・Deck The Hall!!
エンジェル・ササキさんがクリスマスツリーを描いてくれました。
全周20kmあまり、比較的小ぶりな(それでもデカイが)地上絵です。「なんとかクリスマスに間に合いました」(←本人談)
しかし、背後に山を背負ってると絵になるなあ。
山地と平野の境目というのは、絵的には狙いめだな。
こちらは、石川初(いしかわはじめ)のweblogです。
2004年11月30日
エンジェル・ササキさんがクリスマスツリーを描いてくれました。
全周20kmあまり、比較的小ぶりな(それでもデカイが)地上絵です。「なんとかクリスマスに間に合いました」(←本人談)
しかし、背後に山を背負ってると絵になるなあ。
山地と平野の境目というのは、絵的には狙いめだな。
2004年11月29日
水曜日。
エコロジー系(妙な言い方だが、なんとなくニュアンスは伝わると思う)のカルチャースクールのスタッフの女性が職場に来訪され、企画中のプログラムのことなどについて相談をお受けする。今回、「庭」というテーマを据えて、まず、なんと造園学会にいきなり相談を持っていったそうだ。
たまたまなのか、対応した学会のスタッフが僕もよく知っている先生で、プログラム案の講師の名前の欄には、その先生が推薦したところの、僕が個人的にも知ってる名前がずらっと並んでいた。
せっかくなので「どうせなら」と言って、レクチャーの順番とか構成とか、講師に話してもらう内容とか、いろいろと口出しさせてもらい、書き直したら、なんか造園学科学部3年の半年分の講義のシラバスみたいな内容になってしまった。
イキウマの目を抜くがごとき週日が過ぎ、週末。
子供の面倒をみながら自宅へ持ち帰ったPowerbookで終日、お手伝いしている企画展示(って東京キャナル。)のための作業。成果品の形式の認識に齟齬があったため、その修正と追加の内容を作る。僕は、成果品を睨んで内容を補強するという作業の進め方をするので(というか、それがオトナの仕事のしかただぞ。ふつう)、順番が狂うと時間的精神的なダメージが大きい。でも「やる」と言ったのは自分だからやるしかない。僕が工程に楽観的だったのが悪いのだ。やれやれ。
月曜日。
さほど大きな職場ではないのに、auのタルビーを買った同僚が2人。ちなみにどちらも20代の女性で、どちらもグリーンを選んでいた。触らせてもらったが、ぜんぜん悪くないぞこれは。
深夜、職場に一人のこっていると、こんな時間に代表番号に直通電話がかかってきた。ため息をついて電話に出たら、どうも誰かのポケットの中で携帯のリダイヤルが押されて、気づかないうちに電話してしまっているらしい。電話の向こうで、衣擦れみたいな音(たぶん歩行中のポケット内部の音)が延々としている。時折、くぐもった話し声が聞こえる。悪気ないことはわかるんだけど。
先方の電話代を浪費させることにし(←なんというやつ)、そのまま切らずにおいて仕事した。(すぐに切れた。。。)
2004年11月25日
(少なくとも僕の知人のなかには)聴いていた人はいるまいとは思うが、TBSラジオの深夜番組に電話で「出演」した。お題はやはり、「東京ナス化計画」について。もちろん、ラジオ番組に出るネタなんて、僕にはそれしかない。
夕方、プロデューサーの方からいきなり職場に電話がかかってきて、こういう趣旨で、深夜番組に電話で出て欲しい(しかも今夜)という依頼を頂いたのだ。生放送ですかあ?と最初は渋ったのだけれど、なんか口車に乗せられた、というか、こういうのを断れない僕の性格はなんとかならんものだろうか。
番組が始まる前に、確認と軽い打合せの電話があった。その後、番組が始まってから、出演の直前に「本番」の電話がかかってきた。そのまま切らずにお待ち下さい、と言われ、背後でパーソナリティがしゃべっているのが聞こえ、「その、イシカワハジメさんと電話が繋がってます。もしもし!」。おおお。
まあしかし、話し始めると調子が出てきて、わりとよどみなくおしゃべりができたのだった。パーソナリティの「振り」も巧みで。ほんの6、7分だったのだが、なんか、あっという間だった。妻が横でラジオを「リアルタイム」で聞いていた。いやはや。
録音しそこねた。あとでMDか何かで送ってもらおう。
追記:
番組「〜夜な夜なニュースいぢり〜X-Radio バツラジ」の「放送後記」。
劇団主催してる人だったのか。。。こちらこそ、いいノリで楽しかったです。どうも。
2004年11月23日
