2003年4月28日

住居はいかに可能か

南泰裕「住居はいかに可能か 極限都市の住居論」東京大学出版会、2002

↑今週の通勤本。

これは面白い。いい本を見つけてしまった。

著者の南さんの「都市」へ接近する思考、「都市」と「都市でないもの(この場合は『住居』)について考える、その組み立てや整理の仕方は実に冴えてる。これを借りて、「都市と庭」とか、「都市と自然」に置き換えて述べることを想像しながら読む。いや、いま、まさにこのへんの言葉のとっかかりが欲しかったところで、神が味方したようなタイミングだ。

(かくのごとく、僕は頭のいい人の「冴え」をあちこち借りまくりながら生活しているのである。なんとでも言ってくれ。)

2003年4月27日

六本木ヒルズ・世界都市展・続き

六本木ヒルズ「世界都市展」の東京編・企画制作チームの打ち上げに出席するべく、ついでに少し早めの時間に行って、公開された展示も見てきた。

六本木ヒルズはまた、ものすごい人出。オープン翌日の、しかも連休初日の土曜日の午後というタイミングもあって、『家族連れで賑わう六本木』という、実に目眩のするような光景が展開していたのだった。ベビーカーとか、植え込みを走り回るガキどもとか、嬉しそうに記念写真撮ってるいかにも遠くから来ましたという様子のカップルとか若い女性の3人連れとか、足元テニスシューズで武装したカメラ下げてるおじいちゃん・おばあちゃん集団とか、そういう「はとバス乗客」的な人々が風景に及ぼすチカラは凄い。商店街の造花並みのインパクトがある。六本木ヒルズが完全に「東京タワー」化していた。というか、家族連れをかき分けてタワーに向かって進むうちに、これは実はお洒落な「文化都市」というよりも、第2の東京タワーをつくった(なっちゃった)んじゃないかと思い始めてしまった。

これで、土産物屋でミニチュアの六本木ヒルズのオキモノでも売っていたら絶対に買うぞ、と同行の学生に宣言したところ、その思いは、展望台のあるフロアのショップで、六本木ヒルズ・Tシャツやら、六本木ヒルズ・マグカップやら、六本木ヒルズ・フォルダやらに混じって、ほんとに「ミニチュア六本木ヒルズつきカードクリップ」を売っていたため、首尾良く遂げることができたのだった。ふっふっふ。嬉しい。

都市展は、同じフロアの展望台に比べてガラガラに空いていた。別々に金を取るからだきっと。

でもやはり、展望台からの東京の夜景はちょっとした眺めだ。街中の高層ビルの航空障害灯がホタルの群みたいに赤く点滅している。以前、都庁から夜景を見たとき(2年前くらい?)よりもずっと高層ビルが増えている。


打ち上げは盛況だった。それにしても、五十嵐太郎さんをはじめ、粒よりのメンバーが参加したのだなあと改めて感心する。何人かの方とは初めてだったんだけど、面白い話が乱れ飛んだ。聞きかじった話を忘れちゃうともったいないので、以下、いくつかを少しメモ。

・田中浩也さん:1500円払って夜景を見下ろして、東京を味わったつもりになっちゃいけねえ。書を持ってでもいいからフィールドへ出なきゃ。フィールドワークをムーブメントにしよう」

・太田浩史さん:「それはピクニックだ!(以下、太田さんらが提案してる『ピクニック権』、ピクニックの系譜、実践への運動、ツールのデザインなどの話が30分くらい怒濤のように続く。)」(←ピクニックについて論じているときの太田さんの目の輝きが印象的である)

・南泰裕さん:「都市」についてのスタディはいわばライフワーク。「夜間飛行〜都市化する世界」の展示は、メガ都市が目立ってしまったけど、ほんとはそれだけでなく中小規模の都市が世界中に散在していることを伝えたかった。(←僕は南さんの著書「住居はいかに可能か」を持参して、サインもらってしまった)

・五十嵐太郎さん:(評論の書き方、という話題から)98年にSDに寄稿した論考「越境するアーバントライブ」は、実は依頼を受けて慌てて書いたものだったのだが、今にして見ればあれが、同時代の評論へとフィールドが広がる契機を作ったマニフェストになった。「ユニット派」とか「フラット」とかをめぐって、自分が「論争」という体裁に固執するのは、歴史家として、後世に残る言説が「論争」だということをよく知っているからだ。(←うーむ。さすが隊長。)

・佐藤敏宏さんはほろ酔い加減で写真を撮りまくっておられた。ので、そのうちウェブサイトにパーティーの様子が掲示されるんじゃないかと期待しています。
http://www5c.biglobe.ne.jp/~fullchin/ (←なんちゅうURLなんですか佐藤さん)

・磯達雄さん:今回、使わなかったデータやアイデアもまとめて、自費出版して都市展の出口にゴザ敷いて並べて売ろう。(←全面的に賛成。手伝いますから声かけてください)

