2005年11月28日

KISS MY 明日

風邪気味なのに、慌ただしく、トリ熱の大陸へ行ってきます。
明日は始発だぜ。ふー。
下星期見。

地図の読解力についてなど

今週の通勤本。

松井章「環境考古学への招待—発掘からわかる食・トイレ・戦争 」岩波新書、2005
なんとなく「地層」つながりで。

今尾恵介「日本地図のたのしみ」角川書店、2005
今尾さんの新刊。もう、目次を眺めているだけでニヤニヤ笑いを漏らしてしまうような本である。いや素晴らしい。

著者は前書きにていわく、

地図は「現地のありのまま」だと思っている人が意外に多いようだが、デジタル時代の今となっても、一定の数値を入力すれば自動的に出来上がるものなどほとんどない。地図というものは、その企画者が手段としての記号(図式)を用いて、「何らかの意図」を表現した著作物なのである。あらゆるものをレンズを通して等価な情報として取り込んでしまう空中写真と決定的に異なっているのはこの「意図を表現」する点だ。

これが「地図のリテラシー」である。無限にありうる地上の情報の組み合わせを、ある観点のみから選択的にマッピングしてある媒体である、という点で、地図はそのまんま作者の世界観の表明でもあり、高度に政治的・権力的なメディアでもある。でも、だからこそ、「わかってて」使うなら、それは強力な「地表への接近」のツールになるのである。

ついでに、「デジタル地図も使う係」として、今尾さんの見解に補足させて頂くならば、空中写真や衛星写真とて、決して「意図フリー」な、「あらゆるものを等価な情報として取り込んだ」媒体ではありえない。それはやはり、ある特定の時点で、ある特定の場所を、ある特定のやりかたでキャプチャーして、ある特定の手法で視覚化したものに過ぎない。盲信してしまうと、場所そのものを見失うのは空撮マップでも地図でも同じだし、コツを掴めばその「偏向性」を利用してより「深読み」ができるのも地図と同様である。だから、地図リテラシーを身につけていれば、空中写真もデジタル標高データもこわくないのだ。フィールドワーカーは必携。

港と高速道路と埋め立て地が見えるが丘

土曜日は大学の演習。
開始時間よりも1時間近く早く現地へ着いて、行きましたよ。メカお薦め開港資料館。歴史をまとめたビジュアル冊子を2冊も買ってしまった。ついでにマリンタワーにも登って、あらかじめ一帯を睥睨してやろうと思っていたのだが、さすがにそんな時間はなかった。

それから、実は初めて、大桟橋を間近に眺めた。屋上の芝生に人がのんびり散策していて、思わず行きたくなる、なかなかよい建物でした。でも、れっきとした「建築物」じゃねーか。あれ。やっぱり。どう見たって埋め立て地の先にあるしよ。「地形」とか言うな(←むやみに絡む)。

横浜は、都市としての歴史が浅い。しかも、周囲の地形が非常に急峻である。そのため、東京と比べると、地形と都市の様子の関係が鮮やかというか、極端で、とても生々しい眺めを見ることができる。

山手が「山手」なのは、横浜の観光資源としてもよく知られているが、武蔵野台地と違ってほんとうに「丘陵」なので、丘の上の方に登っても「平坦地」がない。どこもかしこもどちらかの方向へ傾斜していて、尾根はほんとに「尾根」になっている。だから尾根道に顔を出している施設はみんな、「空を背負っている」。丘陵と低地の「境目」には、不思議な「空白の境界線」とでも言うべき様子の地帯がある。

元町は、もともと外国人相手の商店が多かったそうだ。でも、その「裏通り」には、なんとなくこう、「もとの横浜村の気配」みたいなものが残っている(ような気がする)。中華街は、周囲の街から振れた街区の輪郭が、その中に身を置いてみてもわかる。街区の範囲を無意識に把握できる、というのは地縁共同体意識を持つ上でけっこう「効く」んじゃないだろうか。

関内と山手を視覚的にも分断した首都高の高架は、市街地から「緑の眺め」を奪ったようにも見えるし、同時にこの土地が押しつけられた社会的クラスをフィルターしたみたいにも見える。川に架けられた夥しい歩行橋は、「街路の回復」。

そういうわけで、元町・山手界隈のフィールドワークは実に興奮に満ちた、楽しいひとときであった。中華街で肉まんと焼き栗を買って帰った。移動距離合計6kmあまり。

そういえば、TAの上野くんがGPSを買うと言っていた。田島さんも相当に興味を示し、地図入りを買いそうな勢いであった。うっふっふ。

いま、日本の詳細地図入りを買うなら、これがお薦め。
eTrex Legend-C

学生向けの、地図なし廉価版はこれ。
Geko201

地図なしでも、軌跡をパソコンに表示したり、デジカメの撮影位置をマッピングしたり、パソコンでルートを作成して転送し、歩行ナビをしたりすることはできる。連携ソフトは、Garmin純正のMapsourceというソフトでも良いが、僕はこれを愛用している。
カシミール3D

ところで、僕の周囲でこういうふうに、GPS俺も欲しいな、おお、買えよ買えよ、という話になると、必ず聞かれることが、「Macでもできますか?」である。建築もラ系も、ほんとにMac率が高い。じつに、まさにこれがMacの市場の傾向を反映している。

僕も「メインマシン」はずっとMacなので、それ自体は別にいいのだが、GPSやKashmir3Dに関して言うと、残念ながらWindows機が必要である(どうしてもできないというわけではないが)。まあ、相対的に安いし、KashmirもGoogle EarthもMitakaも使えるから、そのためだけにWindowsパソコンを持っていても損はないと思うけどな。ほんと。

ハンディGPS受信機。フィールドワーカーは必携。

2005年11月25日

にわか横浜勉強・一夜漬け編

今日は夕方から妻が不在のため、定時過ぎに仕事を切り上げて(すなわちスタッフに残りの作業を押しつけ任せて、という意味。すまない。みんな)帰宅する。が、途中で新宿の紀伊國屋書店に急ぎ立ち寄る。帰路、こんな時間に新宿を通過するのは稀なので。

