2005年12月 8日

あとは植物に任せろ、と?

今月の新建築誌に、新建築住宅設計競技2005「ACTION for SUSTAINABILITY」の結果が掲載されている。

1位はまあ、いいだろう。野暮なことを言い始めるときりがないが、まあいいや。

2位がふたつある。

ひとつは、「5×緑」みたいな、金属のメッシュにツル植物を絡ませたユニットを組み合わせて住宅にする案。設置すると、ツルが成長してユニット同志を結束する一方、家に「根が生えて」地面に固定される。これをして「地球と一体化した建築」と称している。

「比喩」としてはわからなくもないが(かなり安直な気もするが)、ツル植物のカタマリを置いたことで、「荒廃した生態系の再生」「生態系の再生による地質循環の復活」ってのは、言い過ぎにしてもあんまりだ。どこが生態「系」なんだよ。

建築物を植物で「装う」手法としては、屋上緑化よりはツル植物などを絡ませるやりかたのほうが、ずっと良いとは思う。もともとツル性の植物は「自立」しないで、構造系を他の樹木や岩肌に依存するものだ。

でも、提案にある「つる性樹木」ってのは、何を想定してるんだろう?熱帯性のシメコロシクワノキとかか?「鉄骨と組むことで、強度をもつ」とあるから、やわなヘデラとかイタビカヅラとかじゃ駄目だよな。いっそ、ツルでなく、ヤナギのような、幹が柔らかくて可塑性のある樹木をエスパリエのように仕立てるか、若い幹を編んでしまうというやり方もあるかもしれない。実際、ヤナギを編んで「生きた」椅子やテーブルを作る実例はある。そうすれば、鉄骨なんか不要かもしれない。でもそれだったら、小さい家の周囲に樹木をいっぱい植えるのと、どっちが「地球の生態系と共生する建築」か、微妙なところだ。

もうひとつの2位は、将来、石油が枯渇して不要になるところの巨大タンカーを「森の船」に仕立てる、というものだ。いわく、
「将来の石油資源の枯渇により、タンカーの多くは本来の役割を終えることになる。そのようなタンカーを利用して、環境保全の象徴としての森として再生する。船は世界中を巡り、行く先々で人々から種を得て、一つの美しい森を作り上げる。環境への意識を高め、美しい地球を願う気持ちを育てることが、我々の提案である。」

なるほど。プレゼンテーションには「航路」も描かれていて、アラスカからアフリカまで、世界中の港を巡る「森」のコースが示されている。マレーシアの森がアンカレッジにやってきたり、シベリアの森がクウェートに入港したりする、のかもしれない。それと並んで、温帯性落葉樹林ふうの樹群を満載したタンカーが南欧ふうの港町にいたり、たぶん北欧だろうか、北のほうの海に見える海岸に、あきらかに熱帯雨林のジャングルを乗せて浮かんでいたりする風景が大きく描かれている。

・・・枯れるっちゅうに。

だいたい、樹木が「いっぱい生えている」からって、それは「森」ではない。その土地の固有の自然条件によって遷移した植生、さらには土壌微生物から動物のたぐいまでの生態システム全体を「森」というのだ。アラスカにはアラスカの森があり、屋久島には屋久島の森がある。そんなの、ちょっと考えればわかることだろう。植物がきわめて「環境」に「依存」してることなんか、専門知識ですらない。ベランダでハーブでもちょっと育ててみれば実感することだ。

どうしてこう、緑色に塗った途端にそれ以上の思考が停止して、何もかも解決するかのように思いこんで恥じないのだろう。これが2位ってのはちょっとあんまりじゃないでしょーか。両先生。。。

■追記:

九州大学の先生、高口洋人氏による「的確」としか言いようのない評を見つけたので。

2等は美建設計の石井先生の建物を思い起こされる緑化建築。どうやって住むのか、メンテナンスは・・・・。未完成なところが逆に評価されるという結果に。もう一つの2等は要らなくなった石油タンカーをみんなで緑化して世界を巡ろうという、緑化ピースボートみたいな計画。シンボルだね。と片付けられていたが、真剣に考えると、日本を出航したとすると、赤道直下のマラッカ海峡を通る頃には、殆ど枯れているだろうし、たとえ枯れていなかったにしても、受け入れてくれる港は何処にもない。船ごと燻蒸すれば別だが。ここもサステイナブルの重要な要素の一つである、生物の多様性や現状における検疫システムに対するどうしようもない無知が感じられる。つまり、幼稚なのだ。

