2005年2月23日

hang on and hang in there

本江さんのblog
Motoe Lab, MYU: 宿命を超えて、自己を超えて
に取り上げられていた記事。

・・・現代版の藤村操だなあ。

どんな出来事だって、時代的社会的文脈があるわけで、どういう深読みのしかたもあり得るし、いかなる教訓でも引き出すことはでき、それに関するどういう論考でも「間違い」や「正解」はないだろう。共感するにせよ嫌悪するにせよ。だから、それについてどうこう言う筋合いはぜんぜんないんだけど。ううむ。

まあ、あれだ。「世間の価値観的にまっとうな生活」に過ぎない、「必ずしも幸せとは言えない」ばかなサラリーマンとして、あくせく働かなくても食っていられるという事態が不思議ではない時代を享受している連中をも支えるために、今日もあくせくと文句も言わずに働いてやるぜ。

ついでに、この時期、就職活動なんかで走り回っている学生さんたちにエー?を送るぜ。頑張れよ。

トラックバックURL

このエントリーのトラックバックURL:
http://fieldsmith.net/mt/mt-tb.cgi/296

コメント

ここまで極端では無かったにしろ、
昔のわたしもこんなだったな〜、と思い
感慨深く読ませて頂きました。

うー、しかし生々しい...。

そうなんですよね。
文章に妙な説得力というか、リアリティがあって、「う」という感じ(←どういう感じだ)。

考えてみたら「藤村操」はいくらなんでも古かったな。
現代版「二十歳の原点」というべきか。

彼のblogに書かれている薬(パキシル)と行動をみる限り、
重度のうつ病のように見受けられます。

それプラス、藤村操的思考があるような。
そんな感じがしました。

−リソース記事として、blogで引用させて頂きました。

おお。見ました。わたしの中のケモノ。

たしかに、「飼いならす」というと、なんか矮小化してしまうような、それはそれで残念な響きがしますね。

僕の場合は、どうだろうなあ。
ケモノだと思って育てていたら、明るいところで見てみたらロバだった、というおもむきです。

コメントする

(初めてのコメントの時は、コメントが表示されるためにこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまでコメントは表示されませんのでしばらくお待ちください)