destructural engineering
初冬の中国東北部。
春になると日本までやってくる黄砂がすでに舞っていて、街がなんとなく薄く埃っぽい。
空気がパリッと寒く、この乾燥した、いかにも内陸性の冷涼な感じは、アメリカの中西部の冬に似ている。
中国の都市はどこもかしこも、街全体が工事現場みたいな様子である。ビルが立ち上がり、高架のハイウェイが延び、敷石が貼られ、苗木がびっしり植えられ、とにかくもう、すさまじい勢いで様々なものが建設されつつある。特に、オリンピックに狙いを定めた北京では、見たことのないような「ものすごいもの」がいくつも建設されていて、たじろぐばかりである。こんな環境で育ったら、生半可なことでは吃驚しないような人間になるんじゃないだろうか。
スタジアムとか空港とか、公共の大規模な施設は、たしかに意匠はクレイジーだが、それを支えるエンジニアリングに力が注がれてもいる様子はなんとなく伝わってくる。つまり、単に迫力ある奇妙で斬新なカタチをしてるだけじゃなく、アラップのお兄さんたちがよってたかって3次元CADを駆使して「壊れない」ようにしてるんだろうなこれは、という感じがするのである。
危なっかしいのは、もっと規模の小さい、しかし夥しい数が建設されている事務所ビルや集合住宅である(すなわち、僕のクライアントが手がけているたぐいの建物群である)。地下の駐車場なんかに入ると、柱はいかにも細いしスパンは大きいし、日本の建物を見慣れている目にはいかにも「弱そう」に映る。慌てて沢山つくると、たいていろくなことにならないぞ。北京の近くには活断層もあって、ほんの30年前、大地震で多くの犠牲者を出した「実績」もあったりするのだ。
で、担当の薛さんという女性と夕食を摂りつつ、つい、日本を賑わせているマンションの構造設計偽造問題に話が及んでしまった。薛さんはたいへん驚き、なぜ、建設技術が先進している日本でそういうことがあるのか、と言った。「いや、建設技術の問題じゃなくて、短期間に多量に集合住宅を建設して販売するやりかたの歪みというか(ここで、このサブジェクトは、話せば話すほど薛さんの会社への批判みたいに聞こえる、ということに気がつくも、手遅れ)・・・いまの住宅の需要がいつまでも続くとは誰も思っていないから、いまのうちに素早くたくさん売って、えーと、いや、日本の市場の話ですよ、つまり限られた工事や設計予算のなかで、・・だからその、彼らの場合、限られた予算で、請け負った側もなんとか利益を出そうと思ったら何かを抜くよりほかないと、・・・えーと、彼らはそう思ったと」とほほ。


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