なるほど、「検疫」のことは思い至らなかったが、たしかに、どことも知れない土地の植物やら土壌やらバクテリアを満載した巨大船が入港してくる、というのは、「生物多様性」的見地からすれば「悪夢」であって、結果的に「サステナブル」のスピリットからはかけ離れた思いつきだ。いま既に、バラスト水を一生懸命フィルターしたりしてるくらいだし。

いや、別に、アイデアコンペの案に対して、「現実的」な破綻を指摘して文句つけようと言うのではないんだけどさ。

でも、リアリティの「湯加減」がコンペの醍醐味じゃんか。(しつこいけど)「地球を傷つけない→人工的な基礎を作らない→ツタに根を張らせる」なんて、建築の案としても駄目なんじゃないのか?「住む」が「建築化」した途端に、「大規模なシステムが供給する水や電気やガスや物流や、その他の様々なエネルギーの偏り」を前提としたモノになってしまう、ということが、住宅の「サステナブル的問題」なわけだろ。「根を生やす」ならそこだよ。


■追追記:

建築雑誌オールレビュー [新建築]12月号

 入選を果たしたそれぞれのプランは、我々素人が見ても実効性の高そうな内容が殆どで、理想主義に偏ったり、トリッキーな手法に終始する主張は、極めて少数派に感じられた。それゆえに「このプランがすぐに実現すればいいのに…」というもどかしさを感じてしまったほどだ。

・・・え?

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コメント

あー・・今更のコメントですけど。

それより何より、まず塩害でいちころでしょ。塩害に強いとされる樹種を選んだとしても、外洋に出たら耐えられねーんじゃないのかな。(船酔いしたりして)

でも、我々の世界からも、このようなトンマな提案を武器に「建築の世界」と渡り合おうとしていた時代が、かつてあったような気もする。相手にされていなかったけどね。建築の世界に見る目があったのか、部外ゆえに門前払いをされていたのかはわからんけど。

何が起こっているのかも良くわからんが、このような案が一定の評価を受けているのであれば、俺達もずいぶんとなめられたもんだね。こっちにも責任はあるのかもしれんが。

なんか、デベロッパーとかに、今更になって屋上緑化の効能を(自分たちが初めて気が付いたかのように)散々説教されてるような気分になるな。

なるほど。いや、そりゃそうだ。>塩害。

そうするとやっぱり、タンカーを巨大な「温室」にしないと駄目だな。
「世界を巡る、エキゾチック植物展示船」。

ただまあ、このような案が「一定の評価」を受けているわけじゃない、と思いたい(んだけど)。あれはセンセイの「嗜好」で。。。

キューガーデンの大温室みたいのが海の上を疾っていくなら、少しは絵になるか?
いっそのこと「今後予想される環境の激変に備えて、希少な植生を積み込んで、生育しやすい環境を求めてさまよい歩く船」ってのはどうだ?この方が心を打つような気がするぞ。
いずれにせよ、かように自然環境を安定して維持するには、適応する場所が不可欠で、さもなくばべらぼうな労力が必要なのだ、という提案だったら・・・(そんなコンペじゃねーっつーの)

多分「工業製品的に切った貼った」をする以外に「(端的に言えば植物に代表される)周辺環境は、能動的に相互作用を求めることができる」と、気が付いたときに、あえてそれと異なる関係を提案する(船に積んで連れ廻す、とか)ことは、一種のはしかみたいなものなのかもね。俺達(少なくとも俺)にも身に覚えはある。雑木を何本か植えて「里山の自然の記憶がどーたらこーたら」とかね。

でもまあ、オトナの世界で「子供の絵はすばらしい!」とか言ってるようなものか。その「センセイ」って。

長くなってしまったが、この件おもしろそうなので、そのうちメールでも出しますわ。

おお、それだ!
イギリスのエデン・プロジェクトに対抗する、「ノアの方舟計画」。
高山植物からメダカまで、絶滅危惧種を満載して、ガラス温室の船がゆく。
人間の希少種も積んだほうがいいかも。
「日本の礼儀正しい若者のペア」とか。

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