武器は位置図と詳細図。
何を食べても美味しいとはいえ、中華料理の連続にフェドアップしてしまい、3日目の夕食に何を食べたいかとクライアントに聞かれて、現地では現地のものを食うという長年のポリシーをあっさり曲げて「スパゲッティ!」と子供のような答えをし、天津の「上島コーヒー」でパスタ食ってしまった根性なしのわたくしです。でも、帰国日のお昼に北京の設計事務所の王所長にご馳走になった四川料理はうまかった。体が発火するんじゃないかと思ったくらい辛かったけど。
金曜日。中国から最終便で帰ってくると、ただでさえ重い荷物を背負いつつ、今度は東京を横断して、京王線の酔っぱらい金曜終電に乗る羽目になる。自宅に帰り着いたときにはもうぐったり。
土曜日。1時間の時差ぼけを克服して起床。美味しいコーヒーをいれて飲み(あんなに料理がすごいのに、お茶の種類も豊富なのに、どうしてコーヒーがいつも泥水のように不味いんだ。中華人民共和国。)、一路、関東学院へ。
今回は、横浜のフィールドワークの成果を、グループ毎にプレゼンテーションする。
予想を上回る出来だった。例年に比べてどうのこうのというのは関係なく、手応えのある、いい発表が多かった。冴えた切り口を見つけたグループもあったし、なかなか楽しい演習時間になった。
やる気がなかったり、ついて来ることができない履修者がいなくなっちゃった、つまりガッツのある学生だけがクラスに残っている、ということもあるのだろうが、演習が始まった数ヶ月前に比べると、みんな別人のごとき手際である。若いってすごい(←中年的感慨)。
ちょっと意外だったのは、パワフルなメンバーが集まったように見えていたグループが、なんだか情報を載せすぎて身動きとれなくなってしまっていたことだ。張り切りすぎたのか。
それと、これは帰りに田中キミさんに車で駅まで送ってもらいながら話してもいたことなのだが、対象地を記述する要素として、やたらと「眺め」と「音」が多く選ばれていたのが少し気になった。たしかに、音も景色も、そこに身を置いて最初に感じる街の「印象」ではあるのだろうし、田島さんが「図書館で調べたものをそのまんま持ってきて発表するな。小学生の課題じゃない。自分が何を感じ、発見したか述べろ」と叱った「効果」の反映でもあるのだろう。でも、いみじくも都市を切り取ってこようという課題に対して「わたしが感じたもの」だけじゃ探査距離が短すぎる。
もっとも、大学のカラーというのもあるかもしれないし、学科が建築だという事情も(やはり)作用している、のかもしれないけどな。農大の造園で似たような課題が出たら、学生は最初に地域の植生図とか周辺の公園緑地マップみたいなのを作って持ってくるだろうと思う(でも、そのわりに提案がなんか形式的・様式的になっちゃうのも農大の傾向である)。
それはともかくも、いきなりは無理かもしれないが、そろそろ、「わたしがここで感じること」と同時に「わたしが『どこ』にいるのか」という視点も持って欲しい。その二つを見比べたとき、地上に立っている自分と、衛星写真のなかの自分の位置との間にある「乖離」に気付くだろう。わたしが歩いた「坂道」と、地図が描く「等高線」との間、その空白部分に、切り込んでゆくべき都市の生々しさがあるのだぞ。などと、なんか「先生」のような口調になってしまうのだった。
いや、この場合、僕は「センセイ」なのだった。考えてみたら。だからいいのだ。1万分の1の地形図を2倍に拡大して、等高線を色分けしてトレースして、対象地の断面くらい描いて持ってこいキッズ。「どうしてここはこんなに谷が急で、入り組んでるんでしょうか」くらい質問しろ。そしたら、「横浜の山手の台地は下末吉面といって、古い関東ローム層だから、浸食谷が発達してるんだよ」と、先週仕入れた知識を100年前から知ってるみたいな顔をして教えてあげるから。


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