2005年1月30日

ゲニウス・ロ樹

日曜日。
先に記した、60年前の空撮で見つけた、気になる「巨木」の跡地を訪問する。

現在の空撮で確認すると、調布第一小学校と新甲州街道との境目あたりにある。道路に当たっていたら完全にアウトだし、小学校の敷地でも、校庭の真ん中とかならともかく、裏手のようだし、残存はほぼ絶望的だろうと思っていた。のだが、自宅に持っていた、調布市教育委員会発行「調布今昔写真集」(1974)の中、「昭和28年に移転したばかりの第一小」という写真に、それらしい「樹影」を発見。

写真の説明文に、「背景の森は若松稲荷神社です」とある。おおっと。稲荷社だったのだ。これは、痕跡が残っている可能性もあるぞ。

というわけで日曜日。
2歳の息子と7ヶ月の娘を文字通り小脇に抱えて現地調査。第一小学校へ行ってみた。

現在の第一小学校の様子。

学校の敷地沿いに、甲州街道側へ回る。

調布駅前交差点から西へほんの数十メートル。
電通大の門の向かいあたり、歩道沿いに稲荷社はあった。

若松稲荷。

小学校の敷地に食い込むように建っていた。
小さな境内は、キレイに掃除されていて、この神社がまだ「現役」であることを窺わせている。
あきらかに老齢の巨木が数本、残っている。

目通り(幹周)ざっと3.5m。

樹種は、Quercus myrsinaefolia、シラカシだった。ケヤキやクスノキといった牧歌的なものじゃない。潜在自然植生じゃないか!(←突っ込み不要)
たぶん、写っていたのは単独の樹木ではなくて、この神社の樹林だったのだろう。そのうちのひとつがこの木だったことは大いにあり得る。根本は傷みが進んでいて、余命はあまり長くないように見えた。


落雷か、風害だろうか。地上10数メートルで折れた跡がある。以前はさぞ雄大な樹形だっただろう。


鳥居を挟んで向かい側にアラカシの大木。一見それほど大きな木に見えないが、根元が株立ち状になっているところを見ると、これも巨樹が一度倒れてまた萌芽したのかもしれない。

以上、土地の記憶に耳を澄ます週末プロジェクトのささやけき成果でした。

これは、フィールドワークを終えて「キツネワンワン」に別れを告げている調査員2号。

眠い。なぜだ。

木曜日。
昼間。職場のモデルショップ・コーナーで集合住宅の中庭の模型(たいした模型じゃねーけどよ)を作っていたら、通りがかりの人に口々に石川さんも模型作るんですねと言われた。
夜。千葉大の木下さんのお声かけにて、高橋さんも交えて造園学会全国大会の学術分科会への仕込みミーティング。木下さんが持ってこられた資料が感動的に目からウロコなものだった。去年暮れの東京キャナル展示会の前に見たかった。いや、思い至らなかった僕がバカで迂闊だという事実もあるんだけど、それにしても実に議論を喚起する内容のもので、誰も止めるヒトがいないのを幸い、例によって皆のアイデアは暴走し、でも久し振りに味わったその暴走ぶりが楽しくて、なんかこう、いろんな問題が解決したかのような、無根拠な良い気分になって終電で帰宅。ふっふっふ。

金曜日。
子供が風邪をひいたため保育園をお休みすることになり、朝、珍しく一人で家を出た。そうしたら、子供を前カゴに乗せていなくても、通勤路を自転車で行きつつ「おっと、今日は道路工事してないな」「あのバスはずいぶん混んでるなあ」「おお、モッコクの実がまだついてるねえ」などとけっこう大きな声で独り言をつぶやいてしまう、逐次音声記述型自転車漕ぎ手になった自分を発見した。
出社したら、仙台の八重樫さんからメールが届いていて、仕事の勢いと速度と正確さに驚嘆する。

土曜日。
午前中はテレビのニュース番組の取材と収録に応じ、午後はネット関係の会報誌の取材と撮影に対応。カメラを向けられながら無意味に自転車で近所の道路を行きつ戻りつする自分を恥じる気持ちが次第に擦り切れて薄くなりつつある。・・・どうしてこんなことに。
でも、特に午後のインタビューは面白かった。取材に来られたライター氏は、いまどき珍しく、記事の企画書と見本誌を数冊、事前に郵便で送って下さった。
ここ最近、キュレーションや編集のプロとご一緒する機会がしばしばあるんだけど、優れた編集者と接するのは楽しい。以前、コンフォルト誌の豊永さんが「こんな面白いことしてる人がいるよ、って別な面白い人に伝える仕事なんですよ」とおっしゃっていたのを思い出す。

2005年1月28日

本業副業に奔走するわたし

こんなのをさせて頂くことになっています。
路上観察で庭を見てみよう●風カルチャークラブ

最初は、外へ出て、都営スタイルあたりを皆さんで散歩しようと思っていたのだが、スタッフが都の住宅局に問い合わせたら断られた(まあ、そうだろう)。
ので、今回は屋内でスライド会にし、あとは皆さんで実際に歩いてみて下さいと告げる、という趣旨になった。

プロフィールが、ウェブサイトから適当に再構成してくださったようで、いささか妙なことになっているが、あとでちょっと訂正をお願いしておこう。
でも「本業副業に奔走する」というのは可笑しい(僕が書いたんじゃありません)。
怠け者だし、「奔走」してるつもりはないんだけど。お会いしたとき、そういう印象を持たれたのかもしれん。。。

2005年1月26日

トリの目

カシミール3D Ver8.5.0 バージョンアップ情報

うわー。カシミール3Dがまた、すごいことになった。
すでに、これなくして仕事できないくらい使っているが、近年、仕事以外のカシミール率がますます上昇しつつあり、睡眠時間が削られる。。。

せーの、パッチ・コリドー・マトリクス!