4階の地図コーナーに直行。

横浜市街中心部付近の1万分の1地形図を買う。「関内」「保土ヶ谷」「上大岡」「根岸」の4枚。「関内」だけでも、明日のフィールドワークの範囲はカバーできるが、地形を見るに、横浜市街の低地を作っている大岡川の形を見るには周囲4つくらい合わせないと気持ちが悪いことがわかったのだ。「関内」は色々と書き込んだりするかもしれないので、2枚買うことにする。1枚450円。大まかな地形は50mメッシュデータ+カシミールで把握できたが、低地の微細な起伏が見たい。それと、GoogleEarthで横浜を見ていて気になった、中華街の部分だけが他の市街地のグリッドからはっきりと振れている由来も知りたい。

2万5千分の一、都市圏活断層図「横浜」も買う。地質図にもなっているので、台地と低地の形を把握するにも良い地図だ。777円。

さらに「地図で見る横浜の変遷」も買う。日本地図センターが刊行している、1906年、1921年、1951年、1971年、1995年の地形図がセットになっていて、解説が付いている資料。都市化の進行や海岸の埋め立ての変遷がよくわかる。2039円。

混んだ京王線の車内で「横浜の変遷」の解説書と1万分の1「関内」を見比べながら帰る(周囲の人に対してはけっこう迷惑なヤツだった。ごめんなさい)。関内の地割りは、明治以前に埋め立てられていた新田開発の形をほぼ踏襲していて、中華街のブロックもそれを利用したために斜めになっているのだ、ということを知る。

開港当時の関内の地図は、ニューオリンズのフレンチクォーターとか、初期のフィラデルフィアみたいである。あるいは、そういうのを真似したニューアーバニズムのフロリダ州シーサイドにも似てる。中心に据えられていた公園がそのまま横浜スタジアムの敷地である。低地は海抜2mから3m、べたっと平坦で、1万分の1地形図にも等高線がない。関内が周囲よりも若干高いみたいである。5mメッシュ標高データの横浜版を出してください国土地理院さま。

弁天通りは、居留地造成前、ほんとに海に突き出した砂州の先にあった弁天様に由来する。
河口の州を流れていた3本の流れのうち、真ん中の「中川」は埋められて公園通りになった。
山手の麓に細く貼り付いている「元町」は、居留地を作る際に幕府によって強制移住させられた「もとの村民」の居住地だった。

山手の台地には、東から深く谷が切れ込んでいて、山の手と下町のような「ひだ」を形成している。山手の台地と大岡川の低地とで、まさにちょうど東京の「台地/低地」と似たような関係になっている。これがまあ、最初に目につくポイントかもしれない。横浜市街は町名統合をあまりしなかったみたいで、細かい町名が並んでいて、なんか好感が持てる。

調布駅で降りて、自宅への途中、両親と祖母の住む家に立ち寄り、横浜出身の祖父の書斎だった部屋から「図説・横浜の歴史」とか「横浜もののはじめ考」「中区わが街」「横浜の歴史」といった本をどさどさと引っ張り出してきて借りる。「横浜もののはじめ考」に綴じ込まれている、1889年の関内の彩色地図が美しい。

以上、明日のクラスのための一夜漬け準備完了。等高線の色分けまでは、さすがに間に合わないが、まあ、明日はこれで、自分がどこを歩いているかくらいは把握できるだろう。

主よ、明日、せめて誰か一人くらいは地形図を持参しますように。たった450円だぞ。キッズ。

2005年11月24日

Tulip Street

:www.taro.st:->:blog:->: 今週末「チューリップゲリラ」

おー。

表参道にチューリップを植えまくるそうである。
球根は開花率も高そうだし、成果が大きそうだ。割いた頃に見に行ってみよう。

ヒマワリ撒いたよなあ。5年前。
「種」は球根よりもずっと「文脈異存的」なので、そういう意味ではスリリングなゲリラだったなあ。

追記/訂正:「文脈異存的」→「文脈依存的」 またものすごい誤変換をしたな。ことえり。なんかこれはこれで深いぞ。「文脈異存」。

Tokyo Geo-Guide

・・・この段丘面を形成した河成砂礫層(武蔵野礫層)を一括して同時のものとするのは、1万年目盛の時計で時間をはかるセンスなのである。
古書店で購入したのは、貝塚爽平「東京の自然史」紀伊國屋新書、1964。

東京の地形の成り立ちについて解説したこの、地形偏愛者の心をくすぐる入門書は、現在、装丁を新たにしたハードカバーの「増補第二版 1979」(16刷、2001)が同じ出版社から出ている。ロングセラーだ。
初版本を半分くらい読んだところで、「増補第二版」を立ち読みしたら、初版で「これについては未だよくわかっていない」というような記述があった箇所の多くに加筆や修正があるのを見つけて(もちろんそれが『増補』の趣旨なんだけど)、思わず買ってしまった。そうしたら、この2冊を同時に読み進みつつ、比べてみるのが非常に面白い。ということがわかった。

たとえば、武蔵野台地の北部の、大宮方向への傾斜が急で、台地の東南部と比べると明らかな非対称をなしているのはなぜか、ということについて、著者は地殻変動によるものではないかと推定し、大宮台地と武蔵野台地の間に構造線があることを示唆しつつも、今後の研究で明らかになるだろう、と「将来の課題」にしている。
スリバチ学会周辺で話題だった赤羽台の北のまっすぐな崖はその一部である。つまり、あの崖は、荒川が削ったというよりも、荒川低地が「凹んだ」というべきで、むしろ荒川があそこを流れているのは地殻的都合だったのだ、ということだ。

で、第二版を見ると、この箇所に「荒川断層」の存在が推定されている、という記事が加筆されていて、図版にも断層の位置が新しく示されている。さらに、巻末には増補版で加わった「補注」があり、そこに近年の活断層の研究成果が紹介されている。やっぱりそうだったのか。沈まない大宮台地の真ん中に氷川神社が鎮座しているのも、なんか思わせぶりだぞ。

ところが、オンラインで検索してみたら、最近の研究成果をふまえた評価として、この推定活断層の存在は否定されたそうである。
文部科学省地震調査研究推進本部:荒川断層の長期評価について
というわけで、武蔵野台地の北側がどうしてべこっと下がっているのか、という疑問に対する最新のお答え:「くわしいことはよくわかりません」。

