2005年3月30日

サチスファイド・カスタマー

GPSのショップ、SPAから連絡があり、破損したハンディGPS受信機(GPS60CS-J)は、やっぱりユニット交換(新品と取り替えてくれる)ということになった。早ければ明日にでも手元に戻ってくる。

もちろん、保証範囲外の破損なので、規定料金(2万ちょっと)を支払う。それはまあ、仕方がない。でも、販売店のSPAも、製造もとの「いいよねっと」も、素早い対応をしてくれた。嬉しい。


先日、久しぶりにバスで息子を保育園に送り届けようとして、バスのダイヤが変わっているのに気づいた。

前回のダイヤ改正で朝8時台の本数が減ったため、非常に不便になっていた。妻が駄目モトでバス会社に電話し、「8時台のバスがなくなったが、あれがないと保育園へ登園するのに途中で乗り換えねばならず、困っている」と訴えたところ、「次回の改正時に考慮します」と答えがあったのだそうだ。

今回、また8時台のバスが2本も増えている。この路線は、少なくとも僕らが利用する時間帯はほとんど他に乗客がいない、ガラガラの、石川親子貸し切り状態のような運行なのである。たいへんにありがたい。

運転手さんらの物腰も対応も親切で丁寧だし。昨日の朝など、運転席近くの席(に座る僕の膝の上)から、しきりに「大きいワイパー!」と叫び続ける息子のために、「動かしてあげようか」と言ってわざわざウィンドウォッシャーの水つきでワイパーを作動してくれた運転手さんに、息子は完全に心酔して感激して大騒ぎして、翌日までずっとワイパーの話をやめなかった。僕ら家族はすっかり京王バスのファンである。

旦那、いい護岸ありますよ(小声)

残業していたら太田浩史さんから電話を頂き、芝生がなかなか良いので(!)見たほうがいいとお誘い頂いて、帰り際、青山のスパイラルへ立ち寄った。

■「都市と遊ぼう」展 〜芝浦ブロックリノベーションプロジェクト
3/29(火)-4/9(水)、11:00〜20:00 1F スパイラルガーデン

もともとの趣旨は芝浦アイランドのデベロッパーによる販促イベントのひとつなのだが、会場はまるで「東京ピクニッククラブ展」みたいである。逆に、下手にコマーシャルフリーを気取るんじゃなくて、こういうのに「乗れる」ところが、ピクニッククラブの強みというか、訴求力のあるところなのだった。

このサイト:
Block Renovation
も、完全にTPCだし。

以前、10+1の記事のときに構想した「ピクニキオスク」の実物大とか、GROOVISIONSがデザインした「芝貼りsmart」とか、可愛い。smartは、展示後、闘うピクニシェンヌが買い取りたいとおっしゃっていたが、いや、ものすごく似合いそうだ。というか、彼女以外にドライバーが想像できん。

会場には何人も「施主」がおられたので、少しうろついてからこそこそ帰った。。。(あと、言うまでもないことだが、いつでも、どこにでも居て、全員と知り合いである、寺田真理子さんも会場におられた。)

「芝生」について、ちょっと考えることもあるのだが、また後ほど。

2005年3月28日

吟Pod

Motoe Lab, MYU: 自力で書籍をリッピング

なるほど。たしかにそうかもしれん。僕もよく、なんちゃら全集とか、日本植生誌とか、樹木大図説とか、まるごとざざーっとデジタル化したい欲に駆られることがある。「そのスキャナ」があれば、ウチの書架なんか劇的に縮小されて、妻は大喜びするだろう。

でもなー。問題は「その次」だよな。「音楽」と「書籍」は、その「享受」のしかたがちょっと異なるから、同列にできないような気がするんだよな。文字は、読まないといけないからな。

たとえば、自分自身が「リッピングした書籍」を持ち歩いたとしても、音楽を聴きながら運転する、というようにはテキストを読むことはできない。音楽とテキストの身体への「取り入れ」は、「降ってきたものを浴びる」と「落ちているものを拾う」くらいの行為の差がある。べつに、現在の「書籍」の形態に固執したいとい?わけじゃないんだけど、文庫本をポケットにねじ込んでいる場合と、iPodに音楽データを満載してる場合とでは、その情報の質が違う。記録媒体の問題ではなくて、情報のカタチ(なんと呼ぶのかわからないが)の問題なのではないだろうか。「文字」って、情報の「遷移」の段階としては「行き止まり」で、使うときは「お湯で戻す」対象みたいなものだから。

だから、あるいは、容易にデジタル化して携帯できる「演奏された音楽の記録」のように、「朗読されたテキスト」だったら行けるのかも。僕らのテキスト文化がもっとずっと音声オリエンテッドで、文字化されたテキストは「譜面」みたいなもので、詩や小説が読むものでなく「聴きに行くもの」だったりしたら、デジタルマーケットは想像できる。でもそれじゃ、そもそも「書籍」っていう媒体はないか。。。

