2004年5月30日

結婚記念日なんだったそういえば。

■浜松・アクトシティ

造園学会の学術分科会での「土木デザイン」をめぐるセッションは、僕の準備不足で狙っていたようなディスカッションには必ずしもならなかったのだけれども、非常に面白い懸案事項が手元に残った。プレゼンテーターの御代田さんが提示した「土木は自己目的性がない」という話。これは、土木的な仕事に限らず、「(建設を暗黙の前提として構想されるものも含めた)建設されるもの」について、その「範疇」の描き直しをしてみるうえで、なかなか使える切り口になるように思う。

御代田さんは土木と対比させて造園や建築を自己目的的な建設物を産む分野としていたけれど、実際は建築も造園も、携わる人はみな自分の仕事を「自己目的的」だとは思っていないだろう。でも、建築や造園がその(土木からは自己目的に見えるところの)「切実さ」をうたうために弄するレトリック、というと言い過ぎなら「構築するロジック」の強度、というかリアリティは、土木の「議論の余地のなさ」とあわせて考えてみると、ちょっと面白いんじゃないだろうか。

一方、「理念」の水準だけでなく、「産業」としての実際の水準では、土木も建築も造園も、産業の維持のために、まさに自己目的的な建設を繰り返している。そういう土木物の、「非・自己目的的手法で建設される自己目的的物件」のリアリティのなさを、あらためて「自己目的的手法で構想される非・自己目的的造園案件」なんかと比べるのも面白いぞ。

■伊勢原・恵泉キャンパス

土曜日は恵泉の「最後のプレイデイ」に行った。

プレイデイというのは、恵泉女学園短期大学園芸生活学科の学園祭であり、毎年5月の最後の土曜日に開催される。恵泉のプロフィールをくわしく書き始めると長くなるので面倒なのだが、一言で言うなら、日本で園芸に関係する仕事に就いていて恵泉の園芸学科を知らない者は、モグリである、というような学校である。

「最後の」というのは、短大の園芸生活学科が今年限りで廃止されて、多摩にある恵泉の大学のコースへ吸収されることになっているのである。昨今、キリスト教の「全寮制」の園芸専門の短期大学に学生は集まらない。もともと、学校経営的には園芸生活学科はずっと恵泉の「お荷物」だったらしい。恵泉のフラワーショップやスクールなんかの事業も園芸生活学科を支えるべくして作られたそうだ。

大学の事情も決してわからなくはないけれども、こういうちょっと変わった学校がなくなってしまうのは残念だ。規模こそ小粒ながら、この50年間、恵泉は日本の園芸に、無視できない影響を与えてきたんじゃないかと思う。日本の、特に戦後の園芸の歴史研究というのは、あまりされていないように思うが(江戸時代の園芸文化をむやみに持ち上げる、ろくでもない入門書はそこらじゅうにあるが)、だれか「近代日本の園芸文化史序説・恵泉女学園短期大学園芸生活学科の再評価」をやってくれないかな。

■千代田区・皇居前広場

日曜日は東京ピクニッククラブの第2回アニュアルピクニック。週間天気予報を裏切って暑いくらいの好天となり、いつもながら楽しいイベントでした。勤め先の仕事だってぜったいにむちゃくちゃ忙しいはずのピクニシェンヌ伊藤さんが、それなのに毎回凝った料理を何品も持ってこられる、いったいいつ寝てるんだろう、というのがこの1年の疑問だったのだが、芝生に敷いたラグに「く」の字になって昼寝している様子を拝見し、つまり睡眠時間をケズってピクニックの「仕込み」をしている(ろくに寝ていない)のだと合点がいった本日であった。走り回る長男の相手をしてくれたシンカワさんありがとう。

2004年5月27日

翳りゆく庭

数日、会議や検査の予定がいろいろと重なって落ち着かない。

朝から、世田谷で施主検査。調布の駅前で、建築のエシマくんとばったり会う。行き先は同じ場所。僕が行こうとしていた電車乗り換え乗り継ぎルートよりも、調布からバスに乗った方が絶対早いと言うので従うことにする。