水曜日(勤労感謝の日)。
休日なのに(休日だからというべきか)、東京キャナル・調査研究チームの若き学生スタッフたちが調布へ集まってくれた。カワゾエくんサイトウくんクリウさんありがとう。じつに頼もしい人材群。でもクリウさんは僕をしばらく「ハセガワさん」と呼んでいた。数回目に注意を喚起しなかったらそのままずっとハセガワさんのままだったかもしれない。
そういえば、昨日、僕宛てに自宅へ届いたFAXの宛名が「鈴木初様」となっていたし、RHS-Jから送られてきた会報には「伊藤様」というレターが入っていた。・・・「イシカワ」なんてそんなに難しい名前じゃないんだからさ。
いま、明治神宮内苑の森ではシラカシのドングリが旬だ。内苑に接している原宿駅の神宮側のホームや、山手線外回りの線路敷きには、ほとんどびっしりと地面を覆うくらい、小さいドングリが落ち散らばって光っている。原宿駅というのはじつに希有なロケーションだ。
遺伝でもあるまいが、2歳の長男は木の葉や実が大好きで、こういう、ドングリが散らばっている地面を見つけたりするとたいへんである。ほとんど冬支度に入ったリスみたいな振る舞いに出る。そこで、この性質を利用して、毎朝、自転車を駆って保育園へ送り届ける道すがら、マツボックリを拾ったりコトネアスターの実を取ったりしては息子に手渡して、なぜ風媒花が地味なのかとか、こいつはこう見えてバラ科に分類されているんだというような基礎知識の注入を試みている。
植物生態学の学習に関しては、現在のところ効果ゼロ。でも、毎朝、同じ道を通いながら実や花を探していると、アオギリ、カリン、オシロイバナ、フウセンカズラ、ナンテン、ユズ、と、「収穫物」の移り変わりに季節のを感じるようになるのである。
うちの庭では草が紅葉している。葉が青みを帯びた深い緑の草ほど、赤く紅葉する傾向があるように見える。リトル・ブルーステムの赤い立ち姿が美しい。
2004年11月19日
RHS-J(英国王立園芸協会日本支部)の協会誌に、RHSのオーナメンタルグラスに関する英文記事の解説、「パンパスグラスの風景力」と題した文章を寄稿しました。主旨は、このXLサイズの草は、外見も性格も見どころのある奴である、しかし地域によって、条件が許せば悪辣な雑草になるらしいので、気をつけましょうね。というもの。
特定外来生物被害防止法が施行されようとしていたりして、新しい種を人工的に持ち込むことに対する風当たりは強くなりつつある、ようである。先日出席した、日本植木協会・新樹種部会のセミナーでも大きな話題になっていた。
僕は別に「郷土主義」ではなく、「郷土種だけを使った里山緑化ユニット」のようなカタログを見ると、対抗商品として、セイタカアワダチソウとメリケンカルカヤとヒメムカシヨモギとセイヨウタンポポを植え込んだ「過酷な都市環境でも素早く緑化できる、侵略性帰化植物ユニット、ブルーギルの卵入り」でも作ったろかと思うくらいにアマノジャクだが、一方で、いまやそこらじゅうの沿道に生えているオレンジ色のポピーの風景に違和感を覚えるくらいにはトトロのココロも捨てられない。
金曜日。去年竣工して引き渡した施設の植栽について、ちょっとしたアフターケアのために、朝、秋雨の野火止方面に寄った。このあたりは武蔵野台地の東北端で、荒川の洪水原を挟んだ向かい側は大宮台地である。宅地開発はそれなりに進んでいるけれども、駅からちょっと離れると、土がやたらと黒い畑が広がり、そこかしこに雑木林や屋敷林があって、いかにも「武蔵野」というかんじの面影が残っている。
でも、おおむね、駅前がどこも醜悪なことになっている。駅前広場、特に郊外の駅の「再整備された」駅前はろくでもないところが多いが、こういう(失礼な言い方だったら申し訳ないが)中途半端な田舎だと、駅前広場ののアイデアの急ごしらえぶりと安普請ぶりが余計に目立って見える。
キオスクでNewsweek日本語版を買ったら、日本の若い建築家(妹島さん西沢さん坂さん青木さん隅さん岸さん)が世界を舞台に活躍しつつある、という記事があって、五十嵐太郎さんが解説コメントを寄せていた。五十嵐さんの入れ知恵かもしれないが、記事も急ぎ足の紹介にしては要点を得た内容。
ただ、最後のパラグラフがいわく「ここで紹介した建築家に共通するのは、空間や細部、素材について日本の伝統に基づく発想を持ち込んでいることだ。それは彼らの『建築のDNA』に刻み込まれたものだろう」。
そうかあ?
