2004年12月31日

2004→2005

長いような慌ただしいような一年でした。

・長女が生まれて2児の親になった。
僕はなぜか、旅行先などで、幼児用の靴下とかTシャツとか帽子とかを買う癖がある。何かの折に誰かへのプレゼントにしようというつもりもあったりして、でもそのままなんとなくしまい込んでいたりして、まさか自分の子供に使うようになるとは思ってもいなかった。いまだに、自分が「親」であることが不思議な感じがするんだけど、子供が言語を習得し、モノをわきまえてゆく過程、シナプスが音を立てて接続していくのをリアルタイムで目撃するのはちょっと得難い経験である。

・ここ数年に渡って従事してきた、けっこう思い入れのあったプロジェクトがいくつも竣工した。
大きな再開発物件も感慨深かったが、都心にある、小さい集合住宅がとくに思い出深い。

・いろんなところから頂く原稿や講演の依頼がいきなり増えた。
それはたいへん有り難いことなのだが、「月光モード」での作業量のキャパシティを超え、ついに生まれて初めて、立て続けに「依頼をお断りする」「引き受けた原稿の締め切りに遅れる」という経験をし、心理的にじたばたし、忸怩たる思いを味わった。しかし、これで自分の限界がおおむね把握できたので、今後はもっと適正なペースで様々な仕事や遊びができる。といいんだけど。

・お声かけを頂いて、思わぬ場所で望外の面白いことに参加した。
年始めに六本木ヒルズの森美術館で東京ピクニッククラブの展示。3月に建築あそび。5月に農大の講義と造園学会学術分科会パネル。8月から東京キャナル。「地図ナイト」。今年もまた、何かに参加して得た収穫は、何人もの魅力的で興味深い人たちと出会えたことであった。

・「東京ナス化計画」が新聞に載って、雑誌に載って、ラジオにも出た。
実はテレビの打診もいくつか頂いた。こんなに集中してメディアに出るのはもちろん初めてであるが、いずれも自分の表向きの専門職業関係ではないところがミソである(なんのミソだ)。

では、2005年が皆様にも恵み多き年でありますように。
雪の北多摩にて。

2004年12月27日

ビデオ・インテグレイテド

独身時代に、ほとんど間に合わせのつもりで地元(当時の地元は北区の田端新町)の電気店で買ったビデオデッキの調子がいよいよ悪く、たまに2歳の息子が押し込んだと見られる積み木やお菓子の包み紙などが中から出てきたりして、ついに動かなくなったため、意を決して近所の家電量販店に行き、ハードディスクとDVDとVHSの録画再生が一緒くたになったマシン(もはや、何と呼べばいいのかわからん)を購入してきた。デジタル放送への切り替えがどうのこうの、という声もきかれるが、まあそのときはそのときだ。こういうのはパソコンと同じで、待ち始めるといつまでも待ってしまい、早めに持っていれば享受したはずの機会を逸してしまうのだ(←資本主義を支える無邪気な消費者のカガミ)

取扱説明書はまるでちょっとしたパソコンのマニュアルみたいに厚い。僕はPCの周辺機器とか、オーディオ機器とかを増設して、自分で工夫しながら網の目のごとき接続取り回しをするのはけっこう好きで、そういうのはぜんぜん苦痛ではない。でも、「映像部門」に関しては世間のトレンドをまったくキャッチアップしていないので、お手上げである。なにしろ用語がわからない。配線はマニュアルに盲目的に追従するしかない。しかも我が家はケーブルTVを入れていて、それ専用のターミナルがある。そういう環境は、取扱説明書の中でも例外的な事態として扱われているため、セットアップの手順の記述がいろんなページに飛び飛びに記載されていて、マニュアルを行きつ戻りつ、大汗をかいて何とかつなぎ終えた。

問題は、それぞれの機器が単体の使用に耐えるようになっていることである。デッキはデッキで、テレビはテレビで、入力系統や受信信号の周波数のチャンネルを切り替えることができる。他の機器がバカな周辺機器だけならば、たとえばデッキを「センター」にして、他の何もかもをデッキの家来にしてしまえばわかりやすいんだけど、全部がなまじ「出来るヤツ」なもんだから、ただテレビを映すだけで10数通りの「可能な経路」ができてしまう。これが気分悪い。テレビの入力モードを切り替えたら音声ボリュームが変わってしまうのだが、その信号はどのマシンが制御しているのか、全部のリモコンを操作してみないとわからない。テレビもデッキも「外部入力専用」にしておいて、ターミナルにすべてを託すことも考えられる。でもその場合、デッキが作動する「予約録画」とか「裏番組録画」とかはどうすればいいのだろう。。。うーむ。

そもそも、DVDの規格がいくつもあるのもむかつくし。おまけに、リージョンコードが固定されてるから、インドネシアへ出張したときに、怪しげな中華系ショップで買っ(!!当該箇所は事実ではないので削除されました)。