同じ駅を利用しているので、よく通勤の行き帰りに一緒になるのだが、彼は電車のダイヤが乱れたときの迂回ルートとか、終電に間に会う乗り換えかたとか、この時間ならこのへんの車両に乗っていれば上北沢でどっと降りるから座れる、などというノウハウが豊富で、決断が素早くて、それがまたきわめて的確なので、いつも驚嘆してしまうのである。今回も、エシマ・ルートは僕のプランよりも10分も早かった。

世田谷の物件は、住宅地の中にあった広いお屋敷を取り壊して建てられた4階建ての分譲マンションである。特別に高級なクラスではないが、建築のデザインも細部の仕上げも外構も、嫌みなくすっきりしてい?僕は気に入っている。中庭があり、お屋敷の庭にあった雑木を多く移植したので、木立をまるで以前からそこにあったみたいな様子にすることができた。マンションの中庭では希有なことだ(僕が設計した物件では)。心にわだかまりがあるとすると、こんなに東京にマンションまた作っていいんかいな、という疑問と、そもそもマンションに住むことへの根元的な疑問というか個人的な違和感である。でもこれは今回の僕のスコープを超えている。

検査も特に大きな問題も深刻な指摘もなく進み、なかなか良い気分で庭を回り歩いていたら、携帯に電話がかかってきた。次の予定の時間を僕が勘違いしていたのである。泡を食って現場を後にする。サカイさんに電話し、渋谷駅まで図面と資料を持ってきてもらう(こんなんばっかりだ)。

なんとか間にあって会議を終え、また世田谷の現場に引き返し、指摘事項検討の長ーい会議の席につく。中庭に保存した樹齢推定200年以上のケヤキのシルエットが夕空に浮かんでいる。調布まちづくりの会の理事会に間に合わず。とほほ。

2004年5月25日

売れてる順番

南さんがAmazonで検索したら、「住居論」というキーワードでは「住居はいかに可能か」が売れ筋1位だったそうだ。

なるほど、Amazonには「売れてる順番」という表示があるので、キーワードによるカテゴリーの「ベストセラー」を表示できるのである。これは面白い。

試みに「ランドスケープ」で検索すると、たまたまタイトルに「ランドスケープ」という文字が入っている別なジャンルの本を除いて、「ランドスケープ批評宣言」が(進士さんや宮城さんや佐々木さんの本を押さえて)2位に食い込んでいる。すごい(でも実際のところ何冊売れたんだろうか。アマゾンで)。1位は沼田真氏の「ランドスケープエコロジー入門」。

「GPS」で検索すると、1位は「山と風景を楽しむ地図ナビゲータ カシミール3D GPS応用編」杉本 智彦、実業之日本社。すばらしい。

「植物」で検索すると、「葉で見わける樹木 フィールド・ガイド」林 将之、小学館。おお。やるじゃないか。林くん。売れてるというのはいいことだ。元気?

「調布」で検索すると、「多摩「新選組」の小道」清水 克悦 (著) 単行本 (2003/12) けやき出版。

調布といえば新選組なのか。。。
いま、調布市は大河ドラマの新選組にあやかるべく「新選組フェスタ」というキャンペーンを大々的に行っている。近藤勇が調布出身だからという理由で。駅前には、「近藤勇をイメージしたキャラクター、イサミくん」の看板が立ち、幟がはためき、神代植物公園のなかには新選組フェスタのメイン会場、「大河ドラマ館」も作られた。調布は新選組なんか持ち上げなくても充分に魅力的な地域だとぼくは思うんだが。だいたい、祖父から数えて3代目の調布市民である僕にして、「新選組ゆかりの地」なんぞにふるさとの誇りも喜びも感じないんだけどな。ぜんぜん。

2004年5月24日

あぱかばー?(お元気ですか)←インドネシア語

5月10日(月)から15日(土)

