2003年9月21日

秋がくるたびに

■追記:
 お見舞いのメールを何通も頂きました。ありがとうございます。去年の話なんです。わかりにくい書き方ですみません。


長男の誕生は、んもう、ものすごい難産だった。予定日を過ぎても兆候がなく、検診に行ったところ、臍帯が胎児の首に巻き付いているため、帝王切開が必要だと言われ、その場で入院したのだが、入院してから再度検査してみると、やっぱり自然分娩でも大丈夫かもしれない、ということになって(息子が子宮の中で「回転」して首に巻き付いた臍の緒をほどいたのかもしれない。このへん、なんかよくわからん)、妻はそのまま病室でごろごろしながら陣痛が始まるのを待った。

入院して2日目だったか、陣痛が始まったのだが、そこから先になかなか進まないのである。微弱陣痛というのだろうか、でも見る限りすごく痛そうではあった。時間を記録しながら妻の腰をさすったりし、間隔が狭まってきて、これは、と盛り上がりかけたところでフェードアウトしてしまう。結局そのまま5日間、病院に居続けることになった。僕も病室に泊まり込んで、そこから会社へ通った。妻は食事もあまり摂れず、断続する痛みと睡眠不足で、見るからにフラフラになってきて、点滴で栄養補給までした。いい加減そろそろやばいんじゃないかと思い始めた頃、先に破水してしまい、急遽、帝王切開することになった。

その産院は帝王切開の手術に夫が立ち会うことができる。そのため僕は、切開された妻の身体から紫色で血だらけでしわくちゃの長男が医師の手で引っ張り出される瞬間を目の当たりにした。あとで聞くと、麻酔でへろへろになった妻にはいまひとつ実感が沸かなかったらしいが、「素面」の僕は、なんか弱々しく泣くぐにゃぐにゃの新生児を抱かされて、卒倒するかと思った。正直言って、生まれた直後の赤ん坊はあまりかわいくない。数日して落ち着いてくると、急にかわいらしくなる。こちらの精神状態にもよるのだろうけれど。

手術後、麻酔とお産の疲れで妻が昏々と眠っている間に、各方面にお知らせの電話をかけた。子供が生まれた喜びよりも、なにしろお産が無事に終わった安心のほうが大きかった。

ところが、翌日、職場に出勤していた僕の携帯に、付き添ってくれていた義母から電話がかかってきた。妻が痙攣を起こしてどうのこうの、という。あわてて取り乱しているようで、よくわからない。とにかく仕事を切り上げて早退することにし、実家に電話をかけて、実母に、様子を見に産院へ行ってくれるように頼んだ。新宿で京王線に乗り換えたころ、実母から電話がかかってきた。妻が呼吸困難に陥って、救急車で杏林大学病院の救急救命センターへ運ばれたので、そちらに向かえというのだ。

タクシーで大学病院に着いてみると、ちょうど妻を運んだ救急車が帰るところだった。僕ら3人は急患の家族控え室へ通され、そこで2時間以上、待たされた。こういうときは、やめようと思っても悪いことばかり想像してしまう。気分が悪くなって、外の空気を吸いに何度も部屋から出た。

やがて、処置室へ呼ばれた。救急医療の施設の、緊張感に満ちた雰囲気は、産院のなんとなく全体にピンク色したような平和な様子とはぜんぜん違う。心電図やら脳波やら何やら、点滅するさまざまな検査機器・治療器機、それぞれの操作担当らしいスタッフが数人、それにブルーの手術着にマスクをして目だけ見えているドクターが数人、全員がこちらを向いて立っていて、真ん中に置かれた処置台に布をかぶせられた妻が横たわっていて、呼吸器と点滴がついていた。文字通り目の前が暗くなって足の力が抜けた僕は、ほとんど、そのまま床に倒れて自分がERのお世話になるんじゃないかと思った。

しかし、告げられたのは、心配された脳血栓(帝王切開の後、脳血栓になることがあるらしい)もなく、検査した限りではどこにも異常はない、おそらく長いお産と手術の負担による一時的なものだろう、念のために集中治療室で数日間様子を見た方がいいが、生命に関わる危険はないだろう、という内容だった。(今度は、泣くかと思った。まじで)

そんなわけで、それから1週間ばかり、僕は大学病院と駅前の産院と自宅と、伝書鳩のように行ったり来たりする羽目になった。赤ん坊は何も知らずに無邪気に生育し、妻も順調に快復し、一旦産院へ再転院してから、あらためて退院した。いや実に波乱に満ちた、長いお産だったのだ。

先週、長男は無事に1歳の誕生日をむかえた。危なっかしい足取りで歩き始めている。子育てというのは予想以上に大変だけど、いや、おそらく1歳までなんてまだほんの序の口なんだろうけど、妻を失うことまで一瞬覚悟しかかったときのことは折にふれて思い出すし、僕らが元気に生きてあることが決して「あたりまえ」じゃないという気持ちは、励みにもなっている。

だから、まあ、健康に育ってくれているだけで、とりあえずは感謝しているのだけれども、その、本棚からバサバサ本を落として遊ぶのは早く卒業してくれ。息子よ。カバーと中身がごちゃごちゃになってわかんなくなるじゃないか。