今日もまた暑い日だった。だのに、雑誌に寄せる文章のための取材に、港区/品川区/大田区の湾岸、埋め立て地へひとりで出かけた。いや暑かった。歩くうちに、路上で溶けてバターになるんじゃないかと思った。
(以下、ほとんど自分のためのメモ)
毎度のことながら、湾岸の埋め立て地の「街の物理的な単位」の大きさには辟易する。
というのも、これも毎度のことながら、最寄り駅から目的地まで、つい歩いてしまうからである。道路も入り組んでいないし、地図上の要素が少なくて単純なものだから、間抜けにもスケールを読み間違えて、これはたいした距離じゃないな、と思ってしまうのだ。歩き始めると、たしかに街の要素は少ないけれど、湾岸ではひとつひとつの要素が「巨大」である。道路を横切るのに100メートル、橋を渡るのに200メートル、公園を通りすぎるのに500メートル。それも、海に近づくほど大きくなる傾向があるから、「海岸」に到達しようと進めば進むほど「次の角」が遠くなる。
さらに加えて、埋め立て地はおおむね、海に近づくほど「高く」なる。新しく造成された埋め立て地ほど高く盛ってあるためだ。埋め立て地の突端はどこもだいたい標高10メートル以上ある。だから、内陸から海へ向かうと、歩みを進めるほど遠く、かつ登り坂になるという、実に徒労感を誘う散歩になる。
東京湾岸の土地の標高を色分けしてみると、そういう「高い部分」が水際に連なっていて、まるで湾を囲む「外輪山」みたいに見える。江東区や江戸川区のように「後背地」というか、区の「本土」全体が低地であるようなところでは、余計に埋め立て地の地形的な特徴がきわだって見える。江東区の「最高地点」は夢の島の先、若洲ゴルフリンクスだし、江戸川区の最高地点は葛西臨海公園である。地球温暖化によって、たとえば海面が5m上昇したりすると、足立区、荒川区、墨田区、中央区はほぼ海面下となり、千代田区や港区、品川区も半分近くが沈んでしまうが、臨海副都心の青海や、羽田空港の一部、八潮、夢の島、若洲、葛西臨海公園などは環状のリーフになって残ることになる。
現在も埋め立てが進行している「中央防波堤埋め立て地」などは、標高が30メートル以上もある。上野や本郷の台地よりも高い。「対岸」の城南島海浜公園から眺めると、人工砂浜の沖合に、赤土色をした巨大な台形の島が海上にどーんと横たわっていて、何とも異様な迫力のある風景になっている。エアーズロックみたいである。
「そこでは近いものを近く、遠いものを遠くとして直感するべき前提が捩じ曲がっているのである。」(南泰裕『住居はいかに可能か』)
都市がすぱっと切れて終わっている、物体的に都市の境界みたいに見える湾岸ではしかし、世界全体が都市的なもので覆われているという事実認識のもとでは、その見かけにもかかわらず、都市の内外部の境界に立ち会っているわけではないという、なんというか理不尽な「見知らぬもの」を目撃するのだ、という(ような意味だと思う、たぶん)、〈極域〉の話を思い出したりするのである。
埋め立てによって今日のような姿になる以前、「湾岸」は干潟が広がる遠浅の海だった。干潟は、東京湾のように、外海の波の影響が少なく、河川が流れ込んでいる内海に発達する。河川から絶えず栄養分が供給され、水も光も空気も豊富で、干潟には多様で豊かな生態系が成立する。江戸の海が産出した豊富な魚介類が、重要な動物タンパク源として100万都市を支えていた、という話もある。
江戸時代後期、1838年に出版された、江戸のイベントカレンダーといったおもむきの本、「東都歳時記」に、旧暦三月の行事として、潮干狩りの様子が書かれている。「早旦より船に乗じてはるかの沖に至る。卯の刻(午前六時頃)過ぎより引き始めて、午の半刻(正午頃)には海底陸地と変ず。ここにおりたちて蠣蛤を拾ひ、砂中のひらめをふみ、引き残りたる浅汐に小魚を得て、宴を催せり」とある。大都市の海岸である。なんとものどかで、豊かな光景だ。紹介されている潮干狩りスポットがすごい。いわく「芝浦、高輪、品川沖、佃島沖、深川須崎、中川の沖」。
いうまでもなく、どのスポットも現在では影も形もハマグリもない。「はるかの沖」というのがどれほどの距離なのかはわからないが、芝浦や高輪や品川のかつての海岸線(いまの第一京浜国道のところ)から「沖」へ1キロ進んでも、海はおろか、モノレールの高架にも行き着けない。
遠浅の海というのは、陸地の拡張のための埋め立てには最適の地形である。埋め立ては江戸時代からずっと続いている、都市と海の関わり方であって、この湾の近代史はそのまま「埋め立て史」でもある。ただ、急激に大規模に進行したのは戦後のことだ。1960年から80年までの20年間に埋め立てられた面積は、それ以前の江戸時代からの埋め立て面積の4倍近くにも達するそうである。いまでは、内湾海岸線の95%が人工海岸だそうだ。埋め立てられた全面積は約250km2。250km2って、東京23区の総面積の40%くらいである。多摩ニュータウンを調べていたときにも思ったことだが、高度経済成長期の土木的な地形改変は、やることが桁外れである。
