・ハードボイルド坂
雑誌の原稿のゲラを送って頂いたので、帰りの電車でチェックすることにする。
本日は久しぶりに調布駅から自転車で帰る。せっかくなので(何が?)、緩勾配に造成されている武蔵境通りのコドモ向けスロープ・御塔坂でなく、野川を渡ってからすぐ左に折れて、住宅地の中を武蔵野台地へむかって崖線をほぼ一気に登る気合いの入った坂道経由で帰宅することにしよう。腕(というかフトモモ)が鳴るぜ。
こちらは、石川初(いしかわはじめ)のweblogです。
2004年9月30日
雑誌の原稿のゲラを送って頂いたので、帰りの電車でチェックすることにする。
本日は久しぶりに調布駅から自転車で帰る。せっかくなので(何が?)、緩勾配に造成されている武蔵境通りのコドモ向けスロープ・御塔坂でなく、野川を渡ってからすぐ左に折れて、住宅地の中を武蔵野台地へむかって崖線をほぼ一気に登る気合いの入った坂道経由で帰宅することにしよう。腕(というかフトモモ)が鳴るぜ。
2004年9月29日
いま僕が作業している実施設計図のデータの中に、AutoCADの「学生版」のデータが紛れ込んだ。
「学生版」というのは、2年間限定のライセンスで、AutoCADを教育用に使うことができる、いわば練習用のソフトである。値段は1万5000円程度。AutoCADは実に高価なソフトで、廉価版のLTでも12万くらい、フルスペックのやつだと60万以上する。「学生バージョン」というのは「すごく安い」。その安いソフトで業務に使ったりできないようにするために、印刷すると、用紙の周囲に「PRODUCTED BY AUTODESK EDUCATIONAL PRODUCT」という文字が印刷される、という仕組みが施されている。
この仕組みが強力で(どうなっているのやら僕には見当もつかないが)、いったんこの「学生用」AutoCADで作成された図面データは、どこへ持っていっても、たとえ正規にライセンスされたAutoCADから出力しても、用紙の周囲に「学生版スタンプ」が黒々と刻印されて出てくる。
今回わかったことだが、「学生版ファイル」は単に?のファイルの属性がそうなっているだけではなく、図面の一部、線一本でもコピーして貼り付けると、貼り付けたファイルのデータ量がいきなり2メガバイトくらい増えて、スタンプ付きの「学生版ファイル」に変じてしまうのである。しかも、見かけ上は変化がなく、印刷してみて初めて「うわ、これは何なんだ?」と驚くことになる。
まるでウィルスだ。
調べてみたら、僕の仕事のファイル群以外にも、同僚が担当している他の物件のいくつかの図面ファイルが「感染」していることがわかった。ウチの事務所には学生版なんてひとつもないし、正規にライセンス取得していないCADなど一本もないが、この「学生版データ」はそういうことにはお構いなしである。
CADのデータなんて、作図も外注したりするし、メーカーの制作図はもらうし、どこからいつ、入ってきたのかわからない。現場とも頻繁にやり取りがあるし、客先にデータで納品することもあるから、それこそウィルスと同じで、気づかなければひどい迷惑をかけてしまうことになる。代理店のサポートにも電話してみたが、担当者も「対処法」はわからないらしかった。
ライセンスに厳しいのはわかるが、これはちょっといくら何でもあんまりなんじゃないだろうか。Autodesk。
実は、さんざんいろいろと試した末に、意外に単純な方法で「学生版ウィルス」を削ぎ落とす方法を見つけたのだが、そこに至るまで2時間近く無駄にしてしまった。ライセンス違反したどこかの誰かにも腹立たしいが、Autodeskにもむかつく(しかも、削ぎ落とし方法がまた、ほんとに意外に簡単なことだったのが、なんか余計に頭にくる。ちぇ)。VectorWorksに切り替えたろか?
