2003年8月30日

あなたと私と庭園と。

まったく久し振りに何の予定もない土曜日。
夫婦で庭に出て手入れをした。
今年は湿った夏だったからか、シュウカイドウがいつになくきれいに咲いている。
ゴシキドクダミがはびこって、なんだか普通のドクダミみたいに見える。
ワレモコウ絶好調。しかし株の半分以上が倒れてしまっている。支柱を立ててみるが、倒れていた部分の花が「く」の字に曲がって横を向いている。仕方ない。
隣家との境に植えたヤマボウシが3mほどにも伸びている。切り戻して株立ちに仕立てようかなあ、などと考える。
オオケタデ順調。
ほとんど予想していたのに、つい植えちゃったサンゴミズキが枝葉を広げ、周囲にあったはずの小さい草花群が陰になって、予想通りいくつも消えてしまった。合掌。大幅に刈り込む。
野川の河原から来たキクイモは隣家の庭にまで勢力を拡大している。こっそり抜き取りにゆく。
チカラシバがいたるところに生えている。一時期、これの園芸品種、在来種含めて5種類くらい植えていたので、もしかするとハイブリッドができているかもしれない。でも見つけ次第引き抜く。狭い庭には向かない草だ。そういえば近くのホームセンターでPnnisetum setaceumに「ペンセツム」というラベルがついていた。こうなるとなんだかわからない。

日没後、晴れた。
ちょうど居間から見える空に火星がまっかに光っている。でかい。
僕は乱視なので、裸眼だと3つくらいに見える。火星団。

2003年8月26日

「外皮を語る」

日経アーキテクチュアの8月4日号。

カバーストーリーがヘルツォーク&ド・ムーロン設計のプラダ青山店で、それに寄せて飯島洋一さんと五十嵐太郎さんの「外皮を語る」という対談(すごいタイトルだなしかし)が載っています。

飯島さんが、表現による分類とか、内部と外部の断絶とか、いろいろな理屈を述べるのだけれど、いちいち五十嵐さんの反証にあってしまい、最後には、要するに飯島さんは、どしっと「建物です」という建築が好きで、最近の若手の建築がキライなんだなあ、という身も蓋もない本音がよくわかる、という内容。

建物の中身と外見の一致について、そういえば数年前の新建築に、藤森さんの秋野不矩美術館に関して誰かが冴えたことを書いていたのを思い出し、職場の図書棚を漁ったら、青木淳さんの「月評」だった。98年7月号(ときどき、こういう何年も引っかかるような論考が載ったりするから建築雑誌は面白いのです。造園雑誌もなんとかしましょうよ)。

中身と外見が一致していないことに対していわば無頓着である、という意味では、藤森さんの建物もまさに「外皮建築」である。中身と外見が一致していないと不健全な感じがする、ということについて、青木さんも「考えてみれば確たる理由はない。これはたまたまの思いこみなのではないか」と書いているけれど、だいたい、「建築」に「中身と外見が完全に一致する」なんてことがありうるんだろうか。まるで、社会的な役割と、個人の生とがずれている、と感じてしまう現代人の「ほんとうの自分探し」みたいである。

最近、デザインとか言い始めた土木もこれから、ほんとうの自分探しの泥沼にはいっていくんだろうなあ。造園は良くも悪くも「乖離」は承知の上で、むしろ時間が経つにつれて一致してゆくのを楽しむ、みたいなところがあるから、その点は結構暢気だよなあ。そういう意味では、建物を育ててゆく佐藤さんみたいな建築家は、造園家のメンタリティにも通じるよなあ(と佐藤さんを引き合いに出してしまいました)。

2003年8月24日

風景の遺伝子

「進化論の挑戦」は予想よりは面白く、わりとあっさり読んでしまいました。佐倉さんの言うように、たしかに「進化論的思考」は僕らの思考に、もう自覚できないくらい深い影響を与えていると思う。

ただ、こういう「万能の武器」は、その万能性が喧伝されるほど、なんとなくトンデモな色合いというか、竹内久美子の本あたりと似たような「匂い」がしてくるのはなぜだろう。