すごい。地学はどんどん進んでいる。

学説がひっくり返ったりしたことはしかし、この本の魅力をいささかも減じない。むしろ、ここには、それこそ地層のように研究成果が積み重ねられて、新しい知見が加わっていきつつある、学問の先端のわくわくするような眺めがある。文章がまた誠実で丁寧で、目配りがきいていて、アマチュア・ジオロジストのキモを掴むのだ。

地学や地理学や生態学など、空間的・時間的スケールに幅も奥行きもある、しかし同時に非常に身近な事象も扱うような、複雑なものを研究する学問の解説書には、ときにこういう魅力のあるものがある。平易な語り口ながら、その向こうにある「思想」が感じられるのは、沼田眞氏の本なんかに似ている。

「東京を知ることは東京に愛着をもつことの始めであろう」と、増補第二版の前書きに著者は書いている。おっしゃるとおりです貝塚先生。少なくとも僕には、他のどんな都市論、東京論よりも、東京を好きにさせる本である。買って損はしないぞ。

同じ著者の「富士山はなぜそこにあるのか」(丸善、平成2年)もお勧め。「山手線から見える地形」とか「地形を読む--神田川の谷」とか、ネタ満載(特に慶應の小林研の院生さんたちにお勧めのような気がする)。

と、かくして、先週から今週、通勤時に、コートの両ポケットにそれぞれ新書版とハードカバーをつっこんで、新書版をすこし読んではハードカバーを取り出して同じ箇所を読み、おお、とうめき声を上げているのである。う、上着が重い。

不惑 MYSELF

漫画文庫になっている「マカロニほうれん荘」を3巻買い込んできて、トイレに置いて読み返していたのだが、今月、実はもうきんどーさんよりも年上になっちゃったのだ、ということに気がついて愕然とし、うわ、なんということだ、あのころ、トシちゃん25歳だってあんなに大人に見えたのに、考えてみたら25歳なんてそのへんの大学院生でもありうる、なんだガキじゃねーか、などという話題をネタにすべく、職場で周囲の若い連中(たとえばOクボくんとかシンカワさんとか)に「マカロニほうれん荘って知ってる?」と聞いてみたら、まったく誰も知らなくて、むしろそのことに一層のショックを受けてしまった本日は休日出勤の水曜日。とほほ。

2005年11月23日

http://ldse2005.fc2web.com

LDSE。

発表作品はどれもこれも、予想をはるかに上回る水準のもので、僕は実に楽しんだ。
渋谷川の流域全体を網羅しようとした河川環境のリニューアル計画から、緑化フェアに展示したショーガーデンの設計施工まで、スケールも内容も広がりがあったし、修士2年生がどう見ても研究室の後輩を総動員して作ったような完成度の高いプレゼンテーションから、真面目に一生懸命まとめたという感じがひしひしと伝わってくる学部2年生の作品まで、作品もバラエティに富んでいた。

何よりも、これはもう、いろんな人が何度も言っていることだろうから、ご本人たちは聞き飽きたかもしれないが、学生が主体になってこれを企画し、運営したというところに、くどくも賞賛をお贈りしたい。素晴らしい。大学生の時の僕を引きずってきて、研修のために実行委員の使いっ走りとして雇ってもらいたいくらい。

ただ、すでに完成した作品(卒業設計で一旦提出したものや、コンペに応募した作品など)が多かったためか、あまり、荒削りながら迫力がある、という感じのものがなく、総じて「ぬるい」というか、大人しく纏まっていたのが残念ではあった。「最優秀賞」をあげた作品も含めて、なんかこう、問題意識が良識的というか、射程距離が「見える範囲」にしか届いていないというか。いやそれは必ずしも悪いことではないし、むしろ、底の浅い「悪意」を感じる提案やデザインを見せられたらきっと僕は激高して罵倒したりするだろうと思うが、学生の作品展というと、どうしても「破綻しかかっていて、でも飛躍の可能性を感じるような馬鹿馬鹿しい提案」を期待してしまうので。

だけどまあ、「審査員」という係がこんなに苦しく、心の痛むものだとは。いやはや。僕はほんとうにこういうのには向いていないと思った。今度、こういう係を僕にさせる際には、出展者全員分の「賞」の枠をくれ。

それと、妙な話なのだが、今回、つくづく僕は「造園のフィールド」に立っているのだと、あらためて感じた。中津さんが、司会者の「建築学科に身を置いている立場で、今回のようなラ系展示会についてのコメントを」と求められ、「自分は建築家や造園家を育てているという気はなく、ある場所の何かをどのように解決するか、という手段として、ランドスケープや建築がある、という教え方をしているつもりだ」と答えていた。それはまあ、関東学院のカリキュラムの目指すところでもあるのだろうが、「ランドスケープ」が本来、建設産業的にどの分類に属する建設行為が行われるかということを前提にしたりはしない(どのジャンルのものをその場所に作るか、という問題設定をしない)ものである、とすると、中津さん的なアプローチは「建築でも造園でもいい」ということじゃなくて、まさに「ランドスケープ」にほかならない。「理念」としては。

しかし、実は、少なくとも何かのプロとして関与するつもりを抱いているならば、そこに「解決すべき問題」があることを読み取ること、というか、そもそも何かを非本来的であると見なす(問題を見出す)ことそのものに、既に職能がまとわりついているし、そうでなければ「問題意識」なんて抱きようがないのである。

それで、いろんな「作品」を拝見しつつ、ぼくはやっぱり「造園」の人間で、造園を手がかりにしながら「ランドスケープ」に手を伸ばそうとしているのだな、と思ったわけなのだ。
ということでひとつ。(←オチを思いつかなかったもので)

2005年11月22日

recent moonlighting

先週の月光仕事メモ。

テレデザインの田島さんから、東京キャナル・デザインラボへのお誘いを頂いた。ついでに、田島さんが新建築に連載中の記事に載せる材料を送る。ネタもとは今年の造園学会で発表した「水都市」。

