2004年8月30日

お疲れ様でした、という僕もそこそこ消耗した。

「東京キャナル」ワークショップ終了。日曜日に「最終講評会」があり、打ち上げパーティーがあった。

いや実に激しい1週間であった。メンバーとしてどっぷり参加した学生さんたちとか、事務方もやりつつグループに張り付いた「TA」の皆さんとかが味わった大変さは想像するに余りある。ご苦労様でした。

いくつかのグループはゲスト講師に酷評されたが、ツッコミどころはだいたい、提案を成立させる条件や背景となる「より大きな事象や構造」をどのくらい考慮したか、理解しているか、という点であった。これは都市計画や土木やランドスケープ系の「クリティーク」の「得意技」(というか、それしか「批評」のよすががないのである。ほんとにこれしかないんだな、と今回つくづく思った)であって、僕がクリティークに呼ばれたとしても、まったく同じような観点で講評しただろうと思う(つまり、建築は時代や人の好みで言うことがころころ変わるからいろんな人を呼んだほうが様々な意見が聞けて面白いが、都市計画や土木やランドスケープ系は代表で誰か一人呼んでおけばいいってことだ)。

なので、提案が空間やカタチに結する際の過程を俎上に乗せる吉村さんの建築的な講評が新鮮で面白かった一方で、佐々木葉さんや長谷川さんが発表するチームを問いつめているとき、一列後ろの席にいながらけっこうツライ思いを味わった。特に佐々木さんは、返答できるはずがないことが自明なことをあえて詰問をしてみせるタイプの厳しい先生のようで(ときどきこういう先生や上司がいる)、自分自身も「裏付けのなさ」を「ツカミ」で逃げ切ろうとする傾向のある僕は、佐々木先生の生徒でなくてほんとーによかった。

というのは、今回、主催・運営サイドの強い意向で、対象エリアに対する余計な先入観や、ありがちな「美しく正しい結果」への早めの着地を排除するために、「ヒントになりそうなバックグラウンド」をわざと与えない、という方針があったことと、安易なスキームに落ちないように、ナビゲーターはぎりぎりの時間まで「かき回して欲しい」というようなインストラクションがあったりして、メンバーをわざと途方に暮れさせるような仕向けをしていたため、「痛いところ」はおおむね、仕組まれた弱点だった、ようなところがあったのだ。といいながら、最終発表が迫ってくると、もう強引に形にしてもらうべく、熟していない思いつきを煽ったりもした。だから、発表しているメンバーの皆さんに対して、なんか、乗せておいてハシゴを外しちゃったような気持ちになったんである。教育者には向いてないな。僕は。

そういう意味で、もう心理的に深くコミットしてるため、フェアな「評価」は不可能だが、どのプレゼンも、前日の夜の様子からは想像もできないような変貌ぶりであった。よくやったと思う。ほんと。

あと、まあこれは相変わらずの鬱屈なんだけど、作業の途中でも、最終講評でも(講師ですら)、誰一人、では東京がどうなればハッピーになるのだろう、という問いを問いとして立てることすらしなかった。再生って何よ?は持ち越しだ(宿題ともいう)。

それと、お誘い頂いたとき、参加のメリットとして「新しい人脈」と言った中津さんに、この歳になって、もう新しい人と知り合うのは面倒だし気疲れするので、知り合いと一緒にやりたいですよ、?うそぶいた自分はどこへやら。今回も最大の収穫は魅力的で刺激的な多くの人たちとお近づきになれたことであった。まったく、人生に楽しみのタネは尽きない。

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