テキストを簡単に音声化するソフトがあればいいのかな。いまの「読み上げソフト」の「口調」では、神経に障る。長時間の聴取には耐えられん。
もっとも、コーランみたいに朗々とうたわれる「10+1」なんてのは鬱陶しいな。それはそれで。

we don't need no education

ちょっとした調べもののために、新装版の「建築資料集成」開いてみたら、「総合編」の「ランドスケープ」の項に唖然とした。これはいったい何だ?どこが「資料」なんだ。

遅まきながら、日経アーキテクチュアの「U35特集」をみる(見逃していた)。磯さんが推す田中浩也さんの記事にGEO-WALKERが紹介されていて、僕の名前をくっつけて頂いているのを発見し、家族に自慢すべく、さっそく自宅へ持って帰った(←ばか)。

「トップランナー」として紹介されている藤本壮介さん、乾久美子さんのお二人は、このblogに残る検索キーワードのログですら、固有名詞のトップ2である。人気と注目のほどが伺える。

特集記事自体はまあ、推しそうな人が推されそうな人を挙げているという感じ。まあ世代論というのはたいてい、了見の狭いヤツがわかった気になるための方便だ。どうせなら、僕らには調査できないような切り口でやってくれると面白いと思うんだが。逆に「アンダー35が推薦するオーバー45歳」とか、あるいは「オーバー65歳が注目するアンダー30歳」とか。

先週/今週の通勤本:

  • 山下晋司編「観光人類学」新曜社、1996
  • 池田清彦「やぶにらみ科学論」ちくま新書、2003
  • 若林幹生「地図の想像力」講談社選書メチエ、1995
    これはため息。なぜ今まで見逃していたのだろう。ばかだ。
    本文中で、堀淳一氏の著作が何度も言及参照されている。先日買った今尾恵介氏の、「地図ざんまい・しますか」の文庫版、「地図を探偵する」では、あとがき解説を堀淳一氏がされていた。これでぐるっとひとつながり。嬉しい。

  • 諏訪哲二「オレ様化する子どもたち」中公新書ラクレ、2005
    実は、こうしたサブジェクトは意識的に避けているのだが、仙台の先生まで取り上げられたので、仕方ない(何がだ)。
    あっという間に読了。これまで読んだ、学校がヤバい(というか、この本の文脈で言うなら、学校『で』ヤバい)という趣旨の本の中では最も説得力を感じるし腑に落ちる。しかしうう、やっぱり思った通り、迂闊にコメントできないほど痛い。いち親の子育てで歯向かうにはあんまりな事態の大きさに、暗然としてしまう。

    僕が小・中学時代を過ごしたのは、ちょうど著者が指摘する「子どもたちの変容の時期」だった。諏訪氏が見て取っていた「徴候」には、いちいち思い当たるフシがある。ただ僕の場合、その後、キリスト教主義の、ほとんど修道院のごとき寮制の高校へ行ったので、一般的な「学校教育の前線」からは撤退して迂回しちゃったような気がしてしまっている。僕自身の「被教育」が社会にとって成功だったかどうかはとても心もとないが、少なくとも上記のような物事に自覚的でいられる(と少なくとも本人は思っている)のは、出身高校から受けたご恩である。

    良い悪いは別として、キリスト教、特に日本のプロテスタント系の「応用倫理」と、諏訪氏の言う「農業社会主義的な価値観」との意外な(意外でもないか)親和性についてとか、思いつくことはいろいろとあるんだけど、書き始めるときりがないので後日。

    ところで、この本では、学校制度を支える「建築」についての言及はないが(まあ普通はないんだろうが)、これほどの見識のある教育のプロに、学校の「建物」についても話を聞いてみたいなあと思う。「権力装置としての教育施設計画」的分析はもう飽きちゃったしな。ガキどもに社会化を叩き込む場所として、学校の「象徴的な父」っぽい「様子」というのも、けっこう重要なんじゃないか、と思ったり。

    このへんも読まないといけないかしら。
    学校をつくろう!—子どもの心がはずむ空間

  • 2005年3月25日

    風呂具照明

    おお。
    これはいい。買うぞ。
    Kick It Now ! カエルライト

    製造もと:
    ドリームズ Dreams Web 

    ところで、この「Kick it Now!」は、目の付けどころといい、風景の切り取り方といい、ただごとではないセンスを感じるblogであって、僕は勝手に心酔している。「路上」とか「しらすの仲間たち」カテゴリーに注目。

