2003年8月24日

風景の遺伝子

「進化論の挑戦」は予想よりは面白く、わりとあっさり読んでしまいました。佐倉さんの言うように、たしかに「進化論的思考」は僕らの思考に、もう自覚できないくらい深い影響を与えていると思う。

ただ、こういう「万能の武器」は、その万能性が喧伝されるほど、なんとなくトンデモな色合いというか、竹内久美子の本あたりと似たような「匂い」がしてくるのはなぜだろう。

後半、社会生物学のエドワード・ウィルソンの「バイオフィリア仮説」が紹介されている。ホモ・サピエンスがチンパンジーなどとの共通の祖先から枝分かれして「ヒト化」した、その進化の舞台となったのはアフリカのサバンナであり、ヒトはサバンナの環境に適応している。だから、その遺伝子の中には「開けた緑の草原の風景」(!)への嗜好が組み込まれているはずである。古来、様々な庭園や公園がすべて、開けた起伏のある緑の野に泉があって木立があって、というサバンナの風景をうつしているのは、ヒトの「サバンナ好き遺伝子」のなせるワザだ、というのだ。

バイオフィリア仮説は、一般的に流布しているバージョンの「原風景論」と同じロジックである。たしかオギュスタン・ベルクが「風土としての地球」で手厳しく批判していた(のを読んだ記憶があるんだけどどこへしまったのか、本棚をさがしても見つからない。残念)。まあ、科学的思考はつまるところ、「説明と納得の仕方」だから、遺伝子で風景への「愛」なんか説明できるはずがない、と反論しても、議論は不毛になるだけだ。遺伝的にそういう傾向を持っているようだ、という「大枠」としては、「そういうことかもしれない」程度の納得はできる。ヒトはサバンナチックな環境に身を置いているほうが、生物としてラクなのだ、というくらいの意味で。

でも、これが、何かの計画の「根拠」として引き合いに出されるようになっちゃうとたまらん。「遺伝子に組み込まれた原風景としての」なんていう言説が流行しないことを祈る。

たとえばこんな:
http://www.gakugei-pub.jp/judi/forum/forum11/fki018.htm

「田んぼとともに生きてきた日本人のDNA」ってあなた。
第一、棚田に好感を覚える個体の生存が有利になる選択圧が働いて(どういう選択圧だよ)その集団の遺伝子プールの変異が蓄積して、「棚田好き種」に進化する、なんてことが仮に本当にあったとしても、そういう種類の出現にどれくらい時間がかかる?日本列島に稲作文化が入ってきてからせいぜい3000年、斜面地に水田を作るような造成・灌漑技術が発達したのはさらにずっと最近、近世になってからだといわれている。日本の棚田の歴史なんてここ数百年のことだ。いくらなんでも「DNA」はないだろう。耐性菌じゃあるまいし。

「文化として継承しているのではないか」とか「意識を伝えているのではないか」とか、他に言い方はいくらでもあるだろうに、「遺伝子」なんていう賢しげな単語がでてくるところがヤだ。僕の前では風景の遺伝子とか日本人のDNAなんていう話はしないでくださいね。

平坦な土地を確保しようとする経済原理と、その時代の土木技術と、地盤の条件と、これらの折り合いのつけかたが棚田やひな壇造成になってあらわれる。そして、土地が平坦なほうが経済的にすぐれてしまう原因は建築にある。急斜面を造成しなくても安価に建つような量産型の住宅のタイプがあれば、お金をかけてわざわざ「ひな壇」を作ったりしないだろう。建築家にまともにカスタム住宅をデザインさせてくれれば、こんなばかな造成をしなくてもよくなるのに、という言いぐさはちょっと虫が良すぎるように思う。でも僕も、同じ状況に立ち会ったら同じ事を主張しそうだけど。

ひな壇の宅地造成の風景と「棚田」のそれとの印象の違いは、造成技術のスケールの差じゃないだろうか。「棚田」の場合は造成の工事の規模の単位が人間の身体に近いから、離れて見ると、とても地形コンシャスな感じがする。一方でひな壇宅地は棚田よりも、戦後、圃場整備で作られた水田に似ている。造成技術の単位スケールは地形に対して、画像の解像度みたいにはたらく。棚田が割と高解像度で地形を映しているとすると、ひな壇造成はドットが大きくて、同じ距離から眺めるとモザイク効果をかけたような案配になって、像を結ばない。

身体のスケールと地形のスケールとの間に「風景的関係」が結ばれやすい適正さが「美」になるのかもしれない。それがどれほど文化的・相対的なものなのか、あるいは普遍的なものなのか、という問いは、たぶん「わからない」ままだろう。結局はバランスの問題のような気もするけど(結語としては至って普通)。

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