土曜日。「地図NIGHT」に参加した。
ULSE(アーバン・ランドスケープ・サーチ・エンジン)の主催のひとり、岩嵜くんの呼びかけで、
> 意外と多そうなそんな地図好きな人たちが一同に集まって、普段
> は周囲の人たちになかなか切り出せない(?)地図の話で盛り上がれれば楽しい
という、膝を打つようなスポット・ヒッティングな趣旨の集まりであった。
夜7時半、ULSEのメンバーや、知り合いで「好きそう」な人たち(帰国間もない霜田くんまで顔を見せた)や、本江さんのウェブログ見て来られた専修大の先生まで、十数人が東麻布の「foo」に集合し、明治の陸軍陸地測量部の作成図、渋谷「記憶地図」、Googleの全国市町村別「地名検索ヒット数」分布図、商店街活性化プロジェクトとしての「ULSE地域版」、市民参加「グリーンマップ」、アメリカの都市のサイクリングマップ、汎地球人工衛星データ閲覧ソフト、函館関心空間「つながり」マップ、Yahoo!電話帳データ利用による首都圏コンビニ分布図、京都市の「史跡今昔鳥瞰図」、縄文海進時の海岸線である「海抜10m線」フィールドワーク、と、それぞれ、自分が作ったり気に入っていたりする地図を持ち寄って見せ合い語り合うという、僕は終電まで4時間、掛け値なしに「至福のとき」を過ごした。
別れ際、岩崎くんが言っていたが、地図へのポジティブな思いに惹かれて、というのは「人の集め方」としてもなかなか雰囲気の良い場づくりなのだった。企画して下さった岩嵜くん、お誘い下さった元永さんありがとう。
江戸切り絵図からEZ-Naviwalkまで、僕が「地図」に心躍るのは、地図が「あらわそう」とするもの、に限りなく興味を抱き続けているからだ。都市だろうと山岳地帯だろうと、どれほど切り口を増やして記号と絵を尽くしても、その「土地そのもの」を伝えきることはできない。でも、だからこそ、意外で冴えた軸による「切り取りかた」によって、その土地の相貌を垣間見るのが楽しいのだし、そういう切り口で土地に接近しようとする「地図作者」の視点や姿勢や思いに共感したり驚嘆したり興奮したりするのである。
(以下、いつごろからどのようにして僕が地図に没頭するようになったかという話を書こうと思ったのだが、長くなるので後日。)
日曜日。午前中は、調布駅前で妻が借りているシェアオフィスのテーブルを借りて、お手伝いしているプロジェクトの打合せ。僕の勝手な都合で、場所を調布にしてもらったのだ。驚いたことに、寺田真理子さんがOM氏と知り合いであることが判明。要するに、寺田さんは「全員」と知り合いなんだと思う。たぶん。(「話題に詰まったら、寺田さんの話を出せば取り敢えず間が持つ」とナガオさんが言っていた)
午後、日経ゼロワンのかたが自宅へ取材に来られる。先週のA新聞さんは「趣味のひと」にピントを合わせていたんだけど、日経ゼロワンはもっとツール寄りの「デジタル機器の楽しみかた:GPS編」という趣旨の記事だった。カメラマンを伴っていらっしゃったのは、フリーのルポライターの吉村さんというかたで、インタビューが巧みで、話している僕が楽しんでしまった。
デジタル機器としてのGPSの魅力って何でしょう、と訊かれて、思わず「ざらざらしているところです」と答え、自分自身で妙に納得してしまった。
デジタルに終始して完結している機器や表現物はツルツルしている。GPS受信機の場合、手のひらにおさまるような機械が、人工衛星が発する電波を捕捉して数メートル単位で全地球座標系の位置を特定する、というのはすでに驚異的な「カティングエッジ」のテクノロジーだが、一方で、それを手に持って大汗をかいて地面を移動して、はじめてその効果が得られるという、「入力」と「出力」はきわめて「ザラザラ」だ。
地図もGPSも、つまり地表をなで回すためのツールなのだった。