2004年12月26日

ようやくパリッと寒くなってきた。

クリスマスの夜は僕の両親の家で、祖母両親と晩餐を共にした。

我が家は祖父の代からの、日本基督教団保守系クリスチャン一家であって、クリスマスは家族暦的には「法事」みたいな感じである。一般的に言っても、穏当なクリスチャンは、世俗の「浮き浮きシーズン」としてのクリスマスと、「教会の行事」としての降誕節と、キリストの降誕という宗教的メッセージとを区別して考えているし、それぞれの乖離など充分にわきまえている。「世間はクリスマスらしいがどうのこうの」というような愚痴っぽい文句や「クリスマス本来の趣旨からして日本のお祭りだけの騒ぎは何だかんだ」というよーな知ったような吹聴は、我が家には無縁である。

それにしても、デパートの「クリスマス体制」から「新年正月モード」への早変わりは、毎年のことながら、ちょっとした眺めだ。

ついでに仕入れた通勤本:

■ランドスケープのしごと刊行委員会 (編集), 日本造園学会「ランドスケープのしごと」彰国社、2003
表紙と題名とを横目で見て「なんだかな」と敬遠していたのだが、思い直して立ち読みしたら、小野良平氏の担当した項目が面白かったので買ってみた。

■小島寛之「文系のための数学教室」講談社現代新書、2004
この新書、装丁が変わってなんだか探しにくくなった。

■中西準子「環境リスク学」日本評論社、2004
まだ買っていなかったので。

2004年12月25日

Season's Greetings

クリスマスおめでとうございます>各方面

今年は燭火礼拝にもキャロリングにも参加しなかったし、いまひとつクリスマスに「浸る」実感のないホリデイシーズンでありましたが、新しい家族を迎え、恵みのうちに年末を迎えることができますことを皆様に感謝申し上げますとともに、皆様の2005年がまたよき年となりますように、深大寺北町よりお祈りいたします。

今年やり残したこと/来年やりたいこと(実務業務を除く):

GeoWalker使い倒し。
たとえば渋谷とか赤坂で、原地形と現地形の乖離構造を歩き回って描き出す。うう、楽しみ。

ちょっと強引で無理そうなGPS-Drawing。
候補として、「Go North」「まっすぐ行こう」「東京前代未聞隊」などを構想中。

神田川調べまくり。
中途半端に着手しちゃったので、もっと舐めるようにやりたい。都市河川は面白い。「東京キャナル」からスピンアウトしてもこれはやるぞ。誰か、一緒にやりませんか。

調布・地面フィールド事典。
実は日常最も頻繁に目にしている建設物である、舗装や排水施設に加えて、雑草や植栽なども含めた「地面」ガイドブック。いい加減、まちづくりの会で何か成果を作りたいし。

日本ラ系近・現代史。
Sco先生よろしく。

ウェブサイトのいろいろ。
建築学校の講評とか、中途半端になっているいくつかを。そうだ、引き受けておいてそのままにしてあった原稿が2つほどあったのだった。やばい。

2004年12月24日

TFK、ラ系チャイナ

■内田樹、平川克美「東京ファイティングキッズ」柏書房、2004

まだ途中。面白い。
ウェブサイトで連載していたときからよく読んでいたのだが、僕の場合、やっぱり「本」として手元にないと駄目なのだ。僕は、買った本は、(よほどの駄目本を除いて)折に触れて読み返して何かの材料にしたりするので、いつでも参照できるようなカタチで本棚に並んでいないと嫌なんである。

印象的な文章や、あとでネタにしたくなる箇所というのは、しばしば、その本のその箇所を読んでいたときの場所や時間のイメージとか、前後のページの厚みの感じ(その本のどのへんに『居た』か)とか、そのときに連想したこととか、読み終えた後でどの本棚のどのへんに分類して置いたかとか、そういう「読んでいた状況の記憶」と「セット」になっている。往々にしてこれが有効な「検索」のタグになる。テキストを持ち歩けるというだけならPDAでも電子ブックでも何でもいいのだし、独特の「有機的な接し方」があるのかもしれないが、いまのところはまだ、こうしたデジタルのテキストのツールを「手触り」や「匂い」のようには使いこなせずにいるのである。

■隔月刊「ランドスケープデザイン」No.40、マルモ出版 特集「躍動する中国のランドスケープ」

中国の建設ラッシュの報告を見るたびに、なんか、妙に後ろめたいみたいな、やーな感じがするのはなぜだろう。

建築文化の10月号も中国特集だったが、掲載されてるプロジェクト群の、「旧世界」ではできそうもないような、抑制を欠いたやりたい放題の施設の様子は何だか、見たくないものを見せられているような気持ちになってしまうのだ。あるいは、自分が依拠していると無自覚に思っている(ラ系の)「倫理」とか「道徳」なんて、実はローカルなシガラミに過ぎないのかもしれなくて、そんな「抑制」なんかなくったって簡単に建設は実現してしまうのだ、という現実を直視したくない、のかもしれないけどな。

