2005年3月28日

we don't need no education

ちょっとした調べもののために、新装版の「建築資料集成」開いてみたら、「総合編」の「ランドスケープ」の項に唖然とした。これはいったい何だ?どこが「資料」なんだ。

遅まきながら、日経アーキテクチュアの「U35特集」をみる(見逃していた)。磯さんが推す田中浩也さんの記事にGEO-WALKERが紹介されていて、僕の名前をくっつけて頂いているのを発見し、家族に自慢すべく、さっそく自宅へ持って帰った(←ばか)。

「トップランナー」として紹介されている藤本壮介さん、乾久美子さんのお二人は、このblogに残る検索キーワードのログですら、固有名詞のトップ2である。人気と注目のほどが伺える。

特集記事自体はまあ、推しそうな人が推されそうな人を挙げているという感じ。まあ世代論というのはたいてい、了見の狭いヤツがわかった気になるための方便だ。どうせなら、僕らには調査できないような切り口でやってくれると面白いと思うんだが。逆に「アンダー35が推薦するオーバー45歳」とか、あるいは「オーバー65歳が注目するアンダー30歳」とか。

先週/今週の通勤本:

  • 山下晋司編「観光人類学」新曜社、1996
  • 池田清彦「やぶにらみ科学論」ちくま新書、2003
  • 若林幹生「地図の想像力」講談社選書メチエ、1995
    これはため息。なぜ今まで見逃していたのだろう。ばかだ。
    本文中で、堀淳一氏の著作が何度も言及参照されている。先日買った今尾恵介氏の、「地図ざんまい・しますか」の文庫版、「地図を探偵する」では、あとがき解説を堀淳一氏がされていた。これでぐるっとひとつながり。嬉しい。

  • 諏訪哲二「オレ様化する子どもたち」中公新書ラクレ、2005
    実は、こうしたサブジェクトは意識的に避けているのだが、仙台の先生まで取り上げられたので、仕方ない(何がだ)。
    あっという間に読了。これまで読んだ、学校がヤバい(というか、この本の文脈で言うなら、学校『で』ヤバい)という趣旨の本の中では最も説得力を感じるし腑に落ちる。しかしうう、やっぱり思った通り、迂闊にコメントできないほど痛い。いち親の子育てで歯向かうにはあんまりな事態の大きさに、暗然としてしまう。

    僕が小・中学時代を過ごしたのは、ちょうど著者が指摘する「子どもたちの変容の時期」だった。諏訪氏が見て取っていた「徴候」には、いちいち思い当たるフシがある。ただ僕の場合、その後、キリスト教主義の、ほとんど修道院のごとき寮制の高校へ行ったので、一般的な「学校教育の前線」からは撤退して迂回しちゃったような気がしてしまっている。僕自身の「被教育」が社会にとって成功だったかどうかはとても心もとないが、少なくとも上記のような物事に自覚的でいられる(と少なくとも本人は思っている)のは、出身高校から受けたご恩である。

    良い悪いは別として、キリスト教、特に日本のプロテスタント系の「応用倫理」と、諏訪氏の言う「農業社会主義的な価値観」との意外な(意外でもないか)親和性についてとか、思いつくことはいろいろとあるんだけど、書き始めるときりがないので後日。

    ところで、この本では、学校制度を支える「建築」についての言及はないが(まあ普通はないんだろうが)、これほどの見識のある教育のプロに、学校の「建物」についても話を聞いてみたいなあと思う。「権力装置としての教育施設計画」的分析はもう飽きちゃったしな。ガキどもに社会化を叩き込む場所として、学校の「象徴的な父」っぽい「様子」というのも、けっこう重要なんじゃないか、と思ったり。

    このへんも読まないといけないかしら。
    学校をつくろう!—子どもの心がはずむ空間

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