  • Monica G. Turner、Robert V. O’Neil、Robert H. Gardner著、中越 信和、原 慶太郎監訳「景観生態学—生態学からの新しい景観理論とその応用」文一総合出版、2004

  • 和訳が出てたのか!出版は去年の9月。見過ごしていた。なぜだろう。きっと「景観生態学」なんて訳すからだ。題名で、無意識に「景観?パス」と素通りしていたんだと思う。景観ねえ。下手に日本語に当てはめずにそれこそカタカナで「ランドスケープエコロジー」でいいじゃんかよ。と思うんだけど。
    それはそれとして、やっぱり日本語版は読むのもラクだし、いや、よかった。すばらしい。ネタ満載。しばらく、鞄の中に入れて持ち歩くことになりそうだ。「日本景観生態学会」というのがある、ということも初めて知った。なんという迂闊な。入会したい。どこへ問い合わせればよいのやら。

    先週今週のその他の通勤本:

  • 広瀬和雄「日本考古学の通説を疑う」洋泉社新書y、2003

  • なぜか古墳に興味がわいてきた(なぜかじゃねえよ)ので。これは読了。本文中、著者が執拗に考古学界の問題糾弾を繰り返していて、まあ、どの分野にも似たような「問題」はあるのだなあと。その点はちょっと辟易するが、前方後円墳のカタチについて、方形はヒトの領分、円形はカミの領分、なんて解釈に鳥肌。

  • 日本数理社会学会監修「社会を<モデル>でみる 数理社会学への招待」勁草書房、2004

  • いきなりは難しそうだが、様々なサブ分野を網羅していそうだし、まあわかるところから拾い読みしようかと思って。

    見知らぬ過去

    60年前の調布風景の続き。
    jm@foo: 航空写真を並べてつなげて眺める
    で元永さんが作られた画像がすごく便利なので、それを勝手に使い回し。

    先に書いたように、カシミールの地図画像作成機能を使うと、画像を256色BMPに変換して「ビットマップ地図」として開き、ポイントを3つほど選んで緯度経度を入力するだけで、「なんちゃってオルソ化」した空中写真になる。実に簡単。作業時間5分。これはラクだなあ。もっと広範囲作ってくれないでしょうか元永さん(笑)。

    調布駅付近から北東方向。

    白く映っている四角い区画は、当時の調布第一小学校、現在の南口広場だ。中央の、樹林の濃いところは布田天神と電通大。甲州街道に沿って、宿場町はまさにシュクネギ状態。


    取り貯めた「eTrex軌跡」を表示してみた。武蔵境通りとか、三鷹通りとか、新甲州街道とか、当時は道路がなかったものもあるが、その他はおおむね、現在の道路に引き継がれている。こうして自分が普段歩いている位置を重ねて見ると、なんかこう、時間の層をめくってみたような不思議な気分になるな。


    画面中央に、ものすごい大きさの樹木が映っている。画像で測るかぎり、樹冠は30mくらいある。クスノキか、ケヤキか。屋敷林でなく、農地の真ん中に独立している。樹高は20〜30mあっただろう。京王線から見えたんじゃないだろうか。


    まったく同じ場所と構図で、2000年撮影の空中写真(プロアトラス航空写真・SkyAtlas東京横浜を使用)。巨木のあった場所は、新甲州街道に当たったか、あるいは現在の第一小学校の敷地内。いずれにせよ、切り株の残存も望み薄だが、見に行ってみよう。
    これを見ると、街道は「幹線道路」に変化したものの、そのことで用途地域的に「街道沿いのメリット」を供しているため、敷地のシュクネギ性が保たれて、それが細長いビルを林立させる先行形態になっている(たぶん)。

    2005年1月25日

    調布1946

    jm@foo: 航空写真を並べてつなげて眺める
    うわ。これはクレバーだ。使えるじゃんか。フォトスティッチ。

    せっかくなので僕も、以前に作ったファイルをアップロード(なんか、ほとんど「地図Night-2 オンライン前哨戦」といったおもむきだな)。ファイルの日付を見たら、2年以上も前だった。その頃は、こんなのを見せる相手が周囲にいなかったので、「死蔵」してあったのだ。ターゲット地域は元永さんの作業対象と同じ。

    僕は、フォトショップに読み込んで、手作業でつなげた。いや、時間がかかった。そのあと、解像度を落としてBMP形式にし、カシミールに「ビットマップ地図」として読み込んで、目標物を適当に選んで緯度経度を与えて「なんちゃって簡易オルソ化」をした。画像の歪みまでは修整できないので多少のずれはあるものの、地形データと合成したりすると、ちょっと迫力のあるリアリティが出る。

    昭和21年ごろの調布。

    佐須付近の上空から深大寺方向を見る。
    ちょっと崖の位置がずれているが、佐須の水田の谷津地形がよくわかる。
    この谷津は現在でも水田風景の残る、調布では貴重な地域。


    八雲台付近上空から深大寺方向を見る。
    野川が農地の中を蛇行する護岸のない川であったことがわかる。ただ、画面左上、現在の武蔵境通りあたりまでは河川改修が進んでいる。全体に屋敷林が目立つが、意外にも崖地には緑が少ない。やはり、現在崖線を覆う樹林は、戦後になって(放置されて)成長したようだ。


    ほぼ同じ箇所を見たもの。1992年撮影。佐須に残る水田と、直線に改修された野川。


    これが、なんと甲州街道。現在の旧甲州街道の布田駅前あたりの上空から新宿方向を見る。
    街道に面した屋敷群と、そのバックヤードを覆う屋敷林が、街道沿いを一種のグリーンベルトにしていたことが見える。その背後には農地が短冊状の地割りになって続いている。

    僕は特に懐古趣味ではないんだけど、この甲州街道は見てみたかったな。

    2005年1月23日

    味噌煮込みトーマス

    土曜日。
    朝一番でレンタカーを借り、カーナビを金沢八景にセットして関東学院へ。中津さんに、この秋から僕がお手伝いする、学部2年のスタジオの講評をやるので、参考に見ておくように、とお誘い頂いたため。「ご家族でどうぞ」と言われたので、本当に家族4人で出かけた。

    調布〜横浜市金沢区の距離を甘く見ていたため、着いたのは終了30分前。教室ではすでに最後から2番目のグループがプレゼン中だった。失礼なことをしてしまった。

    いやしかし、学部2年って、みんなほとんど「子供たち」のように若い。こんなだったっけ。数えてみたら、彼ら(の大部分)とは20歳も開きがある。生物学的な子供としても法的にあり得る年齢差。いつの間に、いったいどうしてこんなことに。