エッセイの著者校を編集部へFAX。
ささやかな短雑文だったんだけど、編集担当のかたの原稿の依頼がとても丁寧で、メールの打診のあと見本誌と依頼書が、達筆のお手紙が同封された郵便で届いた。入稿してから返ってきた校正も的確で効果的で、なんかこう、編集のプロのお手並みを楽しんだ。

読売テレビのディレクター氏より、GPS地上絵の再放送の打診。
年末、「大阪ほんわか」の、視聴者からの反響が大きかったネタ総集編、というような内容の回がある予定だそうだ。

10+1の萩原編集長と横田さんが職場に来訪。
ご用は新しい号の企画案。

10+1、メディアデザイン研究所、およびINAX出版には、ものすごくお世話になっているため、編集長からの依頼はすべて前向きに検討し、ほとんどの場合は「はい」と答えねばならないことになっている。
ので、事実上「はい」に相当するところの、前向きに検討する趣旨のご返事を差し上げて、またも自分の首を絞める。めりめり。

金曜日、別件のラ系連載記事の企画会議に欠席のメールを出す。
決して月光仕事に「順位」をつけたりしているわけではないのだが、今月、日光仕事が激忙になり、この金曜日も夜中まで帰れなくなっちゃったのだった。うーむ。スペア時間がぜんぜんない、というわけではないような気もするんだが。時間管理が下手なんだ。きっと。

土曜日。
審査委員として呼んでもらった、ランドスケープデザイン学生作品展の「講評会」に出席。

発表作品は20ほど。午後1時から6時過ぎまで、ぶっ続けのプレゼンテーションと講評のあと、「最優秀賞」と「各審査委員賞」を決めるという、過酷なスケジュールのイベントだった。これについては後述。

日曜日。
竣工なった、医院/住宅のパーティーにお招き頂き、家族総出でお邪魔した。
大塚さんがお仲間と共同設計した建築で、僕の妻が庭・外構のデザインを担当させてもらった。

妻が撮っていた写真から、なぜか勝手にずいぶん斬新な建物を想像していたのだが、むろん細部の緻密さも建物の規模も素材感も周囲のとりとめのない住宅や工場のなかでは群を抜いていたものの、きわめてまともで真面目な建築物であった。

都心では望むべくもない敷地と大きな住宅の芝生の庭でワインやステーキをご馳走になり、夕方からリビングに移動してデザートとコーヒーを頂き、吹き抜けの2階から、フローリングの床と大きなガラス開口と白熱灯の照明と、テーブルを囲んだご家族と、走り回ってブレている子供たち、という、そのまんま新建築住宅特集カラーページのごとき写真も撮って、堪能して帰宅。

2005年11月14日

赤羽trex

スリバチ学会・赤羽台フィールドワークの軌跡です。

実は、グループ全体は「イトーヨーカドー裏の丘」と「2番目の谷の上流」にも足を伸ばしているのですが、僕らはコドモ連れで、もたもたしている間に2度も置いてきぼりを食ってはぐれてしまい、見逃したのでした。

会長は脳内コンパスの持ち主で、GPSを持たなくても東西南北がわかるため、迷わずにさっさと行ってしまいます。おまけに、僕とは若干、街のチェックポイントが異なるので、こちらが予想するコースと違う方向へ行ってしまうことがしばしば。見失うとアウトです。

だから携帯電話買えってんだよ。会長。



(追記:オフィスにて)

登場人物: 新人1(女)、新人2(女)、若手(男)、石川。

新人1「赤羽どうでした?」
石川 「おう。ゲンちゃんと友達になったぜ」
新人1「地元の人ですか?」
石川 「本名はゲニウスくんだ」
新人1「外人さんですか?」
石川 「・・・ちょっとまて。わざとボケてんのか?本気?」
若手 「『げにうす・ろき』だよ。おまえ、ありえねーよ。学部からやり直せよ」

(新人1がグーグル先生に質問している間、罵倒が続く)

石川 「(若手に)じゃ、それ、最初に誰が言ったか知ってるか?」
若手 「オギュスタン・ベルクでしょう」
新人2「イーフー・トゥアンですよね」

君たち。3人とも、廊下でバケツでも両手に下げて立っていなさい。

sunken ahead!

日曜日。東京スリバチ学会、赤羽台フィールドワーク。

歩いた距離は8.6km。標高差22m。所要時間5時間半(ただし停止時間が3時間)。総勢20数名。
よく歩いた。いやしかし、僕にとっては、これまで見歩いたスリバチのなかでも、群を抜いた体験だった。ここ数年で一番の収穫だったかもしれない。


坂の途中から谷間を見通す。

今回、回ったエリアには、谷間が大きく2つあった。どちらの谷も非常に深く切れ込んでいる。軍用地がそのまま団地に転用された台地上と、低層密集住宅地化している谷間との差が、土地利用的にも地形的にも、これまで見たどのスリバチよりも極端だった。特に、「谷底の地形」が温存されているのが驚きだった。スリバチの内部に入ってみても、その「中の地形」が道路の傾きになって「見える」。谷を二つ越え、「三丁目の夕日」の権化みたいな都営住宅を過ぎると、武蔵野台地の突端。地面は文字通りいきなり20m落ちていて、目前には大宮や松戸の丘陵まで「海」が広がっている。アースダイバー深澤さんが集めてきた資料を拝見すると、「岬」は古墳だらけ。うう。ゲニウスくんの声が聞こえるぜ。


都営住宅の「商業施設」で昼食を摂るスリバチスト。


台地の先端に死者の群れアースダイバー資料。


武蔵野台地の先端にて。

帰りの電車で元永さんも言っていたけど、参加者それぞれ、興味を持つポイントが違うのも興味深かった。細い路地に住民の生活気配が溢れかえっている「下町情緒風景」に反応する人、そういう地区でよく見られる「トマソン物件」的アイテムに反応する人、極小敷地や坂道での建物の「建ち方」を見る人。たぶん、下町情緒系が最も多かった。元永さんや僕のような、交差点にかがみ込んでアスファルトの複合傾斜を眺め、「うわここが流路で、あっちが尾根なんだ!」と騒ぐマニア、「地形系」は稀少だった。。。が、まあ、いろんなところを見る人がいたほうが面白い。