今年の始めにアモイに出張したとき、中国の都市の片鱗をちらっと目撃した。なにしろ、大きさもスピードも、意匠のぶっとび振りも、ものすごい。コンペや演習のスタディ模型がそのまんま建設されてるみたいなおもむきだ。でも、どれほど「ぶっとんだ」建物も、その建物「そのもの」に驚くようなものではなくて、「どこかで見たことのあるもの」が「どこにもないような勢いと規模」で作られている、という感じがした。そうだ、多摩ニュータウンをさんざん見て回ったときに抱いた気持ちに似ているかもしれない。

LDの紙面で紹介されている最近の中国のラ系プロジェクトはどれもまさに、どこかで見たことのあるような写真のオンパレードである。まるで、20年前のバックナンバーみたいだ。スケールは別にして。

2004年12月22日

フーターズ/ニュー旦那

ものすごく久しぶりに11時前に帰宅できたので、ものすごく久しぶりに、通勤経路上の新宿で書店:元・青山ブックセンターのBook1stに立ち寄った。店内のレイアウトはほぼ同じだが、自然科学や建築が圧縮されていてちょっと寂しい。でも新書コーナーが出版社別に並んでいるのはほっとした。ABCの「出版社に関係なく分野で分類した」並び方は、かえって探しづらかったので。

建築関係の書棚の前には、あきらかにそれ風の学生らしき、なんとなく顔色の冴えない男の子たちが立ち読み(というか物色)している。どうしてこう、それ風の学生って一発で「それ」とわかるような共通の雰囲気があるんだろうな(という僕は「どれ」に見えるような雰囲気をしているのでしょう)。

通勤本:
■町山智浩「USAカニバケツ」太田出版、2004
中西部、それも半分南部に引っかかったミズーリで暮らした3年間のあれこれが、まざまざと蘇ってきた。アメリカの大部分を占めている「普通のアメリカ」の空気というか、日常生活を包んでいる手触りのような「かんじ」を、比較文化論めいたアメリカ本よりもずっと生き生きと伝えていると思う。僕がいたのはもう10年も昔だが、なんだか、「もとのところ」はちっとも変わっちゃいないな、とあらためて思ったな。

■大島健二「普請道楽のススメ」エクスナレッジ、2004
気に入った著者はフォローするクセがあるので、建築ツウの新刊を購入。建築家が施主にその建築についてインタビューするという、なんというか2回転半ひねりの構え。まだ読みかけだが、「緩めのインターフェース」のわりには、のっけからいきなり濃ゆい。期待大。

2004年12月20日

We are not in Kansas any more...

穏やかな天気の週末。妻が用事で出かけ、僕は自宅に「引き子守り」つつ、年末年始にかけての様々な用事を片付け(ようとし)た。庭仕事も少し。今年はなんだか暖かいまま冬に突入したので、草花の様子がいつもと違って、花をつけたまま枯れていたりする。グラスの根元の地面には、早くもキク科系「外来種」がいくつもロゼットを広げている。しかし暖かい。このまま、暖かい冬が続くようになって、霜柱なんて過去のとこになったりするんだろうか。明治神宮内苑ではキウイの自生が問題になっているらしいが、神宮内苑や浜離宮で、シメコロシクワノキがタブノキを襲う、なんていうのも時間の問題かもしれないぞ。表参道のケヤキ並木からスパニッシュモスが垂れ下がったりとか。トレンド先取りしてウチの庭にもパパイヤでも植えるか(たぶん枯れる)。


■宮崎政雄、麻生恵「多摩丘陵におけるフットパス計画による里山景観保全への取り組み」(ランドスケープ研究 68(2), 2004, pp126-129)

多摩丘陵の一部、町田側に残る谷戸地形の農村景観を保全する試みの一環として、大学の研究室と地元NPOが協力し、イギリスの「フットパス」を参照しつつ、散歩道ネットワーク地図を作って活動した成果報告。こういう地表系のプローチは好き。「歩き」が手がかりとして(というか足がかり)使えるツールだ、というのは、以前、オタベらが「抜け道フィールドワーク」で気がついていたことだった。そうか、「散歩させろ」も結構、ツカミとしてはいいかもしれないぞ。田中さんの「ジオウォーカー」にも繋がるかもしれないし。

風景を制度に絡め取る装置化だ、とか、こうしたガイドブックは「教化」だとか、そういう指摘はありそうだが、まあ「取ったもん勝ち」である。開発に任せておいて、あとになって浮世絵に描いてみせるよりはずっと好感が持てる。むろん、こういう「観光資源型」作戦に、開発の論理に対抗しうるようなチカラは期待できないけれど、逆にこのくらい「弱い」ほうが安心できるように思ったり。「取り返し」がきくので。

僕自身は里山と心中する気はないが、この報告が対象にしている地域の様子にはびっくりしたことがある。多摩ニュータウンの南端の「尾根道路」を超えた裏側の一帯で、ほんとに絵に描いたみたいな「谷戸」の風景が残っている。キノシタ先生の「和ストラル・ミシュラン」でも★を一杯もらえそうなくらいである。また特に、ニュータウン側から尾根を超えて入ってゆくとその「落差」がすごい。あんな、オズの魔法使い的風景展開は他ではなかなか味わえないんじゃないだろうか。雪でも降ったときにまた行ってみたいな。

