世界で一つだけの花。
帰路、新宿の青山ブックセンターに行き、そのあと、駅に隣接した「気取り気味」の花屋に寄った。
花束を作ってもらいながら、最近のアレンジメント用の花材はずいぶんボールドな感じになったなあと思った。フラワーアレンジメントにも時代のトレンドがあって、まめに追っかけてみると面白いだろうと思う。
以前、おそらく日本で「トレンドを作ってる人」のひとりである、井上恵子氏というフラワーデザインの先生のクラスに紛れ込んだことがある。母が学生時代に同級生だった、というご縁で、何かのおりに声をかけて頂いて、のこのこと出かけていったのだが、実はそのクラスは、それぞれ自分の教室を持っているようなレベルの人が手直しに集まってくるようなレベルのものであったことがわかり、「ヴェゲタティーフ」とか「ルントシュトラウス」とかよくわからない用語が飛び交うなかで、大いに冷や汗をかいてしまった。
井上先生によると、フラワーデザインの「発信元」はだいたいドイツなんだそうである。日本の場合はさらに「生け花」の影響が大きいらしい。まあ、どの分野でも同様だが、「花束」もまた、時代の気分を察知しながら自覚的に新しいことを試みる一部の先鋭がいて、それがメディアに紹介されたり、スタイルを追っかける1.5から2.5流のクリエイター群に伝播して、やがて街の花屋の店先を飾るんだろう。
ちなみに、イギリスはいつも遅れてるそうだ。考えてみると、ガーデンデザインでもイギリスは必ずしも「先を行ってる」わけではない。最近のちょっとジャンクなスタイルはドイツやオランダからだし、自然植生風のデザインはアメリカからの「逆輸入」だし。近年、イギリス発として注目されたのは、コテージガーデンという「復古調」のスタイルだった。ただ、園芸植物の博物学的収集の集積はすごい。
それにしても、客の見ている前で、素材を選びながら即席で商品を作る、というのは結構なスキルである。花屋さんの技術は、美容師さんとか板前さんの技術に似た緊張感がある。
ヒトが「花」を美しく感るのは、花が咲いていることが、その土地の環境の快適さと豊穣さを保証するものだ、と感じるようにヒトがチューニングされているのだ、というのはスティーブン・ピンカーさんの弁。もともと花をつける植物は、昆虫など他の生物によって遺伝的多様性を維持するために「目を惹く」ように進化しているわけで、咲く花は好ましく思われるべくして思われるんである。おまけに、花屋の店先の花は人工的に高度に調整された環境で育成されて、さらに厳しく選抜されて並べられた商品である。しかも、しおれたり傷ついたりするとあっさり破棄される。only oneなんて甘っちょろいもんじゃない←野暮


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