六本木ヒルズ「世界都市展」の東京編・企画制作チームの打ち上げに出席するべく、ついでに少し早めの時間に行って、公開された展示も見てきた。
六本木ヒルズはまた、ものすごい人出。オープン翌日の、しかも連休初日の土曜日の午後というタイミングもあって、『家族連れで賑わう六本木』という、実に目眩のするような光景が展開していたのだった。ベビーカーとか、植え込みを走り回るガキどもとか、嬉しそうに記念写真撮ってるいかにも遠くから来ましたという様子のカップルとか若い女性の3人連れとか、足元テニスシューズで武装したカメラ下げてるおじいちゃん・おばあちゃん集団とか、そういう「はとバス乗客」的な人々が風景に及ぼすチカラは凄い。商店街の造花並みのインパクトがある。六本木ヒルズが完全に「東京タワー」化していた。というか、家族連れをかき分けてタワーに向かって進むうちに、これは実はお洒落な「文化都市」というよりも、第2の東京タワーをつくった(なっちゃった)んじゃないかと思い始めてしまった。
これで、土産物屋でミニチュアの六本木ヒルズのオキモノでも売っていたら絶対に買うぞ、と同行の学生に宣言したところ、その思いは、展望台のあるフロアのショップで、六本木ヒルズ・Tシャツやら、六本木ヒルズ・マグカップやら、六本木ヒルズ・フォルダやらに混じって、ほんとに「ミニチュア六本木ヒルズつきカードクリップ」を売っていたため、首尾良く遂げることができたのだった。ふっふっふ。嬉しい。
都市展は、同じフロアの展望台に比べてガラガラに空いていた。別々に金を取るからだきっと。
でもやはり、展望台からの東京の夜景はちょっとした眺めだ。街中の高層ビルの航空障害灯がホタルの群みたいに赤く点滅している。以前、都庁から夜景を見たとき(2年前くらい?)よりもずっと高層ビルが増えている。
打ち上げは盛況だった。それにしても、五十嵐太郎さんをはじめ、粒よりのメンバーが参加したのだなあと改めて感心する。何人かの方とは初めてだったんだけど、面白い話が乱れ飛んだ。聞きかじった話を忘れちゃうともったいないので、以下、いくつかを少しメモ。
・田中浩也さん:1500円払って夜景を見下ろして、東京を味わったつもりになっちゃいけねえ。書を持ってでもいいからフィールドへ出なきゃ。フィールドワークをムーブメントにしよう」
・太田浩史さん:「それはピクニックだ!(以下、太田さんらが提案してる『ピクニック権』、ピクニックの系譜、実践への運動、ツールのデザインなどの話が30分くらい怒濤のように続く。)」(←ピクニックについて論じているときの太田さんの目の輝きが印象的である)
・南泰裕さん:「都市」についてのスタディはいわばライフワーク。「夜間飛行〜都市化する世界」の展示は、メガ都市が目立ってしまったけど、ほんとはそれだけでなく中小規模の都市が世界中に散在していることを伝えたかった。(←僕は南さんの著書「住居はいかに可能か」を持参して、サインもらってしまった)
・五十嵐太郎さん:(評論の書き方、という話題から)98年にSDに寄稿した論考「越境するアーバントライブ」は、実は依頼を受けて慌てて書いたものだったのだが、今にして見ればあれが、同時代の評論へとフィールドが広がる契機を作ったマニフェストになった。「ユニット派」とか「フラット」とかをめぐって、自分が「論争」という体裁に固執するのは、歴史家として、後世に残る言説が「論争」だということをよく知っているからだ。(←うーむ。さすが隊長。)
・佐藤敏宏さんはほろ酔い加減で写真を撮りまくっておられた。ので、そのうちウェブサイトにパーティーの様子が掲示されるんじゃないかと期待しています。
http://www5c.biglobe.ne.jp/~fullchin/ (←なんちゅうURLなんですか佐藤さん)
・磯達雄さん:今回、使わなかったデータやアイデアもまとめて、自費出版して都市展の出口にゴザ敷いて並べて売ろう。(←全面的に賛成。手伝いますから声かけてください)
・Gluckman Mayer Architectsという事務所(六本木ヒルズのアートセンターをデザインした)のナラハラさんという方とお会いしたのだが、なんとセントルイスのワシントン大学の建築学科出身だった。久しぶりに、ものすごくローカルなセントルイス話(グランド通り沿いのベトナム料理屋、とか)で盛り上がってしまった。
・寺田真理子さんと知り合いになったのは、僕が初々しい新入社員だったころのことだった、という事実を改めて思い出した。なんと15年以上も昔の話。
・森ビルの担当窓口だった山岸さんの、大学の同窓が僕の妻の知り合いだったということが判明。けだし、世界はやはり2クリックで繋がってるのだった。
・リサーチや製作に関わった学生さんたちとも語り合って、収穫多い宵だったのだ。