2005年10月13日

Get a map.

地図にはあらかじめすべてが描かれている。
(阿部仁史・小野田泰明・本江正茂・堀口徹編著「プロジェクト・ブック」彰国社、2005)

「プロジェクト・ブック」の「地図を語れ」に正しく述べられているとおり、地図を「読み込む」のは、ある観点から記述されたその土地の「ストーリー」を、その観点から理解できる限りにおいて理解し尽くして、そのことによって逆に「地図に描かれていないもの」「地図が描き切れないもの」を推し知るためだ。ひとつの地図を徹底的に「読解」する。あるいは様々な種類の「地図」、地形図や道路地図、住宅地図、衛星画像、植生図、地質図、人口集中地域図、「古い」地図、などなど、を見比べ、重ね合わせてみる。そのようにしてその土地を「地図的に味わう」ことで、そこに流れる時間や生態や人々の営みの「ざわざわ」が、気配のように立ち上ってくる。

地図を眺めただけでその場所のことを知った気になってはいけない、などという警句があるが、それは当たり前である。どんなに綿密にスタディして、それを確認するくらいのつもりで出かけても、実際にその場所に身を置いたときには必ず予習を超える驚きがある。そして、予習はその新鮮な驚きを決して減じたりしない。むしろ、地図上で思いを巡らしていたからこそ出会う発見がある。重要なのは、地図を舐めるように眺めているうちに、その土地への一種切実な「思い入れ」が芽生えることである。好感を抱いて接近するのでなければ、フィールドワークの成果なんてろくなものにならないと思う。

今週末、都内でクラスの学生たちとフィールドワークを行うのだが、中津さんや田島さんの方針で、余計な先入観を排する、という意向のもと、参加者をできるだけ「白い」状態で街へ送り出して戸惑わせ、自分たちの「手持ち」の「都市記述言語」の貧弱さを自覚させ、経験させる、ということが企まれている。だから、事前に詳しい地形図や歴史地図を配布したりするのは、演習の趣旨からは外れているのである。

でも、僕としては、学生たちがそれぞれ自分なりの「予習」をしてきてくれるといいなあと思う(望み薄なんだけど)。少なくとも集合場所の周知でもって標的となる地域はわかるわけだから、1万分の1地形図とか、Google Earthの鳥瞰写真くらいは印刷して持って来てほしいなあ。GPS買って持ってこいとまでは言わないからさ。国土地理院の地形図は、大きい書店に行けば売ってるよ。

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