後半、社会生物学のエドワード・ウィルソンの「バイオフィリア仮説」が紹介されている。ホモ・サピエンスがチンパンジーなどとの共通の祖先から枝分かれして「ヒト化」した、その進化の舞台となったのはアフリカのサバンナであり、ヒトはサバンナの環境に適応している。だから、その遺伝子の中には「開けた緑の草原の風景」(!)への嗜好が組み込まれているはずである。古来、様々な庭園や公園がすべて、開けた起伏のある緑の野に泉があって木立があって、というサバンナの風景をうつしているのは、ヒトの「サバンナ好き遺伝子」のなせるワザだ、というのだ。

バイオフィリア仮説は、一般的に流布しているバージョンの「原風景論」と同じロジックである。たしかオギュスタン・ベルクが「風土としての地球」で手厳しく批判していた(のを読んだ記憶があるんだけどどこへしまったのか、本棚をさがしても見つからない。残念)。まあ、科学的思考はつまるところ、「説明と納得の仕方」だから、遺伝子で風景への「愛」なんか説明できるはずがない、と反論しても、議論は不毛になるだけだ。遺伝的にそういう傾向を持っているようだ、という「大枠」としては、「そういうことかもしれない」程度の納得はできる。ヒトはサバンナチックな環境に身を置いているほうが、生物としてラクなのだ、というくらいの意味で。

でも、これが、何かの計画の「根拠」として引き合いに出されるようになっちゃうとたまらん。「遺伝子に組み込まれた原風景としての」なんていう言説が流行しないことを祈る。

たとえばこんな:
http://www.gakugei-pub.jp/judi/forum/forum11/fki018.htm

「田んぼとともに生きてきた日本人のDNA」ってあなた。
第一、棚田に好感を覚える個体の生存が有利になる選択圧が働いて(どういう選択圧だよ)その集団の遺伝子プールの変異が蓄積して、「棚田好き種」に進化する、なんてことが仮に本当にあったとしても、そういう種類の出現にどれくらい時間がかかる?日本列島に稲作文化が入ってきてからせいぜい3000年、斜面地に水田を作るような造成・灌漑技術が発達したのはさらにずっと最近、近世になってからだといわれている。日本の棚田の歴史なんてここ数百年のことだ。いくらなんでも「DNA」はないだろう。耐性菌じゃあるまいし。

「文化として継承しているのではないか」とか「意識を伝えているのではないか」とか、他に言い方はいくらでもあるだろうに、「遺伝子」なんていう賢しげな単語がでてくるところがヤだ。僕の前では風景の遺伝子とか日本人のDNAなんていう話はしないでくださいね。

平坦な土地を確保しようとする経済原理と、その時代の土木技術と、地盤の条件と、これらの折り合いのつけかたが棚田やひな壇造成になってあらわれる。そして、土地が平坦なほうが経済的にすぐれてしまう原因は建築にある。急斜面を造成しなくても安価に建つような量産型の住宅のタイプがあれば、お金をかけてわざわざ「ひな壇」を作ったりしないだろう。建築家にまともにカスタム住宅をデザインさせてくれれば、こんなばかな造成をしなくてもよくなるのに、という言いぐさはちょっと虫が良すぎるように思う。でも僕も、同じ状況に立ち会ったら同じ事を主張しそうだけど。

ひな壇の宅地造成の風景と「棚田」のそれとの印象の違いは、造成技術のスケールの差じゃないだろうか。「棚田」の場合は造成の工事の規模の単位が人間の身体に近いから、離れて見ると、とても地形コンシャスな感じがする。一方でひな壇宅地は棚田よりも、戦後、圃場整備で作られた水田に似ている。造成技術の単位スケールは地形に対して、画像の解像度みたいにはたらく。棚田が割と高解像度で地形を映しているとすると、ひな壇造成はドットが大きくて、同じ距離から眺めるとモザイク効果をかけたような案配になって、像を結ばない。

身体のスケールと地形のスケールとの間に「風景的関係」が結ばれやすい適正さが「美」になるのかもしれない。それがどれほど文化的・相対的なものなのか、あるいは普遍的なものなのか、という問いは、たぶん「わからない」ままだろう。結局はバランスの問題のような気もするけど(結語としては至って普通)。

2003年8月22日

「大切なのはコミュニティだ」って、あんた。

「ボストン大学人類学・社会学教授」のメリー・ホワイトという人の、ニューズウイーク日本語版に寄せたコラム。
http://www.nwj.ne.jp/public/toppage/20030702articles/OJ_colm.html

