お秋うございます>各方面
土曜日。
妻は仕事に出かけ、僕は家に引き子守りつつ、連中が昼寝に落ちた隙に、久しぶりにソファーにひっくり返って造園学会の学会誌「ランドスケープ研究 Vol.69 No.1」を読んだ。
造園学会作品賞の「受賞者業績要旨」が掲載されている。
物件は「晴海トリトンスクエア」と「飯田町アイガーデンエア」。
日建設計のワンツーフィニッシュ。どちらも再開発のプロジェクトであるところが、時代を反映してる。
「飯田町アイガーデンエア」は、できてから間もなく、平賀さんのご案内で見せて頂いたことがある。細長い街区の長さを目一杯使ったオープンスペースが印象的な、細部までさほど押し付けがましくなく作られた、いいプロジェクトで、僕はけっこう好きだ。
掲載されている、いささか長い文章のなかで平賀さんは、今回のプロジェクトも含めた、ここ最近のランドスケープが大きな役割を果たしたプロジェクトの実践を通じて、対外的な評価を得て、大きな建築設計事務所の中での、ラ系の「地位」を向上さしめたことを「成果」のひとつとして挙げている。
まあ、事務所の内部の事情は、外から見ればはっきりいってどうでもいいことなのだが、僕も数年前までデカイ建設会社の中に居たから、大きな組織の中でのランドスケープ系の「扱い」をして、業界の縮図のように感じるという「感じ」はわかる。働いている場所と、自分の専門の領域(というか、組織を超えたプロ同志のつながりというか)との二重性を自覚するようになったのは、最近、小さい事務所へ移ってからだ。
文章のタイトルには「自分の信じるランドスケープの実現を」とある。たしかに、この再開発プロジェクトのランドスケープが、プロジェクトの初期からのたゆまぬ「ランドスケープ的働きかけ」によって実現したのなら、驚嘆していいような出来映えだ。ただ、この「よい環境」は、投下した量以上の資本を回収できる見込みがある土地への建設行為を「契機」として、その機に乗じてランドスケープ的事態として産出されたのであって、その逆ではない。つまり、そこに「地域の環境の向上のためのオープンスペース」や、「地域に潜在する緑を接続して網状に生かす樹林群」をつくるために再開発が行われたわけではない。ランドスケープ的事態が生まれていることが、あらゆる建設行為を「正当化」するわけではなく、そう言う意味ではどっちかというと「共犯」である。だって、「理想」をいうなら、この再開発区域に舗装も建築も何もせずに、ただ樹林帯にしたほうが、地域環境的にはずっと良いに決まってるわけだし。いや、それはわかってることなんだけどさ。
同号に掲載の、赤坂信「1930年代の日本における『郷土風景』保存論」。
関東大震災後、東京の郊外の宅地化が急速に進むなかで、武蔵野の農村風景はすでに「郷土風景」と見なされていて(このあたり、明治期につくられた『ふるさとのイメージ』と考え合わせると興味深い)、それが物理的に消滅しつつある、という危機感を、当時の「識者」は持っていたそうである。制度への批判や、その地域の住民が主体的に関わるべきだとする主張や、都市化・変貌してゆくダイナミズムも郷土風景であるというちょっとラジカルな見方など、これを読むと、今日の郊外や里山なんかをめぐる議論の原型はこの時期にぜんぶ出ていたんじゃないか、と思えてくる。
ところで、こういう議論に先立って、すでに1920年代に「郷土造園」なる、一種の地域主義的手法を提唱していた人がいて、これが上原敬二先生なのだった。時代に対する感度といい、上原先生はやっぱりちょっと只者じゃないな。


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