    会場には中津さん田島さん田中キミさん納村さんが椅子に並んで足と腕を組んで座っていて、まるで東京キャナルの再来のよーであった。クリティークも、田中さんがクールに淡々と分析し、納村さんが後輩に話すみたいに励まし、中津さんが関西弁で締めを述べ、田島さんが「まとめ」をするという、キャナルそのまんま。

    発表されていた成果品は、思ったよりもずっと達者な、それなりに見応えあるものだった。まあ、隙だらけで稚拙だが、それでも「否定するよりも補強したくなる」ようなものだった。僕は、自分が学部2年のときにどんなだったか、を思い出して、あまり(というかまったく)期待をせずに出向いたのだが、良い意味で裏切られた。20年前の自分を深く恥じる。

    中津さんは、最初の頃に比べると雲泥の差だ、と言っていたが、その「泥」のときを想像するのはちょっと怖いものの、最後にこんなふうにインプルーブしてくれるのなら、そんな「手応え」の悦びがあるなら、スタジオを見るのもぜんぜん悪くないぞ、と期待を抱いた発表会でした。

    日曜日。
    急遽、現場へ出かけた妻は留守、僕は子守り(最近、週末はこればっか)。午前中、NHK教育の「新・日曜美術館アーキグラム展←まちがえたアーキラボ展だ、訂正。五十嵐太郎氏出演」を観る。つくづく、五十嵐さんはこういうの適任である、と思う。なんか、落ち着いて観ていられる。はなさんとのカップリングがまた絶妙である。この出演者の組み合わせで、シリーズ化してほしいくらいだ。「趣味の園芸」みたいに。「趣味の建築」。妻に頼まれて録画した。たぶん再放送があると思うが、「見逃した、DVD貸してくれ」という方はお申し出ください。

    外がやけに寒かったので、子供たちと一緒に終日家で過ごした。子供2人とも機嫌がよく、おだやかな一日だった。。。7ヶ月の長女が、僕が食べようとしていた味噌煮込みうどんの丼に手を伸ばしていきなりひっくり返し、中身がソファーと絨毯と、2歳の長男が組み立てつつあったプラレールの上に飛散して、リビングが「戦場」と化すまでは。

    大阪ってどんなですか調査

    (あるいは「先行デザイン」をもっと楽しむためのウィークエンドプロジェクト)

    「先行デザイン宣言」の、今回の10+1誌上で提案されているプロジェクトを拝見するに、残念なのは僕に大阪の土地勘がほとんどないことである。特に、最後のほうの埋め立て地改造案や首都機能移転のようなスケールの提案において、その形や内容や、計画のプロセスは刺激的だが、僕自身が実際の土地の様子を知らず、あまり具体的なイメージがないため、大阪をよく知っていれば味わえるかもしれなかった「ここにこれ作っちゃうのか!」「この手があったか!」というような興奮を得損ねているような気がするのである。

    そういうわけで、そこに生活してみて感じるような、「土地の気配」はいきなりは無理だとしても、せめて大阪および周辺のアウトラインをツカむべく、手持ちの資料とネット検索で、安易で初歩的な「自宅週末地域解析作戦」をすることにした。
    ツールは「カシミール3D」、国土地理院の全国50mメッシュ標高データ、カシミールの解説本に付録でついてきた地形図、およびデジタル・アース・テクノロジー(株)の「スカイビュースケープ・世界衛星画像」。

    1.まず、ランドサットの写真を眺めてみる(いつもの手順である)。

    大阪平野、奈良盆地、京都盆地がべたっと都市化しているのがよくわかる。
    紀伊半島を東西に横断している中央構造線がすごい。
    しかしまあ、このスケールで見ても関西空港というのは過激な構築物である。東京の中央防波堤とタメ張ってる。

    2.もうすこし寄った衛星写真。

    大阪湾の海岸線はたしかに、いかにも「道路」的な構造物に占められている。
    平野南部をよく見ると、小さい緑の「ぶつぶつ」が見えるが、これが古墳群である。
    写真の左上のほう、六甲山の北あたりの丘陵地の緑が、やけにモザイク状に減色しているのが気になるが、

    3.その部分を拡大してみたら、なんとゴルフコースの海である。

    すげー!千葉の「ゴルフ銀座」以上の密度かもしれないぞ。

    4.衛星写真1とほぼ同じスケールの地形図。

    見比べると、都市化がほんとにきっちり平野に沿っていて、都市の形が地形を浮かび上がらせているような感じだ。

    5.地形図の色分けを変えて、海抜10m以下をブルー系にしたもの(東京キャナル以降、凝ってるパターン)。

    低地のこまかい標高差を表示させてみると、平野が意外な相貌をあらわす。

    6.地図を重ねたもの。

    京都に比べると、奈良の標高がけっこう高いことがわかる。というか、京都盆地が内陸のくせにずいぶん低い。京都盆地って、思ったよりも南へ広がっている。京都の市街地は「底」にあるわけではななくて、盆地の北半分の「南斜面」に引っかかっている。京都盆地の最低地は巨椋池だったのだ。ちょうど水色で再現されている。わかってなかった。。。巨椋池のほとり出身のくせに。

    7.大阪平野南部の地形。

    画面の下のほう、斜面にニキビみたいに古墳群がある。この地形データは50mメッシュだから、つまり、古墳は50mのピクセルでも「地形」として拾われるようなスケールだということだ。
    気になる点が二つ。
    なんといっても、平野の中央に横たわる上町台地が目立っている。まるで防波堤みたいな形だ。これはどうした事情によるものか。
    もうひとつは、画面の下1/3くらいのところを「東西」に横切っている川である。生駒山地の南端から平野へ流れ出て、どう見てもそのまま北へ流れていきそうな川が、斜面を横切って大阪湾へバイパスしている。きわめて不自然。