まあ、仮にそうだとしても、話が逆だ。先に「DNA」があるわけじゃないだろう。「彼らの『建築』という表現形式に、『空間や細部や素材』から、日本の伝統に根ざした(と思われる)手法が感じられ、してみると建築には文化的遺伝子とでも呼べるような事態が存続するという側面があるのかもしれない」とでもいうことだろ。
2004年11月18日
雑誌「日経ゼロワン」1月号の、「発熱・流行回路」という、デジタルもののトレンドウォッチのコーナーに、「GPSで遊ぶ人」のひとりとして掲載されました。
ライターの吉村さんの文章は、用語の解説とか、僕がしゃべりまくった話の要約とか、さすがにとても上手だ。同じ記事中で「交点ハンター」として紹介されている若狭さんとは、一度だけメールを交わしたことがあるだけなのだが、顔写真入りで「ご一緒」すると、なんだか顔見知りになったような気分。
もしお手元にありましたらご笑覧ください。巻末、195ページ。
2004年11月16日
日経アーキテクチュア誌の特集「環境デザイン2004」の片隅に、設計協力したプロジェクトが掲載されました。マンションの外構。先日、取材に来られた若い記者氏は一生懸命でなかなか好感の持てる人であった。
S2のマンションがかっこいい(プロスペクター日記で山本さんも「いいお仕事です」と誉めてた)。杉浦さんのお仕事は冴えていて僕は好きである(言うことはつまらないが、それはまあそれで)。
でも「脱・おざなり外構」ってのはまた挑発的なタイトルだなあ。これまで「おざなり」で悪かったな。じゃなくて、どれが「おざなり」だよ。言ってみろ。←怒ってどうする。なんか、日経アーキってこういう、不必要に扇情的なところがあるんだよな。
全編「辛いことも多いけど、みんなで頑張ろうね」という調子で、そのくせ自己批判/批評能力に自信がなくて、「この業界の明日を考える」みたいな特集には「外部の識者」を集めて座談会にし、プロジェクト紹介は専門家でなくライターが書き、必ず「利用する市民の声」を載せちゃう、でも技術解説記事や商品広告はめちゃめちゃコアな土木専門誌「日経コンストラクション」と対照的。
土曜日。
妻は仕事に出かけ、僕は自宅で父子水入らずの親密な時を・・というか、2.2歳男子と0.5歳女子のベビーシッティング。あわよくば、会社から持って帰った仕事とか、「東京キャナル」の作業を少し進めようと思っていたのだったが、まったくもってぜんぜん「あわよく」なかった。まとわりついてくる2歳児と、定期的に泣き出す0歳児を交互に面倒見ている間に日が暮れる。
日曜日。
午前中、教会の「祝福式」で長女に祝福を受けるため、久しぶりに礼拝に出席(実に不真面目なクリスチャンである)。
午後、免許の書き換えのために府中の免許試験場へ行った。これまで、優良ドライバー・ゴールドカードだったのだが、昨年「違反」があったため、今回は3年間有効の免許に落ちてしまった。おまけに、違反者向けの2時間の講習を受けさせられた。前半は事故の種類と起きやすい状況、新しくなった道交法などについてのレクチャーで、僕は居眠りをしてしまった。そうしたら、後半、酒酔い運転による過失致死の悲劇を、被害者のご家族へのインタビューを交えつつ再現したビデオが上映された。レポーターが東海林のり子さんであった。これはすさまじかった。それまで、なんとなくダレていた講習会場の雰囲気もがらりと変わって、しんと静まりかえっていた。講習が終わったら、受講者の半分くらいが立ち上がって、僕はもう運転やめます、と免許を返却しに行くんじゃないかと思った(もちろん、僕も含め、そんな奴は一人もいなかった)。
ヒゲを剃っていくのを忘れ、おまけに髪の毛がぼさぼさだったので、ひどい写真になった。この冴えない顔写真で3年間、携行しないといけないのである。もらった新しい免許証を眺めてあらためてそのことに気がついて暗然とした。。。
それにしても、自分の運転免許を更新しておいてこういうことを言うのは何なんだけれど。
講習では「誰も事故を故意に起こそうとしているわけではなく、ちょっとした判断ミスや認知ミスが他人の命を奪うような事故を引き起こすのだ」というフレーズを繰り返し聞かされた。いや、それはそうだろうが、そんな、誰でもうっかり起こすような「ちょっとしたミス」が簡単に人を殺してしまう、そんな機械が、広く素人の手に委ねられているという、現代のこの「車輌ー車道系システム」がそもそも、なんか大きく間違ってるような気がするんだけどな。
2004年11月13日
うわ!やられた!
