ペンディング・サブジェクト
メリークリスマス>各方面
来年もよき年になりますように。日曜日、教会の合唱の本番はあっさり終わる。通勤時ひとりパート練習をもうしなくてもいいのかと思うとなんか寂しい。
土曜日、雑誌「デザインの現場」のバックナンバーが山積みされているのを見かけ、目次を漁って原研哉さんの「コンプレックスプール」連載第1回、第2回の掲載された号を見つけて、買った。大収穫。しかも一冊200円。
月曜日の夜は勤め先の「忘年会」があり、赤坂の焼き肉屋で脂質・タンパク質を多量に摂取。僕は酒が飲めないので、飲み会ではひたすら食う。僕は、夜の下り電車の酒臭い酔っぱらいどもには殺意を抱くけれど、酒を飲むこと自体については寛容である。飲み会的な狂騒空間に身を置くことは苦痛ではない。ただ、ハイになるためにアルコールに頼る必要がない(逆に言えば、酒の力によってしか高揚できない友人たちと違って、僕はつねに、24時間、酩酊状態なのである)。だから、飲み会に混じっている僕は、外から見れば一緒に酒を飲んでいるとしか見えないだろうと思う。
飲み会は好きだけれど、僕が嫌いなのは、たまに、「酒の席」の力を借りるように、普段なら言いにくいようなことを放言するひとである。そういうのは、少なくとも僕のその人に対する印象を著しく損ねる。酔っていようといまいと、そういうのは僕は忘れない。子供じゃないんだから、好きで飲むなら同席者に嫌われるリスクを負え。
いやしかし、考えてみれば僕は酒なし酩酊男なので、日常、無自覚に失言や暴言を繰り返しているだろうと思われる。ううむ。ごめんなさい。「素面で酔ってる」うえでの狼藉、許してやってください。(自爆)
上記のようなことを書いておいてこんなことをあらためて言うのも何だが、僕はきわめて執念深い。雑誌や新聞の片隅の記事から、廊下の立ち話程度のちょっとした言い争いまで、咄嗟に納得できなかったり、なんかむかついたりした物事は、ほんの些細なものまで含めて、何年にもわたっておぼえている。僕の頭の中には、まるで読みかけの本を鞄の中に入れて持ち歩いているみたいに、そういう未決事項が常にいくつも並んでいて、ときおり意識の前面に浮かんでくる。そのたびにそういう「案件」をいじくり回し、ああでもないこうでもないと拘泥するのである。
そうした宿題の多くは、なんとなく言葉にできないまま、考えあぐねた末に「未決箱」にまた戻してしまう。むろんこれは、僕の頭の回転が遅くて、往々にしてその場で冴えた反論や言い訳ができない、という「能力の問題」でもあるのだけれども。
でも、未決案件が時として急に腑に落ちたりすることがあるのだ。その主題についてまともに議論していて脈絡がつくこともあるし、別な目的で読んでいた本の一節に啓発されて急につじつまが合うこともあるし、友人や仕事相手との何気ない会話に思いがけないヒントを発見することもある。自分のなかで鍛えた疑問と、自分自身の変化や知見のひろがりでうまく記述できるようになった「懸案事項」は、手持ちのネタとして実に使えるものになる。たまーにそういう感動的な経験をするものだから、わだかまりに付箋を貼って抱え込んでおく習慣がついちゃったのだ。
そういうわけなので、僕が「ふうん」とか「なるほど」とつぶやいて、とりあえず黙り込んでも、それは決してそれをそのままアクセプトしたわけではないのである。その後、時間をかけて、「なぜ俺はああいう物言いにムカついたのか」というわだかまりにインデックスを貼って、また新しい検索キーワードのもとに、使えるデータとして浮上するのを待つために一旦「収納」したのである。


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