    2005年3月23日

    GPS破損。

    先週末。父母、妹の家族5人、我が家4人、の、オトナ6人コドモ5人による家族小旅行に、館山へ。

    南房総は、かつて単車でツーリングに出かけ、フェリーで富津へ渡って海岸線沿いにひたすら走った、えらく遠いところだという印象を持っていた。でもいまは、アクアラインを渡り、そのまま館山高速道路へ入って南下すると、途中、未開通の部分で多少の混雑はあるものの、旅程はびっくりするくらい短くなった。高速道路の開通は地理感覚を改造してしまう。

    新しい高速道路には、土木の最近の技術や思想(というと大げさだが、設計の『方針』のような)が反映されていて、なかなか面白い。館山道は、造成法面はすっきりと吹き付け緑化だし、立体交差のたもとは金属メッシュの土留めだし、ガードレールや道路境界のフェンスは亜鉛メッキむき出し色だったりして、一時期、公共土木物の表面を浸食していた、橋桁に色塗ったポップアート攻撃や、郷土のシンボルキャラ攻撃や、擬木擬岩化粧型枠焦げ茶色塗装の「自然物擬態」攻撃が影を潜め、簡素でなかなか好感が持てる。工事費用の節約のために、橋梁に色塗ったり電球付けたりする「デザイナー」を起用できなくなったのかもしれないし、それはいいことだ。土木構造物の醍醐味は、ぎりぎりまで練りまくって削り出した「標準断面」が織りなす「遠景」にあると思う。土木が「中景」に関心を持ち始めるとろくなことにならない(ことが多い)。

    房総半島の東海岸の風景は、富津を過ぎて、鋸山を回り込んだあたりから俄然、様子が変わってくる。地形は急峻になり、波が荒くなり、植生の雰囲気ががらりと変わる。東京湾岸と太平洋沿岸の差だ。東京からこんなに近いのに、東北や北陸よりもずっと趣の異なる、ほとんどエキゾチックな感じがする。

    国民休暇村『館山』に泊まり、翌日は半島南端をひとまわりして帰った。楽しいドライブだった。『フラワーロード』を過ぎてから白浜の手前くらいまでの海沿いの道は、カリフォルニアのハイウェイ1とか、17マイルドライブを彷彿させるような、ちょっと荒涼とした砂っぽい景色に、房総の漁村の片鱗が添景をなしていて、時おり建っているばかな南欧風のホテルやゴルフクラブや安普請別荘さえなければ、すごくいい風景になりそうな地域である。どうして観光地はああいう、ばかばかしくもわかり易い意匠をまとってしまうのか。灯台の先、海に突き出した岬状の敷地に、建て売りのような住宅が建っていたけど、ああいうの、オープンコンペとかにすれば、あのロケーションだ、低予算なのにかっこ良い住宅のアイデアが全国から寄せられるんじゃないかと思う。惜しい。

    と、じつに気分よくドライブしていたのだが、休憩を取った際に、車の屋根にひょいと置いたGPSMAP60CS-Jのことを忘れて発進し、しばらくして気がついて引き返してみたら、車道に落下して他の車に轢かれたらしく、「GP」と「SMA」と「P60CS-J」くらいにバラバラになって路上に散乱しているのを見つけ、がっくり落ち込んで肩を落としたまま帰路についた。しくしくしく。現在、箱に詰めた欠片を製造/販売元のショップに、「有償修理」依頼とともに送り中。たぶん、規定料金で「取り替え」になると思う(あれは『修理』するレベルではなかった)。

    空の目

    Kashmir3Dの立体プレビュー機能を最大にしてぐりぐり動かし、KeyholeだとかNASA WorldWindとか、いかにもパソコンの負担の大きそうな、起動するたびに冷却ファンが嵐のように回り始めるやつを次々にインストールしたりしていたら、先週、見たこともないようなメッセージが出てきていきなり電源が落ちる、という危険な状態に陥り、ファイルのアイコンは見えてるのにカーソルでドラッグできないという妙な症状が出てきたため、必要なデータだけバックアップをとってOSをインストールし直した。2年半近い記憶を全部消されて若返った僕の職場のWINノートは、心なしかキビキビと動くようになったような。

    Kashmir3Dを使って閲覧できる、会員制のオンライン航空写真(空中写真)サービス、「スカイビュースケープ」の提供エリアが一気に拡大されて、東京や名古屋や大阪の市街地が網羅された。
    首都圏なんか、ほぼカバーされている。まるっきり仕事に使える。これで2,625円(税込)/年はほんとに安い。これはすごいことになった。
    こういうのに関しては、すごいぞすごいぞと騒いでも、Kashmir3Dユーザーでスカイビュースケープの会員で、けっこう使いこんでいて、これで都内が見れたらなあ、と残念な思いをしていた人としか、「すごいぞ」を共有できないという障害があるのだが、幸いにして、僕の周囲にはそういうレアな人材が何人もいるので、「すげーよこれ」「うわーほんとですねすげーすね」と、喜びを分かち合うことができるのである。昨今。