    まずは、「上町台地+地質」で検索。
    http://www.hp1039.jishin.go.jp/kozo/Osaka7/2-1-3.htm
    文部科学省の地震調査研究推進本部のサイト内、大阪平野の地質と地形概要ページ。
    「大阪堆積盆地の東西地質断面図」がよくわかる。生駒山と六甲の花崗岩(まさに御影石)は、「基礎」としてつながっている。上町台地の左にエキスパンション・ジョイントがある。やっぱり断層だったのだ。なんか、生駒山が大阪を「押してきてる」みたいに見えるな。
    総合層序表によると、上町台地の「芯」の「大阪層群下部」というのはおおむね100万年くらい前に積もったものらしい。古い。当時、メタセコイアがいっぱい生えていたみたいである。大阪に。
    でもこの「アカシゾウ」ってのは何だ? 「アカシゾウ」で検索すると、
    http://www.city.akashi.hyogo.jp/sangyou/kankou_ka/kataru/
    そのまんま「明石象」であった。メタセコに覆われた、ゾウの行き来する大阪。すげー。

    8.大阪平野南部の地図。

    くだんの川が「大和川」であることを知り、「大和川+歴史」で検索。
    http://www.yamato.kkr.mlit.go.jp/YKNET/history/index.html
    国土交通省近畿地方整備局、大和川河川事務所のサイト。
    やっぱり付け替え河川だった。しかもけっこう古い。上町台地の東の低地が「河内湖」だったということも知った。なるほど。

    9.大阪中心部の、海抜1m以下の範囲を塗りつぶし。

    これが、今世紀中にそうなると言われている海面上昇で(堤防がなければ)浸水する範囲である。河内湖が「復活」している。
    近年の埋め立て地のほうが、海岸に近い陸部よりも標高が高くて、一種のリーフ状の地形をなしているのは、東京も同じだ。

    10.以下は、比較のために同じスケールにした地形図。大阪と、

    11.東京。

    つづく。(かもしれない)。

    2005年1月21日

    河原者ログ

    ラ系注目!
    大阪市立大学工学部建築学科の中谷ゼミナールにおける「庭ゼミ」の成果の一つとして、作庭書がテキストダータ化・公開されている。

    公開:作庭書

    ラインアップは、『作庭記』『山水並野形図』『嵯峨流古法秘伝書』『築山山水伝』『夢想流治庭』『築山庭造伝前編』。すばらしい。

    中谷ゼミナールのサイトはこちら。
    中谷ゼミナール/大阪市立大学工学研究科・都市系専攻・建築デザイン研究室
    中谷さんの研究・関心領域のダイアグラム(というかウェブ)に、ちょっと目眩が。

    2005年1月20日

    「ポイントマンDRM」

    歩行者ITS端末機

    マニュアルが僕には難しいが、拾い読むと、NMEA出力可能だとか、後ろ向き歩行の探知とか、「カロリー消費」まで推測する、とある。

    建物内の3次元軌跡。

    思わず電話して問い合わせてしまった。
    メモリー、ジャイロなしの評価版のパッケージで、45万くらいの値段。


    追記:
    この製品は、アメリカの軍事技術を民間に転用したものだということなのだが、その軍事製品のメーカーのページがちょっとすごい。
    Soldier Vision

    Soldier Visionの製品解説ページにある、「Unit Detection」とか「Ground Guidance」なんて、ほとんどゲーム画面みたいだ。敵味方を識別する矢印が出ているが、これ、バッテリーが切れたらやばいぜ。

    システムのデモムービーがある。
    Soldier Vision - Demonstrations
    なんか、ブレアウィッチプロジェクトとプライベートライアンを足して二で割ったみたいな雰囲気。

    日本の「ポイントマンDRM」のメーカーの、頭にGPSアンテナつけているお父さんの画像がじつに、のどかに見える。。。

    2005年1月19日

    植生.jp

    第6回自然環境保全基礎調査 植生調査 情報提供ホームページ

    ドメインはその名も「ベジテーション・JP」。

    これは使えるぞ(仕事に)。カバー範囲が早く全国に及ぶのを望む。
    いかにも「速報」という感じで、場所によっては色鉛筆の手塗りがそのままスキャンされていたりして、それもまた、なかなかよろしい。

    このへんの植生の凡例で、マングローブ群落とかソテツ群落とかモリヘゴ群落とか隆起珊瑚礁植生なんてのと、このへんのナガボノシロワレモコウ−エゾミヤコザサ群落とかツルコケモモ−ミズゴケクラスなんてのを見比べたりすると、ちょっとぞくぞくしますね。しないか。ふつう。

    にー、よん、ろく

    10+1という雑誌は、ちょうど新聞みたいに、丁寧にページをめくると読むところがいっぱいあって、1冊でも持ち歩いていればしばらく「保つ」。多くの記事は、けっこうな程度の建築や芸術や現代思想(的用語というべきか)の素養を前提として書かれた論文だったりし、しかも連載モノで、「前回の論考」を前提にしていたりし、つまり読者をえらく選んでいるので、迂闊に読むと眉間にタテジワの寄るごとき読書になる。でも、我慢して進むと、いきなり膝を打つような面白くも感動的な論文があったりして、それが「10+1的喜び」でもある。

    それでだ、巻頭に掲載されている、田中純さんの「都市表象分析19『土地の名』」において、10+1喜びを堪能したのだった。そうか、やっぱり地名か(なにがだよ)。住居表示による地名統合はやっぱり「ゲニウス消し」なんだろうな。

    10+1の「街路」特集に記事を書くべく、道路の名前をいろいろと調べていたときに思ったのだが、土地の文脈などとは関係なく決められたものでも、いつの間にか「固有の響き」を獲得して、ある種の「地名」となっていることがある。「関越」とか「東名」「中央高速」なんて名を挙げるとそれだけで、それぞれ独特のイメージが喚起されるし、もっと機械的効率的に決められた、数字が振ってあるような名前でも、「環八」「環七」「第三京浜」「246」など、固有の「匂い」がする。もちろん、それぞれの道路は「固有の土地」を通っているわけで、それが道路のキャラとイメージを成立させてもいるのだろうし、あるいは「環状八号」じゃなくて「カンパチ」と通称し始めるときに、「詩」があるのかもしれない。

    アメリカのインターステート・ハイウェイは、南北に走るもの、東西に走るもの、都市を環状にまわるもの、によって、奇数偶数や桁数に、じつにシステマチックに番号が振られている。でも、しばらく生活して慣れてくると、その「数字」に地域性というか、「土地」を感じ取るようになってくる。セントルイスを横切っているのは「I-55」と「I-70」である。「I-90」という番号を見ると、おおお北のほうだなあ、と、サウスダコタとかモンタナの雄大な風景が頭に浮かぶし、「I-5(アイファイブ)」なんて聞くと、シアトルからサンフランシスコ、モントレー、ロサンゼルス、サンディエゴへ続く西海岸の光景が浮かぶ。