地形を前に、ニヤニヤする元永さん。


道路が顕在化する地表。

「スリバチ」の中へダイブすると、都市の騒音が急に聞こえなくなり、風が止んで、僕らも思わず話し声を潜めてしまう。物理的な地形や環境の差だけではない、独特の「感じ」に包まれる。じつに、こういう場所が東京に陰影を与えている、と思う。この「オフ」な場所は、単体の建築では決して作り出せないものだ。単体の建築はどうしたって(計画者がどんなに自覚的で、安易な「意味」から逃れようとしたって)、敷地を「オン」にする。降り積もる「時間」はオンの狂騒を鎮めはするが、多くの建築物はそれを獲得する前に寿命が来てしまう。

最初に縦断した「谷間」の上流、もと自衛隊の駐屯地は、自然観察公園に作り替えられていた。公園もまた場所をONにしているようにしか見えないのだった。植えたばっかりの支柱や幹巻きのある雑木林や芝生や「ウッドチップ舗装のバリアフリー園路」は明るすぎる。谷地形は温存されてはいるが、なんか「谷間のまま明るい色で塗った」みたいな様子になっていた。

ただし、長い目で見れば、希望があるとすれば公園である。自然観察公園が、目論まれているとおりに育てば、100年後には明治神宮内苑や赤坂離宮のような、解釈の余地のない「オフ地」になる、かもしれない。射的距離は公園のほうが長い(長くなりうる)。頑張れラ系。

元永さんが作られた「GPSケータイ現在地形図表示」は素晴らしい。機種変えたい。

会長はケータイ買え。あるいは、次回はトランシーバーを持ってもらう。

親の目が離れている間に、コドモの相手をしてくれてありがとうecuaさん。息子は次の日まで「おねえさん」の話をしていたので、よほど気に入ったようだった。

路地を見るとカメラを構えて入っていく写真家の村田さんは、地元の老人とさりげなく話をして歴史を聞き出したり、街歩きの「達人」である。

諏訪神社の麓にひっそり建っていたのは、長い間、東北線の分岐を操作してきた「ポイント守」の家である。迷い込んできた奴を捕まえて交代し、100年間の呪縛から逃れて家を出るのを待っている(←今回発生した都市伝説)。


ポイント守の家。


諏訪神社の参道は廃線跡地を利用している。この「線路カーブ」。絵に描いたみたいな先行デザイン。

公団住宅を見ている時間がやっぱりなかった。。。リターンマッチをすぐやらないと。

いや堪能したぞ。足が棒。翌日に筋肉痛が来るのは加齢のサインだ。う。

待従川を何とかしようと思うなら。

新建築11月号の、吉村靖孝さんの「月評」が面白かったので、思わずそこだけコピーし、さらに文中で触れられている前の号の内藤廣さんの文章と、4年前に掲載された青木淳さんの文章も探し出して、ホッチキスで束ねて持って帰った。吉村さんの評文はとても真面目で丁寧で、僕は好きである(でも、建築の雑誌の紙面批評をことさらにチェックしているというのはなんか兆候的ではある)。

「それでも、あえて建築するとは」という問いと真摯に向き合う建築家によって(内藤さんは青臭いとおっしゃっているが、まあこちらとしては、内藤さんのような建築家からこそそういう話を聞きたいわけであって、「青い」やつの「青臭い」議論ほど痛いものはないのだ)「真面目な」建物が計画・建設されている、というのは頼もしい。地元からのレポートも待たれる。

もちろん、建築だけが唯一の解答であるわけではないだろう。「野原」はあくまでもFLに立ったときの「野原」の喩え話であって、GLの野原ではない。それを建築それ自体に探すのはまあ、無理な注文ではある。けどな。


土曜日。関東学院大学の演習へ。

この演習は、外を歩き回ったりするし、当初は手に負えないくらいの人数の履修者が予想されていたために、中津さんが非常勤講師を増やして5人体制にした。のだが、始まってみると学生の数は以外に少なく、最初の数回でバラバラと脱落者も出たため、講師の数に比して学生の割合が低い、実に濃密なクラスになりつつある。

今回は、キャンパスの前を流れる川を対象地に何かを計画する、という課題で、3時間で現地調査から計画案の発表まで速攻するという、「クイック・プレゼンテーション」演習。5、6人ずつのチームに分かれ、それぞれに講師がついた。

これは、こう言っては学生さんらに申し訳ないが、各チームに講師の個性が反映されて、実に面白かった。講師は5人とも、設計の現場で実務をこなしている、社会の「中堅」とでも言うべき立場の人間であって、専門家としての守備範囲は異なるし、何かを計画するためのアプローチにそれぞれ、固有のスタイル(芸風)があるため、「3時間」なんて余裕のない作業を課されると、案の内容もさることながら、そういう「方法の違い」が(たとえ手を動かさずに指導に徹したとしても)(僕はまたぞろ、ずいぶん手を動かしちゃったけど)顕著に出る。振り返って、自分自身の傾向というか限界というか、スタンスを見直す機会にもなったし。

みんな、何か学んでくれたのだったらいいんだが。
って僕が言う事じゃないが。


左上から、望ましい護岸をすべて断面に描いて、一度にそれを実現する複合テラスを考えた案。楕円群を浮かべて利用行為を誘発する案。川を埋めちゃって住宅地とキャンパスをひとつにする案。川の「八景」を選定し、それぞれの場所にミニマムな改造を施す案。(見る人が見れば誰がどれやったか一目瞭然)

 

 

2005年11月 9日

赤羽台は見どころてんこ盛り。

スリバチ・フィールドワークは、11月13日。今度の日曜日です。

10:30AMにJR赤羽駅西口を出て左、アピレ前に集合。15:30頃、JR赤羽駅にて解散予定。

以下は予習用の画像。


今回のフィールドは、武蔵野台地の北東端、赤羽台に抉られたスリバチです。


標高データのみの表示に1m等高線を重ねたもの。
画面中央、四方を囲まれた、四谷荒木町のような「真性スリバチ」が目を惹きます。


北面から鳥瞰した画像。


Google Earthによる空撮写真。
この大きさでは見えにくいのですが、この地区を横断する、いかにも人工的なS字カーブの「ノイズエレメント」が気になります。


カーブ部分。これはほぼ「廃線跡」に違いない。


昭和7年の地図にありました。
ここは陸軍の施設が集中していたようで、弾薬庫、練兵場、といった文字が見えます。
東北本線からの引き込み線がはっきり描いてありました。


