2006年8月15日

Forget Me, Nuts

物覚えが悪いというか物忘れが激しいというか、何かの拍子に、よく知っているはずの地名とか、最近のプロジェクトの名前とか、自分でもびっくりするような重要な単語が、とっさに出てこないことがある。

ことに人名が弱い。顔はおぼえているし、どこでどういう状況で会ったか、というような、舞台背景は克明に微細に覚えていたりするのに、名前を簡単に忘れてしまう。最近出会った人ばかりではなく、けっこう長い間、頻繁に会っている、仕事上のつきあいのある人の名前を忘れてしまい、名刺を見ながら電話をかける際に、果たして正しい人物にかけているのか自信が持てずにドキドキする、などということがしばしばある。

かなり身近な人物の名前が出てこないこともある。たまに、相手がすぐ目の前にいるのに、名前が思い出せなくて呼びかけられない、などという信じがたいことが起きたりする(さすがに家族の名前を忘れたことはないけど)。

先日、ロンドンへ向かう機上で「明日の記憶」という映画を観て、それ自体は心にしみる映画で、出演俳優たちの演技も申し分なく、舞台設定である主人公の職場や仕事の雰囲気にも迫真の緻密さがあって楽しんだけど、中盤に出てくる「若年性アルツハイマー検出テスト」のところで、思い当たる節がいくつもあって、いささか不安になってしまった。

でもまあ、他人に「そんなことよく覚えてるな」と感心されるようなこともあるにはある。そういう意味では、記憶力が全般的に弱いというよりも、ある特定の固有名や人名、日付など、自分が記憶できない(あるいは無意識に忘れようとする?)物事や言葉に何らかの傾向があるのかもしれない。よくわからない。そもそも事例を忘れているので分析ができない。

いや待てよ、自分が「よく覚えている」と自覚している物事の範囲はしょせん、自分が覚えている範囲でしかない。つまり、自分が覚えていることだけ思い出して「俺は100%覚えている」と感じているに過ぎない。つまり、僕の記憶力が、仮に人間の標準からして30%くらいだったとしても、僕にはそれを自覚するすべがない。おお。これはおそろしい。

記憶力の低さと同じ症候なのかどうかわからないが、物を頻繁に置き忘れる。傘は言うに及ばず、手帳とか財布とか眼鏡とか電話とか免許証とか各種カードのたぐいとか、いれたばかりのコーヒー入りのマグカップとか、およそ「携帯するもの」で「身体から離して使う機会があるもの」はおおむねどこかに置き忘れたことがある。飛行機の座席にパスポートを置き忘れて出てきちゃったこともあった。これまではだいたい、一緒にいた友人や、お店の人や、拾ってくれた親切な人に助けられて事なきを得てきたが、もしかすると、どこかへ置き忘れたまま、そのこと自体を忘れてしまった、すごーく大事だった何かがあるかもしれない。
もう思い出さない大切な何か。
うう、そういう可能性を考えただけで悲しい。

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コメント

>> もしかすると、どこかへ置き忘れたまま、そのこと自体を忘れてしまった、すごーく大事だった何か <<

それってオレとの約束?

・・・それは覚えてるって。
ていうかどれの話?(←ばか)

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