2004年12月17日

東京キャナル・銀座編・補遺

しばし唖然。
http://www.tokyo-canal.org/index.cgi?mode=exhibition1211openmtg
藤村さんがレポートにまとめると、なんかものすごく立派な会議を仕切ったみたいに見える。いや素晴らしく上手にまとまってる。さすがだ。
でも、実際はけっこう困惑度の高い空気だったのです。藤村さん自身、マイクを振られて「こんなんよりも、次のトークに繋がる話題を話し合った方がいいんじゃないでしょーか」と言っていたくらいだし。「収束」などというキレイな終わり方ではなくて、「ではお時間ですので」という感じだったし。しかしまあ(僕を除けば)、みんないいことを言ってるな。司会していると、あまり各人の「意見」を咀嚼するほどちゃんとは聞いていないんだな。ということがわかった。

ネタを明かすと、キャッチフレーズを分解して「原理」に戻っていくというような、「リバース・コンセプチャリング」みたいなやりかたは、以前勤めていた会社の同僚(高山建築学校の世話人したりしてる)の岡崎浩司がよく作る「アイデアメモ」のパクリである。
http://tenplusone.inax.co.jp/underground/photo/atarashi25.html

それと、「それは浮世絵に描いてしまえばきれいに見えるという話にも聞こえ、設問自体を崩壊させてしまわないか?(石川)」というのは、そのまんま、六本木ヒルズ「都市展」の準備会議で僕が太田さんに突っ込まれた際の、太田さんのセリフのパクリなのだった。ま、僕自身、まだまだ変化し続けているのである(ポリシーに欠けるとも言?)。

それにしても、

今回の会議を通じて、主催者グループの内側にいるかのようにみえる石川氏が、「なぜ計画するのか」と計画の前提条件を執拗に問い続けることで主催者の外側に立とうとしていたことが印象的であった。

これって、要するに僕が「これは俺のせいじゃないぜ」と言い張ってるということだ。ガキだなあ>じぶん。ちょっと反省。

(本文ではないが、写真のキャプションで学生だけ「君」はないだろう。ぜんぶ「氏」にしたら?)

2004年12月16日

カタチのチカラ

最終形の設計主旨については他誌において紹介済みであるので、ここでは残された設計スタディーから、設計が実体化する過程における形態言語の展開を追ってみたい。そこから考察するのは、形態が発現、変異する場合の外的要因(機能や法令)ばかりではなく、形態そのものの持っている内的特性がいかに設計に影響を与えるかである。(三谷徹, ランドスケープ研究 68(2), 2004, pp188-190)
つまり、デザインを進めるにあたって出てきた「形態」が持っている、設計の方針や合意やデザインに方向を与えたり、影響を及ぼすことについての話である。「カタチのチカラ」。デザインの必然性とかリアリティとか「強度」をめぐる議論も喚起するような話題だ。ラ系にはこういう切り口の論考はほとんどなかった。(というのもすごい話だな考えてみたら)

最終形に至るまでの「案の変遷」は面白い。プロジェクトが進むにつれて、複数の事業者が自社の敷地前を個別に注目し始めたとき、「広場を貫く単一の形態」にきしみが生じてきて、それに対して考えだされた「小広場ユニット」を連続させるという案が、「全体が凹型地形で、しかし接する建物への個別の対応も図っている」を実現するブレイクスルーになったそうだ。品川セントラルガーデンの、開発スケールが地形になってる凄さと、ちょっと気ぜわしい地面の反復デザインとは、こうした事情によるみたいである。

またここでは論じるスペースがなかったが、設計説明に用いられる報告書内のコンセプト用語についても注記しておきたい。コンセプト用語はそれ自体の連想作用によって一人歩きを始める。この連想作用にそって形態言語が変化しだすと、しばしば設計は拡散してしまう。今回の設計過程においておびただしく作られた報告書の中のコンセプト用語を改めて見て思うのは、あくまでコンセプト用語は、形態言語が持つ空間理念の可能性を表現したものであって、形態言語が発生する根拠ではないということである。こうした文章言語(verval vocabulary)と形態言語(formal vocabulary)の設計過程における相互作用については、改めて機会があれば考察してみたいと思う。
でも、「カタチそのもの」に、なにかが実体として「内在する」わけではないだろう。その形態に説得力を感じる、というか、そもそもその形態を「形態」というまとまりとして「感じる」のはその案を取り囲んでいる「関係者集団」である。形態自体に(技術的な意味でなく)チカラがある、という言い方は、要はうまく言い当てている「たとえ話」である。「小広場ユニット」という言葉だって、ある形をした固い広がりを「小広場」と呼んでみる(見立てる)ことで、「広場」という(良い)語の含意にいわば「頼って」もいるんじゃないだろうか。それって「コンセプト」とはどう違うんだろう。あるいは、それも含めて「形態」じゃなく「形態言語」と呼んでいるのかもしれないが。

