2005年11月24日

Tokyo Geo-Guide

・・・この段丘面を形成した河成砂礫層(武蔵野礫層)を一括して同時のものとするのは、1万年目盛の時計で時間をはかるセンスなのである。
古書店で購入したのは、貝塚爽平「東京の自然史」紀伊國屋新書、1964。

東京の地形の成り立ちについて解説したこの、地形偏愛者の心をくすぐる入門書は、現在、装丁を新たにしたハードカバーの「増補第二版 1979」(16刷、2001)が同じ出版社から出ている。ロングセラーだ。
初版本を半分くらい読んだところで、「増補第二版」を立ち読みしたら、初版で「これについては未だよくわかっていない」というような記述があった箇所の多くに加筆や修正があるのを見つけて(もちろんそれが『増補』の趣旨なんだけど)、思わず買ってしまった。そうしたら、この2冊を同時に読み進みつつ、比べてみるのが非常に面白い。ということがわかった。

たとえば、武蔵野台地の北部の、大宮方向への傾斜が急で、台地の東南部と比べると明らかな非対称をなしているのはなぜか、ということについて、著者は地殻変動によるものではないかと推定し、大宮台地と武蔵野台地の間に構造線があることを示唆しつつも、今後の研究で明らかになるだろう、と「将来の課題」にしている。
スリバチ学会周辺で話題だった赤羽台の北のまっすぐな崖はその一部である。つまり、あの崖は、荒川が削ったというよりも、荒川低地が「凹んだ」というべきで、むしろ荒川があそこを流れているのは地殻的都合だったのだ、ということだ。

で、第二版を見ると、この箇所に「荒川断層」の存在が推定されている、という記事が加筆されていて、図版にも断層の位置が新しく示されている。さらに、巻末には増補版で加わった「補注」があり、そこに近年の活断層の研究成果が紹介されている。やっぱりそうだったのか。沈まない大宮台地の真ん中に氷川神社が鎮座しているのも、なんか思わせぶりだぞ。

ところが、オンラインで検索してみたら、最近の研究成果をふまえた評価として、この推定活断層の存在は否定されたそうである。
文部科学省地震調査研究推進本部:荒川断層の長期評価について
というわけで、武蔵野台地の北側がどうしてべこっと下がっているのか、という疑問に対する最新のお答え:「くわしいことはよくわかりません」。

すごい。地学はどんどん進んでいる。

学説がひっくり返ったりしたことはしかし、この本の魅力をいささかも減じない。むしろ、ここには、それこそ地層のように研究成果が積み重ねられて、新しい知見が加わっていきつつある、学問の先端のわくわくするような眺めがある。文章がまた誠実で丁寧で、目配りがきいていて、アマチュア・ジオロジストのキモを掴むのだ。

地学や地理学や生態学など、空間的・時間的スケールに幅も奥行きもある、しかし同時に非常に身近な事象も扱うような、複雑なものを研究する学問の解説書には、ときにこういう魅力のあるものがある。平易な語り口ながら、その向こうにある「思想」が感じられるのは、沼田眞氏の本なんかに似ている。

「東京を知ることは東京に愛着をもつことの始めであろう」と、増補第二版の前書きに著者は書いている。おっしゃるとおりです貝塚先生。少なくとも僕には、他のどんな都市論、東京論よりも、東京を好きにさせる本である。買って損はしないぞ。

同じ著者の「富士山はなぜそこにあるのか」(丸善、平成2年)もお勧め。「山手線から見える地形」とか「地形を読む--神田川の谷」とか、ネタ満載(特に慶應の小林研の院生さんたちにお勧めのような気がする)。

と、かくして、先週から今週、通勤時に、コートの両ポケットにそれぞれ新書版とハードカバーをつっこんで、新書版をすこし読んではハードカバーを取り出して同じ箇所を読み、おお、とうめき声を上げているのである。う、上着が重い。

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