    書いていて思ったが、市外局番にそういう「地理感」があるな。携帯に「06」なんとか、って表示されると、関西から電話やで、という感じがするし、01なんちゃらだといかにも北のほうからの電話に見えるし、09なんとかの電話はちょっとトロピカル。

    2005年1月18日

    ブラディ・サブジェクト

    AERAに「血液型性格判断」の記事、見出しにいわく「B型をいじめるな」。

    韓国でも血液型あそびが流行っているそうで、おそらくは日本からの輸入なんだそうである。世界的に、血液型に「凝ってる」のは日本と韓国だけなのだそうだ。

    僕は他人に血液型を当てられたことがない。しかし、「●型でしょ?」と言われる、その血液型はいつも、申し合わせたみたいに同じである。「ちがうよ」というと、一様に「意外だ」という顔つきをする。まずそれが神経に障る。

    血液型で人の見方や接し方を変えたり何かを納得したりはしゃいだりするようなやつは、仮にそいつと何かの仕事を一緒にしなければならないような場合は、狭い了見で浅い先入観に基づいて判断をする可能性が高いから気をつけよう、と警戒する必要があるけれども、通常はまあ、その程度の思考負荷を惜しむ「ばか」なんだなと思うまでだ。

    ただ、どうしても気になるのは、ある血液型について、自己中心的だとか自分勝手だとかいう決まり文句が当てはめられていることだ。しかも、往々にして、血液型あそびはその特定の血液型の人を探索するというやりかたで行われる(あいつはぜったい●型だ、というような)。その血液型は、たまたま、日本人(と呼ばれる集団)のなかでは相対的に少数である。そうした「希少性」と、「自己中心的」という、しばしば付和雷同的な人が、自分がコントロールできない人を指して呼ぶ言い方が恣意的に結びつけられているところが、なんかこう、日本の「マジョリティのいやらしさ」が露骨に感じられて、非常に気に入らないのです。

    僕に向かって血液型を聞いたり、話題を振ったりしないでくださいね。ほんとに。

    2005年1月17日

    LANDSCAPE EXPLORER

    土曜日。の続き。

    そんなわけで、妻のシェアオフィス在の建築家、オキザキさん、OMさんと久しぶりにお会いし、オフィスに置いてあった日経アーキのページをめくって、僕が関わった掲載物件をお見せし、「石川さんも設計の仕事ちゃんとやってるんですねえ」と納得いただく。 やってるってば。

    夜、まだ風邪が治らずに咳き込んでいるがび姐に電話をかけ、病人つかまえて1時間も長電話。いま、学校で教えているのは、そもそも修士取得のために実務経験が必要だったから、なんだそうで、そのうちまた大学院に戻って「言語教育」を研究するかもしれず、その際に誘われている研究もいくつかあったりするそうだ。「言語教育学」ってしかし、いきなり人間の本質と向き合いそうな、面白そうな分野だ。どこまで行くんですか。がび。

    下北沢の古道具店で買ってきた、昭和20年代モノの柱時計を居間に取り付けた。夜、子供たちが寝静まると、部屋に振り子時計の音がかちこちかちこち、染みわたる。ゼンマイを巻いて動かす時計というのは、「僕が時間を押し動かしている」ような気分になって、なんか、なんともいえない良い気分。

    さらに夜。何を検索していたんだったか忘れちゃったが、こんなサイトが。

    LANDSCAPE EXPLORER

    んまた、面白そうなことをやってる。関西方面。メンツもいい。「対談」のゲストの人選がまた。
    なんだよ、クツナさん、ちっとも教えてくれないじゃんかよー。

    続きを読む "LANDSCAPE EXPLORER"

    2005年1月16日

    ホソバトゲカラクサイヌワラビ(ワラビ科)

    金曜日。
    「10+1」30号、「都市プロジェクトスタディ」を買ってくる。都市連鎖研究を漁るため。しかしこれはいいものを見つけちゃったなあ。しばらくこれで精神的に食えそうだ。問題は、街や地図を何気なく眺めても、つい「これは都市連鎖だな」とか「おお、これは環境ノイズじゃないか」などと思ってしまうことだ。いや別に「問題」じゃないんだが。つまり、こういうふうに「使える補助線」を得るのは嬉しいが、僕の場合、自分なりの「接近方法」を借りてきた鋳型に嵌めて納得したような気分になってしまうことが多いので、気を付けないといけないのである。

    ついでに書店の医療関係の棚を物色。最近、医療、というか「健康・保健」のシステムに興味が湧きつつあり、なんかこう「保健とは何か」というような、背景と歴史と現代の状況をざっと俯瞰できるような入門書を探していたのだが、「保険と医療の人類学(世界思想社、2004)」という本を発見。題名に惹かれて手にとってみると、「石川信克/尾崎敬子監訳」とあった。おおお。石川信克というのは、僕の叔父である。原題に、Applied Health Reserch Manualとある。目次や序文を見るに、健康問題は地域や文化によって様々であり(それはそうだろう。健康という概念も文化によって異なるだろうし)、単に西洋医学的方法を持ち込んでも破綻する場合があり、そのために「途上国や異なる地域の保険向上の支援」のためには、人類学的な調査をもとにしたアプローチが必要である、ということを勉強するための教科書のようである。迷わず買う。

    帰宅したら、東京大学出版会から「新刊の案内」が届いていた。
    限定200部、全8巻セット、新装版「日本のシダ植物図鑑:分布・生態・分類」。「日本全国の実態調査で収集した、約900種、20万近い標本をもとに、日本産シダ植物の全貌を明らかにした画期的な植物図鑑」。セット価格、税込み22万500円。広告には、実物大の内容見本ページがついている。分布図と証拠標本の所在リストがすごい。これを見れば、ワラビ科のフトモシダ Microlepia marginata (Panzer) C. Chr. の全国的分布がひと目でわかるのである。。。俺がわかってどうする。それにしても、22万円じゃあ、会社に言っても買ってくれないだろうなあ。いったいどのようなマーケティングリサーチに基づいて、こんなコアな本の案内を僕の自宅に送ってくるのであろうか。東京大学出版会。面白いからいいけど。

