2004年11月19日

グラス、武蔵野、DNA

RHS-J(英国王立園芸協会日本支部)の協会誌に、RHSのオーナメンタルグラスに関する英文記事の解説、「パンパスグラスの風景力」と題した文章を寄稿しました。主旨は、このXLサイズの草は、外見も性格も見どころのある奴である、しかし地域によって、条件が許せば悪辣な雑草になるらしいので、気をつけましょうね。というもの。

特定外来生物被害防止法が施行されようとしていたりして、新しい種を人工的に持ち込むことに対する風当たりは強くなりつつある、ようである。先日出席した、日本植木協会・新樹種部会のセミナーでも大きな話題になっていた。

僕は別に「郷土主義」ではなく、「郷土種だけを使った里山緑化ユニット」のようなカタログを見ると、対抗商品として、セイタカアワダチソウとメリケンカルカヤとヒメムカシヨモギとセイヨウタンポポを植え込んだ「過酷な都市環境でも素早く緑化できる、侵略性帰化植物ユニット、ブルーギルの卵入り」でも作ったろかと思うくらいにアマノジャクだが、一方で、いまやそこらじゅうの沿道に生えているオレンジ色のポピーの風景に違和感を覚えるくらいにはトトロのココロも捨てられない。


金曜日。去年竣工して引き渡した施設の植栽について、ちょっとしたアフターケアのために、朝、秋雨の野火止方面に寄った。このあたりは武蔵野台地の東北端で、荒川の洪水原を挟んだ向かい側は大宮台地である。宅地開発はそれなりに進んでいるけれども、駅からちょっと離れると、土がやたらと黒い畑が広がり、そこかしこに雑木林や屋敷林があって、いかにも「武蔵野」というかんじの面影が残っている。

でも、おおむね、駅前がどこも醜悪なことになっている。駅前広場、特に郊外の駅の「再整備された」駅前はろくでもないところが多いが、こういう(失礼な言い方だったら申し訳ないが)中途半端な田舎だと、駅前広場ののアイデアの急ごしらえぶりと安普請ぶりが余計に目立って見える。

キオスクでNewsweek日本語版を買ったら、日本の若い建築家(妹島さん西沢さん坂さん青木さん隅さん岸さん)が世界を舞台に活躍しつつある、という記事があって、五十嵐太郎さんが解説コメントを寄せていた。五十嵐さんの入れ知恵かもしれないが、記事も急ぎ足の紹介にしては要点を得た内容。

ただ、最後のパラグラフがいわく「ここで紹介した建築家に共通するのは、空間や細部、素材について日本の伝統に基づく発想を持ち込んでいることだ。それは彼らの『建築のDNA』に刻み込まれたものだろう」。

そうかあ?
まあ、仮にそうだとしても、話が逆だ。先に「DNA」があるわけじゃないだろう。「彼らの『建築』という表現形式に、『空間や細部や素材』から、日本の伝統に根ざした(と思われる)手法が感じられ、してみると建築には文化的遺伝子とでも呼べるような事態が存続するという側面があるのかもしれない」とでもいうことだろ。

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