    2005年3月17日

    bird's unbeaten track log

  • 宮本常一「イザベラ・バードの『日本奥地紀行』を読む」平凡社ライブラリー、2002

    宮本先生による、「日本奥地紀行」をテキストにした講義録。「日本奥地紀行」自体も面白いのだが、宮本先生の博覧強記的解説と、語り口がまた、なんともいい。でも、この講義がなされたのは1970年代、すでに30年くらい昔のことである。なんとなく時代を感じさせる記述も所々にあったりし、「120年前の紀行文を解説する30年前の民俗学者の講義」がなんか民俗学的資料にも見えるという。ちょっと目眩が。

    「日本奥地紀行」を初めて手に取ったのは、10年前くらいに友人達と東北へ旅行したときのことだった。5月の連休、残雪の朝日連峰の麓でキャンプし、東京への帰路、赤湯温泉に立ち寄った。赤湯の駅(エディ鈴木さんの、んまたろくでもない斬新な駅舎だったが)の案内所で、街の公衆浴場は観光客には熱すぎる、と言われ、初心者向きの温泉施設として、市が運営するクアハウスをお薦めされ、町はずれの丘を登ったところにあるその健康ランドのごとき場所へ行った。ジェットバスとか薬草湯とか打たせ湯とか巨大な露天風呂とか、まあよくある温泉施設で、それでもそれなりにお風呂を楽しんだ。1階には、「ワインレストラン」というのがあったのだが、入り口には「ショウガ焼き始めました」という手書きのサインが貼ってあり、中には座卓と座布団がずらっと並んでいて(内装の様子からして、もとの設計は椅子とテーブルだったと思われた)、おばあちゃんたちがお蕎麦を食べたりお茶を飲んだりしているという、カタカナ名称施設が目指したものと地元住民のディマンドとの埋められなかった乖離がかえって頼もしく好ましいような気がしてしまった「ハイジアパーク南陽」なのだった。

    で、その施設の一角に、地元の名産品や文化を紹介する展示コーナーがあり、そこに「日本奥地紀行」が置かれていたのだ。バード女史が米沢盆地北部の風景と豊かな農村の様子を「アジアのアルカディアだ」と絶賛していて、南陽市としてはそれが誇りであるようだった。紀行文の赤湯の前後を何気なく拾い読みしてみたら、バード一行が、赤湯に至る前に、新潟方面から黒沢峠を越えてきた、ということがわかった。「小国」「市野々」「手ノ子」と、聞き慣れた地名がぞろぞろ出てくる(なぜこういう山形県南部の山間部農村の地名を『聞き慣れ』てるのかという説明を始めると長くなるのでまたいずれ)。すぐに土産物売り場へ走っていって、「おしどりミルクケーキ」とかと一緒に買って帰った。

    数年前、妻と2人で東北ドライブ旅行をした折に、小国方面に寄ってみた。「市野々」はダム建設のため、集落ごとごっそり消えていた。


    周防大島町が運営する宮本常一データベースというのがあり、蔵書リストや年譜や、14,283件(!)の写真データを閲覧できる。昭和30年代の農村風景がちょっとすごい。

    ハイジアパーク南陽のホームページもありました。イザべラバード記念コーナーも紹介されている。

    追記:
    あらためて、ハイジアパーク南陽のサイトを見てみたら、レストランが「ワインレストラン」と「和食レストラン」に分かれていた。いや、いくらなんでもそうか。僕の記憶違いというか思いこみだったようでした。

  • 2005年3月16日

    地面に歴史が刻まれている、ということ

    夜。岡本哲志さん、寺田真理子さん、テレデザインの田島さん、および法政大学の学生さんお二人と、ロッテルダム建築ビエンナーレ出展物に関した打ち合わせ。いろいろとバタバタしていて職場を離れられなかったので、こちらの事務所までご足労頂いた。

    内容は、江戸期以前から現代まで、時代を追って東京の変遷がわかる地形図を作る、というものなのだったが、僕の手元にあるデータや画像や、パソコンで加工できる範囲などを説明し、これでも充分に「使える」ということになり、当初予測していたよりもずっと合理的かつ簡易な作業(大変は大変だが)で済むことになって、一同(僕と学生さんたち)、安堵に胸をなでおろした。やれやれ。

    ああ。ARCなんちゃらとか、本格的なGISソフトが使えるようになりたいなあ。

    2005年3月15日

    滝沢/ラ

    今月一杯で「談話室滝沢」が閉店する、というのを迂闊にも知らなかった。。。

    それ以前に何かの拍子に行ったことはあったのかもしれないが、少なくとも談話室滝沢を初めて、それと知って使ったのは、5年以上も前、1998年の暮れに、「ランドスケープデザイン・ワークショップ」というのをやるのでチューターとして参加してくれ、という依頼を、農大のアライ先生経由で頂いて、そのキックオフ・ミーティングにお邪魔したときだった。