・Gluckman Mayer Architectsという事務所(六本木ヒルズのアートセンターをデザインした)のナラハラさんという方とお会いしたのだが、なんとセントルイスのワシントン大学の建築学科出身だった。久しぶりに、ものすごくローカルなセントルイス話(グランド通り沿いのベトナム料理屋、とか)で盛り上がってしまった。

・寺田真理子さんと知り合いになったのは、僕が初々しい新入社員だったころのことだった、という事実を改めて思い出した。なんと15年以上も昔の話。

・森ビルの担当窓口だった山岸さんの、大学の同窓が僕の妻の知り合いだったということが判明。けだし、世界はやはり2クリックで繋がってるのだった。

・リサーチや製作に関わった学生さんたちとも語り合って、収穫多い宵だったのだ。

2003年4月23日

六本木ヒルズ・世界都市展

見積もり打ち合わせが長引いて、内覧会に行けなかった。。。

「世界都市展」の展示のなかの、五十嵐太郎氏監修による「東京データマッピング」の一部を手伝いました。クレジットも出ている(はずだ)。都市展の東京ルームの、メガ模型の上のスクリーンで上映されるプログラムです。

映像にまとめるために、用意したコンテンツからはずいぶん削られてしまった(展示に採用されなかった分の企画やデータや画像は、これで向こう半年くらいは遊べるくらいの量が手元にある)んだけど、それでも1クール30分もある番組なのだ。

展示全体の主旨は「都心超高層化による『コンパクトシティ』を目指せ」というとこにあるのだが(まあこれは提供者が森ビルさんなんだから当然なんだけど)、五十嵐さんが注目している東京の最近の『神経系』の発達とか、オフィシャルなテーマだけでない刺激的な内容も見れると思います。流し見しないで、足を止めてじっくり見てもらえると嬉しいのです。ぜひ。

  • 東京のメガ模型や、マンハッタンの模型は、じっくり見始めると実に面白い。特に、地図や航空写真が好きな人は楽しめるぞ。僕なんかこれだけで軽く1時間は過ごせる。このためだけでも1500円は惜しくない。いやほんと。「都市を模型化する」ことについてはこれはこれで考えさせられることがあったのだが、それはまた後ほど。

  • 東京ルームに入る前の、建築家の太田さん・南さんによる世界都市比較「夜間飛行」がかっこいいぞ。

  • しかし何より、六本木ヒルズはまあ実にでかい。

    六本木ヒルズオープニング展示:世界都市展

  • 2003年4月13日

    早稲田都市計画フォーラム

    901*の赤間さんの引き合いで、早稲田都市計画フォーラムのセミナーにパネリストとして出席した。

    http://www.toshiforum.net/

    赤間さんと高橋さんは最近の自分が関わったプロジェクトを紹介しつつランドスケープのプロの仕事ぶりを述べ、僕は例によって造花や都営スタイルのスライドを上映した。ここ2年くらい同じネタを何回も使っているので、少し擦り切れてきたような感じだ。新しいのを仕入れないと。

    2003年4月10日

    風通しのいい街

    http://02.members.goo.ne.jp/www/goo/t/a/taakyon/diary.html
    ↑これを見て、早速買ってきて読んだ。

    まあ、この類の雑誌、特にヴォイスみたいにキレた感じのメディアでは、わざと破天荒な表現をして、その「態度」を感じ取るというようなところがあるから、内容に対してマジメにコメントすると野暮な言いぐさになることがある。のはわかったうえで、

  • たとえ『アーティスト』の表現にしても、国会議事堂のやつとか新宿のヤツとか、だめだなあと思う。エコロジーが情緒的に曲解されちゃってるのは実に困ったことだ。
    あと、「マイナスイオン」が何かエコロジカルなものを象徴しうると「本気で」思っている人は、googleとかで「マイナスイオン でたらめ」とか「マイナスイオン 効果 疑問」とかのキーワードで検索してみるようにお勧めする。
  • 「ウィンド・シティ」は冴えてる。咄嗟に、街の家並みのテクスチュア、というようなことを思った。住宅の密集度の適正さ、というか「いい感じ」のザラザラ度。
  • 2003年4月 9日

    たんぽぽぐみ

    職場で僕の隣にいるSさんいわく:

    「なんか、品川の再開発でビルが建ってから、京急の品川駅とかが逆におもむきがある感じになりましたよね。あのちょっと錆びた感じが。バスで側を通ると、手前に都営住宅が見えて、建物に縦書きで「都営北品川アパート」ってまたとっぽい字で書いてあって、向こうに再開発のあのぱっきぱきのソニーのビルが見えて、いいなあこういう風景、みたいな。特に今日なんか天気がいいから、都営の窓じゅうに布団とか洗濯物とか干しまくってあって。」