雑草の種類の同定はいい加減だし(ぜんぶオオバコにするなよ。。図鑑持って回りなさい)、リュウノヒゲが雑草呼ばわりされているし、自由が丘の「コケ」はあれは壁面緑化のセダムだ(造園屋さんが気の毒だ)けれど、まあそういうのは野暮な突っ込みで。各地の雑草の「寄せ植え」なんか、けっこういい。
「東京街野草の会」←そのうちやろうと思ってたのだが、うかうかしていたら、先に実践されてしまった。フットワークがいいなあ。デイリーポータル。勝手にライバル視。
2004年11月12日
夕方、事務所に東大・生産技術研の田中浩也さんが来られ、しばしミーティング(というかおしゃべり)。
田中さんはPhotoWalkerの開発者。説明すると長くなるのでリンク先参照ください(田中さんが帰られたあと、事務所の若い連中に「あれはどなたですか」と訊かれ、フォトウォーカーの開発者だと言ったら、ちょっとしたどよめきが起きた)。
PhotoWalkerは、街に接近する手がかりのスケールという点では、「近景」の連鎖を「中景」に翻訳して組み立てて見せるものだ。このアプローチは、地上での「遠景」が稀な、都市部で特に有効だと思う。佐藤さんが、建築「体験」を編集・公開するための道具として応用されている(というか使いタオシておられる)。田中さんによれば、佐藤さんというパワーユーザーからのフィードバックは、Photowalkerのバージョンアップに多大に貢献しているそうである。
次なる「ツール」として、田中さんが作り始めているのは、仮称「Geo Walker」という、「視覚」にフォーカスしているPhotoWalkerとはちがうやりかたで、歩行のリズムやピッチや、建築の床やエレベーターも含めた「土地の起伏」の体験をデータに翻訳して記録できるようにする、「地表系システム」である。開発の参考にラ系の意見感想を採集するために来られたのだった。
「試作品」と、その「再生」を見せてもらったのだが、これがまた、感動的に面白い。会社にゼロックスのJ-Star(Mac開発のきっかけになった、Xerox Starの日本語版ですね)が来たときに見たデモとか、HOKで初めて本格的なCADというものを触ったときとか、西村佳哲にハイパーカードを教わったときとか、しかしどれもこれも古いなあ。最近では初めてeTrexの電源を入れたときだろうか。まあともかく、たまにそういう「う!ここを開けて先へ行くとすごいぞ」という、ちょっとだけ開いている期待の扉の前に立ったような気持ちを味わうことがあるが、Geo Walkerはかなり有望でわくわくさせる夏への扉の予感がするぞピート。
帰路。
終電間近の山手線は混む。
僕は原宿ー新宿間を利用しているが、山手線外回りは、新宿高田馬場池袋方面へ向かう、渋谷で乗り込んできた、ほろ酔い加減の若年齢乗客群がぎっちり詰め込まれた状態で原宿へやってくる。
混んでいるといっても、朝の通勤ピークの押し寿司みたいな混み方にくらべればちょろい状態なのだが、混雑の中の身の処し方というか、車内やホームでの移動には、この時間帯独特の困難さがある。乗客に「満員電車的振る舞いのスキル」が欠落している人が多くて、ひとりひとりが、周囲にほとんど「対応」しようとしない。身の回りの状況をぜんぜん受信していないみたいに見えるのだ。
まあ、ヘッドフォンかけてケータイでメールしたりして、「心ここにあらず」状態だから無理もないが、せめて、ドア際に立ってるくせに、降りようとする「流れ」に対抗して身を固くするという、射程距離ゼロの無意味な突っ張りはやめてほしいんだよな。新宿へ着いたとき、ワカモノが二人、乗降客を混乱させたうえに結局もみくちゃになりながらホームへ押し出され、「なんでこんな混んでんだよ」「あー、松本へ帰りてえ」と文句を言った。止めねえよ。松本へでも南アルプス市へでも帰れよ。あるいは朝8時の総武線で研修してから来い。
2004年11月10日
http://www.s-onsite.com/
オンサイトのウェブサイト。
見たことのない写真がいっぱい見れるし、プロジェクトの地図までついているから、好きな人はオンサイトの仕事巡りができるぞ。この手のウェブサイトにしては見やすくできている。
けど、こういう、ジャバスクリプトでウィンドウサイズ固定されたり、全編フラッシュで、メニューがいちいち動いたりするのがうっとうしいと言うか、押し付けがましく感じてしまうのはなぜだ。
写真家、北野謙氏の「our face」。
http://www.ourface.com/ourface/index2.htm
