ピクニックバリアフリーインドネシア。
金曜日。
ヌーブの太田さんが某・構想の打合せに僕の勤務先の事務所までご足労くださる。夜10時。よい子の僕には決して普通に打?合わせするような時間じゃないのだが、お互いに仕事が詰まっていて、すこしづつ調整したらそんな時間になっちゃったのだ。打合せ自体は面白かったが、あぶなく終電を逃すところだった。
帰り際、僕の出社・退社の業務時間の話になり、太田さんに、なんだかんだ言ってやっぱり会社勤め人なんですねえという意味のことを言われて、そーだ僕はサラリーマンなのだ、と再確認した(つまり普段からの自覚が足りないことを再確認した)。
土曜日。
調布まちづくりの会が主催する「まちのバリアフリーを考える」ワークショップに、にわかファシリテーターとして出席。「バリアフリー」という言葉を深く考えはじめるといろいろと難しい議論が喚起される(というか言いたいことがいろいろとある)が、それはそれとして、会のメンバーで、この部会を担当する建築家のオキザキ氏から「懇願モード」というメールを頂いて、お引き受けしたのである。
終わってみると、意外にも、というと失礼だが、とても面白かった。
僕のテーブルには、最近地方都市から東京へ引っ越してこられた、歩行に障害をお持ちの女性がおられた。彼女によれば、ハンディのある身にとって、「移動」という面からは、田舎よりも大都市のほうが圧倒的にバリア・フルなのだそうである。交通の便という意味では「不便」な田舎では、それだけに自家用車が普及していて、誰もが下駄代わりのように車で移動している。さらに、たいていの用事は「平面上」で済んでしまう。一方、都会では、夥しい数の人の素早い移動を捌く必要から公共交通が発達しているが、そのためにバスや電車やエスカレーターやエレベーターや、様々な「移動手段」を乗り換え、乗り継いで行かねばならない。おまけに、様々な用事が「立体的な移動」を要求する。「バリア」はこうした「乗り換え点」、移動のモードが切り替わるところに発生する。電車の車輌に優先席を増やすよりも、駅前に駐車場があったり、「クラクションを鳴らされずにゆっくり停車して乗り降りできる車寄せ」があったほうが有効だ。という。バリアフリーの問題というのは、すぐれて「都市における問題」なのである。もちろんこれは、あるひとつの観点からの話しではある。「障害」は一括りにできるほど単純ではない。
ただ、誤解・非難を覚悟の上で個人的な思いを書くと、僕は、街に黄色い線が縦横に引かれたり、レベル差が消えて「フラットな表面」になっていったりするのは、あまり好きではない。それと、「走れない人がいるから、みんなでゆっくり歩きましょう」というような姿勢も苦手だ。車椅子のようなサポートツールの技術は、多くの人が持っている身体能力に近づくような方向へ発達してゆくといいなと思う。階段をものともせずに上り下りするとか、カウンターのスツールに難なく座るとか。
日曜日。
連休中にやりのこした庭仕事をし始めたが、雨が降ってきたのでまたも大幅にやり残すことになった。午後からは、明日からの出張旅行の準備をした。ジャカルタへ行くのは5年ぶりである。あの、温室に入ったみたいな暑さと湿気とか、ガラムの匂いとか、赤い土とか、バケツを逆さまにしたみたいな雨とか、懐かしい。うむ。


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