文章も飛躍して破綻しているし、こういうのは一番嫌いです。

たしかに森社長の(ある意味ではとても素朴な)ビジョンは大時代的に聞こえる面もあるし、僕自身も正直言って、都心にものすごく集積して住むこと、とか、都市が資本主義経済的にひたすら発展し繁栄し続けることがほんとに「いいこと」なのかどうか、最終的にはわからない。

でも「公園や歩道、広場、庭園が街づくりの主役」ってのはなんだ。都市問題は都市にしか解決できない。東京の住民がぜんぶデイビスのビレッジホームズみたいに住んだら、おそろしいスプロールになるだろう。

だいたい「欧米のニューアーバニスト」って何だよ?ヨーロッパのアーバニズムとアメリカの「ニューアーバニズム」ってずいぶん違うぞ。アメリカのニューアーバニズムなんて、結局「もっと穏やかでクラシックで小綺麗な郊外」を作っただけじゃないか。記念碑的なプロジェクト、フロリダ州シーサイドだって「トゥルーマンショウ」のロケ地に使われて、その偽物っぽさを露呈したし、ディズニーワールドの「住宅地」のデザインにその「スタイル」が採用されるにおよんで、いよいよそれが一種のテーマパークだったことが明らかになった。
http://www.vamuseums.org/YT_seasidepage.html
http://www.imdb.com/Title?0120382

街の「器」を建設することで、文化や社会の変革を生むことを目論む、という意味では、六本木ヒルズもニューアーバニズムもやっていることは同じである。むしろ、ノスタルジックな情緒に訴えるだけ、ニューアーバニズムのほうがより「巧妙」だ。まあ、住んでいる人は結構楽しくやっているんじゃないかとは思うけど。なんというか、全体がなんとなく普段から芝居じみているから。アメリカって。

2003年8月20日

住環境補完計画

「建築MAP東京」を書店で買ってきた、と書いたら、五十嵐太郎さんから、出版社から送ってあるはずなのだが、というメールを頂いた。いや、もらってないです、と返事を書き、念のため今日あらためて職場の自分の机の周りを探してみたら、1週間以上も前に届いていたことを発見。
佐川急便で届いた平たい包みで、差出人が「東洋陶器(株)文化推進部」、僕はてっきりTOTOさんがタイルのサンプルか、新しいカタログを送ってくれたんだろうと思いこんで、そのまま(中身も確認しないで)棚に突っ込んでいたのだ。うう、ごめんなさい。なんという間抜けな。五十嵐さんもTOTO出版さんも、その後確認して下さってたりして、実に余計なお手間をとらせてしまった。馬鹿な話でした。

そういうわけだから(どういうわけだ)、みんな買いなさい。

監修者のひとり、乾久美子さんの「東京の住--MUJIという住のユーティリティ」というコラムが面白い(ただ、乾さん、観点は面白いけど文章はめちゃくちゃである)。
通常、「住空間」はそのままでは「住居」にならず、家具やら家電やら何やら、「暮らし材」で補完する必要がある。無印は、「家具」と「住空間」の中間にあって、住環境を「少なくとも使えるモノにする」ための、「ユーティリティ」というべき位置づけなんだ、という。そして、無印の品数の充実ぶりは、逆に日本の都市の住環境の貧弱さをあらわしている、というわけだ。

なるほど。そう見ると、無印が機能性以外の「余計な気配」を一生懸命消そうとしている意味がよくわかる。むろん、下手な主張のない様子自体が無印の「スタイル」であって、そういう様子が共感を呼ぶという面は大きいのだろうけれど、収納用品やなんかのラインアップはたしかに、本来だったら、たとえば賃貸マンションの部屋のデフォルトの機能としてあっていいようなものが多い。あれってつまり、「そこにないふり」なのだ。

2003年8月19日

建築マップ東京2

日曜日に終了したランドスケープデザインワークショップ2003のこと、それと先々週のことなのだが西村佳哲くんと藤本たりほさんが遊びに来てくれて、また例によって目から鱗が落ちる経験を(いつものことだ)したこと、と書きたいことがあるのですがこれらは長くなりそうなので、さしあたって先送り。

