仕事ってことで、などと安直に考えていたのだったが、胴元にはぜんぜんそういうつもりはなく、おまえが全部書くのだ、とあっさり言い渡され、先月はほとんど頭の中が甲州街道・新宿ー代田橋間で埋まり、いつものごとく精神的・身体的に相当じたばたし、たまに早く帰宅して子供らを寝かしつけているときでさえ、何かお話しをしてくれと長男にせがまれ、
「むかしむかし、あるところにコンワジロウという若者がいました。あるとき、コンワジロウは拡大する都市の端っこを見てみようと思いついて、甲州街道に出かけました」
「トシってなに?」
「・・・そりゃまた、いきなり核心を突いた質問だなミノリ。」
「カクシンってなに?」(以下略)

ところで、話がそれるが、最近、子供らを寝かしつけながらしばしば「いやいやえん」を読むのだが、あらためて読んでみると、淡々と穏やかな語り口なのに、じつは結構ぶっとんだ話である。クジラ狩りのエピソードといい、野生の子熊が保育園に入園してくる話といい、いかにも日常的な保育園の光景から何気なく逸脱していって暴走してゆくスピードがすごい。僕自身が子供のころに、これに魅了されたわけが何となくわかった。

さて、もうひとつの月光ジョブは、秋葉原UDXで開催されているこれのお手伝いであった。
http://www.sfa-exhibition.com/taikin.html

三谷さんからいきなり電話を頂き、こりゃスケジュール的に甲州街道と被るぞ、とは思ったものの、まあ新建築の連載ももう僕はやることないし、大学の演習も1月で終わりだし、声をかけて頂けるうちがハナなので、ぜひ、と安請け合いしたのだった。

当初、僕のプレゼンテーションは、これまで作ったもの(多摩ニュータウン解体撤去計画とか、東京下町水没計画とか)を出せばよい、という話だったのだが、これら、いい加減使い回し過ぎて自分でも飽きてきたし、今回の「ファイバーシティ」にまったく触れないのもあまりに芸がないので、少し、新しいネタを作って持って行くことにした。そして案の定、直前まで何をすることもできず、前日、ほとんど徹夜になってしまった。

「ファイバーシティ」というのは、東大の大野先生らが作られた、「今後、縮小してゆく都市をどう計画するか」という試案である。
http://www.fibercity2050.net/jpn/fibercity.html

いくつかの「戦略」メニューのうち、僕らラ系がもっとも目を引かれるのは、「グリーンフィンガー」という名前の、「東京計画・緑版」のようなマスタープランである。単純にいうと、交通体系を鉄道と徒歩に限ってしまい、駅からの徒歩圏・半径800mに「都市」を回収し、残りの「圏外」を「緑地」にしてしまう、というプランである。

会場にも展示されている、2050年の東京を描いた大きな模型では、建物が集中している鉄道沿線以外の部分には緑色のスポンジが敷き詰められている。そこで、こういうのを目前にすると、普段、その「緑色のスポンジ」の中身を担当している僕らとしては、例の「ラ系の困惑」を抱くわけだ。

「こういうふうに、駅を囲むコンパクトシティの連続として郊外を再編するのです」
「なるほど。それで、この残りの緑色は何になるんでしょうか」
「森です」
「・・・・え?」

とはいえ、あらためて見直すと、僕自身がこういう場で時々提案する「将来像」も、(半ば皮肉を込めているつもりではあれ)「残りを緑色に塗ってしまう」というオチが多い。その「中身」を検討してみるというのは、ラ系の貢献としてはそれなりに生産的ではある。

模型の端っこには調布市も入っているが、僕の現在の自宅も、今後引っ越す先も、両親が住む家も、ぜんぶこの緑スポンジの中に入っている。そこで、この「森」が実際にはどのように維持されうるのか、維持管理費の試算と、維持可能だと思われる面積をざっと試算してみたのだ。なぜなら、計画趣旨には、「圏外に住み続ける住民に、圏外のインフラの維持費を負担してもらう」という怖いことが書いてあるからだ。我が家のノリからして、僕らはこの「圏外」にあえて住む可能性は高いし。

すると、調布市に現存する農地や大学のキャンパスや都立公園などを除いても、常識的な管理費負担を前提にすると、まともに公園的に維持できそうなのは緑色の2割くらいのボリュームであって、残りの8割は「放置」せざるを得ないかもしれない、という結果になった。

僕のプレゼンでは、つい、まあ市街地の廃墟にワイルドな自然が回復してくるという風景もそれはそれで面白いんじゃないでしょうかという画像にして持参したのだが、やっぱりそこが突っ込まれどころになった。