ジャカルタ出張。

なぜかジャカルタには縁があって、ここ十数年、何度も訪れている。

いつも仕事で行く出張旅行なので、まともな観光をしたことがない。でも、ジャカルタはあんまり「観光」に行くところとしては知られていない。書店で見かけるインドネシアの観光ガイドに載っているのは、ほとんどバリ島だ。でも僕はバリ島に行ったことがない。

ジャカルタは相変わらず、都市全体が全面的に工事中という感じの、埃っぽくて排気ガスまみれの、やたらと人が多い、蒸し暑く風にガラムの匂いのする、しかし沿道にデロニクス・レギアが空を覆い、ラゲルストロエミア・スペシオサやカエサルピニア・プルケリマやカッシア・バイフロラが咲いていてなんだか浮き浮きしてしまう、街であった。

日本との時差は2時間遅れ。朝は6時前に目が覚めてしまう。オフィスは滞在先のアパートから歩いて5分。毎朝、ブーゲンビレアやヘリ?ニアの咲き乱れるアパートの庭のプールサイドを抜けて職場へ通った。帰国してからの1週間、電車の通勤が苦痛だった。ほんと。

5月20日(木)

農大で講義。

仲間のヒラガさん、コイケさんに来てもらい、「視点と役回り」というテーマで、それぞれ最近「関わったプロジェクト」(造園・ランドスケープの仕事では、関係するものごとの多さや施設のありようから言って、『作品』と呼ぶのをためらうような物件が多い)について紹介していただいた。

事前に、それぞれのスライド上映用データを持ち寄りがてら、講義のストーリーについて軽く打合せをしていた。お二人とも打合せどおり、大規模な再開発物件のなかでランドスケープ担当がどういうフェーズで仕事に関わりはじめ、何を発見し、それをどう関係者に説得して、最終的に何を実現したかという、まさにこれからランドスケープを勉強しようという造園学科1年生に聞かせるべき、清く正しいまともな話しをしてくれた。ので、お気楽な蛇足係の僕は実にラクをさせてもらった。ヒラガさんコイケさんありがとう。

僕は、講義の最後に15分くらい、簡単な「まとめ」と「おまけ」をしゃべった。農大生にはわかりやすいんじゃないかと思って、以下のような話しをした。

・僕らの仕事が自然と人為とのせめぎ合う部分をフィールドにしている以上、扱う物事は「物体」でなく「事態」なのである。

・たとえば樹木を一本植えるという行為も、樹木が生育し存続する環境という「環境系」が前提になっている。その環境系は、さらに大きなスケールで把握されるような環境系に支えられ、その系はさらに大きな系に・・というように、地球環境的な「系」がその「前提」になっている。そもそも、樹木1本も「生態系」である。

・さらに、ある程度の大きさの樹木というのは、それがその大きさに育った「時間」が前提になっていて、そういう「時間の厚み」は、その樹木が生育している場所の「過去」を保証し、そのことによって同時に「未来」をも保証する、という側面をもっている。

・こうした、対象となる場所の「ありかた」を、空間的・時間的に支えるところの「前提となるより大きなスケールの系」(自然、と呼んでもいいだろう)を前提とすること、それを信頼しそこに掛け金を置くという態度、が、ランドスケープの特徴であると、まあ言える。

・しかし、こうした「前提となるもの」はしばしばその文脈が見えにくい。したがって、見えているもの(たとえば街の風景)について、より大きなスケールの文脈(たとえば地形)を見出す目を養うこと、そうした心情を研ぐような鍛錬を積む、というのは重要だ。

・そういう頭の体操のために、使える補助ツールとしてGPSがある。これは地形を実感するツールとして優れているばかりか、その気になれば巨大なアヒルを描くこともでき(以下略)

5月23日(日)