跡地は住宅団地へ転用されたようですが、よく見ると、団地のブロックに明らかな「緑の濃密さの違い」があります。


地図を見ると、やはり、緑濃いほうは都営住宅で、あっさり明るい色のほうは公団住宅でした。
写真はGoogle Earthによる都営住宅のクローズアップ。菜園が見えます。典型的な都営スタイル・ガーデン。


地区の北は武蔵野台地の最先端。
崖上の端は道路になっていて、広大な荒川の氾濫原の眺めを楽しむことができそうです。


予想される北東への眺望。
(画面は航空写真と地形データにより生成されたもので、実際のものとは異なる可能性があります)


その地点から西に目を転じれば、富士山です。
11月13日の日没は4時半ごろ。この時間まで粘れば、富士山のすぐ右に夕日が没するのが見えるでしょう。
(ただし画面は航空写真と地形データにより生成されたもので、実際のものとは異なる可能性がありますが)

真性スリバチあり、廃線跡先行形態あり、起伏に富んだ地形あり、都営スタイルガーデンあり、富士山夕日眺望つき。

どうです。
この充実したコンテンツ!

(↑はしゃぎ過ぎ。いや、「見どころ」を見つけて嬉しくなっちゃったもので。)

でわ、日曜日にお会いできるのを楽しみにしております>各方面

2005年11月 8日

Trans-Pastral

夕刻。
韓国から帰国された太田さん伊藤さんご夫妻から電話が入る。
電話は成田からで、まさに帰ったばっかり。
実は、韓国の安養市で開催された「安養パブリック・アート・プログラム」に、東京ピクニッククラブが出展していたのだ(僕は電話で『芝生移植の際の注意』を話しただけで、ほとんどお手伝いしてないんだけど)。

展示「作品」は、別な場所の使われていない芝生を切り取ってきて展示会場に設置し、その場でピクニックしてみせる、「GRASS ON VACATION」というもの。

実際の設置作業は、主催者の段取りと調整の不在のせいで大変だったみたいで、先行して現地入りしていた、デザインヌーブの樫原さんの、絶叫のごとき報告メールが(それはそれで思わず笑っちゃうような内容だったんだが)回ってきたりしていた。

でも、作品の仕上げに向かい、そのまま現地でピクニック実演してきた太田さんらによると、展示、ことに会場でのピクニックの実演は「めちゃめちゃ受けた」そうだ。これは目に浮かぶ。ここ数年の実践を通して鍛えまくった、ピクニッククラブ一流の「魅せる」ピクニックはもう、なんというか、料理や小道具から、衣装や立ち振る舞いまで、ものすごく説得力がある。

芝生をカット/ペーストするというアイデアは六本木クロッシング展以来のノリだが、写真を拝見するに、ここ最近はなんか、媒体への発表や展示会への参加など、数々のパフォーマンス経験を経るにつれて、余裕が出てきたというか洗練されてきたというか、当初の「なんでピクニックくらいできるオープンスペースがないんでえええ!」的な糾弾よりも、既存のシステムに当てこすりながらもどこかセルフ・アイロニックなユーモアも効かせて、「こんなに楽しいこと、気がつかなかったでしょ?」と「誘う」姿勢に変わりつつあるような感じがして、そうだよなあ、こんなふうに「搦め手」から攻めるほうがきっと、ボディブローみたいにじわっと「効く」んだろうなあ、塚本さんが東京キャナルで述べていた「セレブレーション」つうのはこういうことなんだろうな、と思うのだった。

いずれどこかでちゃんと発表されるはずなので、以下はプレビュー画像。写真クレジットは太田さん伊藤さん/東京ピクニッククラブ。置き手紙みたいなサインが立った、切り取られた芝生の画像が笑える。ほんとに合成写真みたいだ。

  

Tokyo Picnic Club WEB SITE

2005年11月 7日

三鷹プラグ探検

土曜日。

妻が実家へ泊まりがけで出かけ、僕は自宅で子守り体制。

(以下、きわめて調布限定の地名の羅列で、この地域に親しくない人にはまったく不親切な内容です。←親切な予告)

調布の地図をなんとなく眺めていて(別に地上絵の構想を練っていたわけではない)、以前から気になっていた、調布と三鷹の市域境界に目がとまる。

野川公園に調布市が貫入していたり、三鷹市役所のすぐ南を境界が走っていて、三鷹市の総合体育館が調布市の土地にあったりし、調布と三鷹の境界は各所で錯綜している。今回、あらためて気になったのは、西つつじヶ丘に、三鷹市中原の一部が差し込まれるみたいに入り込んでいるところ。

よく見ると、この「三鷹プラグ」の先端に公園がある。

つつじヶ丘周辺は、国分寺崖線が大きく「乱れて」いる箇所である。入間川が崖を削り取って野川に合流しているような格好になっていて、そこにさらに小さな谷が絡み、「主崖」がどこにあるのかわからない。

入間川の谷(図中3。矢印先端がつつじヶ丘駅)は、天文台の横の大沢の谷(図中1)や、深大寺の谷(図中2)よりもずっと規模も深さも大きい。

「三鷹プラグ」は入間川の支流、というか、平行に流れる小さな谷に入り込んでいる。

図中Aが三鷹市でBが調布市。
左半分の地形が粗いのは、この地域を5mメッシュがカバーしていないため。後述。

谷間で、先端が公園。なるほど。こうなると地面の「誘い声」が聞こえる。
というわけで、やおらコドモらの身支度をして、ママチャリ3人乗りで西つつじヶ丘へ。



ものの数十分であっさりゴール。三鷹プラグ先端公園。


枯れかかっているものの、水をたたえた池。
四周よりも低く凹んだ、絵に描いたみたいな「スリバチ」です。会長。


石碑が。


それなりにキレイな水。

というわけで、プラグの形はそのまんま「湧き水と谷筋」であった。

境界の入り込み方は、三鷹市に帰属した村が所有していた水源とその流域を確保するという、水利権的な問題だったんじゃないだろうか。たぶん。市域確定のときには、さぞ紛糾しただろうと。