    土曜日。
    あるプロジェクトの打合せのため、仙台の八重樫直人さんらが、わざわざ調布までご足労下さった。妻の事務所の打合せコーナーを使わせてもらったのだが、間抜けにも僕が鍵を忘れ、最初の1時間ほどは近くの喫茶店に居て頂いた。おまけに、打合せの後半、妻が子連れで事務所に現れたために、コドモが足元にまとわりついたりした。まったく、なんという。

    八重樫さんが遠路(といっても仙台なんて近いもんだけど)来られたのは、このプロジェクトの性格上、「建築のありかただけを考えても有効ではない」という問題意識から、ということだった。建築にしかできないようなことを建築でやろうとすること(むろん、その際の「建築」って何よ、という議論はありうるが、それはまあ置いといて)を真摯に実践している建築家が、「建築的建築の限界」について語るのを聞くのは僕は好きである。逆にそれが、建築家が建築の何に最終的に掛け金を置いているか、ということが浮き彫りになったりもして。ただ、そういう話題はしばしば、「ランドスケープはどうでしょう?」という設問とセットになるので、ふだん「造園的造園の限界」などにあまり自覚的でない僕はうろたえる羽目になる。今回も、僕が迂闊に「こんなふうにしたら」と言った内容に対して、八重樫さんに、それは建築からすると、とても建築的にフツウに見えるんだけど、ランドスケープ的にはそういうの新しいんでしょうか、と突っ込まれ、慌ててしまった。

    ま、しかし、それはそれとして、いろいろとエキサイティングな発見もあったし、楽しい打合せであった。それで、これもまた、佐藤師匠つながりなのだった。

    2005年1月14日

    言語道断

    まわりぶろぐ: 四文字熟語を2つあげて下さい。

    う。

    咄嗟に浮かんだのが、1:空前絶後、2:酒池肉林、だった。。。

    ちなみにサカイさんは「因果応報」「四面楚歌」。

    2005年1月13日

    地下鉄は接続する

  • 健康診断で半日ドック。朝から血を抜かれ、造影剤と炭酸ガスを飲まされ、被爆してきた。うう、胃が気持ちわるい。

  • さまざまな理由で寝不足が続いている。そのため、最近は電車で座席に座ると居眠ることが多くなってしまった(年齢のせい?いやそんなことは)。特に帰りが危ない。まず赤坂から千代田線に乗る。千代田線は、たいていは代々木上原行きなので、終点まで寝過ごしても、多少の「コース変更」で復旧が可能である。でも、たまに小田急直通の「多摩急行」というやつが来ることがある。これに乗り合わせるとちょっと緊張する。もし爆睡して終点まで行っちゃったら唐木田とかである。ダメージが大きい。千代田線は、西は小田急、東は常磐線に乗り入れてるから、迂闊なことができない。目が覚めたら本厚木、なんてことに。それで慌てて逆方向に乗り換えなおし、また居眠りをして、目が覚めたら取手、なんてことに。眠り落ちたまま神奈川県と茨城県を行ったり来たりすることに。おちおち居眠りできないぞ。ぐう。

  • 2005年1月12日

    慣れないこと

    最近、大島さんの日記に頻出するキーワード、「慣れない」。

    「慣れない」って冴えた言い方だ。広い意味でのデザインに関わる仕事をしている人はたいてい、この「自明とされていることを敢えて自明としないでみる」というような精神的な態度を身につけている。デザインの余地や可能性はえてして「あたりまえ」レイヤーをめくってみたところにあったりする。

    でも、その態度を維持するには、それなりの努力というか、心がけを要する。慣れないことは、物事を新鮮に捉え、日常をいきいきとさせもするが、僕らはほとんど根元的に、慣れたものに囲まれることで安息したいという欲求を抱えてもいる。

    「普請道楽のススメ」、写真だけ見ると能楽堂か?みたいな濃い住宅(断面は防波堤みたいでけっこう過激)、都心の「超・法規建築」、一見、古い建物のリノベーション物件のように見える店舗、と、脈絡なく見たら一人の設計者の建築に見えないような、これって「慣れない」の実践なんだろうと思ったのだった(一箇所だけ、『武蔵野』に『原生林』は存在しません。←細かい野暮な突っつきですみません。。。)。

    慣れないといえば、僕の周囲の人間で、日常全般、あらゆることにもっとも慣れていないのは2歳の長男だ。実に様々な物事に慣れていない。毎日、あんなに多くの些末な物事に、「未知なるもの」として出会うのはさぞ楽しいだろうなと思う反面、こんなふうにセンサーが過敏なまま入力系全開だと、一日でくたくたに疲れるだろうとも思う。

    もっとも、乳幼児でも、必ずしもつねに「慣れなさ」に喜悦をおぼえているわけではない。「慣れない」に対する端的な心理反応は「不安」と「恐怖」である。そして、物心つくかつかないかのころから、見知った人や物を自分の周囲にアレンジして、世界を慣れたものに改造しようとする。慣れてゆくとき、環境も僕らに慣れてゆく。「慣れ」は相互関係的であって、慣れるのは自分の居場所を広げ、自分の生存のニッチをより確かなものにしてゆく課程でもある。

    面白いのは、たとえばそれこそ「コップが浮かない」「さっきまでそこにあった固いものが急に消えることはない」「自立して動き回るものはそれ自体としてそこにある」というような、基本的な認識は、「慣れる」以前に本能として持っているみたいに見えることだ。赤ん坊は、親が教える前に、僕らが僕らを取り巻く世界を素朴に眺めているくらいの「常識」を、すでに身につけて生まれてくるみたいなのだ。

    ええと、あれ?こんな話を書くつもりじゃなかったんだが。

    ともかく、自分の仕事を振り返るに、色やカタチのレベルでなく、その「姿勢」について、「手持ちのカード」化しちゃいないか、という反省を促す(あいたた)ような、新鮮な気持ちになった本でしたよ。

    2005年1月10日

    環境リスクとしての喫煙

    がびのテラス @Perth
    そもそも個人的に信用しているヒトだけれども、今回のスマトラ沖地震の関係でも、そのへんの新聞よりもナマで的確な発信が続いていて目が離せない。ご本人と今週あたり、お会いできる予定。楽しみ。風邪なおしてくださいよ。がび姐。