    その後、チューターが連絡を取り合ってなんだかんだ活動するようになり、10+1の原稿をお手伝いしたり、書籍の執筆や編集をお手伝いし、そのご縁で別な媒体や展示会への参加の機会を得、・・・と、東京ピクニッククラブ、建築あそびから地図ナイトまで、ここ数年の僕の生活の、「ムーンライト活動」を楽しくしているもののほぼ全部は、「談話室滝沢」から始まったのだった。うむ。感慨深い。


    Landscape Weblog:「世界の情報」
    山崎さんが言いたい(のだろう)ちょっと「もどかしい」感じはたぶん、みんなある程度共有してるんじゃないだろうか。いや、必ずしも「アテガイブチの情報に満足してしまっている」というだけではなかろうが、もっと「ちゃんと知っておきたい」という気分を、特に若い人たちが感じていることは、ちょっと話題を振ってみると皆飛びついてくることからしてよくわかる(ここで、教育がどうのこうのという見当はずれな突っ込みは無用です)。

    ただ、「建築」のそれと同列に比べちゃうと話が妙なことになるだろうなあ。「建築家」は、職能としても、その認知のされかたも、ちょっと変わってるからな。ランドスケープが建築と比べてどうのこうの、というよりも、ラ系としては、「建築」の切り取り方が「独特」なんだ、と思ったほうが、より正しくランドスケープについて(静かに)考えられると思う。「建築」はたしかに、きわめて優秀な人材が集中しているし、面白いし目が離せないが、職域全体が自意識過剰で神経症的なところがあって、ときに辟易してしまい、密着していると落ち着いて考えられなくなる(のは僕だけかもしれないが)。建築の人数はたしかに多いけれど、ランドスケープだって景観工学や土木を含めれば就業人口は圧倒的だ。多数決では勝ち(笑)。

    「建築」「土木」「ラ」というそれぞれ輪郭を持ったフィールドがあって、その中にそれぞれのトレンドやトップランナーがいる、というような枠組みでは、見誤る。と思う。「見えない庭」で、ウォーカー御大は、ランドスケープアーキテクチュアはいつの時代も、自らを再定義し続けてきた、と書いているけれど、まさに「そういうもの」なんだと思う。年表を描き直したあと、「僕の好きなランドスケープアーキテクト」として挙げる名前が、たまたま建築家だったり生態学者だったり、メディアデザイナーだったりしたっていいのだ。

    続きを読む "滝沢/ラ"

    東京スリバチ学会・フィールドワークのお知らせ/おさそい

    来る4月16日(土曜日)、東京スリバチ学会第4回フィールドワーク(単なる街歩きとも言う)を行います。

    神泉か道玄坂上あたりに朝10時かそこらに集合し、都内屈指の「スリバチ」である渋谷の坂道群を巡りながら、地形と道路と建築物と路上の「自然」との関係を観察し、その後青山学院裏手あたりの小規模ながら深いスリバチを経て、都営青山団地のオープンスペースに「都市の菜園化」を観察し、次いで最先端ファッション建築ストリート、表参道の「地形」と「建築」をざっと見学し、原宿で解散する、というようなコースを計画しています。雨天の場合は延期です。

    スリバチ学会の会長にして、建築のトレンドにも詳しい、「歩く新建築」ミナガワと、(もと)カジュアルキテクトで渋谷の地形と建物の「建ち方」の関係を卒業研究した、ペット建築系マツオカ、および地表系・イノウただばか/イシカワがご案内いたします。

    集合場所、時間の詳細は追ってご案内します。
    飛び入り参加、途中参加/離脱も歓迎ですが、おおよその人数を把握するため、事前に石川あてに参加ご希望の旨お知らせ頂けると幸いです。事前にお申し込みくださった方には、スリバチ学会特製「渋谷周辺の地形が手触りのごとくよくわかるマップ・フルカラー縮刷版」を差し上げます。

    2005年3月14日

    Fountain for the Rose of roses

    ISBN:3764324252
    Jane Amido, Aaron Betsky(著)
    Moving Horizons: The Landscape Architecture Of Kathryn Gustafson And Partners
    Birkhauser,2005/02

    会社の書架の新着。いつも建築系洋書の新刊を売りにくる本屋さんが持ってきたのを見て、即座に、事務所の書籍購入担当に掛け合って買ってもらった。

    良いなあ。どれもこれも見とれてしまう。Kathryn Gustafsonのプロジェクトは、すごく繊細で鋭い詳細が効いている一方で、対象地を「図」で埋め切っていないようなところがあって、その「強弱」がなんとも好きだ。もっとも、いろんなプロジェクトの全体図を見ると、土地の造形はけっこう敷地全体に及んでいたりする。メリハリのつけかたが上手なんだろう。