いま、globalという言葉が盛んに使われます。本当に世界はグローバルになっているのでしょうか?どこか、アメリカとか東京とか、ある一つの「中央」を中心にしてそこから円を描くように内側に向かって、 均質にしてゆく人間やイデオロギーが存在してゆく構図があるばかりのglobalにも思えます。その均質な円の周辺や外側にいる人々、そこに入ることを潔しとしない人々を排除したり、無視していくような構図があるようにも感じます。世界に中央など存在しません。世界はたくさんの「ローカルの集積」によって成り立っているのだと私はイメージします。盛んに言われるglobalという言葉を、そんなふうに、個やlocalの集積として、誰もが持っている顔というイメージのなかに捉え直そうというプロジェクトです。重なり続ける一枚の肖像はカメラの前に立った一人の肖像であり、同時に全部のひとの肖像です。
しかしまあ、これを眺めてから、周囲を見回すと、あたりにいる人たちの顔がそれぞれ、一人一人、例外なく、ものすごく個性的でクセのある、濃い顔に見えてくるな。
2004年11月 9日
http://www.ktr.mlit.go.jp/toukoku/michikeikan/shinsa.html
公園が1位になっちゃうのか。。。
首都高を護岸の一部にするとか、首都高のシステムを見直して路面電車を導入するとか、首都高を「建築化」して日本橋の街のインデックスにする、というような案が「次点」になっている。
最優秀賞はたしかに、一目で(少なくともプロ意識や知的特権者意識が余計な邪魔をしなければ)「こうなったらいいなあ」と思わせる、きわめて「まっとう」な風景像を描いている、と思う。いやもちろん、いろんな留保がくっついてくるのはわかっている。でも、これをまともに「よい」と「言えない」不健全さについて、ちょっとまじめに考えないといけないと思うな。
とはいうものの。趣旨説明文の、この、目眩がするような常套句のコラージュはいったいなんだ?「癒しの軸」はないだろう。軸が癒すのかよ。こういう、素朴でストレートなイメージが、えてしてチープな決まり文句とセットで出てきてしまうのが困る。僕がこういうのを咄嗟に素直に喜べず、警戒しちゃうゆえんなのである。
前夜、子供の調子が良くなくて夜泣きしたうえ、会社から持ち帰った仕事やら妻の仕事やら、やることが多くて睡眠時間が大幅に削られ、週明けからいきなり眠い月曜日。
夜、東京キャナルの、次の展示会へのワーキング打ち合わせ。
先週、仕事の割り振りがされたときは、割と軽く考えていた。
ところが、週末、打ち合わせのための「たたき台」を作り始めたら、これは「軽く考え過ぎ」だったということがありありと判明。そこで、昨日、打ち合わせに顔を出したときにはもう、気分的に打ちひしがれていた。
ところが、打ち合わせが進み、じつに頼りになるスタッフがごそっと担当してくれることが決まった(はずである)。途端に見通しが明るくなって胸を撫で下ろす(単純だ)。
リビングワールドの最近の仕事:
http://livingworld.net/index.html
西村氏からメールもらって、慌ててチェック。
「土の10日間」:これは面白い。上手だ。以前、某・複合再開発の開業記念イベントで、都内全域をグリッドに区切って表層土のサンプリングをし、地図上に並べて展示して、展示期間中に「生えるに任せる」というアイデアを出したことがあるんだけど、企画会議で相手にされなかった。。。(横に座っていた田中浩也さんが「面白いんですけどね」とつぶやいてくれたのが唯一の。)そう、こういうのはもっと気軽にやってしまえばいいのだった。来年の春、子供と一緒に「調布の地面インデックス」をやろう。
「COLORS & CLOUDS」:これはカワイイぞ。咄嗟にレオ・レオーニの「あおくんときいろちゃん」を思い出した。(ただ、みなとみらい線そのものについては、たしかにキレイだけど、地下鉄が頑張っちゃってもなあ、という気がして、よくわからん。)
「内田洋行のコーポレートミュージアム」:うわ。こ、これは鳥肌だ。行きたい。
2004年11月 6日
11月3日(水曜日/文化の日/誕生日)。仕事の波が押し寄せてオーバーロード気味なここ数週間、平日に休日が挟まっているのは作業スケジュール的に打撃が大きいのだが、目をつぶって「休み」にする。
家族4人で、経堂の恵泉女学園の文化祭へ行き、その後新宿御苑へ、東京ピクニッククラブの2004年度最後の公式ピクニック「フェアウェル・ピクニック」に行った。着いたときにはもう午後3時過ぎで、ほんの1時間しか居られなかったのだが、御苑の芝生広場は、紅葉し始めている木々が乾いた芝生に影を落とし、風は涼しく、ラグにユリノキの落ち葉が舞って、いかにもピクニックシーズンに分かれを告げるにふさわしい、明るく寂しい秋のイギリス自然風形式パストラルランドスケープが展開し、とてもよい雰囲気であった。