週の後半あたりから子供が高熱を出し、週末にもつれ込み、妻の調子もいまひとつで、結局、東京ピクニッククラブの「第2回アニュアルピクニック」に行き損ねた。子供の熱は「突発性発疹」というやつだったことが事後に判明。

5月24日(月)

造園学会のシンポジウムに「コメンテーター」として出席するため、朝から浜松へ。

終了後、昼食をとって、すぐ帰りの新幹線に乗って、ある現場での施主との会議のために東京へ帰る。浜松を出て、静岡でひかり号に乗り換えて10分稼ぐ。それでも時間が迫ってきたので、事務所で作業中のサカイさんに電話し、品川駅の乗り換え口まで配布用の図面を持ってきてもらい、受け取?て会議に直行することにする。おお。まるでroundabout日記の実施図納品の日のような、この緊迫感。

品川駅に着く頃、サカイさんからの電話で携帯が鳴る。「乗り換え口が4つあるんですけど!」・・・・なに?

2004年5月 9日

ピクニックバリアフリーインドネシア。

金曜日。

ヌーブの太田さんが某・構想の打合せに僕の勤務先の事務所までご足労くださる。夜10時。よい子の僕には決して普通に打?合わせするような時間じゃないのだが、お互いに仕事が詰まっていて、すこしづつ調整したらそんな時間になっちゃったのだ。打合せ自体は面白かったが、あぶなく終電を逃すところだった。

帰り際、僕の出社・退社の業務時間の話になり、太田さんに、なんだかんだ言ってやっぱり会社勤め人なんですねえという意味のことを言われて、そーだ僕はサラリーマンなのだ、と再確認した(つまり普段からの自覚が足りないことを再確認した)。

土曜日。

調布まちづくりの会が主催する「まちのバリアフリーを考える」ワークショップに、にわかファシリテーターとして出席。「バリアフリー」という言葉を深く考えはじめるといろいろと難しい議論が喚起される(というか言いたいことがいろいろとある)が、それはそれとして、会のメンバーで、この部会を担当する建築家のオキザキ氏から「懇願モード」というメールを頂いて、お引き受けしたのである。

終わってみると、意外にも、というと失礼だが、とても面白かった。

僕のテーブルには、最近地方都市から東京へ引っ越してこられた、歩行に障害をお持ちの女性がおられた。彼女によれば、ハンディのある身にとって、「移動」という面からは、田舎よりも大都市のほうが圧倒的にバリア・フルなのだそうである。交通の便という意味では「不便」な田舎では、それだけに自家用車が普及していて、誰もが下駄代わりのように車で移動している。さらに、たいていの用事は「平面上」で済んでしまう。一方、都会では、夥しい数の人の素早い移動を捌く必要から公共交通が発達しているが、そのためにバスや電車やエスカレーターやエレベーターや、様々な「移動手段」を乗り換え、乗り継いで行かねばならない。おまけに、様々な用事が「立体的な移動」を要求する。「バリア」はこうした「乗り換え点」、移動のモードが切り替わるところに発生する。電車の車輌に優先席を増やすよりも、駅前に駐車場があったり、「クラクションを鳴らされずにゆっくり停車して乗り降りできる車寄せ」があったほうが有効だ。という。バリアフリーの問題というのは、すぐれて「都市における問題」なのである。もちろんこれは、あるひとつの観点からの話しではある。「障害」は一括りにできるほど単純ではない。

ただ、誤解・非難を覚悟の上で個人的な思いを書くと、僕は、街に黄色い線が縦横に引かれたり、レベル差が消えて「フラットな表面」になっていったりするのは、あまり好きではない。それと、「走れない人がいるから、みんなでゆっくり歩きましょう」というような姿勢も苦手だ。車椅子のようなサポートツールの技術は、多くの人が持っている身体能力に近づくような方向へ発達してゆくといいなと思う。階段をものともせずに上り下りするとか、カウンターのスツールに難なく座るとか。