もっとも、ここでいう「コンセプト用語」がたとえば「地球と自然との共生」「緑あふれる豊かな環境デザイン」「成長型から成熟型の街づくりへ」(いずれも汐留シオサイト)みたいなレベルのものだったらそれは確かに、それを根拠にした「冴えた形態」は出てこないだろうけど。

2004年12月14日

風景の哲学、ほか

今週の通勤本。

■安彦一恵、佐藤康邦編「風景の哲学」ナカニシヤ出版、2002

ちょっと思うところがあって再読。「哲学者」による風景論考集。しかし、最近、電車の中で眠くて、なかなかページが進まない。就寝前の布団の中、朝のトイレ、通勤行き帰りの電車の中、というのは僕の3大読書時間なのだが、疲れているからか、横になるとすぐに眠り落ちてしまうし、電車の中でも眠くなったりすると、貴重な読書時間が大幅に減ってしまう。たいへん困る。

安彦氏は滋賀大の先生で、オンラインでもとても面白い論文も読める。風景論関係の書籍文献データベースもある。青弓社から「景観を再考する」という、パルテノン多摩が主催した連続講演を記録した本が出ているのだが、これが面白い。都市景観、特に電線の地中化などについて積極的に発言している経済学者、松原隆一郎氏が安彦氏の論旨に文句をつけていて、ちょっとした論争の体裁になっている。

そういえば、先週、五十嵐太郎さんや佐々木葉さんと、「どうして松原氏はあんなに電線地中化にこだわるのか」という話になったとき、佐々木先生いわく「きっとさ、小さい頃に、一生懸命手作りした凧が電線に引っかかって破けちゃったのよ。あ、それとも、始めてのデートのあとで彼女を送っていったとき、電線にとまってたカラスの糞が頭に落ちたとか」

(追記: でも僕は、「ふつうに空を見せろ」から出発している松原氏の議論には共感するわけです。やっぱりそれがないとさ。)

■難波江和英、内田樹「現代思想のパフォーマンス」光文社新書、2004

■志村史夫「『水』をかじる」ちくま新書、2004
いや、もう、先週までのように、「都市と水」関係の本を何冊も鞄に入れて持ち歩く必要もないのだが、なんとなく。

■日本造園学会誌「ランドスケープ研究」VOL.68 No.2, Nov. 2004
通勤「本」じゃないのだが、今号は興味深い内容なのだ。なにせ、特集が「美しい国づくりとランドスケープ」。特集とは関係ないが、三谷徹さんの、品川セントラルガーデンの「形態言語」に関する論文が面白い。いろいろと思いつくことがある。これはまたあとで。

2004年12月12日

東京キャナル・銀座編その2

土曜日。東京キャナルの展示イベントの一環で「公開会議」の司会をした。

やりたかったのは、「水の都市への告白タイム」のようなものだった。それが水だろうと川だろうと運河だろうと何だろうと、東京を何とかしようという提案をするからには、東京のどこが駄目で、どんな東京を思い描いているのか、どんなところで暮らしたいと夢見ているのか、という素朴な「放言」がされたっていいだろう。「ピクニックさせろばか」みたいに。何かがまともではない、と直感するからこそ何とかしようと声をあげるんじゃないのか。もちろん、新しい物事を作ることに自分が参加して名を留めたい、という建設スキル集団特有の欲望が最初にあるのかもしれない。でも、所詮、高尚な「使命感」と「自己実現の欲望」なんて紙一重である(裏表ともいう)。夢物語を描いて、「現実的」な人に突っ込まれたら、逆にその「現実への実現」をいったい何が阻んでいるのかを緻密に検証するくらいの「バカぶり」を発揮したっていいだろう。デザインの必然性には敏感なくせに、「プロジェクトの必然性」については知的な言い回しばかりに終始するのはなぜだ。というような。でも、「公開会議」の議題には相応しくなかったかもしれない。まとまる話題でもないし、なんか、いまひとつ歯切れが悪かった。僕の「司会」も下手だったし。面白いところもあったけどさ。とほほ。

でも、そこんところを詰めておかないと、なんか数年後に「2000年代の初頭、都市再生や景観法制定など時代の思潮のなかで、東京の都市資源を再発見し積極的に利用しようという提案がいくつも行われた(例えば東京キャナルなど)」なんていう「歴史的な総括」をされちゃったりしないだろうか。

 (追記:同じことを書いている、夏のワークショップ参加者がいたので。)

後半は、五十嵐さん司会による「リレートーク」第2弾。役者が揃った回だった。小林博人さんは、実に魅力的な語りをする人で、聞き惚れてしまう。田島さんはまあ、いつもの名調子。 宮城さんもいつもの名調子。みんな、質問を振られても、まるで用意してあった原稿を読むみたいに淀みなくしゃべる、この「プレゼンの基礎体力」には驚嘆する。そんななかで、吉村さんが、マイクを向けられるたびに、え、あ、オレか、みたいな顔をして、言葉を選びながら発言するのがなんか、面白かった。いいキャラだ。限界があるという言い方も分かるが、自分としてはやっぱり、ものを作ることで良くすることに掛け金を置く、と言っていた、こういう人は信用できるよな。