    掲載されているものの中では、「ダイアナ妃メモリアル」が特にかっこいい。敷地へのハマりかたといい、趣旨と形の一致のしかたといい、じつによく出来てる。この、うねる石の上を流れる水の「スピード感」は、いままでこうしたラ系の「作品」にはなかった要素じゃ?いだろうか。写真がまた、素晴らしい。

    この、デザインコンペで勝ち取り、コンピューターによるスタディや「実寸模型」で練り上げた無垢石の「水のながれる記念碑」はしかし、設計者の予想を上回る「水遊び利用者」が殺到し、完成直後からけが人が続出し(たしかに、いかにも転んで怪我しそうだ)、落ち葉が詰まって水が溢れて芝生がドロドロになったりポンプが故障したりし、「改修」のためにフェンスが立てられ、水路に「滑り止め」の模様が付けられたり、監視人が立ったり、危険箇所に柵が立てられたりしちゃってるのはわりと有名である。

    いや、わかってるんだけどさ。でも、それはそれとして、と言いたくなるような、作品集の写真なのだった。

    ご本人の近影を見つけたので:Kathryn Gustafsonさん@The Seattle Times(背景にダイアナメモリアルの計画案が写っている)

    2005年3月13日

    風邪をひいたかもしれない。

    土曜日。
    妻が商工会議所に出かけている間、子供たちをなんとか寝かしつけ、ひとり、庭道具箱を引っ張り出して、遅くなってしまった、春の庭の刈り込みを大々的に実行。
    落葉樹の新芽がほどける気配。鉢植えのチューリップが音を立てるように伸びている。冬の間、地面に寝押ししたみたいにへばりつていた雑草のロゼットが、少しずつ持ち上がってきていて、なんか地面が立体的になってきた。
    グラスの株をばんばん刈り込む。調子よく刈り払っていたら、うっかり、クレマチスのツルをほとんど根元から切ってしまった。。。目の前が暗くなるくらい落ち込む。庭の地面に倒れ込んで空を眺め、しばし涙。しくしく。

    日曜日。
    朝から讀賣テレビのクルーが自宅まで取材に来られ、午後3時半ごろまで収録。「東京ナス化計画」ネタ。
    タモリ倶楽部収録の勢いが残っていたので、ついお引き受けし、実際に何かを描いて回ることになった。今回は、初めて「文字」を描いてみた。全周20数kmくらいの小振りなものだったんだけど、えらく寒くて難儀した。でもGPSMap60CSの威力は充分に発揮された。番組は「大阪ほんわかテレビ」。4月3日(日曜日)夜10時半放送予定。番組内での影像は「たぶん5分くらい」だそうだ。関西限定です。

    2005年3月11日

    希少なわたし

    間抜けにも、カルチャースクールでの講師と、2世代家族旅行とをダブルブッキングしてしまい、家族から轟々たる非難を受けつつ、やむを得ず当日は一人で車を借りて、あとから合流するという予定でいたのだが、今週、スクールの主催者から「受講者の必要人数に足りなかったので中止」という知らせを頂き、問題があっさり解決。でもちょっと残念。連休の中日というセッティングも足を引っ張ったかもしれない。申し込まれたかたが居なかったわけではないので、なんか申し訳ない。何か別な企画を立てて、スクールを通じてお誘いしてみようかしら。

    浅草キッドのウェブサイト内、博士の悪童日記、3月5日に、タモリ倶楽部収録時の様子が。

    ・・・わかったよ。珍種ですよ。今後、「異能只馬鹿」で行きます。よろしく。同志さらに求む。


    今週の通勤本:

  • 斎藤成也「DNAから見た日本人」ちくま新書、2005
  • 日垣隆「売文生活」ちくま新書、2005

  • 2005年3月10日

    アーティフィシャリストとしてのわたし

    取材(され)記事の新着。

    Link Club Newsletter(もとMac専用のプロバイダの、会員情報誌)4月号の「Pick up!」というコーナーに、GPSネタで掲載されました。タイトルが『「おもしろい」は路上に転がっている』。

    取材に来られたライターさんが、GPSそのものよりも、何かを表現したり、交遊を広げたりすることをいかに「面白がれる」か、というような切り口でインタビューして下さったので、喋るほうも面白かった。
    それにしても、海外の取材記事があったりして、メンバー向けの会報にしてはえらく内容の濃い雑誌である。

    もう一件。アウトドア誌「BE-PAL」4月号の「アウトドア界の珍種発見フィールドワーク:Dr.キムコ玉川のおせっかい分類学」という連載記事に、「今月の種族:座標族」として、ULSEのメンバーと一緒に紹介されました。