日曜日。

連休中にやりのこした庭仕事をし始めたが、雨が降ってきたのでまたも大幅にやり残すことになった。午後からは、明日からの出張旅行の準備をした。ジャカルタへ行くのは5年ぶりである。あの、温室に入ったみたいな暑さと湿気とか、ガラムの匂いとか、赤い土とか、バケツを逆さまにしたみたいな雨とか、懐かしい。うむ。

2004年5月 7日

Kook ook ←オランダ語

春日部さんのblog:
http://d.hatena.ne.jp/kasta/20040407

たしかに「オランダ料理」って、にわかには思いつかない。

そういうわけで、オランダで働いているシライくんに、オランダ料理ってどういうものがあるのか、聞いてみた。
返事にいわく、

「オランダ人の友達に「オランダ料理の本知ってる?」って聞いたら「そんなものあるのか?フランス料理じゃないぞ」といわれたのですが」

それでも「Dutch Cooking Today」というハンディサイズの料理本を見つけて送ってくれました。シライくんありがとう。アペタイザーからデザートまで、全般的にシンプルだけど、豆のスープとか、ニンジンとポテトのマッシュとか、写真もキレイでおいしそう。お肉のシチューのクランベリーコンポート添え、なんてのもある。素材に対する素朴さが、なんとなくアメリカの家庭料理を思わせる。

以前、ヨーロッパを旅行したとき、イギリスからフランス北部、フランス南部、イタリア北部、イタリア南部、と、南へ行くに従?て料理がどんどん享楽的になってゆくのに感動したことがある。そういう意味ではオランダの料理は(少なくとも本で見るところ)なんとなく北っぽい。無造作というと語弊があるが、でも農産地に直結している地域では、手の込んだ料理でなくても食は豊かになるように思う。

ところで、シライくんご本人は普段どういう食生活を送っているかというと、毎日、事務所の片隅のキッチンに並んでいる皿から、切ったパンやポテトやトリ肉やサラダを皿に取って、自席に戻ってパソコンの前で食う、のだそうである。外へ食事に出たりすると時間がもったいないので、事務所が食事を供給するという、これは事務所の代表、御大自らのアイデアだそうだ(ちなみに事務所はOMAである)。

2004年5月 5日

連休をきっちり休んだために明日明後日は怒濤の仕事日になることが約束されているのだった。

5月3日。

終日、休日大工することにし、食器棚の改造・書棚の増築・庭の手入れその他を計画し、スケッチをしてざっと部材をリストアップしてからホームセンターへ出撃。

庭の通路に敷くバークチップの50リットル入りの袋を、いい気になって3袋も買い込んで、自転車の荷台に積んで帰ろうとしたら、後部の重さに前輪が浮いてしまってハンドルがろくに効かない。おまけにこの日は風が強く、何度も倒れそうになりながら、匍匐前進のごとき速度で、全身の体重をハンドルにかけて押さえつけながらよろよろと押して歩き帰った。あまりの遅さに、心配した妻が子供を抱いて途中まで迎えに来るほどだった。

5月4日。

南泰裕さんが設計された、「park house」のオーナーご一家にご招待頂き、家族3人でお邪魔した。南さんもシュークリームを手みやげにご登場。

オーナーの「park house森林化計画」は屋上にマウンドを盛り上げていよいよラジカルに進行中で、さらに2階の屋根を「緑化」するという計画に、最初は思わず「やめたほうがいいんじゃないですか」と言っていた僕も、次第にオーナーのノリに引きずり込まれ、前言撤回して「草屋根」が見たいと言いだし、お庭で焼き肉を頂きつつ、傾斜した金属の屋根にどう薄層客土を固定するかという詳細で盛り上がってしまった。終わりなき成長というか変化というか。でも考えてみたらどういう建物だって「終わりなき変化」はし続けているわけで、竣工引き渡しというのはあくまで「キックオフ」なのだ、とあらためて思ったのだった。