    中谷礼仁・記録・2004-, Nakatani's Blography
    おお。こんなウェブログが。
    でもどうしてRSS feedがないんだ。不便じゃんか。blogのくせに。

    ■追記: ↑RSS feedが追加されました。素早い。サイドバーの下のほう。購読しよう。

    ■中西準子「環境リスク学」日本評論社、2004
    これは大変な本に当たったぞ。「環境危機を煽ってはいけない」以来だ。鷲谷いづみさんの本が、向こうが透けるくらい薄く見えるなあ(引き合いに出すのも何だが)。
    「本当に大事なこと」をわきまえ、かつ「共有」するのは難しい。しかし、工夫すれば「最適」な方向を示すことはできる、というのは、じつに励みになるし、そうした研究がリアルタイムで進んでいるというのはわくわくする。

    ところで、本文中に掲載されていた研究成果の一つによると、化学物質の「損失余命リスク」的には、ダイオキシンやホルムアルデヒドや粒子状物質と比べモノにならないくらい、ずば抜けて高いのが「喫煙」であった。。。

    「先行デザイン宣言支持宣言」

    金曜日。
    通勤帰路、田中さん強力お薦めの10+1最新号(No.37)を買った。特集は「先行デザイン宣言」。宮本佳明さんの「環境ノイズエレメント」研究チームと中谷礼仁さんの研究チームがタッグ組んだプロジェクトである。宮本さんの「環境ノイズエレメント」は以前から興味を持って拝見していたものの、それを「発見」って言われてもなあ、と思っちゃって(ラ系にしてみたら、あえて騒ぐようなサブジェクトだとも思えなかったので)、いまひとつ食指が動かなかったのだが、田中さんが何度も「読んで下さいよ」と言うので。ま、買ってみたのだった。相変わらず字は小さいし、混んだ電車のなか、疲れ目で読むには不向きな本だ。前半、面白そうな論文もいくつか目に留まるが、後回しにして特集記事を開いてみる。

    ・・・こここ、これは面白いじゃないか!(だからそう言ってるじゃんか)
    これは久し振りに「瞠目」という感じのものに当たったぞ。プロジェクトの具体性・個別性と、抽象性・普遍性のバランスもいいし。中谷チームの埋め立て地の改造計画(東京キャナルで埋め立てに参加したメンバーは必見)だけは、ちょっとこれは何だかな、と思ったのだが、記事の締めくくりに岡崎乾二郎さんがそこをちゃんと厳しく突っ込んでいて、それがまた腑に落ちる。冴えてる。推す。思い浮かぶことがありすぎてすぐには書ききれないが、とりいそぎ「先行デザイン宣言支持宣言」。


    日曜日。空は澄み渡り、乾いた冷風が欅の梢を揺らし、絵に描いたような関東平野南部の冬日。
    ベビーカーを仕立てて親子4人で散歩に出かけ、国立天文台のほうへ崖線を大沢に沿って下り、調布飛行場の「プロペラカフェ」で昼食をとった。ここは格納庫の一角をカフェにしてあるような、というかきっとそのまんまなんだろうが、その無造作な感じが好ましいし、片隅で売られている「航空系グッズ」だの、本格的なフライトシミュレータだの、コアな航空ファンの世界への入り口を垣間見させてくれるし、食事もそこそこおいしいし、子供連れでも気兼ねなく行けるし、よいお店である。

    調布飛行場一帯は、周囲から取り残されたような、戦前からあまり骨格が変わっていないんだろうと思わせる、わりと「なま」の風景がむき出しであるような雰囲気があり、しかし地図を見ると行政境界と地形とインフラの残滓が奇妙に絡んでいたりして、それこそ環境ノイズ的にはなかなか魅力的な場所である。

    息子は間近で離着陸する小型飛行機に驚喜し、チョロQみたいにゼンマイで動く飛行機のおもちゃを父親(僕)に買わせた。いまは布団に持ち込んで一緒に寝ている。

    2005年1月 6日

    都市建設の美的方面にも資したいと思ふ。

  • 今年は「新聞見ました!」という年賀状をいくつも頂いた。。。

  • 打ち合わせで帰国していた、OMAのシライくんが職場に立ち寄ってくれた(というか、近くにいると聞いて電話で呼び出したんだけど)。北京でCCTVの仕事をしているそうで、今年の3月からは常駐するとのこと。あの現場、なぜか仮囲いが高さ18mあるそうだ。すげー。なぜだ。そんなに危ないのか?たしかに「いかにも安全そう」には見えないが。ところでシライくんは、この夏キャナルでお会いしたWEST8のタジマさんと親しいお友達なんだそうで、要するに結局みんなお友達なのだった。つまり。

  • 父親の自転車を借りため、歩くたびに鍵につけてある鈴がポケットでチリンチリンと鳴って、一日、ネコになったような気分だった。スタッフのサカイさんが「ランドセルとかに鈴つけてるコドモみたい」だと言う。サカイさんちの方面では、鈴の音は子供と老人のイメージなんだそうである。これはいかにも都市部、というか下町の発想だと思う。鈴の音で子供の位置が特定できるためには、可聴範囲に特定の鈴音を識別するセンサーがたくさん配置されている必要があるわけで、そういう「よく知ったご近所の耳」による、LPS(ローカル・ポジショニング・システム)は密集住宅地じゃないと機能しない。住宅地図がスカスカの深大寺北町ではちょっと無理である。

  • 上原敬二「風景雑感」を持ち歩いている。
    ・・・或はまた、文化の都に現はれたる現代的の風景とも称される極端なる人為の力の現はれなる建築美、都市美の損存するものあつて、そこに人為と自然との対立によつて新しき意義に於ける人生建設の象徴たる総合美をも見られるのである。
     我々は原始的に保存されたる神秘の景観を耽美するの意識を養ふと同時にかくの如き人力の極致たる建築美をも味ひ得る包容力を養ひ、以て文化的に発展しつつある都市建設の美的方面にも資したいと思ふ。
     一国の歴史と、国民性と、趣味性とを離れて一国の文化や風景を批判するのは酷である、ハドソン河口より仰いだ大空に摩天楼(スカイスクレーパー)の塔上高く白雲のかすめて飛ぶ様に見入つたものは狭量なる自然風致讃仰のみを唱へる人よりは恵まれて居るものであらねばならぬ。
    1925年の本である。上原先生。教わりたかった。。。