    ・・・「珍種」で悪かったな。だいたい、「座標」ってなんだ。

    記事はまあ、ポジティブだし、全体にこう、茶化したような書き方なのは、そういう趣向の連載のようだからいいんだけど。「珍」も充分、自覚していることも認めよう。

    でも、「アウトドアズマンで、地形、建物、道路などには興味津々。だけど、動植物にはあまり関心はない」って誰のことだよ。そんな、都市の外へ出ないと「動植物」も「アウトドア」も見つけられないような連中に「ナチュラリスト度は低い」なんて言われたくないね。(←シャレ記事に怒ってどうする)

    どうせなら、「都市はアウトドアだ! アーバン・ナチュラリストが彷徨する都会の春」くらいの特集記事を組んでくれないだろうか。それともやっぱり、読者層的マーケットを考慮すると、木でお椀作って森がどうのこうの、よりも先へ行けないんでしょうかBE-PAL。まあいいけど。

    2005年3月 9日

    ハルガスミ・オンライン

    イワサキヒロノリ&春の告白プロジェクトプリゼンツ「春の告白」blog

    早速登録しました。
    皆さんもよろしければどうぞ。
    全国から集まると面白いんだが。

    僕も以前、似たようなことをやったことがありました。
    cbg:春景プロジェクト
    春景2002

    当時、GPS位置情報もブログもなく(知っていたら使えるわけでもないが)、メールで募集して、送ってもらった投稿文や写真データを手作業でファイルに貼付けた。
    けっこうな手間だったが、日本全国から「春のたより」が届くのはなかなか楽しかったのだ。

    2005年3月 7日

    出張地上絵師、目黒へ。

    金曜日。
    去年竣工したプロジェクトの打ち上げパーティーに呼んで頂いた。
    北品川から屋形船を仕立てて、お台場、隅田川河口を巡る宴会。
    海上は遮蔽物がないのでGPSの受信状態は最高。
    軌跡が、陸上ではお目にかかれないような、大きな弧を描いているのが印象的であった。


    土曜日。
    朝から晩まで、テレビ番組の収録。
    こういうのには初めて参加したが、なんとも興味深い体験だった。

    いつかお会いしたいと思っていた地図の達人にお会いして著書にサイン頂いたり、昔からずっとテレビで見知っていたタレントと「なま」でお会いしてフツウに会話までしちゃったり、そういうのもなかなか得難い機会ではあったのだが、何より、テレビ番組を作っている「現場」の雰囲気が楽しかった。どの分野によらず、何かを作ってる現場に特有の「プロ集団の緊張感と無駄のなさ」を目の当たりにすると、心打たれちゃうのである。スタッフの皆さんももちろんだが、タレント/芸人さんら「テレビに映るプロ」の、「撮影中の振る舞い」がほとんど感動的であった。あれはやっぱり、生半可な才能とスキルじゃないぞ。

    僕は楽しんでしまったが、あとは、僕なんかを出したためにつまんない回になっちゃった、なんてことにならぬよう、うまい編集が行われることを祈る。

    番組はテレビ朝日の「タモリ倶楽部」。放送は4月1日と8日の予定。
    もしよろしければご笑覧くださいまし。
    GPS地上絵ネタ。詳細は、番組放映後、ということで。


    日曜日。
    子供らと一緒に自宅で過ごす。
    久し振りに庭の手入れを少しした。

    枯れて無くなってしまったかと思っていた、モーニング・スター・セッジ(Carex grayii)が、花壇から外れたところに株を作っているのを発見した。よかった。これは増やしたい。日本では、園芸店で売っているのをまだ見たことがない。検索しても日本語のページに当たらない。常緑だし、けっこう可愛いと思うんだけどな。グラス類でも、ペニセタムは園芸店の店頭にも種類が増えてきたが、カレックスはまだ少ない。ちょっと地味だからかもしれない。

    2005年3月 3日

    地上の星、天上の桜

    今回、GPSMap60CSと一緒に、アメリカのRAM社製のバイク用マウントも購入した。これでバイクや自転車のハンドルにGPSを固定する。短い金属のアームがついていて、向きを自由に変えることができる。これまで使っていたeTrexよりも画面が大きくて、カラーなので、自転車をこぎながらでも現在位置やルートの確認が容易だ。じつに面白い。これのおかげで、自宅—保育園ー調布駅の、新しい、より早いルートを発見してしまった。路地を抜けたり、公園を突っ切ったりするので、同乗の息子も大喜び。

    そんなわけで、自宅を出る際にGPSの電源を入れ、衛星を捕まえて測位し、ハンドルマウントにぱちっと固定して出発する毎朝なのだ。あまりに面白いので、電車の中でもドア際に立って「京王線による移動」の軌跡を記録しつつ、画面に表示される沿線の地図を同時進行で眺めたりしているため、通勤時の読書が進まない。明大前を過ぎて沿線の街が建て込んできて電波が途切れると、しぶしぶGPSをポケットにしまって本を開く(←ばか)。傍から見たら、完全に変なヤツだと思う。ほっといてくれ。

