今週、慌ただしく中国へ出張することになった。
来月前半にも1週間ほど、中国の別な都市へ出張予定。
これから数ヶ月、わりと頻繁に出張することになる。
そういうわけなので、いま、あんまり人民を刺激しないで欲しいんだがなあ。総理。今回は契約の話もあるし。
金曜日。
人の仕事を邪魔することでその仕事に参加したような身振りをする人(オトナになるとそういう人とも折り合わねばならないのだよ。子供たち。)の急襲を受け、余計な時間を費やしたあげくに、勢いで「だったらそんなの僕が家でやってきますよもう」と仕事を自宅へ持ち帰ることにしてしまい、血圧と体温は上昇してるのにやる気ゼロという捻れた状態でうなだれて乗った終電がまた、遅れていやがって、酒臭い金曜の車輛に閉じ込められてノロノロ運転という、まさに泣きっ面にハチ的な帰路。
降りる駅の一つ手前で、ドア際に立った僕の目の前を、地図メカニックが降りていった。
お仕事疲れだろうか、目が真っ赤だった。。。
急に、人の仕事を邪魔することでその仕事に参加したような身振りをする人との折り合い以外に、楽しいことが山積みになっていることを思い出した。ふっふっふ。
や。なんか、がんばろうとおもった(←うなぎダイアリー風再起)。
土曜日。
大学のクラスの演習、フィールドは神楽坂周辺。
田島さんが「地図を自分で持って来た人は?」と尋ねると、なんとゼロだった(ネットで『神楽坂』と検索し、グルメマップみたいな地図を印刷して持参した子はいた)。
キッズ。課題が一杯で今週は時間が、っていう言い分はわからなくもないが、「仕事ワールド」では、忙しさの桁が違うんだぞ。一日中「勉強していてよい」という特権的事態がどれほど輝かしくも貴重なひとときであったか、ということを、きっと数年後に思い知るだろう。
演習の集団は毘沙門天の門前に集合し、坂道や路地を蛇行しながら台地を南へ下った。
数人の講師で25人もの学生たちを束ねつつ歩いていると、なんだか牧羊犬にでもなったような気分。
江戸地図を見ると、牛込台地の先端には、台地の端に社寺がずらりと並んでいて、神楽坂は都心とお寺エリアの中心部を結ぶ門前町だったみたいである。艶っぽい雰囲気は精進落としの名残かもしれない。昔から町人地だった谷筋は、いまでも低層の店舗住宅が並んでいる。住居表示を見ると、神楽坂から市ヶ谷にかけて、古い町名と町割りがわりとキレイに残っている。北町、中町、南町は、背割りの区画になっていて、東京では貴重な「道を挟んだ町内」である。坂の途中から南を眺めると、九段の台地が見える。神田川の谷の「河口」である。武蔵野台地はそこで終わり。その先は、松戸の台地までずーっと埋め立ての下町と湿地帯。江戸時代、「御城」はほんとに、海に突き出した半島の先にあるように見えただろう。
一旦また集合して、次週に提出する課題の説明があり、5時7分に日が暮れた。その日のうちに外堀を越えて街を見に行くガッツのあった学生チームと一緒に、靖国神社の境内まで足を伸ばして帰った。
日曜日。
歯科へ行き、帰りに眼鏡店でメガネを新調し、書店に立ち寄ってドサドサと本を購入した。
「複雑な世界、単純な法則」が非常に面白かったので、その「続き」で「SYNC」を買ってみる。「出張の友」の予定。