終了後、廊下で宮城さんと、(もと)建築文化の編集の神中さんと立ち話。宮城さんは、学生からの評価ベスト1の教授なんだそうで、そういうところさすがというか。イベントばっかりやってないで、実施のデザインの仕事もしろよと背中をばんばん叩かれて言われてしまった。ううむ。やってるんですが(ジミチに)。

日曜日。妻は朝から仕事に出かけ、僕は自宅でベビーシティングに文字通り明け暮れる。自宅のPowerBookのメールボックスを整理したら、ゴミ箱から東京キャナルの連絡メールがぞろぞろと出てきた。スパム除けに、yahooやhotmailのような無料ウェブメールのドメインは問答無用でゴミ箱に直行するようにフィルタをかけている、そのせいである。もう。

というわけで、僕に関しては、この週末をもって、この夏以来の「キャナル活動」は(ひとまず)終了なのだった(宣言)。

2004年12月 8日

「消えろ首都高」

『日本橋コンぺ』入賞作決定:解説記事(東京新聞)

キャナルで話題になっていた「首都高のデザイン的再評価」みたいな既往研究はないんだろうか。

建築系の人(あくまで僕の周囲に限った話だけど。)に質問を差し向けると、たとえば日本橋の上の首都高について、みんな実に歯切れが悪い。なんか、建築の人は、エンジリアリング的リアリティに弱いというか、畏れを抱くというか、「強い必然性」へのコンプレックスのような傾向があって、土木的構造物のデザインに対して口ごもってしまうんじゃないかという気がする。往々にして、建築を律している(場合によっては具現化する)のは、いわば「弱い必然性」である。だから、建築家自身による「作品」解説の文章はえてして、それぞれがいかに必要なものであったかという説明に費やされている。そういう意味では、首都高なんてまさに「必然性の権化」である。

でも、「高速道路の、優れたデザインと劣悪なデザインの事例」が語られるようになったりしたら、土木はあわてて「景観的に良いデザインにするためのガイドライン」とかを作りそうで(目に浮かぶ)こわい。

造園/ラ系は、もともと嗜好としてアンチ近代みたいなところがあり、実際の仕事のフィールドの多くが、あんまり必然性と恣意性の確執が起きるような場合が少ないことが多いから、本音を言わせればほとんどみんな「取っちまえ」と言うだろう(『取っちまえ』という意見が主流だろうということを見込んでわざと天の邪鬼なことを発言する場合を除けば)。

2004年12月 7日

ざわめきマップ

リンク元を辿って見つけたウェブログのコメント欄にあったURLで、もしかしてフライング紹介かもしれないんだが、
terrane.beta.01
付箋がかわいい。それぞれの付箋に記された情報が多くて、地図上のリンク集というような趣。

こちらは、少し前に公開された、本江さんらによる、「Urban landscape search engine(ULSE)の地区版」:
バーチャル卸町ブログ

どちらも、建物の形や配置がわかるくらいのスケールの街区地図を使っている。

ULSEはどちらかというと検索対象になるくらいの情報の集積に重心がかかっているために、地図のスケールが大きいのだが(それだけになんとも独特なざらざら感があってそれはそれで好きなんだけど)、個人と集団の中間くらいの「ざわめき」の「リアルタイムさ」を楽しむには、「丸の内」「卸町」「渋谷」くらいの範囲と縮尺が、地図の解像度的に焦点が合っていると思う。

この「ざわざわした感じ」(ULSEがアクティビティと呼んでるもの。たぶん)は、地図に載っていないものである。こうした「場所ブックマーキング」は、「ざわざわ」を地図的なものに少し近づけてみる(マッピングしてみる)ことで、これがじつは街の主要コンテンツなのだ、ということを思い起こさせるものだ。

僕はどっちかというと「ざわざわの下に静かに横たわっているもの」に関心が向いてるような気がする。これも普通、地図には載っていないもので、あぶり出す作業が楽しいもののひとつである。

■取り急ぎ追記:

と、ULSEの新しい試みが。
jm@foo: 動くULSE
おおお。「ざわざわ」してる。
時間も同期して、たとえば上映速度を調節できたら、各地で日が暮れて風景写真が夜景に変わってゆく様子とか、早回しで全国的に秋になってゆく様子が映し出されたりするかも(←素人外野が勝手に言うだけは簡単)。

2004年12月 6日

悪いやつらは外からやってくる

五十嵐さんが触れている「特定外来生物被害防止法」について、取り急ぎ補足を。

これは「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律(外来生物法)」という。
http://www.env.go.jp/nature/intro/gairaihou.html
http://www.gov-online.go.jp/publicity/tsushin/200403/topics_e.html

外来種の定義について、専門家グループによる審議の過程で、候補の種を「明治以降に絞った」という経緯が記されている。ただ、条文からは「明治以降」と特定する語句は除かれている。
http://www.env.go.jp/nature/intro/sentei/index.html