今週の通勤本:佐倉統「進化論の挑戦」角川文庫(文庫版で出たので思わず。あまり面白くない予感)、井上忠雄「日本語は年速1キロで動く」講談社現代新書(これは実に面白い)、菅野仁「ジンメル・つながりの哲学」NHKブックス(これはまた、自分的に大ヒットの予感)。これに加えて、職場からの帰路、書店に立ち寄って、発売されたばかりの「建築MAP東京2」TOTO出版、を買ってきた。鞄が重い。なんでわざわざ建築MAPを買ってきたかというと、その中に納められているコラム「東京のランドスケープ」を執筆したからです。これも五十嵐太郎氏の差し金で。

依頼いただいてから締め切りまでの時間がすごく短かったのと、「ランドスケープ」という幅のある言葉をどう言いくるめて「マップ」に載るような物件を紹介するか迷ったりしたので、あまり良くない文章になっちゃったような気がしていて、おそるおそるページを開いたが、活字になったのを読み返してみると、まあ、普通に書けていたので安心した。

ランドスケープを「鑑賞」するキーワードとして、「自然」と「公共性」について述べた。それと、90年代の都市の変化によって生じた、古い公園や庭園の意味の変化について。でも、新しいものとしては結局、プレイスメディアとオンサイトと鳳コンサルタントの手がけた物件の紹介になってしまった。すまん。その他のランドスケープどもよ。やっぱり90年代は「同時代派」のディケイドだったのである。と思う。10年後に出る(←なんの根拠もない)「建築MAP東京3」には、もっと多彩な設計者による様々なランドスケープが、多彩な執筆陣によって紹介されますように。

迷った末に言及できなかったもの:
・飯田町再開発のランドスケープ(日建設計)。平賀さん、次の機会に何かで紹介します。
・パシフィックセンチュリープレイスの外構(竹中)。東海林さんによる照明もよい。

2003年8月18日

翳り行く部屋

ワークショップが終わってほっと一息ついて、今夜はゆっくりと・・・浜松の青年会議所から依頼をいただいた講演の準備をしている。とほほ。お盆明け、仕事も圧縮されているし、今週は忙しい。

妻が部屋の向こうで、テレビをつけっぱなしにしながら、なにか作業をしている。テレビはNHKで、松任谷由実の活動の軌跡、みたいな番組だ。毎年、どっか湘南の海岸のほうでコンサートをやるそうで、今年も大入り満員だという。

松任谷由実の歌を支える、「リゾートがかっこいい」というような、他人よりちょっとリッチで洗練されてることが嬉しい、みたいなスノビズムってなくなっちゃったよなあ。やっぱりあれは、高度経済成長期からバブルまでのメンタリティだったんだなあ。
会場を満員にするのはだからきっと、ユーミンが先端のように見えた頃が自分の人生のピークだったような、「私をスキーに連れてって」なんぞという映画が上映されていたころに彼女をスキーに連れてったような世代なんだろうなあ。

うーむ。まさに俺の世代じゃねえか。それは。

2003年8月13日

「里山」の夏。

本日からレンタカーを借りて、義理の母の実家がある焼津へ。のつもりだったのだが、事情があって予定変更して、出発は明日になった。せっかく車を借りたので、午後からドライブに行くことにした。ちなみに午前中は眠っていた。だって、ほとんど明け方までワークショップのプレゼンのデータを作っていたのだ。データを高橋さんに送って、あとはお任せだ。シンポジウム当日には、吉田君の長男、廉(れん)くん(4歳、だったかな?)が仕上げてくれた模型も会場に届く。

多摩ニュータウンを見に行った。先日、ワークショップのためにざっと全体を見て回ってきたのだが、その際に見落としたところを重点的に回ってきた。特に見たかったのは、ニュータウンに隣接した、町田市の小山田町あたり。航空写真や衛星写真を見ると、ニュータウンの南側一帯に、そこだけ取り残されたようにごそっと緑のカタマリがある。多摩丘陵全体の中でも一番面積の大きな「緑」である。「都市」によってほぼ完全に「制圧された」格好のニュータウンの敷地との対照が際だっている。

このあたり:
http://www.mapfan.com/map.cgi?ZM=8&SbmtPB=MAP&MAP=E139.24.11.7N35.36.13.9&Func=INDEX&&MapSize=1

車載のカーナビは、ニュータウンの中央を通って尾根を越えて行く道を指示した。唐木田のあたりから町田側へ入る。両側に林立していた中高層の住宅がなくなり、道が急に細くなって、ほとんど1車線になり、雑木林の中を蛇行し始める。「不法投棄禁止!!」の看板が並んでいる。確かに、誰も見ていなそうだし、位置的にも街のちょっと外部(城壁のすぐ外)、という感じだし、不法投棄を誘う環境だ。

