2003年3月27日

眠いぞ。

どういう成長のフェーズに入ったのか、6ヶ月半にならんとする長男がほぼ3時間おきに目覚めて泣くようになり、枕を並べている僕も慢性的な寝不足に陥っている。朝はあんなに機嫌良く起きるくせに、夜中のあの騒ぎはなんだ。早く、少なくとも何が不満か判別できる程度の言語コミュニケーションができるようになってくれ。息子よ。ハイハイで前進する練習は後回しでいいからさ。

ある出版社の編集のかたからコンタクトがあり、今日の午後、職場に来られた。新しい本の出版の企画についての相談だった。それと文字通り入れ替わりで、ある雑誌の編集の方が2人、職場に来られた。これは記事の執筆の話し。なんか目眩がするような状況だけど、従来が怠け者の自分にとっては、出版されて公開されるというプレッシャーや、締め切りの圧力をもらえるのはいいことなのである。勉強もするし。

2003年3月26日

達人の選集

おおお。

この本屋いいなあ。
京都へ帰省したら寄らないとなあ。

http://pomu.tv/cgibin/nikki/read.cgi

2003年3月18日

春の夜の覚え書き

・久し振りに旧知の友人と長電話をした。彼とは非常に付き合いが長く、共有している言葉が豊富なので、余計な説明を飛ばしてとてもディープな話しに興じることができる。貴重な「聞かせ手」であって、かつ僕の信用する「センサー」のひとつ。

・企画の打ち合わせに行く。じれったい局面はあったものの、総じてプロダクティブな会議でした。五十嵐隊長の妹さんとまでお知り合いになって、収穫の多い宵だったのだ。

2003年3月16日

Sweet Sunday

駆け込み乗車みたいに割り込んできた緊急の仕事に追われている。僕は(見かけによらず?)小心者で、こういうとき、ちょっとした興奮状態になってしまい、帰宅して就寝してもなかなか眠れず、朝は早く目が覚めてしまう。常日頃からこういう状態だったらさぞ、仕事の能率は向上するんだろうけれども、たぶん体が保たないだろう。なんか寿命の針を早く回しているみたいな気持ちがする。

でも、この週末は久し振りに何もせずに過ごした。特に土曜日はほとんど家から出ずに、部屋で子供と一緒に床をごろごろしていた。肉体的にはともかくも、精神的にはずいぶん回復した。日曜日は、昼過ぎから散歩に出て、たまたま自宅から徒歩距離にある計画地を見にでかけた(←結局仕事をしている)。

子供を乳母車に乗せ、親子3人で散歩がてら、休日で賑わう深大寺を通り抜けて、これもたまたま近くへ別な用事で来ていたSさんと待ち合わせて、計画地周辺をうろついた。

Sさんはここ1年ほど、僕の仕事を手伝ってくれている有能な女性スタッフである。どちらかというと小柄で、動きに無駄がなく、てきぱきと要領がよくて、実に頼りになる。それでつい、資料の整理やファイルの管理を任せることが多くなって、最近はSさんが休んだりすると、必要な書類が咄嗟に出てこなくて(どこにあるかわかんなくて)慌てる、という有様になってしまった。頼りすぎ。

加えてSさんは、他の学生アルバイトや若いスタッフのなかでは、比較的、僕と世代が近いためもあって、10代の多感な時期に聴いた音楽とか、読んだ漫画とか、観た映画なんかの話がよく合う。ただし、彼女は仕事と仕事以外の生活との区別をきっぱりと分けて割り切っているため、早く帰る日にはどう哀願してもあっさり帰ってしまう。アメリカ人みたいなのである。

午後遅くから雨が降り始めたため、調布駅の近くの、表通りから割と引っ込んだ喫茶店に待避したら、「ケーキ食べ放題の日」というやつをやっていた。僕らは一も二もなく食べ放題パッケージを注文し、プレートを持ってサラダ・バーに向かうみたいに様々な種類のケーキを取ってきては着席して食い、「ケーキ腹」になって帰った。妻は夜になってからお腹の調子を崩した。本日の結論は、「ケーキはおやつとかデザートとして嗜むものであって、それ自体で満腹するように食うものではない」という凡庸なものでした。