いきなり「近代に移入したすべての動植物を駆除」するわけではない。
従来の日本の生態系に害を及ぼすと認められる生物種について、ブラックリストを作って(特定)、輸入や栽培飼育を禁じたり、駆除をしたりすることを可能にする法律である。生態系的なセキュリティの強化。

いや、わかってますってば。僕は、生物多様性の維持を掲げる趣旨については充分理解しているつもりだし、浅学ながら、日本の生態系について、その観点からの現状や問題点は、関心のない人よりはずっと知っている。セイタカアワダチソウが既に日本の秋の風情となっているとか、明治以前の外来種だってたくさんあるとか、都市部ではこうした在来種/外来種の区別は事実上無効であるとか、そういう物言いによってこの法の「コンセプト」を相対化しようとするものでもない。個人的な意見としてはともかく、問題意識をつぶす目的で外来生物法批判をしようというわけでは決してない。正直に言えば、してやったりという気持ちもいくばくかはあったりするのである。

それでもなお、これがあくまで「衣食足りて」浮上した問題であることと、「特定」にはある線引きが必要であることと、どのような心情がこれを支えるか(一部で盛り上がっている、ブラックバス釣り愛好家への痛烈な攻撃)ということを想像するに、景観法やカウンセリングや愛国心の法制化とツウテイするような感じを禁じ得ないのだ。気をつけていないとちょっとやばいぞと。

東京キャナル・銀座編

土曜日、「東京キャナル」の公開プレゼンテーション&リレートークに出席。

今回の展示のうち、僕が担当したのは「見えない川」というもので、「東京キャナル」のようなプロジェクトが標的にするスケールの風景を、いまいちど、違う縮尺から位置づけてみよう、というのが「ねらい」なのだった。手がけた本人が一番面白かったのは「上下水道」についてだった。特に下水道は面白い。都市のインフラは、間近で「実物大」で接するとその規模に圧倒されてしまうが、地形図くらいの縮尺で眺めると、意外な相貌を表すことがある。機能のみを負わされた都市河川が巨大な排水溝と化している、というのは今回のプロジェクトで繰り返し語られている話なのだが、それはあくまで「街区スケール」の事情を切り取ってみた断面である。

まあ心残りはいろいろとあるけどな。時間がなかったし。関係者が非常に多いなかで、短期間にとりまとめをしたスタッフが身を削るようなご苦労をされていたが、それでも「制作フェーズ」にしわ寄せが来るのはいかんともし難い。手島君がこの手のイベントのプロデューサーとしていかに優れた人材であるのかということが、振り返ってよくわかった。(←内輪受け用話題)

「リレートーク」は、五十嵐太郎さんの司会のもと、シーラカンスの小嶋氏、早稲田の佐々木葉氏、テレの久野氏、 の横に僕が並んでいるという、つまりもう、僕が背伸びをして何か気の利いたことを一生懸命考えて発言しなくても、他の4人が充分に役に立つことを述べてくださるだろうという布陣だった。そしてまさにその通りの展開だった。ことに、佐々木さんの冴えが感動的だった。話題は多岐に及んだが、五十嵐さんも連続3回のうち初回だからということであまり「まとめ」をしようとしなかったため、かえって気楽に座っていられた。

小嶋さんの「ほんとに長く持続するのはピラミッドでなくて、たとえば農業のようなものかもしれない」とか、「多少、人が死ぬくらいは許容するような枠組みのほうがいい(時節柄、場合によっては不謹慎に聞こえるかもしれないが、つまり、都市のハードウェアの『標準』を見直した方がいいんじゃないか、という意味です)」とか、佐々木さんの「技術がマチュアな社会とは、ハイテクからローテクまで多様性があって選択肢が広いことだ」とか、「川の上の首都高、と十把一絡げに語られるものにも、デザイン的にも優れた部分や駄目な部分があり、それは個別にきちんと「評価」すべきなんだ」という話、五十嵐さんの「こうした場で議論された内容を広く伝達するための言葉を鍛える必要があるかも」などという、印象的な発言がいくつもあり、僕はなんかそれなりに楽しんでしまったし、ネタもいくつも仕入れたが、聴衆が1000円払った価値があったと思ってくださったかは、はなはだ心許ない。五十嵐さんはあと2回、これの司会をされることになっている。大変である(でも五十嵐さんがこういう役にきわめて適任だということも、あらためてよくわかった)。

それにしてもまあ、話す側も聴衆も、ほぼ「内輪」で固まっていたのが残念だった。というか、なんか、結局こういうふうになっちゃうのが、この手のイベントの特徴であり限界であるような気もしてきたな。僕も来週、「公開会議」の司会をすることになっているのだが、なにを「会議」するか、実はまだ決めていないのである。なんか、渦中にいる僕がこういうことを言うのもなんだが、結局何のためにこういうことをしているのか、ますますわからなくなってきたんだが。