南さんいわく「本当は緑はキライだったのだが、建て主とやり取りを続けるうちに影響をうけて、緑もなかなかいいと思い始めた」。僕は仕事柄、逆に緑に対して屈折しているところもある。でも僕も、緑のもつ「そこにあるべきであるかのようにある、ように見える効果」は素直に認めるのである。

帰路、調布で書店に立ち寄った。目的の本は見つからなかったが、今尾恵介さんの新しい本「住所と地名の大研究(新潮選書、2004 )」が出ているのを見つけて購入。僕は、10年近く前に国分寺に現場のある仕事をしていたときに、駅前の書店で「地図の遊び方(けやき出版)」を偶然見つけて以来の今尾ファンである。

連休明けの通勤本はこのほかに、ほとんど読了しかかっている、斎藤環「心理学化する社会」(PHP、2003)。

これは面白い。この本で述べられていることは、東浩紀さんが「自由を考える」や「動物化するポストモダン」で再三指摘していることと重なるものだし、若林幹夫さんが「浮上するエコロジー」のなかで「あらゆる予測不可能性と不確実性を自らの周囲から消去した後に残る確実性の根拠としての、人々にとってもっとも身近な自己の身体と心理状態が、唯一の確実なリアリティをもつ極小化した環境として現れてくる」と端的に述べていることとおんなじだ。

5月5日。

書棚増築、というか、別な場所への新築完了。

経験的に言って、書棚はある程度分散していたほうが、探しやすいし使いやすい。棚から本を取り出したり戻したりしているうちに、それぞれの本のグルーピングと、室内の配置(狭い家だけどよ)がなんとなく結びついて、いわば「本の場所性」とでも言うべき、「こういう傾向の本が集中してありそうなところ」ができてくるのである。内容のジャンルによる分類だけではなく、養分か享楽かレファレンスか、ネタ本として優れたものかダメ本か、本棚を飾りうる装丁か、などという様々な側面が本の「属性」になる。だから、書店で本を物色しているとき、目次を見ながら、この本はパソコンデスクの横の本棚の左下のあたりだとか、これは廊下の書棚の右上の方だとかいう分類をしたりしているのである。それにしても本は増える一方だ。和室の床なんか抜けそうだ。


■追記:
うわ、南さん過分なご紹介恐れ入ります。
それにしてもプロスペクター日記のアクセス数はすごそうだ。こちらのサイトに、プロスペクター日記をリンクもとにしたアクセスが殺到している。。。水門みたいなページである。

2004年5月 2日

雑草、安藤忠雄、マッサージ

穏やかな一日だった。

妻が仕事のために事務所へ出掛けたため、息子を遊ばせつつ、庭仕事に勤しんだ。

フェンスにからみついた蔓モノを刈り込み、庭の「非・雑草レンジ」を大幅に狭めて大々的に除草した。

雑草というのは、ある想定された区画のなかでそこに生育が期待された植物以外の植物のことであり、従ってその「生育の期待」の幅を拡げれば様々な種類の植物が「雑草ではない」に分類されるのである。我が家の庭は冬から春にかけての季節が寂しいので、園芸植物の景を補間すべく、いつも4月後半くらいまでは非・雑草レンジを広く取っている。そのうちに春が熟して、4月後半から5月になると、庭の「主役級」が伸びてくるため、レンジを一気に狭めて、コモチマンネングサとかカタバミとかハコベとかスズメノカタビラを「邪魔者」におとしめるのである。でも、いざ除草をはじめると、こぼれ種で増えて芽を出しているルドベキアとか、隣家から飛んできたらしいポピーとか、オダマキとかモミジの実生と?ニワゼキショウとか、雑草の「境界線」をなす連中がけっこう生えていて、しばし手を止めて迷ったりするため、けっこう時間がかかる。