尾根を越えて、入間川沿いの丘道を下る。

道路に唐突に接した住宅の門壁を発見。


鉄骨のブリッジで、2階から入るようになっている。


下を普通に人が通ってる。すげー。

どうやら、もとは水路だった「緑道」のようだ。もともと「公道」だったらこんな構造物は作れなかっただろう。いや、でも、水路ならいいのか?エントランス部分の所有はどうなっているんだろう。


緑道から見上げた「プライベートブリッジ」。



ところで、今回から、こんなものをコツコツ作成中。

国土地理院の5mメッシュ標高データが23区内しかカバーしていないので、深大寺や京王多摩川や野川公園のような、「地形のおいしい箇所 in 調布」の詳細標高データがないのだ。1万分の1地形図を4枚、貼り合わせると、調布を網羅できる。


差し当たって2m等高線をトレース中。
「5mメッシュ詳細標高データ・多磨地区CD-ROM」が発売されて、カシミールで閲覧できるようになるまで、このアナログ地図を使い回すことにする。

2005年11月 4日

my kinda season

朝、玄関を出たときに息が白かったり、帰路、崖線を登ったところで空気がばしっと冷えて、家に帰ると眼鏡が曇ったりするようになると、いよいよ僕の季節の到来だ。うっふっふ。晩秋は何にも増して血が騒ぐ。風に木の葉が舞うと、もう居ても立ってもいられない。上越国境が呼んでるぜ。初冠雪と紅葉の三段染めの、白毛門から登って巻機山まで縦走だ!(言うだけで、今年も登山の予定なし)


ある雑誌から依頼を頂いて、短いエッセイを書いて送る。楽しい執筆だった。なのに締め切りに少し遅れてしまった。。。たるんどる。


有名な園芸関係のテレビ番組の制作会社さんから、メールでアンケートをもらう。オーナメンタルグラスを取り上げるので、いろいろと情報を収集しているらしい。気づいたことを簡単に書いて返信。


  • 布施英利「はじまりはダ・ヴィンチから—50人の美術家を解剖する」エクスナレッジ、2005
    事務所の女性が、「友人が、すごく面白かったと言っていたので借りたんだけど、面白さが理解できない、きっと私はアート心がないんだと思う」と嘆いていたので、ちょっと借りて拾い読み。
    うーむ、本を取り落としそうになるほどつまらないと僕も思うが。これ。「すごく面白かった」っていうその友人がむしろ心配だ。


    いつも帰宅の遅い僕は、子供らが眠る前に会う機会が少ないため、朝、自宅から保育園へ送り届ける自転車の上の15分が貴重な「親子の会話時間」である。
    先日、息子と、どの保育士さんが好きか、という話で盛り上がる。
    息子「○○先生好き」
    僕「どの先生?」(僕は人の名前を覚えるのが苦手なので、「先生」の名前と顔がほとんど一致しない)
    息子「でも抱っこはいや」
    僕「どうして?」
    息子「おっぱい大きくて邪魔だから」
    僕「(!)・・・ちょっとまて。どの先生?」(←ばか)


    あと、忘れないうちに。

  • tEntの「Windplants」とLivingWorldの「風灯」の違い。
  • 「新ネットワーク思考」「複雑な世界、単純な法則」「SYNC」。

  • 2005年11月 3日

    青山リス

    東京ナス化計画:更新。

    以前、『文京区の心』『豊玉ツムリ』を描いたニシカワ夫妻から、最新作が届きました。


    おーすげー!
    リスだ。よく描けてる。中高層の建物の多い地域で、よく衛星電波がキレイに入ったなあ。
    キラー通りのカーブが効いてる。原宿から青山にまたがって、こんなところにリスが隠れていたなんて、誰も知るまい(知るわきゃないか)。目の「睫毛」の部分は予定外の「アドリブ」。


    空撮にプロットしたもの。
    明治神宮とか赤坂離宮とかの「ロイヤルグリーン」に寄り添うように横たわっています。
    所要時間は徒歩で4時間(休憩含む)。


    台地をハイライトした地形図。


    リスの鼻先の風景。


    スタート/ゴール地点の狸。


    途上で遭遇した(らしい)エンジェルズトランペットの大木。


    ■追記:

    GPSログファイルを送ってもらったので、こちらで描画してみました。


    Google Earthで表示。


    色を付けてみた。


    「ゾウ」と並べてみると、リスの小ささがわかります。

    デザイン&描画:ニシカワモトコ(恵月庵)&コウジ(競技場造園師)

    背景画像:
    国土地理院5mメッシュ標高データ+数値地図25000地図画像、
    デジタルアーステクノロジー(株)スカイビュースケープ。

    Powerd by Kashmir3D

    2005年11月 2日

    Design Studio II

    土曜日は、大学の演習の、課題の中間発表の第2回目。

    大半のグループがそこそこにキャッチアップしてきた。回数を経て、僕自身もちょっと慣れてきたし。学生のワーキングを見ると、つい、成果品からの逆算で作業の指示をしたくなる(だって、実務はそういう組み立ての連続である)のだが、演習は「演習」であって、バイトにコンペを手伝わせているわけではないのだった。

    前回の厳しいクリティークにダメージを受けてか、姿を消した履修者も何人かいた。それはそれで寂しい。頑張れよ。みんな。こんなの、今後立ち向かうことになるストレスや困難に比べると、ほとんど「楽しい思い出」だぞ。演習が終わったら打ち上げしよう(いや、単につまらないと思われたんだったりして。それだったら申し訳ない)。

    各グループのテーマは、何に焦点を当てたかによって、おおむね、二つの傾向に分かれていた。ひとつは、「植木鉢」とか「自動販売機」というような、街に点在する、ある要素に注目してその分布を描き、共通点や違いを観察してその地域に迫ろうとする「エレメント系」。もうひとつは、音とか匂いとか「人の流れ」のような、街のざわめきや気配をとらえようとする「センス系」。