そこで、日経BPから創刊された、雑誌「Soltero」に掲載された記事を見せてもらった。東京ピクニッククラブはこれまでも、いくつもの雑誌やラジオ番組で紹介されているが(今回のピクニックにもBe-palの編集のかたが取材に来られていた)、太田さんたちはこれから単行本の出版も目論んでいる。
4時、御苑の閉園とともに解散。4時なんかに追い出され、「夕陽を見る権利すら奪われている」というのがピクニシャンの御苑「批判」のひとつなのだが、時期が時期なものだから、帰り支度をしているときにちょうど木立の向こうに日が沈んだ。
金曜日。コンペの打ち上げ(といっても、僕はほとんど何もできず、名前だけチームに加わったような、打ち上げに呼んでもらうのが申し訳ないような参加だった)。グラフィックデザイナーの相澤信彦さんとお会いした。席上、相澤さんが、グラフィックなどのデザインのコンペやシンポジウムでは、審査員やパネリストに他の分野の人も積極的に招いたりするのに、建築はいつも建築の人ばかり集めるのはなぜですか、という、きわめてまっとうな質問をした。まあ、そう思われているんだろうなあ。というか実際にそうだしな。
あと、マリコさんは酔って知人に電話して、いきなりそのケータイを僕に押しつけたりするのはやめるよーに(←あ、書いちゃった)。
膝を打つような記事がふたつ(こういうところばかり拾い読みしている俺はいったい)。
ひとつは、難波和彦さんの、「地球のたまご」に関するもの。難波さんが指摘されている、「先進的なパッシブ技術の背景にある『地球に優しい』『自然の回復』といった紋切り型イメージが、無意識にデザインを支配しているように見える」事態は、造園の場合、屋上緑化やビオトープや郷土の森といった環境施設の多くに、そのまんま当てはまる。
もうひとつは、太田浩史さんの「東京キャナルのレポート」に関するところ。さすがだ。どうしてもっと多くの人がこういうことを言わないんだろう。書きたいことはまだあるが、取り急ぎメモ。
先月、残り少ない日本の「未訪問」の交差点二つが「制覇」されていた。
北海道の交差点。
45N,142E
http://www.confluence.org/confluence.php?visitid=9666
この方の「訪問記」もユーモアがあって面白い。熊よけの鈴をつけていなかったため、口笛で「森の熊さん」を吹きながら進んだそうで。
すごいのはこれだ。
37N,139E
http://www.confluence.org/confluence.php?lat=37&lon=139
本州の陸上では最後の未訪問交差点だった。山中でキャンプしながら3日がかりで到達している。訪問記はほとんど、どこかの未踏峰に挑んだ「登頂記」みたいである。僕は(稜線を歩くだけの縦走登山だが)谷川岳とか巻機山とか、上越国境の山に登った経験があるので、このポイントに到達する困難さはよくわかる。いやあ素晴らしい。拍手。お疲れ様でした。
2001年の6月に九州で初訪問されてから3年半、訪問された日本のポイントは44カ所。おおむね1ヶ月に1カ所の割合で「制覇」されてきたわけだ。これで、日本の陸上のポイントで未訪問なのは北海道にひとつ残すのみになった。
http://www.confluence.org/country.php?id=74
北海道にお住まいのどなたか、いかがでしょう。
「未訪問ポイント」がなくなると、初訪問のプレッシャー(?)も感じずに、落ち着いて「再訪問」できそうである。3年前、当時まだ妻のおなかの中にいた長男(しかもそのときは気付いていなかった)とともに行ったポイントに、また行ってみようかと思ったり。
2004年11月 5日
木下さんの日記、食事と飲酒の作法。
僕もイギリス(ほとんどウェールズにさしかかったあたり)にしばらく滞在したことがあったが、最初の日に僕が酒を飲まないと知るや、翌日から2度とビールを勧められることがなかった。
フランスでは、こんな経験をした。
ヴェルサイユの近くに住んでいる、父親が仕事で知り合ったフランス人夫婦を訪ねたら、かつてゴッホが住んでいたという建物で営業しているレストランへ連れて行ってくれた。むろん、食前にワインが開けられた。僕がほんの形ばかり口を付けて、あとは飲まずにいると、旦那が、なぜワインを飲まないのか、と僕に尋ねた。僕が、酒が飲めないもので、ワインもあんまり、と答えると、ご夫婦はそろって目を丸くし、まるで僕が、実は火星人なんです、と告白したかのような顔で僕を見た。
ご主人「ワインは酒じゃないよ」
僕「・・・はあ」
ご主人「ワインは身体に良いよ」
僕「はい、いや、そうでしょうね」
ご主人「添加物も何も入ってない。天然のブドウを搾っただけだ」
僕「いや、それはよくわかってます」
ご主人「試しに飲んでみたらどうかね(僕が食わず嫌いしていると思ったらしい)」