    「桜が創った『日本』 —ソメイヨシノ 起源への旅ー」は、目から鱗がバラバラと落ちて、歩くとジャリジャリいうような読書になり、あまりのことに、2回読んでしまった。僕だって樹木について、少なくとも建前としては素人ではないし、ある仕事の際にけっこう詳しく調べたこともあり、ソメイヨシノの人工性や、桜をめぐる言説について、それなりに見識を持っているつもりではいたのだが、これはやられた。特に第3章、著者がそれまでの丁寧な検証をふまえて、ちらっと腕時計に目をやって(みたいな感じがする)、では行きますよ、とペースを上げてからの「スピード感」がたまらない。

    しかし最近、やたらと「目から鱗」体験が多い。もしかすると僕の目というのは、ふし穴に鱗がぎっしり詰まってるだけなのかもしれないな。

    取り急ぎ、特にラ系の諸姉諸兄、今年のソメイヨシノが咲く前にお手に取ってどうぞ。強力にお勧め。

    2005年3月 2日

    杜の都のかつての。

    国土地理院の空中写真閲覧がいきなりすごいことになっている。
    空中写真検索-索引図(全国)
    北海道を除くほとんど全国をカバーした。
    例の「戦後すぐ」の写真はまだ、範囲に限りがあるが、

    公開する空中写真のうち、仙台市については、米軍が昭和30年頃に撮影した写真と、国土地理院が平成に撮影した写真を閲覧することができ、この間の変化を比較できます。

    ということなので、仙台を見てみる。

    空中写真索引(仙台東北部)

    すごい。あの「卸町」のあたりも一面、田んぼである。圃場整備される前の田んぼのようだ。機械農業の効率のために整形化される以前の田んぼは、田の面積よりも、水をたたえるための水平の確保が優先されているから、「微地形コンシャス」な形状をなしていて、畦が細かい等高線を描いている。
    仙台平野には、「高屋敷」とか「北在家」とか、なんか魅力的な地名が残っている。当時、それらがイグネに囲まれた、はっきりとした輪郭の集落だったことがよくわかる。
    自衛隊駐屯地は、平野の部分と市街地へ続く台地の部分とにまたがるように配置されているが、ちょうどその標高10mくらいで、農地の色がくっきりと異なる。たぶん、畑地と水田の違いだろう。その後の市街化の推移にも反映されているようだ。なるほど。

    いけねえ。こんなことしてる場合じゃないんだが。

    2005年3月 1日

    I'll be there

    買ってしまった。。。

    しかも、通販の配達が待ちきれず、五反田のSPAにお邪魔して(だって、卸元のいいよねっとが品切れだったのだ)、店頭で直接購入した。でも、スタッフの方にいろいろとお話を伺えたので、それはそれでよかった。

    「パソコンが買えるくらいの値段でGPS受信機を買うのか」「もう2台も持ってるじゃんか」「そんなの何に使うんだ」「使い込んでるヒマあるのかよ」などなどの、突っ込み/当然の疑問/お叱りその他に対しては、はっきり申し上げまして、まったく返す言葉もありませぬ。

    カラーの大きな液晶画面で日本語仕様で詳細地図入りで、電子コンパスも高度計もあって、ルート検索やナビゲーションができる、ほとんど「持ち歩くカーナビ」である。衝動買いをためらう値段ではあるのだが、SPAの方に聞いた話では、供給側の予想を遥かに上回って売れているそうだ。現在、製造が追いついていない状態で、品薄/品切れはしばらく続く模様。わりと年齢の高い、仕事をリタイヤしたような男性が特に購入しているらしい。

    たしかに、詳細地図入りで、ナビ機能満載のモデルというのは、むしろ初心者向きみたいなところがある。よくわからないユーザーがいきなりGekoを渡されても、途方に暮れるだろうし。

    でも、詳細地図入りのLegend-Jを使ってみて思ったことだが、道路地図が入っていると、街を歩いていても、自分が「道路だけを歩いている」ということに慣れてしまうのだ。いやもちろん、道路だけを歩いているのは当然なんだけど、なんというか。

    たとえば素のeTrexとかGekoとか、地図なしの廉価モデルGPSを持って街を歩き、何もない画面に自分の軌跡だけが描かれてゆくのを見るとき、「どこへでも行けるわたし」が「たまたま『道路』を歩いている」というような、ここが道路ですらなかったころからあった「地表」と「わたし」が直結したみたいな、何とも言えないザラザラした「地面の手触り」を感じることがある。これはたぶん、地図なしモデルでしか味わえない「原初的GPS感」とでもいうべき心持ちである。

    だから3種類くらい所有していたっていいのだ。(←誰に言い訳してるんだ)