2005年7月 8日

ちょっと個人的な追悼

久しぶりに喪服を着た。

夜中に母から電話があり、突然の訃報を聞いた。告別式は都内のキリスト教会で営まれた。祭壇に置かれた遺影は、今にも笑い出しそうな溌剌とした笑顔をしていて、僕はそこで「告別」されている人がその女の子だという実感がまったく掴めず、なんというか、途方に暮れるような気持ちだった。牧師が、彼女の生も死も、神の恵みであり御心である、という趣旨のことを述べているのを聞きながら、たしかに、理不尽な死を理不尽だと感じるのはきっと、それがそもそも生が理不尽だということを突きつけるからじゃないか、という気がした。

僕は彼女の両親の結婚式にも出席したし、彼女が生まれてから、何かの用事で会うたびに大きくなり、やがて大人びてゆくのも、僕自身の成長とともに、ずっと見てきた。人が、独りで「いる」のではなく、その人を囲む様々な人々のなかに、その関わりとして「いる」ということ、しかもそれは誕生によって急に唐突に「いる」ようになるわけではなくて、なんというかこう、誕生のずっと前から、両親が出会い結ばれるさらにずっと前から、予感のように「いる」があって、フェードインするみたいに少しずつ、徐々に更に「いる」ようになる、というような、僕らの生がそうしたぬめっとした有機的な関係の連鎖としてある、そんなふうに、ことに自分も子供を持つようになってから感じるようになった。

だからことによると、オフィシャルな死亡宣告に僕が感じる抵抗、というか違和感は、人は少しずつ、醒めるようにちょっとずつ死んでゆき、そしてたとえあるときその姿を変えたりしても、僕らの「関わり」のなかに、しばらく「い続ける」んじゃないかと、僕が感じているためなのかもしれない。天理教では死を「出直し」と呼び、異なるフェーズに入っただけだと見なす。彼女は僕らのなかに、僕らとともにいる。それこそ、「存在するとは別な仕方で」。

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