    エレメント系のほうが簡単そうに思えるが、下手に面白い要素を見つけてしまうと、それに魅了されて時間をとられるみたいである。地図にプロットするだけでへとへとになってしまったらしいグループもあった。要素の描写からでっち上げる「ストーリー」の切り口なんて無限にあるわけで、どのへんで「見切り」をつけるかというのは結構難しい。

    以下は単なるメモ。

    ・壁(塀):
    たしかに、街の風景(印象)において、壁(塀)の占める割合は大きい。
    街で、僕らが歩き回るのは主に「道路」である。道路は空間である以前に「制度」である。一部の私道を除けば、道路はあくまでも公共に供されていて、都市の地面のほとんどを覆っている「私有地」の間を縫って、それらを接続している。私有地の塀は、私有施設(住宅や商店やその他、様々な建物も含む)から、公共施設(道路)に「向かって」設置された装置である。これは「私」からの、街に対する姿勢のあらわれである。
    だから、「塀」の「測定」には、物体的な軸と、「態度の評価」のような軸とがありうる。たとえば、「(態度が)打ち解けている/緊張している」というような分類と、「(素材や意匠が)そこに沈んでいる/浮いている」というような分類。低い生け垣よりも4mの忍び返しつき高塀のほうが緊張しているし、野面石積みよりもアルミの目隠しフェンスのほうが「より浮いている」だろう。浮き沈みは、経年時間とか、素材の「加工度」なんかに左右されるのかもしれない。

    ・排水枡:
    都市は、乾いた平坦な地面を要求する。しかし、ことに東京のような湿潤な気候下では、のべつ雨が降っていて、地面は本来、柔らかくて湿っている。都市基盤工学的技術の大きな部分は「排水」に向けられているが、排水とは、そこに降った雨をできるだけ迅速に消し去って「なかったことにする」テクノロジーである。排水技術の最も基本的なものは「勾配」である。固い地面を傾けることで、重力を利用して水を流し去る。都市のあらゆる地面には、道路も広場も何もかも、ほぼ例外なくこの技術が施されている。だから、僕らが街で最も頻繁に目にするインフラは「排水施設」である。都市は排水施設に覆われている。都市の地面は排水施設であると同時に、そのことで乾いた平坦な地面という事態を実現してもいる。排水枡は、この都市地面の二重性が解除される地点である。

    ・駐車場:
    青井哲人氏が提唱された、「『地誌的定数』と『位相的定数』の二重性」に照らすと、駐車場はきわめて位相寄りの施設である。2.5m×5mの「白線」を引くだけで、駐車場はいきなり出現する。実にミニマルな「建設工事」。いや、その大きさの平坦面さえあれば(舗装されている必要すらない)、そこは駐車場になりうる。必要なのは、そこを駐車場だと見なす「合意」だけだ。つまり、駐車場は「ルールだけ」で成立している、特異な都市施設である。だからおそらく、それぞれの駐車場の「同一の位相」の成り立ち方に注目すれば、その地誌的・空間的な個性が際だって見えるだろう。そうした周囲の事情との折り合いの様子を探したほうが面白いんじゃないだろうか。

    ・自動販売機:
    日本自動販売機工業会
    統計資料を見ると、平成16年、ジュースやタバコやその他、自販機が売り上げた合計金額は約6.9兆円。すごい。携帯電話市場並みの規模だ。
    自販機というのは、設置場所の土地所有者が、その売り上げに応じて歩合の割戻金を受け取る、という仕組みなのだそうだ。考えてみたら、そりゃそうだよな。コカコーラの自販機がある土地を、コカコーラがひとつひとつ所有しているわけがない。自販機は、言うなれば「街のアフィリエイト」なのだ。街の風景の中での「すわりの悪さ」も、たとえばブログ本体のデザインと関係ない色調のAmazon.comのロゴが挿入されている違和感と似ている(アフィリエイトが並んだブログが、自販機が並んで出入り口が狭くなっちゃってる小商店に見えてくる)。
    仮設であること、文脈にあんまり依存しないこと、つねに能動的に景観に働きかけていること、地域の住民や共同体とは無縁の(とはいえ地元の住民の欲望にドライブされた)、組織的な機構によって維持管理されていること。これはやばいぞ。自動販売機は面白すぎる。

    ・植木鉢と自転車とバイク:
    ・街のノイズ:
    ・人の流れと坂道:

    時間がなくなっちゃったので、また後日。

    2005年11月 1日

    スリバチへのお誘い(11月13日)

    表参道のケヤキ樹形ビルより、今回の新建築にあった「かんばんビル」のほうに好感を抱いてしまうのはなぜだろう(って、比べるなって)。

    そういうわけで、以下、スリバチ学会長からの告知です。

    ■スリバチ学会フィールドワークのご案内

    文京区フィールドワークに続く、次回の対象地は、スリバチ学会初、未知なる北区・赤羽台のスリバチです。

    点在する赤羽台スリバチの中に、4周閉じられた真のスリバチを地図上で発見、
    荒木町の他にも、正真正銘のスリバチが存在するのか。探索にでかけます。
    (ハズレのスリバチだったらゴメンナサイ。)


    日時:11/13(日)
    集合:10:30AMにJR赤羽駅西口を出て左、アピレ前に集合 
        15:30頃、JR赤羽駅にて解散予定、
        
    小雨決行・雨天中止、当日に判断がつきかねる場合は、石川の携帯へお問い合わせを。
    (番号は、メールでお問い合わせ下さい。hajimebs@gmail.com)

    当日飛び入り参加、途中合流・離脱、なんでもOKです。
    ただし、数キロ徒歩で徘徊することになりますので、歩きやすい服装で。

    参加資格はありません。どなたでもご自由に。
    スペシャルゲストとして、地図マニア・タモリさん、アースダイバー中沢新一さん、地図博士・今尾恵介さん、天然コンパス内蔵の浅草キッドのお二人も参加予定です。
    (スペシャルゲストについては、うそです。それ以外は本当です。念のため)

    東京スリバチ学会
    会長 :皆川典久
    副会長:石川初(記)

    追記:

    おお。元永さんご参加です。
    世田谷GEKO軍団方面、および六浦方面からの参加も期待されています。よろしく。
    南青山方面の大学院受験生、チーム2DK、元ヌケミチスト、その他の皆様も、ご都合よろしければぜひどうぞ。