2003年3月10日

里山再生

田中淳夫著『里山再生』(洋泉社新書y、2003)を読んだ。この手の「里山本」のなかではわりといいスタンスで、それなりに面白かった。入門書としてはいい本なんじゃないだろうか。

「里山とは何か」というのは、ちょっと変な問いの立て方だ。近年の里山の「発見」が、ある特有の「様子」を「里山」と呼ぶようになった、ということからすると、「里山とは」という問いかけは本当は「こういう条件と要素が揃っている場合、それを『里山』と呼ぶことにしようぜ」という「提案」でしかないはずなのだ。たとえば「盛り場とは?」「下町とは?」と同じように。

著者は、里山をして、「自然」に人が介入し続けることで成立する「システム」だ、という。それは妥当な言い方だと僕も思う。里山は、ある特有の社会的・自然的条件のもとに相をなしていた、ある特有の状態だ。「生物的多様性」がよく言われるようになってきたけれども、それは、多くの人がそこで昔ながらの農業を営む「しか」生き方の選択がなかったという社会構造の結果としてうまれたものであって、農民が生き物と共存・共生しようとして里山を作ったわけじゃない。

だから、その「構造」に注目すれば、「里山的事態」は山辺の農村だけじゃなくて、様々な場所に見つけることが出来るだろうし、解釈の仕方によっては農村とはまた異なる「システム」のもとに成立しているのを見つけることもできるだろう。著者が紹介しているゴルフ場もそうだろうし(霜田くんに教えてもらったが、ゴルフ場が里山的生態系を維持しているという論文があるそうだ。読んでいない)、線路際や下町の路地や都営スタイルも、そういう人為的営みがその地域の自然に対して恒常的に続いている結果、ある安定した相をつくりだしている風景という意味でとても「里山的」である。

著者が最後に述べている、里山的なものを再生・維持するためには、あたらしい時代のシステムをつくるべきであって、それはこれまでの農村的システムとは異なるものかもしれない、という言い方にはだから、共感をおぼえる。

でも、同時に疑問も感じるわけです。里山がある種の人を惹きつける直接の理由はやっぱり、あの郷愁を誘う、「新日本紀行」的光景だろう。生物的多様性も水田の洪水調整機能も食糧自給率も、その郷愁を正しいものにする補強として用いられるんじゃないだろうか。ほんとのところは。ノスタルジーってよくバカにされるけど(僕もよくバカにするけど)、こういう官能的な動機は最も強力で、重要な部分かもしれないと思うときがある。「風景はどうしてあるのか」ということにおいて。

そうすると、仮に里山を守ることが是だとして、目指すべきは里山的システムの構築やら里山的事態のプログラミングよりも、ぜんぜん異なる原理を用いてでも「里山っぽい見かけ」を維持すること、だったりして。

2003年3月 3日

こちらエニグマ。

サイモン・シン著『暗号解読 ロゼッタストーンから量子暗号まで』(青木薫訳、新潮社、2001)を読んだ。

このところ立て続けに「新ネットワーク思考」「2次元より平らな世界」と、青木薫さんの訳本漬けだ。「訳者で読む」という選択は初めてなのだけれども、わくわくする本のナビゲーターとして青木さんは非常に信用に足るのです。

青森在住の青木さんとは「ネット園芸つながり」である。ご主人は青森中央学院大学で哲学を教えておられる。ううむ。かくのごとく、この世の中の「知」は偏っているのだ。

青木薫さんのサイト:
http://homepage2.nifty.com/delphica/

青森中央学院大学経営法学部、哲学の鈴木先生のサイト:
http://www.aomoricgu.ac.jp/staff/suzuki/index.html


ところで青森中央学院大学、なんかこぢんまりといい感じの大学のような様子なのだけれども、建物がけっこうすごい。

ポストモダン風の本部棟。
グリーク・リバイバルの3号館。
5号館はちょっとロマネスク。アーチ状の窓のところ、サッシュの収まりが気になる。
学術交流会館。堂々の3層構成。