2004年12月 2日

神々の試問

・ラジオ局のかたからお電話があり、年末に再放送されるとのこと。

・某地方の、郷土の史跡の位置関係を調べて地図にプロットし、そこになにか意味のある隠された図像を見いだす、という研究をされているアマチュア郷土研究家から、GPSと地図とコンピューターに詳しいあなたにぜひ知恵を借りたい、という丁寧な打診を頂いた。きわめて丁重にお断りした。

「過景観都市」

新建築12月号の巻頭論文、五十嵐太郎さんの「景観を笑う」。
ちょっと、書きたいことがありすぎて、時間がないので後日。
でも、ラ系の諸姉諸兄は是非、お読み下さい。
巻末の太田浩史さんの月評「あきらめちゃだめだぜ」と合わせて読むのをお薦め。
取り急ぎ。

そんなことを言っているといつまでも書かないので、とりあえず書きなぐり。論文の主旨のひとつは、今日の日本の国土の「破壊された景観」が人心の荒廃を生んでいる、という思潮への疑問。そして、景観法の成立に寄せて、こういうふうに「景観」が行政府によって「オフィシャル」なものになることへの危惧。もうひとつは、その際の「美しい景観」の「美しさ」の「根拠」(とされるもの)から漂ってくる焦げ臭い匂いについて。

論旨にはほぼ全面的に賛成。「景観」は様々な事態の絡み合いの「結果」、というか、ひとつの「断面」であって、「原因」じゃないだろう。景観を操作したって物事が全面的にハッピーになるわけではない。人心に「景観」が作用する力を見くびる訳ではないが、「景観」を「景観」たらしめるものをなんとかしようという気概のないまま、景観の改良が万能特効薬のように語られるのは、「間取りが家族を駄目にする」というような主張に対するのと同じようなバカバカしさを感じる(もっとも、「新建築のページ数が2倍になるほど優れた建築が続出する」ことによって良い景観が作られてゆく世の中というのも、それはそれで僕はなんかイヤだけど)。

それと、僕も、行政が考える「よい景観」は、少なくとも現在のところは、ぜんぜん信用できない。「景観配慮型」の舗装(うねる色彩のインターロッキングかもしれない)とガードレールと街灯(衝突に優しい古タイヤ再生合成ゴム製の擬木かもしれない)と排水側溝(バリアフリーでアースカラー)と街路樹(花も咲き紅葉もする季節感あふれる成長の遅い管理が楽でウドン粉病にも強いハナミズキの改良種かもしれん)と地域のシンボルが印刷されたマンホールに満ちあふれた、想像するのもおぞましい街に住むくらいなら、電柱だらけで首都高が日本橋の上を通っているほうがましだ。景観に限らず、「ハズした、デザインされたもの」よりも、機能に徹したもののほうが、精神的な苦痛がずっと少ないと思う。僕はいまだに、駅で妙におもねった電子音楽に囲まれるたびに、かつてのプレーンな発車ベルを懐かしむ。行政の(って一括りにするのも気の毒だが)「道徳的政治的に正しい良い景観」が駄目な景観になるのは、景観デザインのプロセスの構造的な宿命なような気もするし。

一方で、景観法をめぐっては、「『景観』は経済を活性化できるか」という言説が目につく。そういう観点から景観を考えても質は向上しないだろうなあ。儲け話から離れて、趣味のいい風景の中で生活する豊かさに目を転じよう、というのが本来の主旨なわけだろ?

景観法を支える思潮は近年のナショナリズムの文脈で捉えうる、と僕も思う。というか、風景論はそもそも地域主義の表現のひとつみたいなものだから、「美しい国土の風景」が称揚されるということは心情的にリージョナリズムが勃興しつつある時期なんだということだろう。五十嵐さんが警戒の声を発しているのは、これが「国家」という輪郭を与えられつつあるというところである。

文中では「心のノート」にも言及があったが、「癒し」も「スローなんちゃら」も、同じような「構造」をしていると思う。あと、五十嵐さんが触れていないことで、僕が似たような焦げ臭い感じを抱く法律が、来春に施行される特定外来生物被害防止法である。この法律は、「日本の本来の生態系を構成する生物」と、それを破壊する外国産の生物を「特定」するのである。

それでだ、これは相変わらずの逡巡なのだが。

毎朝、2歳の長男を自転車に乗せて保育園へ送る。武蔵境通り沿いにはファミレスやコンビニの派手な看板が「ファスト風土」性を醸し出している。加えてここ数年、拡張工事のため、周辺の土地が買収されつつあり、建物や樹木が撤去された跡がアスコンに覆われてワイヤーの柵に囲まれた、実に殺伐とした広がりになっている。たしかに、息子はこの風景をそのままこういうものだと受け入れて育つだろうが、それを僕は(もう)嬉しがることができないのである。景観のデザインの水準なのか。あるいは、バイオフィリア仮説のような、そのへんのアスファルトや電柱などには突き崩せない「原・原風景」みたいなものなのか。電線やハイウェイの交錯する都市風景が私の「原風景」だ、などという賢しげな言い回しにむかつくが、里山にも、「行政の景観」にも困惑する僕はいったい。