しばらく行くと、視界が開けた。僕らは車を路肩に寄せて停めて、思わず外へ出た。いやもう、びっくりである。雑木林の尾根筋に挟まれて、農道と畑のあぜ道が等高線を描き、分かれ道に大きなクヌギの木がそびえ、蝶々が群がっている。谷戸の下のほうには点在する農家の向こうに水田が見える。セミの降るような声以外は何の音もない。絵に描いたみたいな「里山」だ。都心から30kmくらいしか離れていないこんなところで。いや、こういう、新しい街と農村が接している光景は、多摩みたいな郊外の前線では最近まで珍しくなかっただろうし、ニュータウン開発前の永山や南大沢はこういう光景だったのだろうけれど。

思わず後ろを振り返る。尾根ひとつ隔てた向こうには、イタリアの山岳都市やらアウトレットモールやらパルテノンやらNシティやら環境共生やらバリアフリーやら何やら、東京のトピックを抽出して拡大コピーしてコラージュしたみたいな「ニュータウン」がいまだに建設中なのだ。

僕らはえてして、経済的・合理的に建設し、かつ、できるだけ汎用性のあるものにするために、土地を、物理的にもイメージ的にも「リセット」して、理想的な内容を考えようとする。計画の最初の段階の建築模型が白いスチレンボードで作られるみたいに。でも同時に「場所性」への抜きがたい欲望も併せ持っていて(ここに、「風景」というものの本質があるのだが)、そういう場所性を獲得しようとしてなんか強さのあるストーリーを添加しようとする。「イタリアの山岳都市」なんていう、南大沢に課された「テーマ」は、好んで消したはずのどうしようもないローカリティを迂回しつつ、「建築」を「家」にするみたいに、「ニュータウン」を「タウン」にしようとするストラグルなのである。

でも考えてみれば、土地の「どうしようもない固有性」を解除して、合理性を最大化して、計測可能な「量」に還元するという意味では、農耕なんてまさにそうした操作を土地に対してずっと行ってきたのだ。だから、僕らが「里山」に惹かれる心理は、土木構造物の佇まいに惹かれる理由と通じている。里山の表情は、量の追求(収穫高)と、その土地のどうしようもない事情(たとえば地形)との拮抗状態である。谷戸の農地と、ニュータウンの道路や橋梁や団地群との違いは、合理性の最大化を支える「技術」のスケールの差だろうと思う。

ただ、ニュータウンを見ていて神経に障るのは、「場所の強度」の表現が街区ごとにぜんぜん違うところである。30年もかけて作られているものだから、それぞれの時代のホットなテーマの目まぐるしい見本市みたいなおもむきになっていて、逆に全部が嘘っぽく見えてしまうのだ。たぶん、こうした街の風景には、それを鑑賞するに適正な「解像度」があるのである。南大沢に住んで、ほとんど毎日「山岳都市」だけを眺めて生活している人にはそれほど違和感がないのかも知れない(それはそれで、そういうメンタリティになっちゃうのはイヤだ。多摩ニューのなかでベルコリーヌ一帯だけは値段が落ちていないそうだけど)。

小山田の谷戸を見に行くには、ニュータウンから山を越えて行ったほうが、より一層その「落差」を楽しめる。「多摩ニュータウン通り」を行き、「島田療育センター前」交差点を左折、尾根道路に行き当たったら右折して、大妻女子大の角を左へ入り、あとは道なりに行ける。

帰りは、多摩ニュータウン通りをよけて、街区内幹線をたどりながらニュータウンを縦断すれば、柚木の荒涼とした未利用地、南大沢のイタリア、Nシティの安っぽいメーカー住宅に木製トレリス回したむかつくガーデニング系戸建て住宅地、鶴牧の「都市住宅」、諏訪や永山の初期の「団地群」、長峰の芝生に高層が屹立する「ランドスケープ系」、と、ニュータウンの「年輪」を鑑賞できます。