2004年9月28日
東京キャナルのサイトが更新されて、講演会、ワークショップ中間講評、ワークショップ最終講評の記録が掲示されている。
http://tokyo-canal.org/index.cgi?mode=ws_saisyu
(中間講評で僕が、なんかよくわからないばかな発言をして、それが記録されている。。。あんなこと言ったっけ。ばかだな)
内野さんによる最後の「まとめ」がいいなあ。West8とテレデザインのスタンスの「ずれ」が面白く作用した、という感想には同感。さらに、テレデザインとナビの一部とゲストクリティークの先生方との「ずれ」(というか埋めがたいミゾ)もあったが、「ワークショップはそこで決定的な『成果』を出すことよりも、様々な人材が寄ってきて思わず何か言いたくなる場を設けることに、より意味がある(後日、田島さん久野さんに聞いた話)」という点では、僕は楽しんだな。
帰路、終バスが行ってしまい、駅から自宅までタクシーに乗った。
雨が降ると自転車に乗れない(以前は相当な豪雨でも合羽を着て自転車で出たが、最近は子供を保育園に送り届けてから出勤するため、小雨でも断念してバスに乗るようになった)ため、帰宅時はたとえ晴れていてもバスで帰る。これに間に合わないと、タクシー帰宅になるのである。
乗り場の列に並び、順番が着て乗り込もうとすると、ドアに「禁煙車」とあり、運転手さんが「禁煙車ですがよろしいですか?」と声をかけてきた。
けっこうだ。僕は喫煙者だが、新幹線は禁煙車に乗るし、レストランでもしばしば禁煙席を選ぶ。自分がタバコを吸うくせに、他人の煙がイヤなのである。タクシーの禁煙車は最近少しずつ見かけるようになったが、車内はなかなか爽やかで、僕は好きである。吸いたいのを我慢して、降りてから一服するのもおいしいし。
以下、車内で聞いた話。
調布の京王タクシーでは、禁煙車の割合は全体の1/6くらい。禁煙車を導入した趣旨からすれば、たとえば電話でタクシーを呼ぶときに、禁煙車か喫煙車かを選ぶことができるといいのだが、それには、少なくとも全体の1/3くらいの車両数にならないと難しい。このため、導入を始めてみたものの、あまり大々的に宣伝できずにいる。「禁煙車あります」と広告しておいて、実際はなかなかつかまらない、という事態になるからだ。むしろ、いまのところ、タクシーを呼んでみたら禁煙車が来たため、タバコ吸える車に代えてくれ、と言うお客のほうが多い。禁煙車自体の車両数が増えないのは、そもそもタクシー運転手に喫煙者が多いという理由が大きいそうである。
2004年9月27日
ちょっとした用事があって履歴書を書くことになった。
しかし、あらためて「履歴書」に向かうと、実に僕には他人に公にするような「履歴」がないということがわかる。賞罰:なし。公的資格:なし。学術論文:なし。
公的資格と言えば、「登録ランドスケープアーキテクト」制度の発足に伴って、「ランドスケープアーキテクト」を「公称」できるのは、ライセンスを持った人だけになる、と誰かが話していたが、本当だろうか(いいけど)。僕はいつも、自分をして「ランドスケープアーキテクト」と呼ぶのをなんか躊躇してしまい、雑誌などに寄稿した際の「肩書き」は「(株)ランドスケープデザイン勤務、にしてください」とお願いしてしまう。
・渡辺武信「住まいのつくり方」中公新書、2004
・宮澤清治「天気図と気象の本 改訂新版」国際地学協会、1994
2004年9月23日
家族総出でCET-04へ行った。
我が家は子供が2人いるが、どちらもきわめて低年齢なため、平均年齢をとると20.25歳、と、けっこう若い。しかしそれだけに、家族総出すると行動がきわめて制限される。CET-04を足早に回り、その後新宿へ行ってピクニックに合流、という目論見は、街を歩き始めた途端に、乳幼児を抱えて「足早に回る」という計画がそもそも不可能であることが明白になった時点でもろくも崩れ去った。太田さんごめんなさい。