僕「飲んだことはありますよ。以前にワイン飲んで気持ち悪くなったこともあるので」
ご主人「なるほど。でも、それはフランスのワインじゃないだろう?」
結局、ご主人の気持ちを尊重して何杯か飲んでしまい、その夜と翌日はじつにツライ観光になった。帰国後に聞いたら、(僕と同じく酒を飲まない)父も、同じ相手と、まったく同様な会話をした、ということだった。
2004年11月 4日
「東京ナス化」について、印刷ではない媒体の企画/制作会社の方が取材に来られた。朝日のbeの記事を読んで、ということだったので、予想はしていたのだが、話を伺ったら、案の定「子供を背負ってママチャリで走るお父さんの微笑ましい趣味」というノリの企画案だったのだ。
ううむ、それは違うぞ。いや、そういう側面があることは否定しないが、今後はbeと同じ切り口はご免こうむる。というわけで、GPS(だいたい、別にGPSでなくってもいいのである。手軽に位置情報を記録できる測量ツールであれば)を「手がかり」にして僕らが何を「味わおう」としているのか、ということについて、センソリウムの「Night and Day」から、「Degree Confluence Project」「GPS Drawing com」「時空間ポエマー」「Urban Landscape Search Engine」「バーチャル卸町マップ」「My Landmark」「Geocache」「数値地図と衛星写真とカシミール3D」「Keyhole」、さらにデジタルマップフェアで仕入れたGISの話やパソコン地図、おまけに「地図Night」まで引き合いに出して、ひとくさり話をしてしまった(昼休みが潰れた)。
これが意外にも、というべきか、制作会社のディレクターのかたが「聞き上手」で(おおむね、こうした「編集」のプロは聞き上手が多い)、しかも、もともと地図や街歩きが好きな方だったようで、ちょっと楽しいひとときになってしまった。
天気予報には衛星写真が映され、都心の高層ビルからは模型のような「都市の風景」が眺められ、カーナビやデジタル地図が普及して、いつのまにか僕らは街や土地を「俯瞰する視点」を身につけている。現代の「遠景」だ。でも、むしろそのために、街に身を置いたときの「地表の実感」との乖離が埋めがたい。ことに、建物に覆われて見通しが利かなくなり、「中景」を失った都市部においてはそうである。モブログの多くの写真は、いわゆる「風景」でなく、レストランのテーブルに並んだ料理の皿だったり、道ばたの看板だったりする。ああいった、ケータイのカメラの被写界深度が捉える「近景」が、僕らの「地表の実感のスケール」なのだと思う。先述したようなプロジェクトはどれも、この「乖離」を、埋めないまでも「ちょっと接続」してみようという試みなのだ。
むろん、自分の「位置」を見定めたからといって、それで何かが大きく解決するわけではないんだけど。でも、日常、社会的に、時間的に、つねに「自分の位置」を確かめているように、自分が地上の「どこにいるか」を確かめたい、という抜きがたい衝動が僕らにはある(いや、あんまり関心のない人も多いみたいだが、経験的に、20人に1人くらいはそういう欲望を持っている人がいる)。これは実は、わりと根源的に、僕らの自己同一性に関わってくるくらいの「衝動」に思える。「地図好き」は、日本で初めて「茫漠たる座標系の上での自分の位置を確かめつつ」列島を一周した伊能忠敬から連綿と続く、「地表系の系譜」の末端にいるのである。名付けて「伊能組」。
2004年11月 2日
電車の中で、向かいに座った女性がいきなり化粧を始めたりすると、以前はその無神経さというか、こちらを景色の一つとして無視しているという事実が神経に障ってしまい、仕返しにここで子供のオムツ替えたろか(←なんのためだ)などと思ったりしたのだが、最近はなんだか慣れてしまって、朝、混んだ電車の中で化粧している女性が傍らにいても、揺れた拍子に僕の服につけたりしないでくれよな、程度にしか気にならなくなってしまった。
それにしても、電車化粧女性をますますよく見かける。最近は、「仕上げ」だけじゃなく、ファンデーションからフルコースで「構築」する人もいる。メイクアップのプロセスがぜんぶ見える。てきぱきと手際のいい女性だと、思わず見とれてしまうが、ビューラーしている目は三白眼でコワイ。一番「揺れ」に弱いのはマスカラのようである。でも、スッピンで電車に乗ってくる女性も、スーツはびしっと着込んでいる。ハイヒールは踏まれると危ないし、階段の下りで急に歩くスピードが落ちるから、立体的な乗り換えの多い首都圏の通勤にはまるで向いていない履物だ。化粧を通勤時間に回すなら、スニーカーで通勤して、オフィスで履き替えてもいいんじゃないかと思うんだが。