たとえば近年、耕作放棄された農地や薪炭林で植生の遷移が進んでワイルドな状態になってゆく、いわゆる「里山の荒廃」が多く報告されている。もともと農村部のこうした土地利用は、植生の遷移のダイナミズムにいわば便乗して、地面が森になろうとする傾向に介入し編集することで成立している。だから、その介入が停止すると、「もとの自然」に戻ってゆく、とは言えるわけである。

しかし、実際に増えているそうした「空白地」、特に都市近郊にすでに拡がりつつあるこの生態的ギャップに「回復」しつつある「自然」というのは、資材置き場化したり不法投棄の山になったり、モウソウ竹が優占したり、クズなどのマント群落が暴走して林地の高木を枯死させたり、あんまりろくなものになっていないみたいなのである。

しかもそれも、農地という、相対的に「森林」に近い様相の「土地態」においてなのである。一旦、「乾いた平坦な広がり」を半永久的に確保する意図で整備された、完全に宅地化した土地が、破棄されてからいったいどういう「遷移」を見せるか。そのままでは「森」にはならなそうなことは予想できる。いや、1万年くらいのオーダーなら話は別だが、少なくとも2050年には、あんまり牧歌的な風景は出現していなさそうである。

大野先生は、縮小してゆく都市というのはこれまで誰も経験していない事態なのだ、ということを強調されていた。だが、マスタープランを拝見するに、そこに描かれている「都市の部分」はあくまでも「これまで見たことのある」風景に似せてある。

土地の「意味」という観点でみれば都市の本質はじつはそこにあって、「都市化」とは土地を「理解可能な範疇に置き換えてゆくこと」である、と言ってみるとすれば、コンパクトシティ化というのは、「これまで経験したことがない」事態の発生にあたって、先手を打って、都市域を「手の届く範囲」に限定してしまい、少なくともその範囲は「理解/制御」の対象とする、つまり、「これまで誰も経験したことがない」というリスクを、あらかじめ都市の外へ追い出してしまう、という構想だと言える。

そして、それは広大な「蹂躙されたあげくに見捨てられた地表」を作ることでもあるわけである。縮小する都市の「未経験さ」は「圏外」にこそあらわれるし、それは「徒歩で到達できるハッピーな森」にはならない可能性が高いのだ。


と、ここで締めくくればいかにも、「屋外機の目隠し植栽は建築工事ですからね」的なラ系からの批判というか愚痴というか、お約束の着地ではあるのだが、実は僕はこの緑色のスポンジの下に横たわるテラ・インコグニタのことを考えると、やっぱりある種のわくわく感というか、これはこれで面白いと相変わらず思ってしまうのだった。「団塊の世代」問題みたいに、「いずれ広大なリタイア土地が出現する」という設問はなんか、時流にも即しているし、長谷川さんが議論のなかで述べておられたように「維持管理」の「読み替え」はデザインの対象としてこれまであまり論じられなかったわりには重要な題材でもある。

農地や宅地や国分寺崖線や多摩川が入り組む調布を対象に、ファイバーシティをネタにケーススタディするのは面白そうだ。と思いませんか>調布在住の地表系諸姉諸兄。

2007年2月 6日

Garmin Man

Garmin Man

スーパーボウル中継にコマーシャルフィルムを流したらしい。まるで、Macintoshの登場みたいだ。

いまや、Garminは、もっとも成長著しいデジタル家電メーカーなのだそうだが、この「ガーミン・マン」で気に入らない点がふたつ。

1.「ガーミン・マン」が可愛くないじゃないか。「地図ザウルス」のほうがキャラとして優れているように見えるが。

2.紙の地図と戦ってこれを駆逐する、「ガーミンは地図から世界を救う」という立場表明は、間違ってる。敵は地図じゃないぞガーミンマン。というか、そもそも「そういうこと」じゃないんだぞ。なんか、大きく勘違いしてないか?おまえら。


■追記:

公式サイトで動画を見れる。

うわははは。戦ってる。

・・・いや、でもやっぱりこれは違うぞ。根本的に。


■追追記:

酷評だ。
Garmin Super Bowl Commercial Reactions GPS Review

2007年2月 3日

頭が冴えて眠れず、自販機の缶スープについて無駄に力説する。

まったく関係ないが、というかそもそも関係ある記事を連ねているわけではまったくないが、今シーズンの伊藤園の缶スープは、これまで存在した同種の缶飲料のなかでも、群を抜いている(断言)。実は、僕は3年前までの伊藤園の缶入りコーンスープの大ファンであった。味は多少粗削りながら、やたらにざくざくとトウモロコシ粒が入っていて、その食感がじつに、自動販売機的で良かったのだ。それが、2年前にモデルチェンジされて、なんというかちょっとエレガントな味わいになってしまった。たとえば、僕は、缶コーヒーにはドリップで抽出したコーヒーのような味わいをぜんぜん期待しない。いや、むろんそういう「自動販売機的高級志向」のユーザーだって多くいらっしゃるのだろうが(だからこそ、そういう『ハイ・クオリティ』的装いの缶コーヒーなんぞが売られ続けるのだろうが)、少なくとも僕にとって缶コーヒーはあくまで「缶コーヒー」という、それ自体独立した、「コーヒーとは異なるカテゴリー」の飲み物なのである。僕にとっては、最も缶コーヒー的な缶コーヒーは、UCCの「オリジナル」である。あの、缶コーヒーなのに乳脂肪含有率が高くて、表示が「コーヒー飲料」でなく「乳飲料」なやつ。あのなんというか、「コーヒー」でも「ミルク」でもない、こう言ってはなんだが「ジャンク」な味わいこそ、缶コーヒーを「缶コーヒー」たらしめるのである。同様に、僕は「缶コーンスープ」に、レストランのポタージュスープを期待しない。コーンポタージュは、自販機の「缶」に詰まったとたん、いわゆる「コーンポタージュスープ」とは異なる、何か別なカテゴリーを獲得したのだ。そのあらたなカテゴリーを発見したとき、伊藤園の「ざくざくモデル」は僕が思い描く「自販機缶スープ的ありかた」を素晴らしく具現していたのだった。それが、2年前、「天然の岩塩を使いました」とかいうキャッチとともに、なんだか取り澄ました味になってしまった。伊藤園、おまえもか。有名な料理人の顔写真貼り付けて凝った味にして、自販機で120円で売ってるという現実の事態との乖離が痛い、「高級ふう」になってしまったのか。僕は失望し、「頼まれもしないのに伊藤園の自販機缶スープの卓越を説いて回る係」を降りた。そうしたら今シーズンのモデルチェンジだ。「帰ってきた」という感じ。味は3年前よりも複雑になったが、良質な味付けを目指した工夫と、自販機なりのジャンクな開き直りとが、じつに絶妙なバランスをなしている。よい。以上。

甲州街道はまだ夏なのさ

あ。
という間に1月が過ぎてしまった。

ともかくも、家族元気に無事に2007年を迎えたのち、旧正月の休暇前に片付けたいというスケジュールの中国系の仕事の山(というか巨峰)に衝突し、加えて件の自宅プロジェクトが稼働したため、いっそ失踪したいと思うほどの目まぐるしさに見舞われた。

1月が過ぎると同時に、原稿の締め切りがひとつ過ぎた。とほほ。

この、一種のリレー原稿の「胴元」であるレーニン先生は、ともかく山のように資料を積んで、必要そうな所だけ付箋つけてばーっと読んで、一気に書けばできますよ、とおっしゃったが、やはりそれはちょっと、僕の作文的能力を超えている。いや、一気に書いたほうがよい、というコツはわからないではなく、僕もたいてい、箇条書きで整理したり、ドラフトをいろいろと書き散らかしたあとで、ファイルをあらためて、白紙に向かってどっと書き直すというのをよくやる。そのほうが勢いに乗って書けるし、何かの拍子にそれまで考えてもいなかったような思いつきが文章になって出てくることもあるし、断片を切り貼りしているとしばしばやってしまう重複や語尾の不統一なども避けることができる(文章の絶対的な品質が向上するかどうかはまた全然別問題である)。

でも、これは今回学んだが、こんな贅沢な手法が自分に有効なのはせいぜい、6000字くらいまでの分量の場合である。これよりも多い文字数になると、あらためて書くこと自体に時間がかかるし、キーボードを打つ手は腱鞘炎になりそうである。僕は「長文」には向きません。今後、もしかしてご依頼くださる機会があっても、囲み記事コラム程度でよろしくお願いいたします>各編集部御中。

そういうようなわけで、この1ヶ月半ほど、カバンには、

『街道の日本史18 多摩と甲州道中』新井勝紘、松本三喜夫編、吉川弘文館、2003
『江戸・東京近郊の史的空間』地方史研究協議会編、雄山閣、2003
『歴史の道調査報告書第5集 甲州道中』東京都、1998
『甲州街道』中西慶爾、木耳社、1972
『新宿歴史博物館特別展図録 特急電車と沿線風景』新宿歴史博物館、2001
『図説 調布の歴史』調布市、2000

その他、コピー資料や地図もろもろ。肩が抜けそうだ。・・・歩く多摩郷土歴史博物館資料室か?俺は。