http://www.centraleasttokyo.com/
「東京P不動産」は予想通り、楽しんだ。こういうの大好き。一巻き30mのロールが積み重なった柱が林立しているのはちょっとした風景だ。
惜しいのは、床の地図が抽象的すぎて、東京の地理との結びつきが、すぐにはわからないことだろうか。会場にアーティストがいたんだけど、なんと東京キャナルのワークショップに参加していたメンバーのひとりであった。
やるじゃねーか。
http://tpre.exblog.jp/
RENの「東京キャナル」。初めて見る人はどう感じるかわからないが、僕は途中経過や最終講評会のときの成果を見ていただけに、どの案についてもその「進み具合」に驚いてしまう。コンセプトは保持しつつ、展示材料の完成度を上げたものと、ぎりぎりまでコンセプトを練り直したのか、物語は明解になったがプレゼンテーションはスケッチで間に合わせているもの、があった。まあしかしこれは息の長いプロジェクトになる予感。
http://tokyo-canal.org/index.cgi?mode=tc_whats
「Sync神田」。実は、同じフロアに別な作品が展示されていて、作者ご本人がおられたのだが、長靖さんがあまりに控えめで静かなジェントルマンだったため、アーティストだと(最後まで)気付かず、手伝いのスタッフか誰かだと思っていてしまった。。。じつに失礼なことをしてしまった。
Syncのブースに映っている「Sync東京」に松川さんがいて、シンク越しに会話してしまった。映像もそれなりにザラザラだが、逆に、端末の向こうとこちらに座っている人の息づかいが伝わってくる。これは、感覚の拡張を強要するみたいな目眩くCGプレゼンテーションではかき消されてしまうたぐいのものだ。僕がいたとき、たまたまシステムが引っかかり気味で、松川さんがプログラムを再起動したりするんだけど、それがリモートデスクトップみたいに映るのも、妙なリアリティがあって可笑しかった。
なんかはしゃいでしまって、置いてあったノートにばかなことをいろいろ落書きしてカメラにかざしたりし、あとで妻に「あれは来訪者用のサイン帳だった」と指摘されて落ち込んだ。うう。松川さんごめんなさい。。。
下記のURL:
http://www.000studio.com/sync_recieve.html
先着3人まで、らしいが、神田・京都・高田のシンクを目撃できる。さっき見たら、ちょうど「閉館時間」で、長靖さんが電気を消して戸締まりして出てゆかれる場面だった。ちょっと鳥肌。
2004年9月22日
三浦展「ファスト風土化する日本 郊外化とその病理」洋泉社新書y、2004
・「月刊ソトコト」10月号の付録「チビコト」に、ライターの渡辺保史さんによる「『食』をめぐるもう一つの回路を訪ねて:つながりをデザインする人々」という記事で、「いただきますプロジェクト」が「いくぶん無謀で、だからこそ面白い試み」として紹介されました。メールによるインタビューという感じの取材だったんだけど、さすが渡辺さん、そつなく上手に書かれていて、感心してしまう。記事中で紹介されている他の事例も面白い。渡辺さんはリビングワールドの西村氏らと一緒に「センソリウム」の制作メンバーでもあった方で、僕は渡辺さんの著書「情報デザイン入門」はけっこうネタ的に使い回している。24日に行われるCET04のシンポジウム「そもそもRe-Mappingとは何なのか」の講師陣にお名前がある。このシンポは面白そうだ。
http://www.centraleasttokyo.com/
・園芸系の会報から短い記事の原稿依頼を頂いた。
・お世話になっている、つまりきわめてお断りしにくい編集長から、きわめて短いスケジュールで、半端じゃない内容の原稿の依頼を頂いた。うげ!