しかし、スケールアウトした殺伐空間と、ひっきりなしに行き来する大型トレーラーや貨物列車や飛行機の騒音を別にすれば(それだけで充分ツライけど)、湾岸には意外に「みどり」も多く目につく。
まずは、空地の野性系。施設や構造物の隙間がぽっかりと「何もない地面」になっていることがあり、帰化植物や在来の先駆性植物が繁茂しつつあったり、あきらかに「遷移」が始まっていたりする、という光景は、湾岸に限らず都市部のインフラの周辺にはよく見られるけれども、埋め立て地の場合は何しろ、そいいう「隙間」の規模がでかいから、「空き地」は「大草原」みたいだし、「水たまり」はほとんど「湿地」に見える。
大田市場に隣接した「東京港野鳥公園」は、大井埋め立て地にできた「でかい水たまり」に野鳥が集まるようになり、いつの間にか愛好家によるバードウォッチングの名所と化し、このまま残せという市民運動が盛り上がり、結局そこを囲い込んで公園にしてしまったものである。公園のできかたとしては、なかなか粋である。
公園内の「センター」にいくと、いかにも野鳥観察の達人といった雰囲気の、ポケットがいっぱいついたカーキ色のベストを着た「レンジャー」の人たち(どうして自然観察系の人たちはああも同じような独特の雰囲気を発しているんだろう。いいけど。)がトリの見方をいろいろと教えてくれるし、潮入りの池にはプチ干潟も再現されていて、カニがうようよ動いているのを間近に見ることもできる。観察できる野鳥のメニューには100を超える種類が記載されている。
トリはわんさか居る。遠く港湾施設のクレーンや倉庫を背景に、人工的に再現された干潟に集まる野鳥を「観察」する建物の上を国内線の旅客機が轟音を立てて飛びすぎてゆくという、野鳥公園の風景はなんか、妙な言い方だが、ちょっと挑発的である。他に行くところがないから集まってくるんじゃないか、という気もするが、まあ、自然らしさはその気になればある程度、いいところまでは「回復」する、という実例ではある。
もっとも、この公園は公園の建設予定がまったくないところに唐突に作られたわけではなく、湾岸に展開する「海上公園」計画の一部に取り入れられて開設されている。海上公園というのは、70年代に構想され条例化された、埋め立て地の中に公園を散在・ネットワークさせるという事業である。都市公園とは別に、港湾局が管轄する。これまでに40余りの公園が開園していて、面積を合わせると、東京都全体の公園(自然公園などを除く)の1割くらいに達する。湾岸には、けっこうな規模と密度で公園があるのだ。
緑地の植栽は、埋め立て地に最適化すべく、耐潮性のある常緑広葉樹が多く植えられている。古い植栽地は30年を経てそこそこ成熟し、湾岸の緑地や緑道は実に鬱蒼と「濃い」感じの樹林が多い。なんとなく、「潜在自然植生理論」のニオイがする。湾岸のそこかしこに見える森のような緑は、おおむね、この事業で整備された公園緑地である(海上公園についてすこし調べると、樋渡達也さんの名前がぼんぼん出てくる。うむ。これは、やっぱりそのうちに話を聞きにいかないといけない)。
そういうわけで、船で引き潮を待ち、ハマグリを拾ってその場で焼いて食べる、というほどは風流ではないにせよ、たとえば城南島海浜公園に行けば、オートキャンプ場があってバーベキューもでき、「水際へ出かけていって食う」というレジャーはそれなりに可能である。人工ビーチはお台場がメジャーだが、僕は個人的に、湾岸の生々しさが剥き出しで残っているような、城南島海浜公園のほうが好きだ。
結局、モノレールの流通センター駅から城南島の突端を徒歩で往復し、炎天下、10km以上も歩いてしまった。へとへとだ。自動販売機を見つけるたびにペットボトル入りの水を買った。5リットルくらい消費したんじゃないかと思う。
帰りがけに、マンションの建設著しい港南四丁目に寄ってみた。タワークレーンがひしめいて、超高層マンションが文字通り林立しつつあり、目眩がするような眺めである。ここに、民間の開発に混じって、都営住宅のタワーが一棟ある。近くの都営住宅の建て替えで建設されたもののようだが、すでにタワーの足元、モノレールの橋脚の下や道路の街路樹の植え込みに「都営スタイル」のゲリラ菜園ができている。野鳥にしても植物にしても人間にしても、「ある環境の状態が長い間変わらずにある」ということが、「回復」のキーである。
でも、住宅が土地利用の「あがり」かどうかはわからない。湾岸というのは、つねにその時代の「必要」や「願望」を、大袈裟に(極端に拡大して)受け入れてきた場所だと思う。たとえば今後、人口が減少して都市が縮小してゆくとかするとどうだろう。タワーにぎっしり住む、というスタイル自体が不要になるかもしれないし。海岸線を後退させる、くらいのミチゲーションができるかもしれない。東京湾岸解体撤去計画。