2004→2005
長いような慌ただしいような一年でした。
・長女が生まれて2児の親になった。
僕はなぜか、旅行先などで、幼児用の靴下とかTシャツとか帽子とかを買う癖がある。何かの折に誰かへのプレゼントにしようというつもりもあったりして、でもそのままなんとなくしまい込んでいたりして、まさか自分の子供に使うようになるとは思ってもいなかった。いまだに、自分が「親」であることが不思議な感じがするんだけど、子供が言語を習得し、モノをわきまえてゆく過程、シナプスが音を立てて接続していくのをリアルタイムで目撃するのはちょっと得難い経験である。
・ここ数年に渡って従事してきた、けっこう思い入れのあったプロジェクトがいくつも竣工した。
大きな再開発物件も感慨深かったが、都心にある、小さい集合住宅がとくに思い出深い。
・いろんなところから頂く原稿や講演の依頼がいきなり増えた。
それはたいへん有り難いことなのだが、「月光モード」での作業量のキャパシティを超え、ついに生まれて初めて、立て続けに「依頼をお断りする」「引き受けた原稿の締め切りに遅れる」という経験をし、心理的にじたばたし、忸怩たる思いを味わった。しかし、これで自分の限界がおおむね把握できたので、今後はもっと適正なペースで様々な仕事や遊びができる。といいんだけど。
・お声かけを頂いて、思わぬ場所で望外の面白いことに参加した。
年始めに六本木ヒルズの森美術館で東京ピクニッククラブの展示。3月に建築あそび。5月に農大の講義と造園学会学術分科会パネル。8月から東京キャナル。「地図ナイト」。今年もまた、何かに参加して得た収穫は、何人もの魅力的で興味深い人たちと出会えたことであった。
・「東京ナス化計画」が新聞に載って、雑誌に載って、ラジオにも出た。
実はテレビの打診もいくつか頂いた。こんなに集中してメディアに出るのはもちろん初めてであるが、いずれも自分の表向きの専門職業関係ではないところがミソである(なんのミソだ)。
では、2005年が皆様にも恵み多き年でありますように。
雪の北多摩にて。


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