2004年9月21日
これは冴えてる。
森ビルの都市展の模型なんかよりよっぽど面白い。
行きたい。行くぞ。
2004年9月18日
土曜日。
地ゾウ絵完成。
いろいろとすることが溜まっているので、この連休に一気に作業するべく、地ゾウは来週にしようと思っていたのだが、我慢できなかった。。。
http://fieldsmith.net/gps/eleph/
今回は絵の場所が自宅に近かったので、比較的楽だった。
成城学園前とか祖師ヶ谷大蔵とか千歳烏山とか、自転車で行こうと思えば行けちゃうもんなんだ。ということがわかった。でも、予想していたことだが、構図が崖線を跨ぐと、坂道がきつい。
2004年9月17日
「ランドスケープ批評宣言」が重版することになったというお知らせを頂いた。おおおお。こんなニッチな専門書だが、おそらく、お願いした執筆陣の効もあったりして、初版が出て2年半で売り切ったのだ。版元のINAX出版さま、編集のメディアデザインさま、こころよく執筆して下さったみなさま、ありがとうございます。感涙。
メーリングリストの古いアーカイブを見ると、何かやろうぜと集まったのが1999年の6月。雑誌の特集記事に協力したり、大物にインタビューしたりしながら1年半が過ぎ、五十嵐太郎さんが編集部に話をしてくださって出版の構想がはじまったのが 2001年の年明けで、6月くらいからコンテンツと内容の「詰め」が忙しくなり、原稿を執筆しながら依頼を出したり打ち合わせに伺ったりし、年末が締め切り、出版は2002年の3月だった。なんか、すでに懐かしいくらいだ。そうだ、「攻略本」を書こうと思っていたんだった。
■火曜日。東京キャナル・ワークショップの「日本橋チーム」の学生メンバー3名と打ち合わせ。職場まで来てもらって、ちょっとワークセッションをした。楽しいひとときであった。
ワークショップは終わったのだが、その後、CET04に出展すべく、チームがいくつか合併再編されて、提案そのものも更に内容を進めてレベルを上げる、という作業が課せられたのだ。参加メンバーにとっては寝耳に水。予定もあるし、作業するメンバーはたぶん20%くらいに減った。それでも、なんとか頑張ってさらに徹夜を重ねる熱意を持った学生さんたちがいる、ということが感動的である。すごいな。
■水曜日。仕事を終えてからお茶の水に立ち寄って、同班の担当ナビである田中皇彦さんと一緒に、日大で作業する「神田川チーム」とミーティングをし、その勢いを駆って、同じ場所で作業していた「浮き浮きチーム」にアドバイス(になっていなかった、のだったらどうしよう)を配って帰る。
■木曜日。紹介記事の「取材」として、夜、三田のテレデザインのオフィスへお邪魔し、田島さん、久野くん、寺田さんに、東京キャナルのワークショップのことや、テレデザインが「ワークショップ」という実践のやりかたで目指しているものについてなど、話を伺う。膝を打つような話がいくつも聞けて、有意義にして充実したインタビューであった。でも、これをまともに文章にすると規定文字数じゃ収まらない。ううむ。締め切り直前だし。参ったな。
2004年9月16日
Mac歴の長いユーザーにはたまらない(と思う)スーザン・ケアのデザイン。
(実は、時計マークとウシイヌを買っちゃいました)
http://www.kare.com/shop.html
札幌発。バックライト付き「tPod」と「強制終了Tシャツ」。
http://www.ae-inc.net/shirts/
>・しつこい元彼と縁を切りたい時に.
>・使えない取り引き先への訪問着として.
>・別れたい彼女との最後のデートに.
>・キャッチセールスやスカウト撃退に.
>・意味のない会議や結婚披露宴での退屈なスピーチに.
>このTシャツを着れば悩みは全て解決です(効果には個人差があります)
建築ユニット「team2dk」デザインTシャツ。
http://team2dk.com/tshirt/outlet2004/seller.cgi
iBuQLO(イブクロ)欲しい。
「ペット建築」Tシャツ。非売品(たぶん)。
http://www5c.biglobe.ne.jp/~fullchin/aso/f+b/05/05.htm
2004年9月13日
