・商店街の紅白幕
似たような話を聞いたことがあった、と思ったら、サカイさんからだった。
都内の住宅地にある商店街に建設された葬祭場が、地元商工会の激烈な反対運動に遭い、撤退した、という話だ。その商店街の場合は、斎場が建設されて開業してから、反対運動で「追い出された」。近隣との合意ができていなかったのか、あるいは何か行き違いがあったのかもしれないが、商店街は強力な団結と実行力を示し、すでに営業している斎場の周囲に紅白の横断幕(手法が共通しているが、もしかして常套手段なんだろうか)を巡らせたりしたそうで、ちょっと凄まじい営業妨害である。その時期にその斎場で告別した人は実に気の毒だ。斎場なんていう、心理的にデリケートな顧客を相手にする商売としては、かなり差し支えただろう。1年くらいして葬祭場は撤退し、その後は学習塾とカプセルホテルになったそうだ。「葬祭」は排除し、「教育」「宿泊」は許容したわけで、斎場を排除しようとする心理は、新参者への態度ではなくて、葬祭施設への忌避なんだろう。
昨今、冠婚葬祭の「冠婚」は先細りだが、「葬祭」は右肩上がりなんだそうである。つまり、これから結婚したりする人口は減りつつあるが、これから亡くなりそうな人口は増えている、ということだ。
斎場というのは、駐車場さえ確保して、どこかにバンケットを設置できれば、建物自体は「形式フリー」だから、あんまり敷地形状を選ばない、コンバージョン向きの施設である。隈研吾さんのM2(自動車販売店だったやつ)も葬祭場に変わったし。
マーケットが増大してるんだから、斎場は今後、増えこそすれ、減ることはないだろうし、経営側にしてみれば、公共交通へのアクセスは重要で、街中に、できれば駅前に作りたいくらいだろう。
だから、これからこうしたF町のような軋轢はますます増えるんじゃないだろうか。
品川区は住民の反対でどこにも火葬場を作ることができず、結局、埋め立て地の海際に建設した。まあ火葬場と葬祭場は、法的にも、内容も、いささか異なるけれども、地元に建設されることを拒む「根拠」は似たようなものなような気がする。
考えてみたら、葬儀に特化しているという点で、斎場ってきわめて近代的というか、現代の都市に特有な施設である。人の死が、共同体にとっての意味を持つようなものであれば、実務を(お金で雇った)プロに外注する必要はないし、死をオフィシャルなものにする(引導を渡す)のは、共同体を束ねる宗教の役割だっただろう。実際、そういう「前近代的」なコミュニティが生きていれば、葬祭場に用はない。僕の祖父が亡くなったとき、葬儀は祖父母や両親が通うキリスト教会で執り行われた。死亡診断書は医師によって書かれ、火葬は公営の火葬場で行われ、死亡届は市に提出され、と、祖父の死を法的にオフィシャライズしたのは行政だったが、スピリチュアルな部分は教会という「コミュニティ」が受け持ったのだ。
でも、一方で、かつてよりも簡素化したとはいえ、それなりのセレモニアルな施設の需要があるということは、人の死には「まだ」ある程度の人数が集まる「葬儀」が必要とされている、ということでもあるわけだ。死がもっと個人的なものになってしまえば、それはそれで葬祭「場」は必要なくなってしまう。そう思うと、いまの斎場はちょっと中途半端な、一種の「過渡期」の施設にも見えてくる。
死に関係する施設やイベントを忌避する心持ちはなぜか、という議論は難しそうだが、もしかすると、葬祭場が結婚式場と一体になったもの(キリスト教会がそうであるように)として発達していたら、いまのそれほどには排除の対象にならなかったのかもしれない、なんて思ったり。