2003年8月10日

ワークショップ展示会のおしらせ

お知らせです。
僕も参加しているワークショップの、成果の展示とシンポジウムの開催があります。

Landscape Design Workshop 2003

■展示場所:建築家会館(東京都渋谷区神宮前2−3−16内、
Architects Museum
8/14〜8/17、11:00 - 17:00

■シンポジウム:同会館内、建築家会館ホール
8/16、13:30 open/14:00 開始 17:00終了、
同会場にて懇親会17:30 - 19:00

会場ホームページ:
http://www.kenchikuka-kaikan.jp/museum/museum_frm.html

ワークショップのホームページ
http://www011.upp.so-net.ne.jp/workshop03/

展示会への入場は無料です。

お盆中ですが、お時間・ご興味のある方、ぜひおはこび下さい。

小田急バス

我が家は最寄り駅の京王線調布駅から自転車で急いで15分、もし歩くと30分以上かかる。そのため、通勤にはもっぱらバスを利用している。深大寺北町のバス停には3路線通っているが、どれも小田急バスだ。この小田急バスの評判が、我が家の家族(僕と妻)にすこぶる評判が悪い。運転手の態度が横柄でぞんざいで、不愉快きわまる。
いや、中にはナイスな運転手もいるし、僕の知らないもっと大勢の親切で丁寧な運転手もいるんだろうが、そういう人たちには申し訳ないけれど、小田急バスに対する印象は非常に非常に悪い。

最近、特に小田急バスの運転手の態度が悪いことが気になり始めたのは、僕が毎朝、通勤の行きがけに、息子を保育園に送るために、保育園のほうを通る京王バスを使うようになったからだ。京王バスは、運転手による車内放送からして実に丁寧だし、朝、僕の乗る深大寺経由の路線が空いているためもあるだろうが、子供を抱いているのを気遣って席に着くまで発車しないし、回数券を買うときやバスの順路を尋ねたりする客に相手をする態度もとても丁重で、気持ちいい。車内で傘を売っているのまで好感を持ってしまう。小田急バスとの雰囲気は「明」「暗」くらいに違う。京王バスが穏やかで腰の低い人材を集めたんじゃないかと思うくらいだ。今後は、子供を送っていかないときも京王バスを使おうかと真剣に考えている。バス停は少し遠くなるが、時間的にはそれほど差がないし、なぜかバス代が10円安い。おまけに空いている。小田急バスが混んでいるのも逆にむかつく。路線が固定されているから仕方がないのだが、同じ路線で競争させたら、利用者が京王バスを選ぶのはぜったいに間違いない。そうだ、競争しろ。だいたい、京王線と中央線に挟まれた地域なのに、なんで小田急バスが走っているんだ。

こういうのは、社員教育というよりも、会社の「雰囲気」の差だろうと思う。「通勤時間帯は混んでるし、いちいち馬鹿丁寧に接客してられっか。どうせ路線は決まってるんだから、乗るやつは乗るし」というような気分を態度に出すのが許される空気のなかで仕事をしていると、もともとそうでない人も、次第にそういう態度が身に付いてしまう。サラリーマンである僕には、スタッフが共有してしまう「空気」というのがあることはよくわかる。そういう空気を刷新するのはなかなか大変だ。たとえば小田急バスの社長とかが、気まぐれに一般人になりすまして小田急バスに乗って一日乗車券でも運転手から買ってみて、いかにも面倒くさそうに対応されて、おまけに日付のシールをこすり取るやりかたとか、こっちは不慣れなんだからもうちょっと親切に教えてくれてもいいだろうに、うんざりしたような声で(しかもマイクがついてるからバス中の他の乗客に聞こえてしまう)ぶつぶつ言う、というような目に遭ってみればいいのだと思う。

しかし、そういう空気をはぐくむ会社は、おそらくユーザーからのフィードバックを反映するシステムからして不調なのである。車内で一日乗車券や何かを販売するようになった、というのも、きっとユーザーサービスの向上の一環として実行されたのだろうが、上層部でサービス向上のメニューを決めて、それだけを現場に課すようなやりかたをしたりすると、現場の負担だけが増えてしまい、スタッフは上層部への不満だけを募らせ、「サービス」の本質は見失われる。いや、勝手に想像しているだけだが、「俺はやりたくないけど、決まったことだからやってやる」という雰囲気から想像するに、上記のような事情はきっと当たらずとも遠からずだろう。京王バスがどういうシステムを用いているのか知らないけれど、学ぶべき点はたくさんあるぞ。京王バスに研修に出ろ。小田急バスの社員。

検索エンジンに引っかかるようにもう一度書いておくぞ(笑)。小田急バス。