この週末は長男の2歳の誕生日だった。車を借りて焼津の親戚の家へ出かけ、「漁港の町で農家」という希有な地の利を生かして豊かな食を体験させ、長男が愛してやまない「新幹線」に乗って花博の浜松に足をのばし、建設会社の社長令嬢であるところの通称「うなぎっち」を頼って、あわよくば長男が愛してやまない「建設重機械」体験もさせてやろう、という親バカ心満載の企画は、悪夢のごときタイミングで風邪をひいて扁桃腺が腫れて39度近い発熱をした当の長男本人のためにあっさり中止になった。
土曜日の午前中、小児科へ行って抗生物質を処方してもらい、しばらく様子を見て、軽いドライブくらいなら行けそうだったため、午後からレンタカーで調布市内をひとまわりした。偶然、「masterpiece landscape design studio」の高橋靖一郎さん(901でご一緒しているひと。最近までプレイスメディアに勤めていた)が外部を設計した、成城に近い野川沿いのマンションに行き当たった。実物は初めて見たが、大胆にもあっさりとした、よくできたランドスケープだ。
崖線の木々を秋風が揺すってゆくさまをしばし眺める。
公共へ提供した部分だろうか、広い芝生の公園が前面にひろがっていて、「ボビーちゃん」とか「モモちゃん」とか、飼い主がお互いのイヌの名前で呼び合う小型犬コミュニティの夕方の散歩的社交ミーティングが展開中であった。第三者が見るとすさまじい風景だが、毎朝、「レイジくんのママ」「ミコちゃんのママ」「ミノリくんのパパ(←とは僕)」と呼び合っている保育園ペアレンツ集団も、端から見たら相当、身もだえするような光景であるだろう。うーむ。
2004年9月 9日
「プラ」氏のblog:
http://d.hatena.ne.jp/flange_web/20040907
わはは。でもたしかに、「900いくつ」という数字だけ見ると、1000に近づくほど凄そうな感じはする。
12年前、アメリカにいたときに、ハリケーン「アンドリュー」に遭遇した。今年、フロリダを襲ったハリケーン「チャーリー」の被害の報道で、「92年のアンドリュー以来の・・・」と引き合いに出されるやつである。天気ニュースを眺めながら、まさか僕が住んでいる内陸部(ミズーリ州)までは来ないだろうな、と思っていたら、テレビが「アンドリューはトロピカル・ロープレッシャーに変化して北上しています」。
「トロピカル」で「ロープレッシャー」。なんか、凄い響き。咄嗟に、地平線から空を覆い、雷鳴を?らしながら七色に光り(←トロピカルだから)、触手のように竜巻をいくつも従えながら来襲する巨大な嵐の光景が浮かび、ミシシッピーの堤防が決壊したらどこへ逃げるべきか考えた。
「熱帯性低気圧」のことだった。。。
2004年9月 8日
http://02.members.goo.ne.jp/www/goo/t/a/taakyon/diary.html
>BB弾を消耗品と考えるエアガンファンとBB弾の色香(?)に取り憑かれた園児達
>(とその保母さん、親御さん)という微妙なバランスの上に公園の生態系が保たれている
BB 弾を「小さくて丸くて艶やかで、いっぱいあるもの」だと「発見」できるのは「コドモの眼」だ。そのコドモの眼は、翻って、BB弾を「BB弾」だとする「オトナの眼」が見ているものが、実は単なる(限られた領域での)「約束事」に過ぎないのだということを露呈してみせる。
西村佳哲は「コドモの眼」が「オトナの眼」に揺さぶりをかける効果をよく知っている。彼が小学生とかをダシにして行うワークショップはほんとに面白い。
http://livingworld.net/works.html
砧公園の「木を作る」やつなんか、じつに冴えてる。最後に小さい自分の写真を入れるところとか。これに参加した子供たちが羨ましい。自分が小学生だったころにこれに参加したら、もう少しマシな人間に育ったんじゃないかと思う。
たとえば、道路を「道路」だと見るのはオトナの目であるし、駐車場を「駐車場」と見るのはオトナの目だ。コドモが駐車場を「黒くて硬くて、白い線で模様が描いてあるひろがり」として見るとき、そこには駐車場が潜在的に持っている「物的・空間的可能性」が広がっている。原研哉さんが「RE DESIGN」や「デザインのデザイン」で繰り返し述べているのは、日常的なモノが持っているそうした潜在性の豊かさについてである。
コドモといえば、ウチの息子(1歳11ヶ月)はロールスクリーンや漆喰の壁を「白くてクレヨンで描きやすい平面」として見るため、いま、僕の自宅(しかも借家)はその潜在性を暴露されて、おぞましい事態に陥りつつある。うう。