除草を一通り終えてから、植え替えや株分けをして鉢を整理した。時期的にはとても遅い。以前は園芸の手引き書通りのスケジュールで作業しようとしていたのだが、妻の顧客の一人、サトウさんという「緑のゆび」の持ち主が、「ぱっと植え替えてたっぷり水をやって、お花自身が動かされたことに気がつかなければ、いつだっていいのよ」と事もなげに言うのを聞いて以来、杜撰になってしまったのである。もちろん、園芸には独特のセンスと才能が必要なのであって、僕のような「茶色のユビ」がこういうエキスパートの真似をしてもダメなのだけれども、ウチの植物は強靱な種類が多い(そうでないと育てられない)ので、おおむね大丈夫である。

夕方、街へ出て妻と落ち合い、息子の番を交代して美容室へ行った。僕はそれほど外見に気を遣うような生活スタイルをしているわけではないのだが、いつの頃からか、なんとなく「美容室」へ行くようになっちゃったのだ。

髪の毛が立つくらいに短くして、染めてもらった。染めてもらうと時間がかかる。けっこう長い間、鏡に向かって座っている。椅子の前に置いてくれていた男性ファッション雑誌が面白くなさそうだったので、美容師さんが読むプロ向けの雑誌ってどういうのがあるんですか?と聞いて、「しんびよう(新美容出版)」というのを見せてもらった。

「しんびよう」は大正8年創刊の、なかなか歴史のある雑誌である。カラー写真の多い、キレイな紙面の雑誌だ。新美容出版は他に、サロン経営専門誌「美容と経営」とか、美容学校出たての若い人が読む「トモトモ」なども発行している。他にメジャーなところでは「月刊ヘアモード(女性モード社)」というのもあって、おおむね、美容師さんはこのへんを読んでいるそうだ。

「しんびよう」6月号の特集は「クセ毛」。クセ毛の分類、タイプ別の対処方法、クセ毛を生かすカットやカラーリングのテクニックなどの記事がある。解説者はだいたい現役のトップ美容師で、蛯名晋也(pizzicato) とか、江原堅志(AKs)というふうに、氏名の後ろにサロンの名前がくっついている。「読者の広場」コーナーには、「独立1年目、苦労の連続です」とか「業務時間中にケータイする美容師仲間をどう思いますか」なんていう投稿が載っている。

こういう専門雑誌は、広告ページがコアで面白い。様々な美容機材や薬剤やツールの広告のなかに、ハサミの広告がいくつか載っている。どれもプロっぽくシンプルなデザインのハサミなんだけど、値段がすごい。安いものでも5万円くらい。聞いてみると、マテック・マツザキという老舗のメーカーの、ハンドメイドのセニング(刃が櫛状になっている透きばさみ)のトップモデルは50万円くらいするそうだ。僕がいつも担当をお願いするカダさんの愛用ハサミもマツザキの数年前のモデルで、7、8万円くらいのもの。もちろん、高ければよいというものではなく、自分の切り方に合うとか、手にしっくりくる、ということが重要なのだそうだ(そりゃそうだろう)。

ところで、いま、若い美容師の間では、安藤忠雄さんが注目されているそうである。どうしてかというと、美容界でいま非常に影響力のある植村隆博(DADA)という美容師が、「建築と美容には通じるモノがあり、安藤忠夫さんの建築から、しばしば、ヘアデザインのインスピレーションを得ている」という意味のことを言ったからだそうだ。ううむ。ヘアデザインとかファッションに比べると、建築ってワンテンポ遅いような気もするんだが。安藤さんの建築から、いったいどういうインスピレーションを得ているんだ。

「石川さんのお仕事は建築関係ですよね、たしか」
「・・・いや、僕は『外回り』だから。まあ、関係してるといえばしてるけど」
「会ったりすることあるんですか?」
「・・・・ないね」
「安藤さんの建築いいですよね。どう思います?」
「・・・・・・えーと。・・・・そうね・・(なんと言えばいいのやら)」

髪の毛は頭が寒いくらいに短くなり、帰りがけに駅前のマッサージ店に寄って「上半身30分コース」を受け、心身ともにぐにゃぐにゃになって帰った連休2日目であった。ふー。