    たしかに、周囲との落差の違いを見るのも再開発の「鑑賞」のひとつかも。僕はこういうSさんの見っぷりをこよなく愛するものです。


    妻が仕事を再開し、日中、長男を保育園に預けることになった。

    朝は僕がバスで通勤経路を迂回して保育園に寄る。同じ時間に「たんぽぽぐみ」に子供を連れてくる父親はいまのところ僕だけだ。

    たんぽぽぐみ内部では、調度品やら脱いである靴やら何やら、ぜんぶが縮小コピーしたみたいに小さくて、机もイスも何もかもが角が丸くて、母親群も保育士群もみななんか甲高い猫なで声で話している。ドアをあけて中へ入った途端、強烈に、自分自身が浮いているのを感じる。

    一方、息子のほうは実に周囲の文脈に溶け込んでいる。バスの中では一体感を生んでいた「親子の絆」は「たんぽぽぐみ的風景」のまえに脆くも消え去り、僕はうなだれつつ「れんらくノート」をトレーに入れて、息子を預けてこそこそと去る。だから、保育士の手に抱かれるとき、僕のほうを驚きと不安の目で見つめて「おい、どこへいっちゃうんだよオヤジ!」という感じの息子の表情が救いではある。

    2003年4月 4日

    ゲートなやつら

    五十嵐さんの日誌:
    http://www.cybermetric.org/50/twisted_column/index.html
    からのリンク:
    http://www.jah.ne.jp/~linelabo/books.htm
    「セキュリティ戦争の空間」。

    アメリカのゲーテッドコミュニティという「ビルディングタイプ」の系譜は意外に古いんじゃないか、と僕は思う。

    19世紀後半、セントルイスで発達した「プライベートプレイス」という住宅地の形式は、街路の入口にゲートを設けて住宅地まるごとのセキュリティとステイタスを図った点で、まるっきり今日のゲーテッド住宅地と同じやりかたで作られた。これは当時のセントルイスの急激な都市化に対する、住宅地の工夫だと言われている。静かで安全で豊かな住宅地を街の喧噪(あるいは新規移民の喧噪)から遮断して守りたいというお金持ち(というかワスプのお金持ち)の欲求はいまもむかしも変わらない。

    加えて、あえて「ゲーテッド」にせざるを得なかった背景には街の構造と「交通」があった。鉄道馬車が主な交通手段で、かつダウンタウンへのアクセスを確保するためには、市街地に近いところに住むしかなかったからだ。だから、20世紀半ば以降、自動車とハイウェイが発達し、おまけに街の機能が郊外に拡大して必ずしもダウンタウンに用事がない、という時代になると、お金持ちのためのプライベートプレイスはぱったり作られなくなった。特に中西部のように背後に広大な土地のある都市であれば、住宅地を「要塞化」しなくったって、田舎へ引っ越せばいいからだ。

    むしろ市街地にある中産階級の住宅地にゲートが設けられてプライベートプレイスに改造されたりするようになった(90年代には、街の再生の方法として住宅地のゲート化が試みられたりもした)。

    そして、このプライベート住宅地のさらなる原型は、ロンドンにあるような、コミュニティが鍵を共有するプライベートガーデン(スクエア)に遡るんじゃないか、という話もある(Charles C. Savage, ARCHITECTURE OF THE PRIVATE STREETS OF ST. LOUIS, University of Missouri Press, 1987)。これはこれで、住宅地の個人的空間と公共的空間の工夫とか、なかなか興味深い事例がいろいろとあるんだけれども。

    えーと、つまりこれは根が深いかもしれないぞ、という話なのだ。

    「ワスプとゴリラを掛け合わせたら何が生まれるか? 何が生まれるにしろ、とにかくそいつはあなたを檻に入れてくれない」(どっかで読んだジョーク)

    2003年4月 1日

    春の庭のリセット

    毎年、春の気配とともに、庭の大々的な手入れをする。と言っても我庭にあるのはおおむね宿根草や草なので、庭全体を地面までばさっと刈り込むだけである。

    仕事と子供の世話以外、何をする時間も取れないままに3月が過ぎ、でも季節は巡り日は傾きを変え、庭の地面からは植えっぱなしの球根だのグラスだのが芽を出し始め、これ以上放置すると抜き差しならない状態になることが明らかになるに及んで、ついに自分たちで何とかするのをあきらめて、妻が仕事でよくお世話になっている近所の造園会社に電話した。

    職人さんは僕が会社に行っている間にやってきて、庭全体をまるで洗ったみたいにきれいさっぱりにした。さすがプロ。支払いはまだだけど、職人1人で半日、ゴミの処分も入れて2万円は超えないだろう。これは安いぞ。

    アリウムが勢いよく伸びている。タガネソウの各品種も芽を出している。こぼれ種で繁殖していたルドベキア軍団は今回の手入れでほとんど掻き取られて消えたが、まあいいだろう。少し混みすぎていたし。気がつけばプリムラが全開だった。ヤバネススキとシマススキを株分けしてもらった。ギョリュウバイにびっしり蕾がついている。いつの間にかユキヤナギが咲いている。