2006年9月26日

サイコ・アーキテクチュア

先週の土曜日から、建築学科の演習のお手伝いをしている関東学院の後期授業が始まった。これから半年、ほぼ毎週、六浦キャンパスへ通ってお昼から日暮れまでキッズと対面する、つらくも楽しい日々が始まるのである。

演習を見たり、課題を講評したりするのは、僕の場合、なんかこう、自分の身を削るみたいな心労があるが、興じてくると自分でもびっくりするような妙なことを口走ったりするという「再発見」をすることがある。褒めるしかない素晴らしい作品よりも、油断も隙もある冴えないダメ作品について、どうしてそれが、どうダメなのか、を諄々と説いているときのほうが「思わず面白いことを言う」頻度が高いような気がする。

それと、僕は自分でもばかだなと思うくらい、時間とガッツの許す限り事前の下調べをしてからでないと、不安で学校へ行けないため、フィールドワークの対象地について、地形や歴史や都市計画にやたらと詳しくなる。つまり僕自身の勉強にもなっている(僕が勉強家なのでは決してなく、つまり他人に何かを教えるような『蓄積』がきわめて不足しているのである)。

そういうわけで、土曜日、最寄り駅のひとつ手前の急行停車駅で降りてタクシーで正門前に乗りつけるという「オトナ登校」をし、大人然とした歩き方で「講師控室」へ出席印を押しに行ったのだった。

僕宛のトレーに、学生カウンセリングセンターからのお知らせパンフレットが置いてあった。
精神的に参っている学生を見かけたら、早めにカウンセリングセンターへつないでください、というガイド。
関東学院だけがそういう学生を抱えて苦慮しているわけではなかろうが、大学もなかなか大変だ。
パンフレットの中に、「気になる学生」の「兆候」が挙げてある。

・以前は真面目だったのに授業を休むことが多くなった
・成績が急に下がった、周囲から孤立している
・だんだん身だしなみに気を遣わなくなった
・おかしな言動が増えてきた、極端に思い込みが強い
・急に痩せた、最近顔色が悪い、睡眠不足が続いている
・同じことを何度も確認に来る、会話がかみ合わずまとまらない
・個人的な要求ばかり主張する、視線を合わせようとしない
・些細なことで泣き出したり感情的になる
・ぶつぶつと独り言を言っている
・人の気配のないところで一人でうずくまっている

・・・おい、こりゃ大変だ。課題提出前の建築学科の学生なんか全員アウトだぞ。カウンセリングだ。

でも考えてみたら、課題の「講評」のときの、「何考えてこうしたの?」「これはどういう意味?」みたいな質問って、サイコセラピストのセッションみたいだよな。「模型療法」とか「図面療法」。

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