どうせなら、眠い目をしてパジャマで電車に乗ってきて、下着から何から手早く全部着替えちゃうというのはどうだろう。それはそれで、かなり車内をエンタテインしてくれると思うんだが(←ばか)。
追記:境さんのログ。
なるほど。そりゃそうだ>プロセスを見せるのはナチュラルメイクではない。
では、逆に、帰りの電車でメイクを落とすのはどうだろう。夕方、帰宅の下り電車に乗ってきて、いきなりジェルとコットンで化粧を落としはじめ、千歳烏山に着く頃にはすっかりスッピンになって、お風呂上がりみたいな顔で降りるのだ。本日の営業は終了!という感じがよく出ると思うんだが。
先週末以来、「東京ナス化計画」という検索キーワードによるヒットが激増し、こちらもそれで検索したら、記事にされているblogをいくつか発見したので、記念にトラックバック。
http://blog.bibinko.com/
とても丁寧なご紹介と解説。
http://bright-yellow-2.way-nifty.com/aquazone/
受信機、個人的にはGARMIN Geko201がおすすめです。
http://dragon-tips.cocolog-nifty.com/dragon_tips/
なるほど。絵を見つけるのは、あたらしい街の名を呼ぶこと、なのかもしれないぞ。
http://tonton1234.ameblo.jp/
ケンチク家も普通の人から見たらマニアックですよね。けっこう。
http://yomikaki.hiho.jp/blog/
こちらにも「地図好き」が(というか登山者は基本的に地図好き)。「地図愛ネット」が作れそうです。
http://yuki-monologue.air-nifty.com/
「グッジョブ」ありがとうございます。
http://www.kanshin.jp/bicycle/index.php3?mode=home&id=19636
関心空間:「自転車部」。
http://blog.livedoor.jp/jangada25/
時々日記@jangadaさん。
http://d.hatena.ne.jp/rikuzen/
はてなダイアリー、yskさん。
サイエンスライターの森山和道さんの日記にも。
http://www.moriyama.com/diary/2004/diary.04.10.htm#diary.04.10.31
地図といえば、先週、日本地図センター主催の「デジタルマップフェア2004」に行ってきた。仕事柄、植生や地形の解析や、景観シミュレーション(といっても、簡易な「なんちゃってシミュレーション」なんだけど)をするので、いちおう「仕事」である。
本格的なGISを構築するシステムを売っていたりする企業のブースでは、説明を聞いても半分もわからない(何ができるかは理解できるが、現在の技術がよくわかっていないので、それが従来のものと比べて、どう画期的で有効なのかがわからないのである)のだったが、電子地図とか航空写真とか地形データによる立体模型とかExel使った簡易GISとか、仕事にも楽しみにも使えそうなネタを両手いっぱいに仕込み、販売コーナーで日本地図センターの月刊誌「地図中心」のバックナンバーを何冊も買って帰ってきた。楽しいひとときであった。
*記事を修正して保存しなおしたら、間抜けにも2重にトラックバックが送られてしまった。。。すみません。慣れていないもので。
追加(11/06):
http://yaplog.jp/morigaki/
北海道、道南は瀬棚の「モリガキ農園」から。
実は、この若き農場主の奥様が、僕の高校の後輩で、大学時代に母校で教育実習をした際の「生徒」のひとりなのだった。彼女からメールを頂いたんだけど、連絡を取ったのは実に18年ぶり。全国紙の威力だ。
農園のホームページには、全編「北の国から」のセットのごとき美しくも牧歌的な風景の写真が並んでいるが、これは本当である。こういう場所である。僕が卒業した高校では、修学旅行の一環として、この地域の酪農家で1週間ばかり実習するという伝統があって、僕もお世話になったことがあるのだ。積み上げた牧草のカタマリの上に乗っかって、トラクターに引かれて牛舎へ戻りながら眺めた、周囲の森と牧草地の起伏の連なる向こうの海を染めて沈む夕陽はほとんど「荘厳」というべき風景だった。僕の高校は普通高校にしては異様に農業系へ進む卒業生が多いが、これには、あの風景も大きく「効いて」いるだろうと思う。
ただし僕の場合、実習が始まって3日目に発熱して倒れ、2日間、宿舎で寝て過ごしつつ、自分がこういう職業に向いていないということを思い知った(しかもそこは、瀬棚の中でも実習生にやさしい作業を課すことで知られた農家だった)。
この地域も、離農者(農業を諦めて出て行く人)が相次いでいる一方、こうして新たに入植して農業を始める若い世代が何人もいるそうだ。頼もしい。