2005年11月 2日

Design Studio II

土曜日は、大学の演習の、課題の中間発表の第2回目。

大半のグループがそこそこにキャッチアップしてきた。回数を経て、僕自身もちょっと慣れてきたし。学生のワーキングを見ると、つい、成果品からの逆算で作業の指示をしたくなる(だって、実務はそういう組み立ての連続である)のだが、演習は「演習」であって、バイトにコンペを手伝わせているわけではないのだった。

前回の厳しいクリティークにダメージを受けてか、姿を消した履修者も何人かいた。それはそれで寂しい。頑張れよ。みんな。こんなの、今後立ち向かうことになるストレスや困難に比べると、ほとんど「楽しい思い出」だぞ。演習が終わったら打ち上げしよう(いや、単につまらないと思われたんだったりして。それだったら申し訳ない)。

各グループのテーマは、何に焦点を当てたかによって、おおむね、二つの傾向に分かれていた。ひとつは、「植木鉢」とか「自動販売機」というような、街に点在する、ある要素に注目してその分布を描き、共通点や違いを観察してその地域に迫ろうとする「エレメント系」。もうひとつは、音とか匂いとか「人の流れ」のような、街のざわめきや気配をとらえようとする「センス系」。

エレメント系のほうが簡単そうに思えるが、下手に面白い要素を見つけてしまうと、それに魅了されて時間をとられるみたいである。地図にプロットするだけでへとへとになってしまったらしいグループもあった。要素の描写からでっち上げる「ストーリー」の切り口なんて無限にあるわけで、どのへんで「見切り」をつけるかというのは結構難しい。

以下は単なるメモ。

・壁(塀):
たしかに、街の風景(印象)において、壁(塀)の占める割合は大きい。
街で、僕らが歩き回るのは主に「道路」である。道路は空間である以前に「制度」である。一部の私道を除けば、道路はあくまでも公共に供されていて、都市の地面のほとんどを覆っている「私有地」の間を縫って、それらを接続している。私有地の塀は、私有施設(住宅や商店やその他、様々な建物も含む)から、公共施設(道路)に「向かって」設置された装置である。これは「私」からの、街に対する姿勢のあらわれである。
だから、「塀」の「測定」には、物体的な軸と、「態度の評価」のような軸とがありうる。たとえば、「(態度が)打ち解けている/緊張している」というような分類と、「(素材や意匠が)そこに沈んでいる/浮いている」というような分類。低い生け垣よりも4mの忍び返しつき高塀のほうが緊張しているし、野面石積みよりもアルミの目隠しフェンスのほうが「より浮いている」だろう。浮き沈みは、経年時間とか、素材の「加工度」なんかに左右されるのかもしれない。

・排水枡:
都市は、乾いた平坦な地面を要求する。しかし、ことに東京のような湿潤な気候下では、のべつ雨が降っていて、地面は本来、柔らかくて湿っている。都市基盤工学的技術の大きな部分は「排水」に向けられているが、排水とは、そこに降った雨をできるだけ迅速に消し去って「なかったことにする」テクノロジーである。排水技術の最も基本的なものは「勾配」である。固い地面を傾けることで、重力を利用して水を流し去る。都市のあらゆる地面には、道路も広場も何もかも、ほぼ例外なくこの技術が施されている。だから、僕らが街で最も頻繁に目にするインフラは「排水施設」である。都市は排水施設に覆われている。都市の地面は排水施設であると同時に、そのことで乾いた平坦な地面という事態を実現してもいる。排水枡は、この都市地面の二重性が解除される地点である。

・駐車場:
青井哲人氏が提唱された、「『地誌的定数』と『位相的定数』の二重性」に照らすと、駐車場はきわめて位相寄りの施設である。2.5m×5mの「白線」を引くだけで、駐車場はいきなり出現する。実にミニマルな「建設工事」。いや、その大きさの平坦面さえあれば(舗装されている必要すらない)、そこは駐車場になりうる。必要なのは、そこを駐車場だと見なす「合意」だけだ。つまり、駐車場は「ルールだけ」で成立している、特異な都市施設である。だからおそらく、それぞれの駐車場の「同一の位相」の成り立ち方に注目すれば、その地誌的・空間的な個性が際だって見えるだろう。そうした周囲の事情との折り合いの様子を探したほうが面白いんじゃないだろうか。

・自動販売機:
日本自動販売機工業会
統計資料を見ると、平成16年、ジュースやタバコやその他、自販機が売り上げた合計金額は約6.9兆円。すごい。携帯電話市場並みの規模だ。
自販機というのは、設置場所の土地所有者が、その売り上げに応じて歩合の割戻金を受け取る、という仕組みなのだそうだ。考えてみたら、そりゃそうだよな。コカコーラの自販機がある土地を、コカコーラがひとつひとつ所有しているわけがない。自販機は、言うなれば「街のアフィリエイト」なのだ。街の風景の中での「すわりの悪さ」も、たとえばブログ本体のデザインと関係ない色調のAmazon.comのロゴが挿入されている違和感と似ている(アフィリエイトが並んだブログが、自販機が並んで出入り口が狭くなっちゃってる小商店に見えてくる)。
仮設であること、文脈にあんまり依存しないこと、つねに能動的に景観に働きかけていること、地域の住民や共同体とは無縁の(とはいえ地元の住民の欲望にドライブされた)、組織的な機構によって維持管理されていること。これはやばいぞ。自動販売機は面白すぎる。

・植木鉢と自転車とバイク:
・街のノイズ:
・人の流れと坂道:

時間がなくなっちゃったので、また後日。

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コメント

以前テレビで見たんですけど、土地だけでなく、自販機自体も必ずしもメーカー直営とは限らないみたいです。
大阪のミナミだったかに自販機をウン十台持つ会社の社長が出ていたんですけど、その人の脳内地図は自販機オリエンテッドなんです。町の空間と商機の小さな隙間をコツコツと交渉して埋めていった結果、会社のアイデンティティが町に遍在している感じになっている。俺の店はココとココに立派な支店がって感じじゃなくて。
かなり興味深かったです。

そーなんですってね。

直販の割合もメーカーによって差があるみたいです。
コカコーラは原則として直販。伊藤園はすべて直販。とか。

あれ、「スポンサー付き街路照明」にも見えるな。

http://www.drink-shop.jp/drink-q&a-vender.htm

まさに自販機の運営会社のかたが作られている、このページがすげー面白い。

自販機。英国人が「自販機の写真」を撮っていました。来日して一番驚いたのが、膨大な「自販機」だったらしい。日本が平和な証拠だとまで言っていましたyo~。(ごぶさたしています、奄美から大阪に戻って参りました~。)

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