  • 2005年1月 5日

    地表系ツールを持って街へ出よう。

    日が暮れてから、東大・駒場の生産技術研究所へお邪魔し、ピクニシェンヌ伊藤さん(今年は「戦うピクニシェンヌ』)と一緒に田中浩也さんの「GEOWALKER」ベータ・バージョンアップ版のデモを拝見しつつ、好きなことをああだこうだ言う「地表系って何・セッション」に行ってきました。

    研究室の前の廊下には、研究内容や実績のパネルが並んでいる。田中さんが軽く説明してくれたが、ビルの林立する都心で、ナブスターが見えないところ(衛星がビルの陰になっちゃうところ)を逐次描画するとか、センサーを車載して立体沿道地図を描いてゆくとか、レーザー光で歩行者の軌跡を描画するとか、GPSの電波を受信して、その生データに何やらのアルゴリズム(「Σ」がいくつも並んでいたので、何かを積分するんだと思う。たぶん)をかませると、原理的に数メートル(!)の誤差まで精度を上げることができるという研究とか、その他もろもろのリモートセンシングやらモデリングやらシミュレーション実験がずらり並んでいて、興奮した。すごい。「柴崎研プリゼンツ・空間解析のいま展」なんてのがあったらぜったい見に行く。

    実世界のデジタルコピーを作成し、それを使って実世界に起こる様々な問題の解決を支援するための研究や技術開発を行っています。(東京大学 柴崎研究室

    「実世界のデジタルコピー」。なるほど。

    GEOWALKERーβは、それなりに荒削りながら、そのまんま装着して持ち去って、東大キャンパスから深大寺北町までフラフラ歩いて帰りたくなるような「これは行けるぞ」的期待感を抱かせるに充分なデバイスになっていた。面白そーだなあ。あれ持って渋谷とか新宿とかを立体縦横無尽に歩きたい。六本木ヒルズの入り口で観光客に配ってあとで回収したりしてみたい。あるいは、「銀座の画廊地区での五十嵐太郎さんの半日」とか「東京の佐藤敏宏さんの夕方から夜」とか、ログ取ってみたい。

    「言いたいこと言う」は、前回と同様、ほんとに言いたい放題で田中さんを困惑せしめたが、「地表系でなく事態系」の伊藤さんの話が面白かった。伊藤さんの研究の興味は、ご自身による簡潔な文章がある。

    空間情報科学では,従来の地図上に記載されていた「もの」だけでなく,様々な情報を組み合わせることによって多様な「こと」をも表現し,捉えることが可能となる.我々が生きつつある世界は,本来多くの出来事によって構成されている.膨大なデータに基づいて世界の諸出来事を俯瞰できる空間情報科学の手法を活かしつつ,概念的なアプローチおよび具体的で定量的なアプローチの両面から,空間と出来事についての考察を進めている.(ito kaori website

    都市は都市的なモノであると同時に都市という「出来事」である。そりゃそうだ。つい、分けて考えてしまうのは、「モノ的側面」のほうが、伝達できる情報に加工し易いからだろう。逆に、「コト」も「コト層圏」を漂っているわけではなく、モノの上に展開し、モノの制約を受け、モノを作る。コトのひとつの断面をモノの座標においてみる、GISというのはそういうもんである。

    課題は、どういう種類の「コト」を、どういう風にピックアップしたら、より大きな範囲を説明したり記述したりできるか、というところでもあって、伊藤さんはそういう「アクティビティのピクセルの決め方」の研究もされている。生態学のアプローチにすごく似ている。こういう複雑なものを「系」として把握しようとすると、似てくるのかもしれない。人間の活動だって「生態」だしなあ。

    「歩く経験としての都市」にしろ、「人々の活動の集合としての都市」にしろ、「その」先へ、わたし→都市→世界、みたいな「見通し」に焦がれるところはきっと、同じような情熱なんだろうな、と思ったのだった。

    あと、お二人ともそうだし、若い建築家はしばしばそうだが、ちゃんとプレゼンテーションデータを作ってノートPCで携帯してる。僕も何かのおりに自分のポートフォリオか何かを作っておこうか。。

    2005年1月 4日

    まだキャナル/大正ピクニック

    いささか、誤解を撒いてしまったようなので、というのは、そのような趣旨のメールをいくつも頂いたので。

    東京キャナル・プロジェクトについて、僕はそれ自体は「よい」と思っており、かつ、今後とも機会がゆるせばお手伝いさせて頂きたいと考えています。


    僕がしばしば文句を垂れるのは、言ってみれば「せっかくなんだからさ」という向き合いなのです。
    刺激的で面白い人たちとも多く出会うことができたし、自分自身がいったいどのようなことに興味を抱いているのかということもあらためてわかったし、何より、こうしたことがないと普段はあまり出歩きもせず勉強もしないので、こういうのに誘っていただけるのは僕にとっては実に貴重で有用な機会なのです。

    というわけで、キャナル系の皆さん、今後ともよろしくお願い致します。
    ぜひ、「おとしまえ」をつけましょう。

    (でも段取りはもっと前倒しで緻密かつ実務的にやるようにしましょーね。)


    年始。
    調布の両親と祖母の家、海老名の母の実家、横浜の妻の実家を回って過ごした。

    海老名の家の、亡き祖父の書斎で、「風景雑感」というタイトルの、大正14年刊の上原敬二先生のエッセイ集を見つけた。目次に「ピクニック」とあるのを見て、叔父に断って借りてきた。

    「以前は『遠足』と呼んでいたものが、今年あたりからみんな『ピクニック』と呼ぶようになった。日本の公園もこうしたアクティビティに応えるハードウェアにしないといけない」という内容だった。1920年代、日本でピクニックが流行したことがあったのだ。

    この時代には、個人ガーデンでも「ジキル女史のデザインに学ぶイングリッシュガーデン」が流行したことが知られている(田畑先生とかが紹介したらしい)が、ちょっと面白そうな時代である。大正期。