建築なんて、物体のカタマリであると同時に膨大な約束事のカタマリだから、冴えた建築、特に「何か新しいことを込めようとしている」建物は、物性と意味性の新解釈に満ちているのだろうし、それはつまり、そういう建築を衝撃的に楽しむためには「物体」と「約束事」に(ある程度)通じている必要がある、ということでもあるわけだけれども。そういう意味では「風景」なんて、ほとんど?約束事」だけで成立しているようなものだ。ただし、その約束事がどの程度「ちょろい」ものなのか、という議論はあるんだけど。
2004年9月 7日
ランドスケープ系の雑誌の編集部から、「東京キャナル」に関する取材の電話を頂いた。数ページを割いて、ワークショップやシンポジウムの報告を記事にするということだった。いいね。それはいいんだけど、すこし話すうちに、なんか、僕ならばプロジェクトに対して厳しいコメントをしそうだ、というような期待が感じられて、ちょっと頭に来た。
こう言っちゃなんだけど、所詮は学生が数日ででっち上げた提案である。油断も隙もありまくりの不完全なものであることなど、分かり切ったことだ。ランドスケープや土木の専門家や学生の参加がほぼ絶無だった(のは、周知のチャンネルが限られていて、仕方なかったという面もあるみたいだが)ワークショップで、やはり提案されたもののスケールが小さかったり視点が部分的だったりした、というような語り口で紹介すればそれは造園・ランドスケープの読者には受けるだろうが、そんなことを喜んでどうするよ。
普通に「成果」を紹介しただけでも、誰だってショボいと思うにきまってるが、でもそれじゃ、「そこまで」じゃんかよ。わざわざランドスケープの(希少な)ジャーナリズムがこういうプロジェクトを、それも外部に依頼するんじゃなくて自前で紹介するからには、「まあ、こんなものでしたよ」という記事じゃあダメでしょうよ。それこそ、「このプロジェクトを支える文脈」に注目しろよ。「機会」にしなきゃ、もったいない。積極的に「面白く」しましょうよ。いま、あえて「水」に注目するのはなぜかとか、若い世代が都市の環境や風景に真正面から挑むこと、の意味とか、慌ただしいワークショップが息の長いプロジェクトの一部であって、それが目指してるのは何か、とかさ、読む人に考えさせて、この記事をきっかけにして今度は造園の若い人や学生が「水東京」をめぐるワークショップをやりたくなるような、そういう特集にしてくださいよ。そういうことでならお手伝いするし、応援しますから。
2004年9月 6日
仕事が轟きとともに激多忙化する予兆に満ちた週明け。
「建築文化」のバックナンバーを何冊か、送って頂いた。
これはしかし、実に建築ハードコアな雑誌であって、中身の濃さたるや、これをまとめて読んでレポートにしろなどという課題をやらされたら僕は半日くらいで吐くんじゃないかと思う。ので、普段はちょっと遠回りして行き過ぎている雑誌である。
むろん、中身が濃いことと「面白い」ことは矛盾しないのであって、あらためて手に取ってみると、8月号「特集:建築・都市 ノーテーション・スタディ」なんて、非常に面白い(いや、たぶん、毎号、ちゃんと読めば面白いはずである。きっと、手にとってすぐにむさぼり読むような読み方をせず、本棚に並べておいて、時期を見てゆっくり読むたぐいの雑誌なんである)。
「都市を記述する」方法って、ますます生態学の方法に似ているな、と思う。比喩的に、ということだけではなくて(都市生態学がどうのこうのということじゃなくて)、もしかすると、複雑な系を書き留めようとすると、その視点や手法が似てくるんじゃないだろうか。
東京キャナルのワークショップで、提案されたものからこうした視点がほとんど欠落してたのは、「ナビゲーター(僕)」のチカラ不足なんだろうなきっと。と反省してみたり。
2004年9月 1日
・建築系の雑誌の編集のかたから記事の依頼を頂いて一も二もなくお引き受けした。めりめり(←自分の首を絞める音)。
・新建築に水戸のリノベーションの記事が出ていて、塚本さん貝島さんの「庭にした民家」の写真がなんかいい感じなんだけど、日陰にススキが生えてるのが僕なんかには奇妙な感じに見えてしまい、惜しいなあ、全面ドクダミだったらもっとよかったのに、というのは野暮な突っ込み。
・先日の台風で、我が庭の主役を張っているパンパスグラスの根元を押さえていた木製の枠が壊れ、穂を出したパンパスグラスが大きく傾いてしまった。「傾いているパンパスグラス」。なんとも気落ちする光景だ。とほほ。